抱きしめる腕、縋る胸


沈んでいた意識がふわり、と浮上した。何か温かいし、ふかふかしてる…私、三蔵様に無理矢理横にされたはずだから床で寝てたんじゃなかったっけ?ああでも、眠ったおかげか大分頭がスッキリした気がする。
ふわ、と欠伸をして伸びをすれば、そこは眠る前にいた所とは…違う所だった。ベッドに棚、小さなテーブルに椅子。壁には見たことのない配色の絵がかけられているし、置物もやっぱり見たことのないものばかりだ。あ、かけられていた布団もすっごい柄…!派手だ、と言えばそうなんだけれど、異国情緒溢れてて素敵ですねぇ。元は同じ桃源郷内なのに、こんなにも文化が違うんだ。

(それにしても皆さんはどこに…?)

部屋の中に用意されている布団は3組(きっと4組は無理だったのでしょう)。だけど、私が寝ていた布団以外は綺麗に畳まれたままだった。もう起きているのだろうか、と一瞬思ったけど、どう見たって布団もベッドも使われた形跡がない。何気なく目を向けた窓の外もとっぷり日が暮れている感じだし…まだ朝じゃない、ですよね?うん。
起きなかったから置いていく、なんてそんなこと、今更されるわけもないと思ってはいますけど、私以外誰もいない部屋というのは…些か不安に駆られますね。転がり込んだ時に案内された部屋に行けば、皆さんはいるのだろうか。見に行こうか、それともこの部屋で待っていようか…悶々と考え込んでいると、賑やかな声と共にドアがガチャリと開いた。


「おお、姉ちゃん。目が覚めたのか。腹が減ってるなら、飯もあるがどうする?」
「えっと…」


そういえば、ちょっと小腹が空いたかもしれません。けれど、皆さんはもう寝るようですし…きっとご主人ももうお休みになられるでしょう。そんな中で食事を、というのはちょっと迷惑になってしまいそう。
どうしよう、と思っていると、八戒くんがご主人に「少しだけ居間をお借りしてもいいですか?」と声を掛けていました。ご主人は笑顔で頷き、「明日の朝は6時にな」とだけ残し、部屋を後にする。


「香鈴、許可も頂けたので食べに行きましょう」
「で、でも…」
「大丈夫です。明日の朝は早いですが、今もそこまで遅い時間ではありませんから」


腹が減っては何とやら、でしょう?
にっこり笑って言われてしまうと、何とも言い返せなかった。三蔵様は我関せず、といった感じだけど、悟浄くんと悟空は食べてこいよ、と躊躇している私の背中を押した。
お腹が空いていない、と言ったら嘘になるので、お言葉に甘えて食べさせて頂くことにしました。


「八戒くん、ごめんなさい。疲れてるのに…」
「構いませんよ、このくらい。それに貴方と2人きりになる口実にもなりましたしね」
「ッ…ま、またそういうこと言う……!」
「わかっていたことですけど、なかなか2人きりになる時間がありませんからねぇ」


それは、確かにそうなのだけれど…!だからといって、そんな爆弾をホイホイと落とさないで頂きたいと常々思うのです。目の前に並べられた食事に手をつけながら、そんなことを思ってしまう。…きっと、この先もずぅーっとこの方には敵わないんだろうなぁ。私。
口に放り込んだものをもごもごと咀嚼しながら、にこにこと嬉しそうに笑っている八戒くんをチラリと見上げる。何て言うか、…すごい優越感かも。だって好きな人が私を見てくれて、私だけのことを考えてくれているなんて、そんなの優越感を感じるのも当たり前だと思うの。本当に私、この方の恋人になったんだなぁって実感するというか。

(それなのに恥ずかしさとか、その他諸々は消えてくれませんけどね)

私のことを好きになってくれたのは嬉しいし、恋人になれたことだって泣きたいくらいに嬉しいのに、それでもさっきみたいに素直に言われたり、好きだとか甘い言葉を囁かれる度に顔には熱が集中していってしまう。
いつかは慣れるだろう、と思っていたものの、いまだに慣れる気配がなくって嫌になっちゃう。つき合いたてのうちはそれでもいいかもしれませんが、月日が流れていくうちにうざったいとか思われそうで…それはどうしたって避けたいし、愛想だって尽かされたくないんです。その為にはやっぱり、今みたいにすぐ照れるのはどうにかしたいと思う所でして。


「香鈴?」
「え?あ、はい!」
「まーた眉間にシワ寄せて…食事中に考え事ですか?」
「考え事、というか…」
「貴方は急にネガティブに走りますねぇ」


フ、と目を細めて笑った八戒くんの手が、ゆるゆると私の頬を撫でた。急に触られたせいか、ひくっと喉が引きつって体が硬直してしまう。
その直後にこういう所を直したいのに、と自然と眉間にシワが寄る。…それも八戒くんに見つかってしまったようで、頬をむぎゅっと抓られて「み・け・ん」と言われてしまったのだけれど。


