貫き通せ、変わらぬものを


気持ち良く眠っていても、色濃く気配が漂えば起きてしまうのも無理はない。ほぼクセのようなものですね。
眠い目を擦りながら体を起こせば、外からはけたたましい破壊音や悲鳴が聞こえてくる。…昼間、跳ね橋は余程のことがない限り下ろさないと言っていました。それなのに妖怪が攻め入ってきているということは、誰かが跳ね橋を下ろしてしまったということになりますね。ま、それが誰かだなんてどうでもいいことですけれど。


「うわ、まだ4時じゃないですか…」
「ちょうどいい、はた迷惑な奴らに八つ当たりでもしてやれ」
「それもそーですね」


着替えを済ませ、荷造りも済ませ、準備万端にしてから部屋を飛び出した。この物音ですもの、タムロくんとご主人も起きてしまわれたようですね。家の中に入って来れないよう、ドアを押さえていたタムロくんをどかし、開けようとした所で悟空が盛大にドアを吹っ飛ばしてくれました。
…お世話になった方の家のドアを壊してどうするの。それ、内開きなのよ?とはいえ、お説教している暇はありませんね―――ホルスターから銃を抜き、刀を召喚してから勢い良く地を蹴った。


「…なッなんだ、こいつら―――がはっ!」
「…2時間も早く起こしやがって。覚悟はできてるんだろうな、ウジ虫共」


わかっていましたけど、三蔵様も不機嫌MAXですね。普段から寝起きが悪い御方ですけれど、今回はその比ではない。
ただでさえ、まともに睡眠がとれない日々が続いていましたからねぇ…ようやく屋根の下で、しかも布団でぐっすり眠れる予定だったのに。それを予定時間よりも早く叩き起こされるような状況になりましたから、不機嫌になるのも仕方がないと思うんです。私だってちょっとイライラしてますからね。時間帯を考えろっての。


「…『純白の法衣に銀の短銃』」

―――ガゥンッ

「『紫暗の瞳に金糸の髪の僧』―――そして、」

―――ザシュッ

「『銀の髪の女』」

―――バキィッ

「『鬼神のごとき3人の従者』―――」

―――ゴッ

「ま…まさかこいつらがあの、『玄奘三蔵一行』―――!!」


ああ、その呼び名。何だか久しぶりに聞いたような気がします。というか、妖怪達曰く、少し前から姿をくらませていて死んだ、と噂されていたらしいですよ?勝手に殺さないでほしいです。
でもまぁ…


「あれだけ汚い格好していたら、私達だって気がつきませんよ」
「…マジで?」
「マジで。髪も伸び放題でしたしねぇ…」


うんうん、我ながらあの格好はひどかったです。
1人頷いて納得していると、綺麗な声で紡がれる歌が耳に届いた。こんな時に一体誰が、と振り返ってみると、1人の妖怪が女性を人質にとっていました。彼女の名前は玲さん、というようですね。子供達が必死に名前を呼んでいらっしゃいますから。
それにしても、…よくもまぁ、こう何回もわかりきった手を使うものですね。こいつらは。悟浄くんの言う通り、何度目だよって言いたくなっちゃいます。ほーんと東だろうが西だろうが、何処に行っても悪役という奴らのすることはワンパターンなんですね。

―――天辺までいらっしゃい
―――あんたはまだまだ未熟者

さっきからずっと耳に届いている歌は、人質にされている玲さんという女性が歌っているようですね。けれど目は虚ろ、もしかして心が壊れてしまっているのかしら…何故、そんな状態になってしまっているのかはわからない。
でも、それでもずっと歌を歌っているのは―――彼女にとって、とても大事なものだからなのかもしれません。


「タムロくん。彼女が歌っているのは…この村のものかな?」
「…そうだよ。この村の祭りの歌だ!ずっとずっと姉ちゃんはあの歌を歌ってる……!」


この村が妖怪から隠れて暮らすようになってから、とある事件で心がズタズタに壊れてからもずっと、彼女は子供達に歌を教えていたんだそうです。伝統の歌を忘れないように、と。


「―――いつの日かまた、祭りができたら皆で一緒に歌おうねって!!」
「そう、…強いのね、彼女は」


正直言って、私達には関係のないことです。この村の事情も、何もかも。
けれど、空腹と寝不足でどうにもならなかった私達を助けてくれた恩がありますから。


「三蔵様、こういうのを『一宿一飯の礼』と言うのでしょう?」
「…そうだな。おい、どうしてほしいか言ってみろ」


玲さんを人質にした妖怪は、私達が手を出せないと勘違いして逃げようとしている所。今、村の方々が『どうしたい』のか口にしなければきっと、あの方はもう二度とこの村へ戻ってこれないでしょう。…さあ、どんな選択をするのでしょうね?


