いつもと違う貴方


こっそり出かけたお祭りから帰ってきた後はしばらく暇で、ベッドに腰掛けてボーッとしていました。気がつけば外はすっかり暗くなっていて、お祭りも終了し片付けが始まっているようでした。ということは、そろそろ宴の準備も始まっている頃なのかなぁ。

ふっとハンガーにかけられている宴用に準備してくれたドレスを見上げる。色は薄い青のとてもシンプルなシフォンドレスで、腰のあたりにリボンがついていて可愛らしいんですよ。昼間着ていたものとは全く印象が違います。
あれは何と言いますか…儀式用、と言えばいいんでしょうか?そんな印象を受けましたし、実際に歴代の歌姫様が着ていた衣装のようですから。装飾品も全て初代の方から使われていたみたいですよ。


―――コンコン、

「歌姫様、宴用のメイクと髪のセットに参りました。入ってもよろしいですか?」
「あっはい!どうぞ」


失礼致します、とお辞儀をしながら入ってこられたのは、昼間もお世話になった方。あの時は大切な儀式ですから、と化粧や髪のセットも入念に、且つ舞台映えするようにして頂いていたんですけれど、今回はナチュラルにいきましょうかと言われました。
ああでも、私もその方が有難いかも…普段、化粧なんて全くしないから昼間の自分にはかなり違和感があったんです。会う方、会う方、とても綺麗ですって仰ってくれていましたけどね。

昼間と同様、鏡台の前に腰掛けてメイクと髪のセットが終わるのをじーっと待つ。あの時は2時間ほどかかりましたけど、今回はナチュラルメイクにしてもらったし、髪も緩く巻いて上げただけのシンプルなものだったので30分ちょっとで終わり。…ううん、これだけ薄いメイクにしてもらってもやっぱり違和感…そもそもこんなに自分の顔をじーっと見ることもないし、変な感じですね。
着替えは自分だけでもできますから、と告げるとそのまま部屋を出て行かれました。だって今度着るドレスは複雑な構造をしていませんからね、手伝って頂く方が申し訳なくなっちゃいます。着ていた服を脱いでドレスに袖を通し、鏡を見ながら少し整えれば完成です。リボンも曲がっていませんし、大丈夫かな。

緊張はしていないけど…宴、というかパーティーとか参加したことないからどんな感じなのか想像がつきません。お祭りも盛大でしたから、その打ち上げである宴も盛大なのかなぁ。楽しみではあるんだけど、舞台を降りた瞬間みたいに町の方々に囲まれないかだけは…心配かも。昼間ので顔はしっかり割れてしまってますし、お祭りに携わった方々は皆さん私の顔を知っていらっしゃるようでしたから。
でも一般の方は参加されない宴だから、あの時のようなことにはならないかな…そんなことを考えていたらノックの音がして、ドアが開いた。


「香鈴、お迎えに上がりました」
「あ、八戒く……」
「?どうしました」


入ってきたのはエスコート役を引き受けてくれた八戒くんだったのだけれど、普段と違う服装で思わず言葉を失った。細身の黒のスーツに白のワイシャツ、ネクタイは深緑、ネクタイピンにも緑色の小さな石がついていて…あの、正直めちゃくちゃカッコイイんです!
いつもつけているモノクルもその格好にマッチしていて、これはちょっと直視できないんですけど…!服装で印象はガラッと変わる、とはよく聞きますが、本当ですねアレ。いまいち信じてませんでしたけど、その通りだと思います。


「カッコイイ、です、スーツ…」
「ありがとうございます。香鈴もとても綺麗ですよ、昼間の衣装も素敵でしたが…僕は今の方が好きです」
「ッ、!」


わわっ…!そんなにっこり笑顔で言われたら一気に熱が上がってきちゃいます!お世辞でも綺麗とか、そういう風に言われちゃうとやっぱり舞い上がっちゃいますよ…だって好きな人に言われた言葉なんですから。舞い上がらない人がいたら見てみたいくらい。


「こんな素敵な貴方をエスコートできるなんて、得しちゃいました」
「も、もう…っ!からかわないでください」
「嫌だなぁ、本心ですよ?」
「……そういう言い方、ズルいです…」
「でも嘘は言っていませんよ?…さ、行きましょうか。お手をどうぞ?」


浮かべられた優しい笑み。差し出された左手。
ただそれだけなのに心臓はドキドキ忙しなくて、顔もきっと真っ赤になっているに違いありません。
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