銀色の宝物
何度、貴方に想いを伝えようと思っただろう。けれど、どうしても踏ん切りがつかなくて先延ばしにしてきてしまったんです。でもやっぱり、このまま伝えないままでいるのは…どうにも耐えられそうにありません。
玉砕する結果になろうとも、それでも伝えられなかったことを一生後悔するのだけはごめんなんです。
side:八戒
橋が直るまでもう1日かかる、とのことなので、もう少しだけこの町に留まることになりました。三蔵は苛立っているようでしたが、仕方がないこともわかっているようなので何も言わないまま。ただ「買い出しは今日中に済ませておけ」とだけ言っていましたけどね。
恐らく、明日の昼くらいには発てるでしょうからそうしておいた方が無難でしょう。発つ前に買い出しに行くのは、結構慌ただしくて大変ですからね。
買い出しとそのチェックにつき合ってもらおう、と香鈴の姿を捜していると、中庭にいるのを見つけました。どうやら洗濯物を干してくれていたみたいです。洗濯カゴを持っていますし、中庭にある物干し竿には僕達の服が風に靡いていましたから。
名前を呼ぼうとした所で、彼女が1人ではなかったことに気がついた。洗濯物の影になっていて見えていませんでしたが、…あれは、悟浄?
2人の距離があまりにも近くて、僕は思わず足を止めてその場に立ち尽くす。香鈴は僕に背を向けている状態だから気がついていないようですが、ふっと顔を上げた悟浄とバッチリ目が合ってしまいました。何だか隠れたい衝動に駆られるんですけど、ものすごく。
悟浄が香鈴に何か言っているみたいなんですけど、さすがにこの距離じゃあ何を話しているのかわからない―――って、何を言っているんでしょう。僕は。これじゃあ盗み聞きと一緒じゃないですか。
仕方ない、香鈴に声を掛けるのはまたあとにしよう、と踵を返した所で、名前を呼ばれました。
―――ガシッ
「なーんだよ、覗き見か?八戒」
「ち、違いますよ!香鈴を捜していたら偶然……とにかく、僕は2人が何を話していたかは聞いていません」
「ははっわーかってるって!ンなムキになんなよ。―――なぁ、八戒」
「?何です、悟浄」
肩に載せられていた腕がどき、悟浄が真剣な瞳でこっちを見て、
「香ちゃんのこと、離すんじゃねーぞ」
ひどく真剣な声でそう言ったんです。何を言っているのか、さっぱりわからない。どうして悟浄がそんなことを言うのかもわからなくて、僕は何も返せないんだ。
「悟浄…?」
「いい加減、じれったいんだっつーの。さっさと言っちまえよ」
くしゃり、と僕の頭を撫でた彼の顔は、どこか淋しそうに見えた。それで、…何となくですけど、わかってしまったんです。さっき悟浄と香鈴が何を話していたのか。
悟浄の気持ちは薄ら気がついていましたから…本人がハッキリ言ったわけではないですけど、彼女のことを見る瞳が他の女性に向けられているものとは全く違いました。あんな瞳を見てしまったら、いくら何でも気がつくでしょう?…まぁ、悟浄が言うには僕も同じようなものだったらしいですけど。
「んじゃな」
「―――すみません、悟浄。いくら貴方でも…彼女は譲れない」
「…バァカ。ンなのとっくに知ってるっつーの」
頑張れよ、八戒。
そう言った悟浄は、宿の中へと姿を消していった。…全く、本当にお人好しな人ですね?最後に僕の背中を押していくなんて。けれど、そこまで言ってくれたんだからここで引くようなこと、したくありませんよね。
視線を中庭に戻せば、そこには変わらずに香鈴の姿がありました。風に揺れ、光を浴びてキラキラ光っている銀髪がとても綺麗で…それに惹かれるように僕は、歩みを進める。
香鈴、と名前を呼ぶと、彼女は驚いたような声音を上げてこっちを振り向いた。その慌てっぷりが面白く感じてしまって吹き出せば、頬をわずかに赤く染めてムッとした表情になって、尚更可愛く見えてしまいます。
ねぇ、香鈴?貴方の一挙一動に僕がどれだけ心を持っていかれていたか、きっと知らないでしょう。
「もー、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか…」
「ふふっすみません。あまりにも可愛らしかったので、つい」
「ッ!…ま、またそんなこと言って…からかわないでください」
誤解しないで、愛しい貴方。香鈴をからかったことなんて一度もないんです、いつだって本当のことを告げていたんです。気がついて、と願いながら、口にしていたんですよ。…ねぇ、その表情を丸ごと信じてもいいんですか?脈があるんだって自惚れても、構いませんか?
