丘の上に住む男
西域に足を踏み入れてから、妖怪の襲撃は止まる所を知らない。日に日に増えていき、ここ最近では丁重にお断りしたってしつこく追いかけられる始末。まぁ、それも前からのことではあるんだけど…そういうのはストーカーというんだ、と仰っていたのは三蔵様だ。
全く…しつこい奴は嫌われるって、昔から言うじゃないですか。かと言って、しつこくしなければ好かれるってことはないと思いますけどね。私。
「人生には必ず3回は『モテ期』があるらしいですよ」
「ええっその貴重な1回が今なん?!」
「ある意味、モテ期と言えばモテ期ですけど…カウントされない気もしますけどね」
「俺なんざ万年モテ期だからどーでも……あ?」
陽が翳った、と思ったのは一瞬だけ。辺りに響く羽音、ギャアという鳴き声―――そう、私達を取り囲むようにしてたくさんの鳥達が頭上を旋回していたんです。これはもしかして、襲いに来た…?だとすれば、さっさと追い払わなければいけませんね。
刀を握り直した時、旋回していた鳥達が一目散に妖怪の元へと向かい、その肉を啄み始めた。私達は眼中になかったみたい…それは良かったのだけれど、肉を啄むその様はどうしたって異様だ。ゾクリ、と肌が粟立つ。
「―――大丈夫。その子達は屍肉しか食べないから」
穏やかな声でそう言ったのは、肩に一羽の鳥を乗せた男性。笑みを浮かべ、鳥を携えたその人の耳は、確かに尖っていた。つまり、彼は妖怪だということ。
それにしても、この鳥達が屍肉しか食べないことを知っていましたよね…ということは、鳥達の飼い主?もしかして操っている、とか?八戒くんも同じ疑問を抱いていたらしく、男性に尋ねている。けれど、返ってきた答えは否だった。自分は単なる『守り人』だと。
何でもこの丘は、数年前までこの辺りの村の鳥葬場だったんだそうです。
「ああ…成程」
「『ちょーそう』って?」
「人が死ねば土葬や火葬にするだろう、それらと同じだ。鳥に食わせるという遺体処理法が風習として根付いている地域もある」
「そいつはまた悪シュミな…」
悟浄くんの気持ちもわからないでもありません。亡くなった人の肉が、先程の妖怪のように鳥に啄まれてしまうんですから。その風習が根付いていない地域の生まれであれば、それは悪趣味で、異様で、乱暴な弔いに見えることでしょう。
ですが、『弔いの儀』というのは最も思想が顕れるものだと言われているんですよね。鳥葬は一見乱暴に見えるんですけど、『全ての生命を自然に還す』ということになるから。この界隈での鳥葬はすでになくなってしまった風習のようですが、きっとこの男性は鳥葬を貴重なものだと考えているのかもしれません。だからこそ、なくなってしまった今でも此処で守り人をしているのかもしれませんね。
「だッあああぁあああ……」
「…え?一体、何が起こったんです?」
「香ちゃん、意識飛んでたろ」
「みたいです」
「あの男、足元に気をつけてって言いながら、自ら捻って落ちてった」
…天然なのですか?さっきの方は。
「スミマセーン、僕ら先を急ぐので失礼します〜〜〜!!」
「大丈夫かなぁ…あの人」
「うーん、気にはなりますがまずは自分達の心配をしないと。香鈴、行きますよ」
「はい」
すぐ下に村が見えたからそう遠くはないだろうけれど、宿があるとも限らないし、あったとしても空いている部屋があるとも限らない。確かに八戒くんの言う通り、男性の安否を気にする前に自分達の心配をしないといけませんよね。お腹も空きましたし、できれば野宿は避けたいですもん
。滑り落ちないように下りていけば、すぐに村の入口へと辿り着きました。そこまで大きくはありませんが、活気づいていて賑やかではありますかね…問題は宿があるかどうかなんですが、それらしき建物は見当たらない。お店はたくさん立ち並んでいらっしゃるのですけれど。
「な〜、腹減ったぁ」
