桜の君に、恋をした。


全部片付いて、目一杯寝て、そんで思った。後悔したくねぇんだったら、ぶちまけちまえばいいんじゃないかって。
隠すことがあの子の為だと思ったけど、でもそんなのは所詮綺麗事だ…ただ、自分が臆病なだけ。伝えて拒絶されちまうのが、怖かっただけなんだよな


 side:悟浄


昼下がり。メシを食い終えた後、俺は香ちゃんを捜して宿の中を歩き回っていた。ほんの数十分前までは一緒に食堂でメシを食ってたはずなんだけどな…あの子は食い終わった後、そのままふらりと姿を消した。
部屋に戻るとか、町に出てくるとか、一切言ってなかった気がすんだけど。それとも俺が聞き逃していただけか?…別によ、あの子が勝手にいなくなっちまったって思ってるワケじゃねーよ?俺が捜してる理由は、伝えたいことがあっただけで。

(急ぎじゃねぇけど、…こういうのは思い立った時にやっとかねぇと)

先延ばしにしたって何の問題もない。でも、俺達の旅は決してお気楽なもんじゃねぇ。いつどうなるか、何が起こるかわかんねぇもんだから、だから伝えたいことはさっさと言っておかねぇと絶対に後悔する。そう、思ったんだよな。…俺らしくはねぇけど。のらりくらりと、その場しのぎで生きてきたはずの俺がそんなことを考えるようになるとはねぇ。


「これもアイツらの影響なのかねぇ?―――っと、見つけた。香ちゃん!」
「悟浄くん?どうしたんですか、こんな所で」
「んー?香ちゃんのこと捜してた。洗濯?」
「ええ。天気もいいですし、出発は早くても明日になるそうなので今の内にと思って」
「ふぅん…干すの手伝うわ」
「あら、珍しい。ありがとう」


柔らかい笑みを浮かべた彼女。何度だって見たことのあるこの笑顔に、俺はいつだって励まされて、許されて、…恋をした。




「さ、これで終わりです。悟浄くんが手伝ってくれたおかげで、早く終わりました」
「お役に立てたなら光栄、ってな。にしても、すげー量…」
「5人分ありますからね。このくらいはいつものことですよ」


よいしょ、と洗濯カゴを抱えた香ちゃんの背中にあのさ、と声を掛ける。何ですか?と振り返った彼女に聞いてほしいことがあるんだ、と言葉を投げれば、きょとんとした表情を浮かべた後。笑みを浮かべて、どうぞって言ってくれた。
きっと、こんなにも心臓が忙しなく動くのはこれっきりだ。今までも、これから先もここまで緊張するような出来事はねぇと思う。


「俺さ―――ずっと香ちゃんのことが好きだった」
「え…」
「いつからとか、そんなの覚えてねぇけど。…でもよ、ずっとその笑顔に救われてたんだぜ?」


香ちゃんの顔から、笑みが消えた。泣くのを我慢してるみてーな、そんな顔になってて…ああやっぱりこの子は優しいな、と思う。
そうだ、俺は彼女のこんな顔にさせたくなくて、悩ませたくなくて、それでこの気持ちは隠したままでいようって思ったんだよな。…でも本当は、『俺が』見たくなかっただけなんだと思う。香ちゃんのこんな、顔を。そんで傷つきたくなかっただけだ。


「悟浄、くん、あの、私…っ!」
「うん。大丈夫、お前の気持ちは知ってるから。つーか、気づかせたの俺だし?」
「……そう、でしたね…」
「そんな顔しなさんなって!わかってて言ったんだ、好きだって」


所謂、自己満足ってやつだ。結局俺は、自分のことだけしか考えてねぇんだろうなぁって思う。思うけど、…どうせ八戒と香ちゃんがくっつくんなら、その前にスッキリしておいた方がいい。その方が絶対に、笑って良かったなって言ってやれると思うから。―――だから、今だけは甘えさせてよ。


―――ギュウッ

「香ちゃん。…聞いてくれて、サンキュ」
「わ、私は何も……あの悟浄くんっ…」


何かを言おうとした彼女の唇に、そっと人差指を当てて黙らせた。この子が何を言おうとしていたのか、手に取るようにわかっちまったから。
いいんだよ、そんな言葉は…いらねぇんだ。これこそ綺麗事かもしんねーけど、香ちゃんがさ笑ってくれりゃあ俺はいいから。だから、


