溺れたなにかの欠片
ドクリ、ドクリと心臓が嫌な音を立てている。
今、私達は村の人達と一緒に村外れの埋葬場へと来ていた。ただの思い過ごし、勘違いであってほしいと願ったけれど、…それは叶わなかった。お墓を掘り返すと、そこにあるはずの遺体は影も形もない。遺体と一緒に埋めたはずの遺留品も、なくなっていました。
この瞬間、推測は真実へと変わってしまった。間違い、ない…あの人は鳥達のエサを維持する為に、お墓を掘り起こして遺体を―――。
「……ッ」
「大丈夫。悟浄が向かってくれていますから、悟空は無事ですよ」
無意識に彼の腕を掴んでいたらしい。その手に八戒くんがそっと触れて、温かい温度にホッと息を吐く。それでも不安は消えてくれないけれど、それでもさっきよりも安心感が増します。
八戒くんの言う通り、悟空の元へは悟浄くんが向かってくれました。だから、…だから大丈夫。絶対、悟空は無事です。またあの笑顔を、あの子は見せてくれるはずだから。ふ、と詰めていた息を吐いて、伏せていた顔を上げた。
「あの人は、…魅入られてしまったのでしょうか」
「さあな。だが、他人の倫理を侵したら、それはもう理念なんかじゃねぇ。例え、相手が死者でもな」
鳥葬を伝え続ける為にやったことなのか、詳しいことはわかりません。その全てに答えられるのは、きっと淀仁さんだけ。理由も、何もかも知っているのは彼しかいない。語られないそれらを私達が知る術は、もう残されていないのでしょう
。鳥達に何かを、誰かを重ねていたのかもしれない…そうではないかもしれない。けれど、どんな理由があったとしても―――あの人はきっと、触れてはならない領域まで手を伸ばしてしまったんだ。決して、戻れない所までいってしまったのだろう。それを責めることなんて私達にだってできないけれど。
(生を終えた肉体が啄まれ、自然へと還っていく。それが鳥葬の意義…)
魂もきっとどこかへ還るのだろうけれど、それがどこかなんて見当もつかない。これから先、どんなに長い時間を生きたとしてもその答えを知ることも、得ることもないのでしょう。
だけど、だけどそれでも1つだけ確かなのは、私が大好きで大切だった方達はずっと私の中にいる。消えたりしない。私が覚えている限り、その方達の存在は消えたりしないって。死して尚、私の中で生き続けていくんだ。
「前世で失った方達も―――ずっと、私の中にいるのかもしれませんね」
そっと目を閉じれば、私の前世だと笑った『彼女』のことを思い出す。あの人が自分の中にいる、という感覚は全くないけれど、記憶だって残っていないけれど、でもきっと魂には刻まれているのだと思う。『彼女』が愛し、大切だと思った方達との思い出が、記憶が、今を生きる私の魂の奥深く…誰にも触れられない場所に。
「香鈴、悟空と悟浄を迎えに行きましょう」
「はい」
「…また難しいこと考えてました?」
「え?」
「眉間にシワ、寄ってますよ」
難しいこと、と言えば難しいことなのかも。曖昧な笑みを浮かべれば、八戒くんは仕方ないですねぇ、と笑って私の手を握る。指を絡め、体温を分け合うように、決して離れていったりしないように。…こんなことしなくても、私が彼の傍を離れることなんてしないのに。というか、できないことをわかってやっているんでしょうか?
いつか離れる日がやってくるとしたら、きっとそれは―――…八戒くんが私を、いらないと思った時でしょう。それまでは何があろうとも、絶対に離れてなんかやらないんだから。言葉で表現するのは難しくて、尚且つ恥ずかしい。だから、体温から伝わればいい、と強く手を握り返した。
とにかく今は、丘の上へと行っている2人を迎えに行かなくちゃいけませんね。
村を出てジープに乗り込めば、昨日も訪れた丘まではすぐだった。適当な場所でジープを停め、2人が来るのを待っていると然程時間が経たないうちに、悟空を背負った悟浄くんが姿を現しました。
良かった…何で背負われているのかはわかりませんが、ひどい怪我をしたようには見えませんね。迎えに行った彼も何ともないようだし。
「おかえりなさい、悟空」
「ッ……うん、ただいま香鈴」
「よっ…と!あー、クソ重かった」
ドサリ、と後部座席に下ろされた悟空は、確かに怪我なんて1つもしていないんだけど…何かがおかしい。だってさっきからピクリとも動く様子を見せないんですもの。あ、もしかして動けないのかしら?だとしたら、悟浄くんに背負われていた理由も納得がいきますね。
念の為、何があったのか本人に聞いてみると、出されたお茶を飲んだら体が痺れて動けなくなった、とのこと。うーん、ということは痺れ薬でしょうかね。
「ったく、勝手に突っ走るんじゃねぇよ。馬鹿が」
「…うん、ごめん」
「悟空、口を開けてもらえる?」
「?あ。」
「はい、口を閉じてごっくんしてー」
さして味はしないだろうけど、水も用意しておきましょう。
荷物の中から水筒を取り出して、コップに水を注いだ。
「なーんか、子供と親みてぇ。悟空と香ちゃん」
「否定はしません」
「何を言ってるんですか、八戒くんも悟浄くんも。悟空、飲み込めた?」
「飲んだけど、なに?これ」
「私の作った薬。変なものは入ってないから安心して」
薬師である八百鼡さんから教わった作り方だから。とは、口が裂けても言えないので、黙っておきますけど。あまり敵だという感じはしない方ですが、一応敵対関係ですからね。伏せておいた方がいいでしょう、特に三蔵様には。
「即効性はない薬だから、もう少しだけ我慢して。30分もすれば楽になってくると思うから」
「そっか、さんきゅ。香鈴」
「いいえ、どういたしまして」
「…何か眠くなってきた」
「眠れていなかったみたいですからね。少し眠っていていいですよ」
「んー…」
八戒くんが言うやいなや、悟空はすやすやと寝息を立て始めた。
あ、しまった。このままじゃ私が座れない…!置いていかれるのだってごめんです。チラ、と悟空に視線をやると、よっぽど眠かったのかすでに深い眠り―――に入っていると思われます。これだったら少し動かしたり、触れたりしても問題はない…ですよね?起きた時にビックリするかもしれませんが、座れないのも困りますから。
ごめんね、と心の中で呟きながら、そっと悟空の頭を持ち上げ、膝の上にのせてみた。うん、起きる気配はないですね。良かった。
「なに?大サービスじゃん、香ちゃんってば」
「こうしないと座れないんですもん」
「あはは。横になっちゃってますからねぇ…さて、そろそろ出発しますよ〜」
―――ギャア
車のエンジン音に紛れて、鳥の鳴き声がしたような気がした。何かに引かれるようにして丘を見上げたけれど、そこには何もいなくて。だけど何故か、目を離すことができなかったんです。