来年も、再来年も、
その先も。
「実は今日、僕らがこの旅に出てちょうど丸1年なんです」
パタン、とシステム手帳を閉じた八戒くんが、にこやかな笑顔を浮かべてそう言った。私はその言葉よりも彼が持っている手帳の方が気になって仕方ないんですけど。だって何が書いてあるのか気になるじゃないですか!日記とか愚痴とか、かなぁ。やっぱり。
同じように気になったらしい悟空が何が書いてあるのか聞いているけれど、言えるワケないじゃないですか(ハート)ですって。うん、彼らしい返答というか何というか…まぁ、そう簡単に教えてくれるわけもありませんよね?プライベートなことですもん。
そうこうしているうちに頼んでいたビールやカクテル、それとコーラが運ばれてきた。何となくクセでかんぱーいってやってから、カクテルを一口。あ、これ初めて飲んだけど美味しいな。
「そっかあー。あれからもう1年になるんだ」
「そうですねぇ、まるで6年くらい旅してるよーな気もしますけど」
「あはは。それだと私達、完全に三十路ですねぇ」
「…そこまで老けちゃいねーだろ」
「三蔵なんか立ち上がる度に関節鳴るもんな」
―――ゴッ。
ああもう…またそういうこと言うから、三蔵様が醤油差し投げちゃったじゃない。中身が零れなかったから良かったものの、醤油はなかなか落ちないんですからやめてくださいよねー本当。
…けど1年、か。あまり日付感覚とかありませんでしたけど、あの日からもうそんなに経っていたんですね。しんみり思っていたら、八戒くんが色んなことがありましたよね、って言ったから、どんなことがあったか思い返してみることにしました。
ええっと、お腹を刺されて、腕を切られて、暑さでぶっ倒れて―――…あれ?私、怪我してるかぶっ倒れてるかのどっちかじゃないですか?
「…情けなさ過ぎて泣きたい…」
「旅の思い出も人それぞれなようですね」
ふと他の3人を見てみると、三者三様の思い出だったようで…三蔵様は怒りマークが浮かんでいて、悟空は花が飛んでいて、悟浄くんはどんより落ち込んでいました。話題を振った八戒くんだけはけろりとしていたので、然程思い返さなかったかもしれませんね。
…あ、さっき思い出したのは怪我とかばかりだったけど、彼にドキドキさせられたりすることも多かったなぁ。もちろん嫌だったわけじゃないけど、彼の真意…というか、気持ちって言えばいいのでしょうか?それが全くわからないから、どう感じていいのかがわからないんです。単純に喜んでいいのか、それとも勘違いするなと律した方がいいのか。
どっちにしろ遠い目をしたくなった私は、カクテルをチビチビ飲みながらそっと息を吐く。ボケーッとしてたから全く皆さんの話を聞いていなくて、意識を戻すと悟空が「メニューのこっからここまで全部!!」と注文しててびっくり。
…え、今日はいつも以上に食べるね?全力だね?何でまた急にそうなってるのでしょうか。
「ひとつの節目ということで、思う存分飲み食いすることになったんですよ。食べたいものあります?」
あ、甘いものは後でね。
ポカンとしている私に説明してくれたのは八戒くん。そしてしっかり釘も刺してくれました。…わかってるもん、甘いものはちゃんとご飯食べてからにしますよーだ。
「んー…でも悟空がメニューの端から端まで頼んだんですよね?それのおこぼれもらえばいいかなぁ…」
「大半が悟空の胃袋に消えますって。というか、貴方はもう少し食べた方がいいんじゃないですか?」
「ええ?これでも旅に出てから食べる量増えましたってば。…あ、つくねとねぎまとじゃがバター食べたいです」
「香ちゃんってじゃがバター好きだよな」
「美味しいですよ、明太子マヨとか特に」
三蔵様みたいにマヨラーではないので、大量にかけたりはしませんが。
各々頼んだものが運ばれてきて、あっという間にテーブルの上はたくさんのお皿で埋まりました。まぁ、すぐにお皿は空になっていくんですけれど。相変わらずよく食べるなぁ、悟空ってば。
勢い良く食べていく悟空を横目で見ながら、私はのほほんと焼き鳥を口にする。んー、つくね美味しいなぁ。
―――1時間経過―――
「…でさ、そん時紅孩児の奴が…」
「ぎゃはははッありえねーっ!!」
「人のこと言えねぇだろ、お前らも」
「今更ですよ、三蔵様」
「あ、スミマセーン。これと同じものを」
―――2時間経過―――
「なに悟浄、梅干し食えねーの?マジで?!」
