それぞれの思いのカタチ
ポンッとテーブルの上に投げ置かれたのは、文庫本1冊。一体、何だろう?と顔を上げてみれば、そこには普段通りの表情をした三蔵様がいらっしゃった。ということは、この文庫本をテーブルに置いたのはこの御方だということですけれど、…なんで?
疑問が前面に出ていたのでしょう(首を傾げちゃいましたし)、三蔵様はただ一言「やる」とだけ言葉を発し、向かい側の席へと腰を下ろされてしまいました。
(やる、って…珍しいこともあるものですね)
三蔵様が1人で町へ出かけて行ったのも驚きでしたが、それだけではなく何かを買ってきたというのも驚きです。しかも自分のものではなく、誰かへなんて。あれ?これって私へのお土産、ということになるんでしょうか。嬉しいですけれど、ほんと何で買ってきたのかがわからない。
チラ、と向かい側に座っている三蔵様へ視線を向けてみるけれど、すでに新聞を読んでいて更なる疑問を投げかけられる雰囲気ではありません。…というか、話しかけるなオーラビシバシ感じます。気にはなるけど、ご本人に聞けないとなれば諦めるしかありません。
先程まで読んでいた本を閉じ、三蔵様が置いた時と同じままテーブルの上に放置されている文庫本へと手を伸ばした。綺麗にかけられているカバーをそっと片側だけ外し、タイトルを見てみると、それは私がよく読んでいるシリーズの最新刊。
本屋へ行くことは限られているし、行く度に欲しい本を買っていては荷物がどんどん増えていってしまいます。だから、本当にいますぐ読みたい!ってもの以外は手を出すことをしませんでしたし、それ以外は図書館がある町で読むことに決めていました。ただ、このシリーズだけは大好きなので買っていたんですが…三蔵様ってば、意外と見ていらっしゃるんですね。周りを。
「…それ、好きだっただろう」
「ええ、よくご存知で」
「長安にいた頃から読んでいるものくらい、嫌でも覚える」
「ふふっそうですか。…ありがとうございます、三蔵様」
「―――フン」
それっきり、三蔵様は顔を新聞で隠されてしまったので見えなくなってしまいましたが…照れていたら可愛いなぁ、と笑みを深めた。さて、せっかく頂いた最新刊ですもの。早速読ませて頂きましょうか。
(それにしても、最近はよく皆さんからお土産を頂きますねぇ)
ページを捲りながら、ここ最近のことを思い出す。一番最初にお土産!と物をくれたのは、悟空だったでしょうか。買い出しから戻ってきた後、すぐ出かけてくると部屋を出て行ってしまって…珍しいこともあるものだな、と八戒くん・悟浄くんと顔を見合わせた覚えがあります。あの子が1人で出かけることなんて滅多にありませんから。まぁ、三蔵様は特に気にされている様子はありませんでしたけれど。
それから30分後くらいに戻ってきたんですが、いの一番に私に近寄って来たかと思えば、いつものあの太陽の笑みを浮かべて「これ香鈴に土産!」と袋を差し出されて。何かと思って袋を覗いてみると、美味しそうなお饅頭が2つ入っていたんです。
だから1つを悟空に渡そうとしたら、これは香鈴の為に買ってきたから2つとも食べていいんだ、って言われたの。それを聞いて悟浄くんが「猿が他人に食べ物を…?!」と仰々しく驚いた声を上げたもんだから、また悟空との喧嘩(という名のじゃれあい)を始めてしまったんですけどね。
その次は悟浄くんだったかしら。彼は町に着くと1人でフラッと出かけてしまうことが多いから、いってらっしゃいと送り出すだけなんですけど…その日は夕方になる前に出かけていったんですよねぇ。普段なら夕方〜夜くらいに出かけていくのに。
こんなに早く、と首を傾げましたけど、もしかしたら目当ての女性を見つけたのかもしれないと思ったので、特に何も言いませんでした。言わなかったんですけど、…彼は2時間も経たないうちに戻ってこられて。これには驚かざるを得ませんでした。だって悟浄くんは、一度出掛けたら翌朝まで戻ってこられないことが常なんですよ?次の日の朝に出発する時は、日付が変わってすぐくらいに戻ってきているようですけど…。
何かあったのだろうか、と問いかけてみても、表情1つ変えることなく何もないよ、と返されるだけ。もう余計に首を傾げますよね?でも何もないならいいのかな、と納得しかけていた頃、目の前にズイッと可愛らしい紙袋を突き出されました。突然のことだったので反応できないでいると「お土産」と一言。おずおずと受け取って袋を開けてみると、中には可愛らしいポーチが入っていたんです。
(その後も時々、今日の三蔵様のように何か買ってきてくれて…何だか申し訳ない気分になったんでした)
