癒しの銀色


いつも通りの野宿。いつも通りの朝。いつも通りの皆さん。いつも通りの喧騒。…でも、1つだけ違和感を感じていた。それは八戒くんの笑顔。いつも通り、と言えばいつも通りなんだけど…どこか無理をしているような笑みに見えて仕方がないんです。私よりも少し付き合いの長い彼らは気がついていないのか、普段と何ら変わりないように見えますが。
うーん…私の勘違いでしょうか?だけど食欲もないように見えたし、何より呼吸音が普段よりも浅いと思うんですよね。
後部座席からは伺うことのできない彼の顔を思い出しながら、思考に耽っていると僅かに車体が揺れた。


「…八戒くん?」
「ああ、すみません。ちょっと滑っちゃいました」


あはは、と笑う声はやっぱりどこか覇気がない。うん、これは私の勘違いではなさそうです。それならば、と後部座席から顔を覗かせて、バンダナをずらして彼の額に触れてみる。もしかしたらそうかもしれない、とは思っていたけど、これは思っていた以上に高そうですねぇ…というか、よくこの熱で運転していたなぁと感心してしまいます。
ふう、と息を吐いて、どうしたんですか?と問いかけてくる八戒くんにジープを停めるように言えば、不思議そうな顔をしながらも大人しくブレーキを踏んでくれました。突然停められたことに悟浄くん達も疑問の表情を浮かべていますが、事情説明は後にしましょう。
ひとまず、八戒くんを運転席から助手席か後部座席に移動させないと。


「香鈴?何かありましたか?」
「それはこっちのセリフ。運転代わってください、…貴方、熱あるでしょう」
「えっ八戒、体調悪いのか?!」
「よく気がついたな、香ちゃん…」
「観察眼には自信があるので。三蔵様、後部座席と助手席どちらがいいですか?」
「俺にあの馬鹿共と並んで座れ、と?」


うん、絶対にそう言うと思ってました。じゃあ八戒くんには後部座席に座ってもらいましょうか…立てますか?と声をかけれみると何とか大丈夫です、と掠れた声と力のない笑みが返ってきて、こんな時くらい無理に笑わなくていいのにと思ってしまう。
若干ふらついてはいますけど、まだ自力で歩けるらしい彼は後部座席に倒れるように座った。その間に出しておいた野宿用の毛布を体にかけ、悟浄くんと悟空にはしばらく静かにしていてくださいね、と釘をさすのも忘れずに。
町までもう少し時間がかかりそうですし、その間、少しでも眠れればいいんでしょうけど揺れる車内では些か難しいかもしれませんね、私は寝ちゃいますけど。


「皆さん、飛ばしますからしっかり捕まっててください。悟浄くんは八戒くんをお願いしますね」
「ん?あ、おお―――って、うぉ?!」
「ちょっ香鈴?!急発進はマズイって!!」
「捕まっててください、って言いましたよ?」
「そういう問題じゃねぇだろバカ女――――――!!!」





飛ばすだけ飛ばしてようやく町に辿り着いた頃には、もうすでに陽は暮れていた。
この時間だと宿は満室かな、と一瞬ヒヤリとしたんですけど、何とか2人部屋1つと個室3つを確保することができて内心ホッとしています。まぁ、贅沢を言うなら5人分の個室が取れた方が、って思うんですけど…致し方ありませんよね、取れないよりマシですもの。
あ、部屋割りは自動的に八戒くんと私、残りの3人は個室です。決めた―――というよりは、自然に。…だって、失礼ですけどあの3人に看病ができるとは思っていませんし、何か…逆に悪化させそうなので。
そんなこと面と向かって言ってしまったら最後。絶対にハリセンが飛んでくるでしょうし、悟浄くんと悟空にも詰め寄られてしまいそう。それだけはご勘弁願いたいので。


「ん…香鈴……?」
「ああ、目が覚めました?気分はいかがです」
「まだ頭は痛いですけど、眠る前よりは…」


額に載せたままだったタオルを氷水に浸し、きつく絞ってから再び額の上に載せれば気持ち良さそうに瞳が閉じられた。まだ顔は赤いですし、熱は高そうですね。でも顔色は少しだけ良くなったかしら。


「はい。喉、渇いたでしょう?」
「すみません、ありがとうございます」


渡したグラスはあっという間に空っぽになった。熱もありますし、ずっと眠っていましたもんね…渇いてしまうのも当然のことです。グラスをテーブルの上に置き、ベッドの横へ椅子を持ってきてそこに座れば、体を起こしたままの八戒くんがぼんやりとした瞳でこっちを見ていたことに気がつきました。
どうしました、という意味も含めて首を傾げれば、休まないんですか?と。…ああ成程、私が椅子を持ってきて座ったからそんな質問を投げかけられたんですね。確かに遅い時間ですし、普段なら私も休んでいるんですが今日はそうもいかないでしょう。というか、私が心配で眠っていたくないだけなんですけど。きっと八戒くんは自分のせいで、とか思っているんでしょうけど、それは違います。眠らないのはただの私の、わがままだ。

そんな顔しないでください、と笑って彼の額をトン、と軽く押せば、それは簡単にベッドへと沈んだ。やっぱり体が辛いんですね、普段の彼ならこうも簡単に倒されることなんてないはずですし。…いや、試したことなんて一度もありませんけど。


「あの、」
「2〜3日はこの町に滞在する、さっさと治せ」
「……?」
「三蔵様からの伝言です。悟浄くんと悟空も心配してました」
「ああ…それは申し訳ないですねぇ」
「もう…こういう時くらい自分のことだけを考えてくださいな。迷惑かけてる、なんて思わなくていいんですからね?」


まだ熱が残る頬にそっと触れれば手に擦り寄ってきて、その姿はまるで猫のよう。体調が悪い時は人恋しい、とはよく聞きますが、八戒くんもそうなんでしょうか?
こんな風に甘えてくる姿を見るのは初めてかもしれません。滅多に見れないこの姿を可愛い、と言ってしまったら、きっと眉間にシワを寄せて止めてくださいと言われてしまうのかしら?
ああでも、それで離れていかれるのは寂しいですね…甘えることをしないこの人を、今だけは存分に甘やかしてあげたいと思ってしまうのは、惚れた弱みってやつなのでしょうか。


「…あ、子守唄でも歌います?」
「香鈴…貴方、完全に僕のこと子供扱いしてません?」
「そんなことありませんよ?でも八戒くんが体調を崩すの初めてですし…何かこう、甘やかしたくなるといいますか」
「うん…それを子供扱いしてる、っていうような気もしますが、いいです…」


一切そんなつもりはないんですけどねぇ…ほら、子守唄って聴いていると何だか安心できるじゃないですか。そういった意味も込めて言ってみたんですけど、何だか逆効果でしたかね?
失敗かぁ、と内心溜息をついていると、小さな声で歌って下さい、と聞こえた。


「子供扱いされるのは嫌ですけど、でも…香鈴の歌声、好きなんです」
「!…そういう言い方はズルいと思いますよ」
「そうですか…?」
「そうなんです。ほら、目を閉じてください」


布団の外に出ていた彼の手をそっと握り、幼い頃によく聴いたメロディを紡ぎ出す。彼がよく眠れるように、早く元気になれるように―――そんなささやかな願いを、この歌に込めて。

最後のフレーズを歌い終わる頃にはもう、八戒くんは穏やかな寝息を立てて眠りについていた。この様子ならきっと明日には大分良くなっているでしょう。
早く、…いつもの笑顔を見せてください。そうじゃないと私、淋しいですから。ね?八戒くん。
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