「…ひとまずご飯屋さんへ行きましょうか。悟空が動けなくなってしまいそう」
「チ、仕方ねぇな」
「ヤリィ!」
「現金な奴だなー、ほんと」
ご飯屋さんへ行く道中も、宿を探しながら歩いてみるものの…やっぱり見当たらない。うーん、このまま進んで別の村や町へ行くのも1つの手ですが、陽が沈む前に辿り着けるとは限らないんですよね。
というか、またしばらく町がない可能性だってゼロじゃないですから。異変によって地形も変わりつつある西域では、持っている地図がほぼ役立たなくなっているのが現状だしなぁ。心配事はあるものの、ひとまずは腹ごしらえですかね。
「いくら『モテ期』だからってよ、妖怪のオッサンから茶に誘われるとはな」
「え?そんな話になっていたんですか?」
「そうそう、でも返事する前に落ちてった。てかさ、お茶ぐらい飲んでも良かったじゃん?」
「お前らはともかく、俺が妖怪と茶ァ飲んでたらおかしいだろうが」
まぁ、それもそうか。三蔵様は人間ですものね。うっかり誰かに見られたら、あまりよろしくない展開になりそうです。
…だけど、あの妖怪の男性がいた丘…この村とそう離れてもいませんでした。暴走はしていないようでしたが、こんな近くに住んでいて何も問題はないのでしょうか?妖怪の男性自身に問題はなくとも、妖怪が暴走しているこのご時世ですもの。何か問題や不可解なことが起きれば、問答無用であの人のせいにされかねない。そうなったとしても私達には何の関係もないのだけれど、気にはなりますよね。
ズズ、とスープを飲みながら、またもや意識を飛ばしていると、この村の方らしき人達におずおずと声を掛けられた。お坊様でいらっしゃいますか、と。
(この近辺に宿屋はなかった…このまま野宿、なんてことは皆さんも避けたいと考えているはず)
だとすれば―――…この機会を逃すわけにはいかないでしょうね。じっと様子を傍観していると、瞬時にどうすべきかを判断したらしい八戒くんがにっこりと営業用の笑みを浮かべて三蔵様が最高僧だということを説明しています。
それがわかると村の人達は、お経を読み与えてほしいとお願いをしてくるわけでして…本当に八戒くんはこういう交渉などが上手な方ですよねぇ。
「なー、香ちゃん。本当に彼氏がアイツでいいの?今からでも遅くねーし、俺にしとかない?」
「…悟浄?」
「すんませんっした」
「交渉成立ですか?」
「ええ。ひとまず、今日の宿は心配しなくて大丈夫ですよ」
犠牲は三蔵様、と。でもまぁ、利用できるものは利用しないとどうにもならない時がありますしね…詐欺集団っぽく見えるのは、私も否定しませんけど。
確かに三蔵様は間違いなく最高僧ではありますけれど、殺生も煙草もお酒もやられる、所謂生臭坊主ですからね。それにお付きの人と思われている私達だって、別に信仰に厚いわけではない。というか、その逆かなぁ?神様がいるとは思っていませんし、信じているわけでもない。だって信仰した所で救ってくれるわけじゃありませんから。それでも三蔵様の読むお経は素晴らしい、と思いますけど。それとこれとは別の話ってやつです。
「……本物っぽーい」
「本物ですから」
「悟浄くん達の気持ちもわからないでもないですけどね」
では早速、と案内された建物でお経を読む三蔵様の背中を見ながらそんなことを話していたら、村の人達が有難いとか、この界隈は不吉なことが続いてるとか話しているのが聞こえてきました。
それに反応した悟空がボソリと「不吉なこと?」とオウム返しのように呟くと、1人の男性が何人もの村人が行方不明になっていると教えて下さったんです。立て続けにではなく、多い時でもふた月に1人程度だそうですが…総数にすると10人はくだらないという。大人から子供まで、いなくなる人に共通点はないみたいですね。見境なく、といった感じだろうか。
「やっぱりホラ、丘の上の『鳥男』の仕業じゃないかねぇ」
―――鳥男?
