愛情手料理
「久しぶりに香鈴が作ったメシ食いたい!」
左手に缶詰を、右手に割り箸を持った悟空が声高らかにそう、宣言した。何というか、突然すぎて呆けるしか出来なかった私は、やや固まってからようやく「…はぁ?」とだけ声を発したのです。だって急に私が作ったご飯が食べたいって言われても、驚くだけでしょう?普通。
いえ、別に作るのが嫌だというわけではありません。むしろ、料理はもうほぼ趣味と化していて作るのは大好きなんです。食べてくれる方がいる限り、その人のことを考えて作る料理は楽しいですしね。だから旅に出る前に八戒くんと分担してやっていた家事も、何ら重荷には感じなかったんですよ。悟空が遊びに来る日に作る大量の料理ですら、辛いとは思ったことがない。
「だってさぁ、ずーっと野宿だし、メシも缶詰ばっかだし…たまに八戒がスープ作ってくれるけど」
「器具もありませんし、食材も持ち歩けるものではないですからね。保存食以外は」
「黙って食え。文句があるなら食うな、バカ猿が」
「食うけどさぁ…腹減ってるし」
確かに悟空の言う通り、ここ1週間程は野宿が続いているんですよね。町までなかなかに遠いみたいで、八戒くんによればあと半日走れば着くようなんですけど…たくさん食べる悟空にとって、缶詰ばかりの夕飯は足りないのでしょう。きっと。
かと言って、新鮮な食材を持ち歩くことは出来ませんから、森の中で料理をするっていうのは難しいんです。…いや、どうにかしようと思えばいくらでも出来るんですけど。
「そうですねぇ…ウサギとか鹿とか、探してみます?」
「…香ちゃん、それはさすがに…」
「ご心配なく、ちゃんと捌けます!」
いや、そこは心配してねーから。てか、そんな満面の笑みで言わないで。
悟浄くんはどうしてそんなにげんなりとした顔をしていらっしゃるのでしょう?捌けないかもしれない、と思ってたわけではないのかしら?森の奥で家族と暮らしていた頃は、村まで買い物にすら行けなかったから自給自足だったんですもの。野菜も自分達で育てていたし、お肉は森に棲む動物を捕まえて捌いていましたからその辺りは慣れてるんです。
まぁ、それはさておき。悟空も大分参っているようですし、次の町に着いたら宿の厨房を借りられるかどうか聞いてみるとしましょうか。もしくは、部屋に台所がある宿屋があると嬉しいですね。器具付きで。
ボソリ、とそう言えば、それを聞き取ったらしい悟空が目を輝かせて作ってくれるのか、と聞いてきた。コクリ、と頷けば嬉しそうにやったー!と勢い良く両手を挙げて、挙げた手が三蔵様の側頭部にクリーンヒット。その直後にスッパアアアアァアアンッと、今までで一番重い音の打撃音が聞こえました。
ああ、あれはとても痛いでしょうねぇ…でも原因は悟空自身にあるわけですし、何も言わないでおこう。だってハリセンで叩かれたくはないですもの。
「それで悟空は香鈴の作った何の料理が食べたいんです?」
「ああ…そうですね、リクエストがあるなら聞くよ?悟空」
「えっえっと、…どれも美味いからめっちゃ悩む…!」
食べ終わった缶詰のゴミを袋にまとめて、しっかり縛る。その間も悩んでいる悟空を微笑ましく思いながら、食後のコーヒーを準備しようと立ち上がった。
「まぁでも、確かに香ちゃんが作るのってどれも美味いよな」
「そうですね。僕、あれが好きです、揚げだし豆腐」
「俺、肉じゃがと大根の煮物。味染みてて美味かった」
「ふふ、じゃあそれも作りましょうか。久しぶりに作るので張り切っちゃいますよ」
「んーじゃ、お願いしよっかな」
「三蔵様は何か食べたいもの、あります?」
コーヒーを配りながら、さっきから黙ったままの三蔵様に声をかける。問いかけておきながら何だけど、きっとこの御方からはリクエストは返ってこないだろうと思っていたんです。あまり食に興味がないように見えましたし、普段は寺院にいる御方なので一緒にご飯を食べる機会もそうそうありませんでしたから。
…と、思っていたんだけど。
「……芋のグラタンとトマトのスープ」
「あっあれめっちゃ美味かった!!出来たてとか超うめーの!!」
「え、なにそれ。俺、食ったことねーんだけど」
「僕もありませんね…」
「そういえば、寺院で一度お昼ご飯を作ったことがありましたっけ」
その時に作ったのがじゃがいものグラタンと野菜たっぷりのミネストローネだったような気がします。急に作れ、と言われたから簡単なものしかできなかったんですけど…意外、三蔵様のお気に入りになっていたんですね。びっくりしちゃいました。
食べたことがない、と言っていた悟浄くんに生臭ボーズと小猿ちゃんだけズルくね?!と詰め寄られちゃったんですけど、仕方ないじゃないですか。ミネストローネは温め直せば食べられますけど、グラタンは冷めてしまうと美味しくありませんから作って置いておくことができないんです。
一緒に住んでた頃、悟浄くんはあまり夕食の時間に帰ってきてなかったじゃないですか。
「だから作り置きができる煮物が多くなるんです」
「…何かすんません…」
「でも香鈴って洋食はあまり作りませんよね、あと中華も」
「多分、祖母と母がよく作ってくれていたから…だと思います」
全く作らないわけではありませんし、嫌いなわけでもないんですけどね。
「香鈴、香鈴っ!俺からのリクエストもじゃがいものグラタンとミネストローネ!!」
「じゃあそれも作るわね。…和と洋がごっちゃ混ぜになっちゃうけど…」
「いーよ、別に。どっちも美味いしっ」
「じゃあ、明日はなるべく飛ばして早めに町に着けるようにしましょうか」
「…ふん。てめぇら、さっさと寝ろ。夜明けと共に出るぞ」
「なーに、三蔵様。興味なさそーな顔して、実は香ちゃんの手料理楽しみにしてたりする〜?」
…あーあ。もう眠気に襲われている三蔵様にその言い方はマズイと思いますよ?悟浄くん。ほら、ハリセンではなく銃を構えちゃったじゃないですか。
静かな森の奥。虫や鳥の鳴き声だけが聞こえるこの空間に数発の銃撃音が響き渡り、その音に驚いた鳥達がバサバサと飛び立っていく音がする。…うん、でもまぁ…これもいつも通りの光景ってやつなんでしょうかねぇ。私達にとっては。
逃げ惑う悟浄くんにいまだ銃を発砲している三蔵様。2人の姿を眺めながら、私は寝る準備をするべくジープへと移動した。
「はい、香鈴。毛布をどうぞ」
「ありがとうございます、八戒くん」
「……あ、もう1つだけリクエストしてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「前にプリンを作ってくれたことがあったでしょう。あれもお願いできませんか?」
とても美味しかったので、また食べたくて。もちろん、僕もお手伝いしますから。
そう言って笑う八戒くんに、私も笑顔で頷いた。やっぱり作ったものを美味しい、と笑ってくれる方がいるのって幸せなことだなぁ。