「謝罪はいい。…そん代わり、目一杯笑ってねぇと許さねぇ」
「ごじょ、」
「俺が望んでんのはそんだけ。それと、抱きしめたのは謝んねーからなー」
「!…もう、さっきまでの雰囲気はどこにいっちゃったんですか…」


いーの。いつまでもウジウジしてんのは俺らしくねぇんだからよ。ニッと笑みを浮かべれば、香ちゃんも困ったような笑みを浮かべたのが見えた。
…彼女越しに、八戒の姿が見えたような気がしてしっかり視線を上げてみりゃあ見間違いでも何でもない。やっぱり少し驚いた表情を浮かべたアイツの姿が、そこにはある。―――ほんと、しょーがねぇ奴。


「悟浄くん?」
「香ちゃん。お前はさ、幸せになっていいんだからな」
「…はい」
「ん。じゃあ、俺は先に戻ってるわ」


彼女の頭を撫でて、宿へ繋がる道を進む。もう走っていっちまったかな、と思ってたんだけどそんなことはなかったらしく、踵を返したばっかりであろうアイツの姿を発見。
八戒、と名前を呼んで、逃げらんねぇように肩に腕を置く。いつもの、俺達のスタイルだ。相変わらず八戒の顔には驚きと、…若干の諦めの表情が浮かんでて、思わず心の中でバカだなぁコイツ、と呟いた。


「なーんだよ、覗き見か?八戒」
「ち、違いますよ!香鈴を捜していたら偶然……とにかく、僕は2人が何を話していたかは聞いていません」
「ははっわーかってるって!ンなムキになんなよ。―――なぁ、八戒」
「?何です、悟浄」


肩にのせたままだった腕をどけて、視線を合わせた。


「香ちゃんのこと、離すんじゃねーぞ」


今度はお前の番だ。もう、いいんじゃねーの?お前も好きな奴ともう一度、幸せな人生っつーのを掴んでもよ。いつだって香ちゃんを第一に考えてて、ちょっとしたヤキモチも妬いてて、自分の身を危険に晒しても守りてぇって思うんだろ?
…だったらもう、その気持ちを隠すこともねぇだろ。ぜーんぶぶちまけて、そんでさ?笑って報告しに来いよ、俺達の所に。そうしたら少しは、…俺も笑えるような気がすっからよ。


「悟浄…?」
「いい加減、じれったいんだっつーの。さっさと言っちまえよ」


複雑な顔をしたアイツ。きっと今のでわかっちまったんだろう、俺と香ちゃんが話していた内容に。俺が香ちゃんに抱いていた感情に。ま、自分のことには鈍い奴だけど、他人のには割と敏感だからなぁ…もっと前から勘付いてた可能性は高いかもしんねぇけど。それでもきっと、ハッキリと理解したのはたった今だろう。そうじゃなきゃこんな顔、するわきゃねぇしな。
ったくよー、香ちゃんといい、八戒といい、ンな辛気くせぇ顔すんじゃねーっつーの。別にお前らが付き合いだしたら世界の終わりが来るわけでもあるまいし…しゃんとしやがれ。そうじゃねぇと、…諦めきれねぇだろうが。
そんな思いを込めて八戒の頭をくしゃりと撫で、俺は歩みを進めようとした。


「―――すみません、悟浄。いくら貴方でも…彼女は譲れない」
「…バァカ。ンなのとっくに知ってるっつーの」


ずっとわかってたさ。香ちゃんの想いに気がついた時に、八戒の想いに気がついた時に、何より―――自分が彼女へ抱く感情を、理解した時に痛い程にさ。
でもそれでいい、八戒、お前は今みたいに強気な顔でいりゃあいいんだよ。んで、誰にも香ちゃんを渡さないようにしてればいい。少しでも隙を見せたらその時は、俺がすかさず横から掻っ攫ってやる。あの子を泣かせることになったら、絶対に許してなんかやらねぇ。


「頑張れよ、八戒」


鼻の奥がツンとしたのは、きっと空気が冷たいせいだ。泣いてるわけじゃ、ねぇ。
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