「そういえば、この辺りには鳥葬の風習があったとか」
「ええ。数年前はこの村も人間と妖怪が共に生活しておりまして、鳥葬を行っていたのはその頃までです」
妖怪が暴走してからは鳥葬場のある丘の上まで遺体を運ぶのも危険だから、という理由で廃止されたそうなんです。そしてあの丘にはこの村出身の妖怪が1人住みついていて、何故か今も鳥達の世話を続けている―――と。
ということは、やっぱり村の人達が言っている『鳥男』というのはあの妖怪の男性のことなんですね。今の所、あの男性から直接的な被害は受けていらっしゃらないようですが、それでも妖怪が近くに住んでいるというだけで気が気じゃないそう。村の人達がいなくなっているのもその男性の仕業ではないのか、と専らの噂なんだそうです。
…ああ、やっぱり疑いの眼差しは妖怪に向きますよね。あの男性にそんな気持ちがこれっぽっちもなくとも、妖怪というだけで恐れを感じられてしまうんだ。
「うーん、そんなことするよーな奴にはあんま見えなかったけどな」
「あの男―――淀仁と会ったんですか?」
「まぁ、ここに来る途中でチラッとな」
「おおっさすがは三蔵法師様御一行だ。このご時世に妖怪と出会ってもたじろがないとは!!」
だって三蔵様を除く私達4人も妖怪ですから。…なんてことは、口が裂けても言えないので笑って誤魔化します。あはは。
このお話もここまでかな、と思っていたんですけど、何だか雲行きが怪しくなってきました。何故ならば、村の人達が勝手に私達が例の男性と話をつけることになりそう…というか、なったからです。
それにはさすがの八戒くんもあれ?という顔をしてらっしゃいます。どうにかこうにかして断ろうとしたものの、断れる雰囲気ではなさそうでそのまま丘の上へ逆戻りすることとなりました。どうしてこうなった。
「―――ということなんですけど、お心当たりありますか?」
「そんな…とんでもないっ村人を襲うなんて……!!」
妖怪の男性―――淀仁さんは眉をハの字に下げて違う、と否定されました。自分はベジタリアンだから、と。というか、ベジタリアン?妖怪にもそんな方がいらっしゃるんですねぇ…まぁ、私達だって人間は食べませんし、野菜だって食べますけど。でもそれは暴走していないから、という結論に至るのかしら。
うん、どう見てもこの人は無害だ、今の所。だけど、この丘の上に暮らしている以上…淀仁さんがいくら人を襲ったりしない、と声を上げた所で、今回のようなことは何度だって起きるでしょう。いつか、不安に駆られた村の人達が彼を襲いに来るかもしれない。どうしたって淀仁さんにとって、不利なことばかりだと思うのだけれど。それにもう鳥葬の風習も廃れてしまっている…鳥の世話をする必要性はないだろうに、どうしてなんだろう?
「私は、鳥葬という風習を貴重な文化的思想だと考えています」
命を自然に還すということ―――そして、命を食して生きて来た者が自らの血肉を他の命に布施するという行為…いつかこの桃源郷が再び平和になった時の為に、この尊い思想を継ぎ残していきたいんだと、淀仁さんは仰った。それがここに留まる理由だと。
「うわっヤメロよー!!それ俺のだろっ取るなってコラ!!あだだだだッ!!」
「あらら、大丈夫?悟空」
「ははは、やめなさい天羽。こっちへおいで」
「鳥と食い物取り合ってんなよ」
「ふふ。懐かれちゃったんですかね?」
「でも珍しいなぁ。僕以外には絶対に近づかない子なのに」
「野生動物みたいなモンだからじゃね?この猿も」
あー、もう。またそんなことを言う…喧嘩になっても知りませんよー……って、もうなってますね。相変わらずだなぁ、悟浄くんと悟空は。あまり余所様の家で騒ぎすぎないでくださいよ?こんな所で三蔵様が銃をぶっ放したら大変なことになりますから。
2人のじゃれ合いを見ながらも、耳は八戒くん達の会話に傾けられている。天羽、と呼ばれたあの鳥は翼を怪我していてあまり飛べないんだそう。だから外ではなく家の中に置いているみたいです。
それにしても…いくら鳥葬という風習を大切にしている、継いでいきたいと思っていても、あれだけの数の鳥を世話するのは大変そう。エサとか。見た所、この辺りには鳥達が食べれるエサがあるようには見えないし。
(屍肉しか食べない、絶対―――あの時、淀仁さんはそう仰っていましたっけ)
それは人間や妖怪の屍肉だけ?それとも動物のものでも、あの鳥達は自らの血肉とするのだろうか?真実を知っているのは世話をしているあの人だけだけど、…どうしてだろう。何だか変な感じがします。
村の人達が言っていた失踪も本当に、淀仁さんは無関係なのだろうか。本人は否定していましたし、嘘を言っているようにも見えませんでした。だとすれば、他に何か人為的な要因があるのだと思うのだけれど。
「…私達が、…いえ、私が気にすることではありませんね」
そうだ。私達は正義の味方では、決してないのだから。