いつだってもらってばかりだなぁ、私は。居場所も家族も失った私に、全て与え直してくれたのはこの方達なのに。だから返す物はたくさんあるけれど、これ以上、八戒くん達から頂くことはできないって思っているのに。
それなのに笑顔で「お土産だ」って差し出されてしまうと、逆らえずに受け取ってしまうんです。嬉しくない、わけでは、ないのだけれど…やっぱり申し訳ない気持ちでいっぱいになるの。
―――コンコン、
「香鈴、三蔵。入りますよ?」
「あ、はい。どうぞー」
ドア越しに八戒くんの声が聞こえて、ハッと思考が現実へと戻ってきた。読んでいたはずの文庫本は1ページも進んでいなくて、苦笑を浮かべてそのまま閉じる。うん、考え事しながら読書ができるはずもありませんよね…八戒くんも来たことですし、コーヒーかお茶でも淹れましょうか。
ガタッと立ち上がるのと同時に、ドアが開いてひょっこりと八戒くんが顔を出した。その後ろには悟浄くんと悟空もいるらしい。
「三蔵、香鈴っ!美味そうな肉まんと饅頭買ってきたから、一緒に食おうぜ!」
「香ちゃん、甘栗好き?」
「?好きですけど」
「ん。やる」
「あり、がとう…」
申し訳ない、と考えていた矢先の、悟浄くんからのお土産。でもやっぱりいりません、とは言えなくて、そのまま受け取ってしまいました。
途切れ途切れにお礼を言ったのが気になったのか、気がつけば皆さんこっちを見ていてちょっと驚きです…!ビックリしながら何ですか、と声を出せば、悟浄くんに嫌だった?と逆に質問されてしまいました。あ、あれ、質問で返されちゃいましたよ。
「嫌じゃ、ないです。嬉しいですけど…」
「さっきは素直に礼を言っていただろう。どうかしたのか」
「あ、いえ、どうもしないのですが―――もらってばかりだなぁ、と思いまして」
「どういうことです?」
コトン、と音がするのと同時に、ふわりとコーヒーのいい香りが鼻腔を擽った。いつの間にか八戒くんが淹れてくれたようですね、私が淹れるつもりだったのに。
マグカップにそっと触れながら、どう説明したものかと思考を巡らす。でも考えても上手くまとまらなくて、だんだん面倒になってきた私は思いつくままに言葉にすることにしました。わかりにくいかもしれないけど、それが一番手っ取り早いんですもの。
最近皆さんからよくお土産を頂くこと、嬉しいけれど申し訳ない気持ちになること、出会った頃からもらってばかりで何も返せていないこと、それを考えていたら言葉がつっかえてしまったことを包み隠さずに皆さんにお伝えしました。一気に話してしまったのでコーヒーを一口飲んで、喉を潤していると頭をくしゃっと撫でられた。
「なーに遠慮しちゃってんのよ、香ちゃんってば」
「別に俺ら、見返りが欲しくて買ってきてるんじゃないぞ?」
「いや、それくらいわかってはいるけど…」
「でも『申し訳ない』って思っているということは、そういうことになりますからねぇ」
「…土産を買ってくるのに、理由が必要か」
紫暗の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。
「三蔵の言う通りですね、貴方にお土産を買ってくるのに理由は…必要ないでしょう?」
「まーぶっちゃけるとさ?俺達から香ちゃんへの感謝の気持ち、ってわけだ」
「感謝の、…?」
「香鈴はさ、いっつも頑張ってるじゃん?洗濯とか色々。だから何かしてあげられねぇかなー、って」
「それに町へ出ると何となく、貴方が喜びそうだなぁって思うと買って帰りたくなってしまうんです」
あはは、と笑って言われた言葉に、顔中に熱が集まった。だ、だってそんなこと面と向かって言われたら嬉しいけど恥ずかしくて仕方がない…!
バッと顔を両手で覆うけれど、真っ赤な顔はバッチリ見られていたようで三蔵様に「まるで茹でだこだな」と鼻で笑われました。さっきまで真剣な顔をして、真面目なことを言っていたのに、もうそんな憎まれ口をきくんですかこの御方は!…知ってましたけど!!
「…な、香ちゃんはもらってばっかりだって言ったけどそれ、ちょーっと違う」
「え?」
「もらってばっかりなのは俺達の方なの」
ど、どういうこと?そんなこと言われても、私は皆さんに何かをあげた覚えはこれっぽっちもない。忘れているとかではなく、本当に覚えがないんです。お茶菓子に、と甘いものなどを買って帰ったことは何度もありますが…多分、それは違いますよね?悟浄くんが言っているのは、そういうことではない気がします。
けれど、どれだけ思考を巡らせてもわからなくて。それでもうんうんと唸っている私を見て、「わからなくていーんだよ」と悟浄くんは目を細めたのでした。