「僕ね、ずっと貴方に伝えたいことがあったんです。聞いて、くれますか?」
「もちろんです」
「香鈴、僕は―――貴方が、好きです」
彼女の瞳が驚きで一層、大きくなる。ああでも…ようやく伝えられた、ようやく言葉にすることができました。
「は、っか、」
「先に言っておきますけど、からかってるわけでも冗談でもありませんからね?本当に…貴方のことが好きなんだ」
「!」
香鈴の頬がサッと赤く染まった。瞳はゆらゆらと揺れて、今にも泣き出してしまいそうで…その華奢な体を抱きしめたくなるのを、必死で抑える。気持ちを伝える前に何度も抱きしめてしまっていましたが、今は、今だけは、彼女の返事を聞くまではそれをしてはいけない気がしているんです。
もちろん、フラれる可能性だって大いに残ってはいるんですが―――今までの香鈴の行動を思い出せば思い出す程、勘違いしてしまいそうになるんだ。
どれくらいの間、そうしていたかわからない。僕も彼女も黙ったまま、中庭にずっと佇んでいる。
聞こえるのは時折吹く風の音と、木々が揺れる音、そして鳥が囀る音だけ。それ以外に聞こえる音は一切ない程に、静まり返っていました。だからこそ余計に、どくどくと早鐘を打つ心臓の音が香鈴に聞こえてしまいそうで怖い。
「―――んですか…?」
「香鈴?」
「八戒くんは、私でいいんですか?私、花喃さんにヤキモチ妬きますよ?忘れないでいい、って、忘れないであげて、って言いながら、貴方の心の奥深くにまで根付いてる大切な人に嫉妬しますよ?それに私はっ…」
花喃さんの代わりに、なれません。
その言葉が合図だったかのように、香鈴の瞳からは大粒の涙がポロポロと零れ出しました。こう言っては失礼ですけど、…この子は時々、本当にバカなことを考えるんですねぇ。
「あのね、香鈴。僕は貴方に花喃を重ねてなんかいませんよ…貴方自身を好きになったんですから」
「で、でも…!」
「この際だから先に言っておきますけど、多分…僕は花喃を忘れることはないと思います。それこそ、最期のその時までね」
コツン、と彼女の額に僕の額をくっつけた。そこから僕の熱が、想いが伝わりますようにと念じて。
「忘れはしません。でも、それでも―――僕はこの先の人生を、香鈴と歩んでいきたいんです」
「わ、たしと、…?」
「そう、他でもない貴方と。…貴方は前を向けなかった僕に道標をくれた、光をくれた、もう一度…誰かを愛することの幸せを教えてくれたんですよ?」
「私、そんな大層なこと…」
「貴方に自覚がなくてもそうなんです。その責任を、取ってください」
些か、ズルイ言い方だと自分でも思う。でもそれくらい失いたくなくて、手離すことができなくて、…どんな手を使ってでも僕の隣にいてほしいって思ったんです。
花喃にヤキモチを妬いてくれていい、その度に教えますから。貴方に彼女を重ねてなんていない、今、僕が好きなのは、愛しているのは香鈴。貴方だってことを、教えて刻み込みますから。ねぇ、だから香鈴。貴方の気持ちを、教えてください。
「いい、の…?私、八戒くんの傍にいて…貴方のことを好きでいて、いいの?」
「そうでなければ僕が困ります。…もう一度、貴方の言葉で教えて?」
「すき、…私も八戒くんのことが大好きです…!」
ああ…やっと貴方を、手に入れた。