「っせーな。てめぇだってワサビ食えねえべ」
「…ああ、そういえば梅干しのおにぎりだけ食べたことなかったね。悟浄くん」
「美味いだろうが、蜂蜜漬けとか」
「それは梅干し好きとして邪道ですよ、三蔵」
―――3時間経過―――
「あ―――何つったっけな。笑点の水色の着物の人。思い出せねぇ〜〜っ」
「楽太郎?」
「そりゃ紫の着物だ」
「香鈴、飲み物おかわりしますか?」
「あ、じゃあ八戒くんと同じやつ」
「はいはい。スミマセーン、これと同じものを2つ」
「あとイカの一夜干しとエイヒレも!」
「……意外と渋いおつまみいきますね、香鈴…」
―――4時間経過―――
「……」
「……」
「スミマセン、これと同じもの2つ…」
「何本目だ、お前ら」
「多分、7本目?」
うわ、時間なんて気にしてませんでしたけど、もう4時間もこのお店にいたんですね。そりゃあお腹もいっぱいになりますよねぇ。…あ、でも最後に甘いもの何か食べたいなぁ。
「な、三蔵。最後にシャーベット食いたい!あ〜〜〜杏仁豆腐も」
「葛きりにしておけ、俺も食う」
「そしたら私もシャーベット食べたいな」
最後の注文でシャーベット2つと杏仁豆腐、それから葛きりをお願いしました。甘いものは別腹、って言いますからね。
メニューを閉じてうーん、と背伸びをしていると、悟浄くんがぼんやりと考え込んでいるように見えました。どうしたのかと思って、八戒くんと声をかけてみれば、
「よくまぁ、1年も保ったモンだと思ってよ」
彼も今日は、少しだけ感傷的なのかもしれない。でも確かにそうですよね、性格は見事にバラバラだし、協調性があるわけでもない5人が揃って旅をしているなんて、きっと1年前の私は夢にも思ってないと思うんです。あの家で3人で、ずっと暮らしているものだと思っていた未来は―――面白い方に転んだと思う、本当に。
いまだに衝突するし、成長しているようにも思えないけど(私含め)…それでも決裂することなくここまで来れたことは、ある意味奇跡なのかもしれませんねぇ。
「ふふっ」
「香ちゃん?」
「んー?…まだまだこの縁は続くんだろうなぁ、って思って」
「ははっそりゃ迷惑な話だな」
「そうですね」
「私は嬉しいですけどねー。…あ、悟浄くん、八戒くん、お酒注ぎますよ」
「お、さんきゅ」
「ありがとうございます」
熱燗が空になる頃、頼んでいたデザートも綺麗に平らげ、テーブルの上には今までで一番の空皿・コップが散乱しています。…うん、今更だけど本当にすごい食べたなぁ。今までにここまで食べたことありませんでしたもんね。
これは金額も最高額になるんでしょう…三仏神様のカードはこういう時の為にあるんだ、って三蔵様は言ってますけど、多分あの御方達はこういう使い方を想定していないと思います。絶対に。
温かいお茶を啜りながら三蔵様がカードを出してくれるのを待っていると、様子がおかしいことに気がついた。あれ?もしかしなくてもこれ…見つからない、ってパターンですか?それともどこかに入り込んじゃってるだけとか……そんなオチを望んだけれど、そう甘くはありませんでした。探すのを諦めてしまったのか、三蔵様は優雅に煙草の煙を吐き出した。
あーあ…どうしましょうか。いつもカード支払いでしたから、私達は現金というものを持っていないんですよね。
「『三蔵一行無銭飲食』。明日の朝刊の見出し決定ですね」
「うーわぁー…それは絶対に避けたい所なんですけど。別の意味で有名になっちゃいますよ」
「ですよねぇ。どうしましょうか」
八戒くんと2人、お茶を飲みながら口論をし始めた三蔵様と悟浄くんを眺める。
今となってはカードなんて関係ない話になっちゃってるよ…けど、私もお刺身にマヨネーズをつけるのはいかがなものかと思っていましたけど―――今、それを言っちゃうんですか、悟浄くん。
「あ、思い出した!コユウザだ!!!」
「てめぇはだァってろこの猿!!」
「ああもう、悟空を煽らないでよ悟浄くん」
「あはは。明日も楽しく生きましょうね」
口論する暇があるんなら、ここの会計をどうするべきか考えましょうよ…もう。
(三蔵様!皆さん!!カード見つかりましたよー!!)
(えっ何処にあったんだ?!)
(八百鼡さんが持ってきてくださりました)
(………なんで?)
(拾ってくださったそうですよ?)
(…あ、あの川に落ちた時ですかね?もしかして)