「いひゃいでふ」
「少しくらい痛くしないと、貴方は自分の世界にいったままでしょう?」
「う…」
「ねぇ、香鈴。そんなに気遣わなくていいんですよ?」


するり、と手が、温度が離れていく。おずおずと見上げた先にあったのは、久しぶりに見た穏やかな笑みを浮かべる愛しい人。伸びた髪も綺麗に切り揃えられている。
ああ…私がよく知っている、八戒くんの姿だ。


「僕の言葉や行動で照れてくれるの、存外嬉しく思っているんです」
「へ?」
「つき合う前からそうでしたけど、…香鈴の中で僕は特別なんだな、好いてもらえているんだなって実感できるので」
「で、でもずっとこのままじゃ…」
「まぁ、多少は慣れてほしいと思う部分はなくはないですけど…それ以上に可愛いなぁ、と愛しく思うから」


だから、無理に変わろうとしなくていいんですよ。
頬を僅かに赤く染め、彼はとても嬉しそうに破顔した。それはつき合うようになってから、よく見るようになったように思う。ふにゃり、と緩むその顔が、割と好きだなって…思うんです。それはきっと、心を許してくれている証拠だから。


「ね、だから香鈴―――無理に変わろうとか、慣れようとか思わなくていいんですよ?」
「う、ん…」
「先は長いんです。ゆっくり、ゆっくりと進んでいきましょう?僕らのペースで、僕らのスタイルで」
「わたし、たちの」


すとん、と何かが落ちたような音がして、胸の中のモヤモヤというか…うん、上手く言葉にできないけど、そういうもの達が綺麗さっぱりいなくなったような気がします。今更だけど、やっぱり八戒くんの言葉って効果てき面なんだなぁ。私にとって。
そうですよね、無理に変わらなくてもいいんですよね。少しずつ歩み寄って、それでまた少しずつ慣れていけば…きっとそれでいいんだ。
その後は他愛のない世間話をしながら、遅い夕食を終え、寝室代わりにと宛がわれた部屋へと戻る。もう皆さん眠ってしまっているだろうか、と思ったけれど、まだ思い思いに夜を楽しんでいたようです。


「見てみろよ、八戒!香ちゃん!すっげー派手な柄」
「あ、私もさっき見ましたよ。文化がこんなにも違うんだな、って」
「それだけ西まで来たってことだ。当然、異変の影響も色濃い。妖怪の出現率が格段に上がったのがいい例だな」


ああ…そうか。だから、あんなにも妖怪の襲撃が多いのね。言うなれば、敵のフィールド内ですものね。西域というものは。それでもまだまだ、序盤なのでしょうけれど。


「でもさあ、目新しいモンがいっぱいでちょっとワクワクしねぇ?旅してんな〜〜ってカンジ」
「…2年近く旅してきて、今更何言ってんだ」
「ふふっでも悟空の言ってることわかりますよ。見たことないものとかたくさんで、私もワクワクしてますもの」


ちゃんと使命があってここまで来ていることは重々承知していますよ?でもやっぱり、ずーっと気を張ってばかりいると疲れてしまいますから、村や町に着いた時は少しでも楽しむようにしているんです。ほら、やるべきことがあるとはいえ、旅であることには変わりありませんから。旅の醍醐味ってやつですね。
…っと、明日の朝は早いんだって言ってましたっけ。久しぶりにゆっくり会話ができるのは嬉しいですけど、そろそろ寝なくちゃいけません。

(…あ、そういえば布団が1組少ないんでしたっけ)

ベッドはあるけれど、布団は部屋の広さ上、3組しか入らないらしい。つまり、1人あぶれてしまうということなんだけど…そんなことは知らん、と言いたげにベッドに潜り込んでいらっしゃる三蔵様。すぐさまツッコミを入れた悟浄くんが何様だ、と言えば、三蔵様もしたり顔で三蔵様。と返していらっしゃって。うん、まぁ苦笑するしかありませんでしたよね。そしてもう寝息が聞こえてきてるし…寝つきがいいなぁ。おやすみ3秒ってやつですか。


「香ちゃん、お前、八戒と一緒の布団な」
「え?!」
「あっ俺真ん中の布団がいい!そんで香鈴は俺の右側で寝てよ。そしたら隣じゃん」
「それはいいかもしれませんね。悟浄は一番向こうでも構いませんか?」
「おう。悟空、寝惚けて蹴っ飛ばすなよ」
「蹴っ飛ばさねーよ!」
「寝る場所も決まりましたし、消しますよーおやすみなさい、皆さん」


あれよあれよ、という間に寝る場所が決められ、電気も消されてしまいました。
消す直前、悟浄くんと目が合ったんですが…とても憎たらしく思う笑顔を浮かべていらっしゃいましたよ。殴ってやりましょうか、この野郎。
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