「…助けてくれ」


ポツリ、と聞こえた声に、私はそっと笑みを浮かべた。


「あの娘を助けてくれ…!!」
「―――悟浄くん」
「おうよ、任せとけ」


彼の錫杖が妖怪の体をズタズタに切り裂いた。その場に倒れ込んだ玲さんは、タムロくん達が駆け寄っているから問題はなさそうですね。傷もないようだし、…とりあえずは一件落着って所でしょうか。目先のことだけで言えば。
ふ、と息を吐いた所で、誰かの腕が肩に回された。視線だけを上げてみると、ニヒルな笑みを浮かべている悟浄くん。


「―――確かに…異国だろうが、異文化だろうが、そこに在る物自体は大して変わらんな」
「ハッまぁ、それを言うなら俺達だって何処行ったって変わんねェけどな」
「ふふっ…ええ、本当にいつまでも変わりません。私達は」


これが私達なのだ、と改めて実感していると、橋の方へ妖怪が2人逃げていった、という声が聞こえてきました。おや、逃げのびた輩がいらっしゃったんですか…んー、そのまま放っておいてまたこの村が襲われるのは後味が悪いなぁ。
それに橋の方へ逃げたのならば、ちょうど私達の進路方向だ。出発するついでに潰してしまえばいい話でしょう。八戒くんも同じことを考えていらっしゃったようで、離れていたジープを呼び、5人揃って乗り込んだ。


「じゃ、元気でな!メシ美味かったぜ!」
「お風呂もありがとう。それから…玲さんを大事にしてあげてね」
「…え?」
「僕ら、この辺で失礼させて頂きますね」
「逃げたネズミも踏み潰しといてやるよ、ついでだからな」


さて、…逃げのびた輩は今どの辺りでしょうかねぇ。そっと目を閉じて辺りを窺えば、今正に橋を渡ろうとしている所でした。でもこっちは車ですもの、絶対に追いつけるわ。そこを右に曲がってください、と八戒くんに指示を出すと、スピードを落とさないまま右へ急カーブ。そうだろうな、と思っていたから、然程驚きはしませんけどね!
…あ、見えた!でも私達に気がついたらしく、跳ね橋が徐々に上がっていってしまっている。このままじゃ取り逃がしてしまう―――そう思っていたのだけれど、徐に立ち上がった三蔵様の弾丸が、跳ね橋を操作するレバーへとクリーンヒット!
それによって再び降下始めた橋へ突っ込み、勢いを殺さないままジープが宙を舞う。そして下りた先には当然、2人の妖怪がいるわけです。まさか飛んでくるとは思っていなかったんでしょうねぇ、驚いた顔のまま…すごい悲鳴を上げて潰されました。文字通り。うん、これでもう大丈夫でしょう。


「ん〜〜〜〜っ…次はいつ、人がいる町や村へ着けますかねぇ」
「地図通りに行ければ、すぐなんですが…地形が変わってしまってますからどうにも」
「なぁなぁ香鈴っあの姉ちゃんが歌ってたやつ、歌ってよ!」
「いいけど、ちゃんと聞いてなかったから確かじゃないわよ?」


彼女―――玲さんは、旦那さんを亡くしてしまったそう。
物資を調達に出た帰り、タムロくんのお父さんのように妖怪に襲われて命を落としてしまったそうなんです。何でも、妖怪に襲われた場所が悪く、村に近すぎたらしくて…橋の対岸まで妖怪が追ってきてしまっていたんですって。当然、跳ね橋は下ろされていない。けれど、その方を助ける為に跳ね橋を下ろしでもしたら…村の場所が妖怪にバレてしまうと思ったんでしょう。
村の方達はその騒ぎに気がついていながら、わざと橋を下ろさなかった。その為、玲さんの旦那さんは帰らぬ人となった。
きっと彼女の瞳が虚ろだったのは、旦那さんを亡くしたからなのだろう。それでも伝統の歌を忘れないように、と子供達に歌を教えていたなんて。やっぱりあの方は―――…強い、女性です。

―――桃の実のお味は良いでしょう?目にも麗しく咲いてるでしょう?
―――けれども高い桃の木の木陰 蹴飛ばす人は誰でしょう?

覚えているフレーズとメロディを紡げば、両隣に座っている悟浄くんと悟空も、どこか楽しそうに歌い出す。何だか私まで楽しくなってきちゃって、少しだけ声量を上げて歌を紡ぐ。
どうかまた、玲さんが心からの笑顔でこの歌を歌える日が来ますように、と願いを込めて。


「〜〜〜うるっせぇ!てめぇまで乗るんじゃねぇよ香鈴!!」

―――スパーンッ!!

「いったぁあああ?!何で私だけ?!」
「テメェが元凶だろ、バカ女!!」
「変わらねぇっつーか、コレもうワンパターンだってのッ」
「あははは。ワンパターンも貫き通せば、それが僕らの『スタイル』ですよ」


言っていることはすごくよくわかりますが、こんな『スタイル』願い下げですよっ!
…なーんて、口では文句を並べながらもやっぱり―――この空気が、雰囲気が、たまらなく大好きだと思ってしまう辺り、どうしようもないんだなぁと思いますけどね。
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