二度目のさよなら


菩薩様から昔話を聞いた後、私達は疲れきっていたのかそのまま眠り込んでしまったようです。お腹が空いていた気もするんだけど、緊張の糸がプツンと切れてしまったかのように倒れ込んでしまったんですよねぇ。
倒れ込むほどに極限状態だった記憶は一切ないのですが、気がついていないだけというのは結構あるようですから今回の状態はそれだったのかもしれません。でもぐっすり眠ったおかげで、身体の調子はバッチリです!まだ傷口は痛みますけど…激しい運動をしなければ問題はないはず。

(皆さんはまだ、ぐっすり夢の中でしたねぇ)

それぞれ部屋を取っていたはずだったのに、話を聞いていたのが私が泊まっていた部屋だったからそのまま雑魚寝してしまったんです。気温が高く温かかったから寒くはないでしょうけど、多分身体中バッキバキだと思うんだけどなぁ…起きた時。
お酒を飲んだ後とかよくあることなので、今更驚きはしませんけど。皆さんが納得して寝たのであれば、私は何も言わないようにしているので。…まぁ、今回ばかりは不可抗力だと思うのでどうしようもなかったと思うけど。

そんな事情はさておき。まだ目覚める様子がなかったので、先に目覚めてしまった私は1人で食事を済ませ、町を散策中。そろそろ橋が直った頃かな、と思いまして様子を見に来たんですよ。ついでに暇つぶしも兼ねてます。
部屋で本を読みながら皆さんが起きるのを待っていてもいいんですけど、とてもいいお天気だったので外に出たくなってしまったんです。それに、…この短剣も埋めて差し上げたかったですし。

『菩薩様、もう1つお礼として頂きたいものがあるんですけれど』
『……一応、聞いてやる』
『この短剣を私に下さいませんか?』
『ちょ、香鈴殿!それはさすがに―――』
『二郎神、お前は下がっていろ。…ったく、俺の姫さんはいつまでも変わんねぇなぁ…いいぜ、好きにしろ』

そう。これは蘇芳さんが消えてしまった時に落ちていたもの、そして恐らく…亡くなってしまった蘇芳さん自身だったもの。本来であれば天界にて厳重に保管か、もしくはもう一度封印すべき代物なんでしょうが、どうしてもそれは避けたかったんですよね。
蘇芳さんは天界生まれの天界育ちだと聞いていますし、それにきっと大切だった紅英さんの遺体があるであろう場所に置いて上げる方がいいんだっていうことはわかっているんですけど、…どうしてだろう。あの大きな桜の樹の下に埋めてあげたいって思ってしまったんです。

(…きっと、紅英さんが桜が繋いでくれると言っていたからなんでしょう)

それが本当のことなのかはわかりはしませんけど。
でもただの気休めだとしても、わがままを貫き通したくなってしまったのだから仕方ありません。菩薩様と二郎神様には大変申し訳ないなと思ってはいますが…これは譲れそうにありませんでしたから。


「え、嘘…!」


広場に植えられていた大きな桜の樹を目にしたのは、この町に着いた日。あの時は確かに花なんて咲いていなくて、葉っぱが生い茂っているだけでした。それもそのはず、桜が咲くのは春ですもの。でも今は秋で…桜が咲く時期ではないはずなんです。
季節外れに咲く桜もあるのかもしれませんが、それでも数日前には蕾すらなかった花が満開になるなんてこと有り得るはずがない。

それなのに―――目の前にそびえ立つ桜の樹は、薄いピンク色の花を枝を覆い尽くすようにして咲き誇っていた。
まるで誰かを、迎え入れるかのように。

しばらく見入ってしまっていたのだけれど、ふっと我に返って当初の目的を達成することにしました。お昼時だけれど、この広場は運良く誰もいらっしゃらないようですし…埋めるのならば今のうち、ですね。勝手に木の下に何かを埋めるなんてあまり褒められることではないでしょうから。特に武器を、なんて。
スコップなんて便利な道具は持ってきていないので、手を使って地道に穴を掘る。大きなものではありませんから、そこまで深く掘らなくてもいいでしょうか…掘り起こされる心配も、多分しなくて大丈夫でしょうし。

(こんな所を掘る人なんて、滅多にいるはずもないですしね)

適当な深さまで穴を掘り、そこに持ってきていた短剣をそっと置く。あとは土をかぶせてしまえば終了ですね。
山になっていた土をかぶせようとした時、短剣の上にふわりと何かが落ちてきたんです。何だろう?と覗き込んでみれば、そこにあったのは桜の花。花弁ではなく、花の形そのままで短剣の上にちょこんと載っていました。
一緒に埋めてほしい、と言っているような…気がしたんです。


「…桜華……?」


するりと、散ってしまった彼女の名が零れ落ちた。私の声に呼応するかのように桜の花弁がふわりふわりと舞っていく。
ああ、やっぱり貴方なのね…散ってしまっても尚、蘇芳さんの傍にいたいって貴方は願うのね?桜華。


「蘇芳さん、…貴方はご自身が思っている以上に、愛されていたと思いますよ」


貴方は最期のその時まで、独りぼっちではなかったんです。想ってくれていた人がいたんですよ?もし、もし本当に生まれ変わることができるのであれば今度は―――大切なものを、見失ったりしないでくださいな。
届いていても、届いていなくてもいい。これは私の独り言で、勝手な願いですから。

掘った穴を元通りにして、立ち上がる。見上げた先にはやっぱり満開に咲き誇った桜の樹があって、胸の奥がツキンと痛む。これは誰の痛みなんだろう?私?それとも…紅英さん?


「香鈴!」
「へっ?!…あ、八戒くん…?」
「ようやく見つけました、…目が覚めたら部屋にいないので驚きましたよ」
「ご、ごめんなさい。皆さんよく眠っていらっしゃったから…」


でもよくよく考えてみれば、メモでも置いてくれば良かったんだ。そうすれば八戒くんに心配を掛けることも、走らせるようなこともしなくて済んだのに。…なんて、今更思っても後の祭りってやつなんでしょうけど。
もう一度、彼にごめんなさいと謝罪すれば、見つけたから大丈夫って笑ってくれました。


「他の3人はまだ寝ているんですか?」
「いえ、起きてますよ。悟空がお腹を空かせていたから、食堂にでもいるんじゃないかな」
「八戒くんは食べなくて大丈夫なんですか?」
「戻ったら食べますよ。貴方は?」
「私は散歩に出る前に食べましたから」
「そう。なら良かったです」


とりあえず宿に戻りましょう、と差し出された手を握る。何度も繋いでいるけれど、やっぱり慣れない…そして相変わらず、こうする八戒くんの真意もわからないままです。誰にでもするような方じゃないとは思うのですが、かと言ってそれ以外の理由を考えようとすると、自分に都合のいい考えしか浮かんでこなくって…どうしようもなくなるんだ。
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