異国に触れる


―――野宿も山越えも、この2年の旅で完全に慣れたと思っていた。ついていくことを決めた以上、文句を言いたくないと思っていたし、何よりそんな贅沢なことを言うわけにもいかないと思っていたんですよね。
まぁ、それ以前に旅なんてしたことがありませんでしたから、皆さんと一緒にと思うだけで何だか楽しそうだ、と胸が躍っていたんですけど。…うん、でもね?やっぱり時々は、文句を言いたくもなるんですよ。ええ、心の底からね!


「なんっなんですかこの妖怪の襲撃の回数は!!」
「お、珍しく香ちゃんもご立腹?」
「ご立腹なんて可愛いもんじゃないですよ。沸点超えてますよ、とっくの昔に」


数発の銃声。最期の断末魔。殴打する音。足を踏みしめる音。…そして、耳障りにも程がある妖怪達の下卑た笑い声。
満足に水や食料を得られない毎日で、間隔を然程空けずに襲いかかってこられたらそりゃあもう沸点も超えるというものだ。そんな状況の中で正気を保っていられたら、それはもう尊敬に値します。普段は物腰が柔らかい八戒くんだって、笑顔がぎこちないし、下手すると真顔でいることが増えてきたくらいですから。
いい加減、人がいる集落が見つからないと全員野垂れ死にます。割かし真面目に。

最後の1人をブッ飛ばし、急いでジープに乗り込んで出発した。でもこの辺りは異変の影響なのか、地図通りの道が少なくなっているんですよね。だから町や村があったはずの場所も、何もない更地だったり、すでに荒らされた後だったり…お陰様で今の私達は浮浪者に近いナリをしています。大きな町に行き当たっても、こんな格好じゃ宿なんて取れそうにありませんけど。
ふ、と息を吐いて背もたれに寄り掛かるのと同時に―――人の叫び声が、聞こえました。妖気も感じるということは、人間が襲われているということか…それはつまり、近くに暮らしている町や村、もしくは集落があるということになりますよね!
恐らくこの瞬間、全員の頭の中に「メシ!水!風呂!」の三拍子が浮かんだことだと思います。





「すみません、朝から押しかけてご馳走になった上、寝てしまって…」
「飲まず食わずでここしばらくロクに安眠できてなくてよ」


更に言うと、私は皆さんが眠っている間にお風呂をお借りしました。お腹も満たされ、全身サッパリするとひどいくらいの眠気に襲われますね…あの状態のまま眠りたくない!という思いだけで、今まで起きていたような気がします。タムロくん、と仰るクールな男の子が淹れてくれたお茶を口にしながら、目を擦る。

(それにしても、妖怪の襲撃が多いこの界隈でまだ無事な村があったとは…)

ここまでの道中で3つほど、集落の跡を見かけましたがどこも荒らされた後でしたもんね。タムロくん曰く、この界隈の村はほとんど全滅してしまっているそうです。けれど、村に入る時に通った橋―――あの跳ね橋を普段は上げたままにしているから、この村だけは妖怪に見つからずに済んでいるのだと教えてくれました。でもそれを口にした時の彼の表情が、どこか引っかかったんです。


「―――けどまァ見ての通り、陰気で排他的な村になっちまってな」


この村の方々は、もう長いこと妖怪に怯えて息を潜め、灯りもほとんど点けずに暮らしているんだそうです。


「だからですか…余所者に敏感になっていらっしゃるように見えたのは」
「ああ。せっかく助けてくれたのに、気分を悪くさせたな」
「…いいえ、お察しします」
「長居するつもりはない。俺達も先を急ぐ旅なんでな」


きっともう少し休んだら出発するのだろう、とぼんやりとした頭で三蔵様の言葉を聞いていたのだけれど、タムロくんのお父さんは明日の朝までこの村にいてもらわないとならない、と口にした。どうして…?余所者を村にいれたくないのであれば、すぐにでも追い出してしまった方がいいと思うのだけれど。
首を傾げると、彼は苦笑しながら日中や夜は妖怪に見つかりやすいから、あの跳ね橋は滅多なことで使わない決まりなのだ、と教えてくれたんです。成程、村の場所を知られない為・侵入されない為―――ということですか。確かにそうすることが一番なんでしょうね、生き抜く為には。

話がひと段落した所で、皆さんもお風呂をお借りすることにしたみたいです。先に三蔵様と八戒くんが入り、今は悟浄くんと悟空が入っている最中。八戒くん達は伸びに伸びた髪を散髪中だったりします。ずっと邪魔だ、と仰ってましたからねぇ…悟浄くんと悟空も切った方が良さそうだ。
できれば私もバッサリ切ってしまいたい所なんですけど、何でか八戒くんに止められるんですよね。せっかく綺麗な髪なんだから、切ってしまうのはもったいないーっていつも言われちゃう。
だから全体を軽く梳いて、毛先を整える程度で済まされてしまって、気がつけば腰の辺りまで伸びてしまっている。結んでしまえばそこまで邪魔にはなりませんが、髪を洗うのと乾かすのが大変面倒なのでやっぱり切りたいのだけれど。
チョキチョキ、と散髪する音だけが響く中、うつらうつらとしていたのですが―――お風呂場から聞こえた大音量の悲鳴にビクッと肩が震えた。


「な、なに…?悟空と悟浄くん…?!」
「ええ、恐らくは。ほら香鈴、貴方、ほとんど眠っていなかったでしょう?少し眠ってください」
「んー…でも様子見てこないと、」
「いいからさっさと横になれ、阿呆」
「う、」


ぼふん、と頭を押し付けられたのは、誰かの荷物。多分、悟空のリュックかなぁ。
横にされたことで再び襲ってきた眠気、それに逆らうこともせずに目を閉じれば、ゆっくりと世界は暗転する。
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