手折られる花はどんな色?


「お前、まだ香ちゃんと進展ねぇの?」


普段なら1人で夜の町へ繰り出す悟浄が、珍しく僕を誘って飲み屋へと出かけた日のことだ。冒頭のセリフを何となしに突き付けられたのは。


 side:八戒


「進展って、…貴方じゃないんですから」
「…お前、俺のことバカにしてる?」
「いいえ、ちっとも?」


グラスに残っていたお酒を飲み干し、にっこりと笑顔を浮かべて否定をするけれど悟浄はグッと言葉に詰まったようで。…ま、全くバカにしていないと言ったら嘘になるでしょうけど、さっきのはそういうものではなく―――嫌味、みたいなものなんでしょうかね。決して八つ当たりをしているわけではないんでしょうけど、…けど、一度も思わなかったわけじゃない。彼のように好きだ、と簡単に言葉にできたらって。
とはいえ、簡単に言葉にできるような気持ちでもないので、やっぱりこの人を参考にするのは間違っているのかもしれない。悟浄が口にする女性への賛辞は本心でもあるのだろうけど、でもそのほとんどは一夜を共にする為だけのもの…僕はそう勝手に考えていた。


「だってよ、もう自覚したんだろ?香ちゃんのことが好きだって」
「まぁ…それはそうですけど」
「俺からしてみりゃあ、付き合ってるよーにも見えるけどな。2人の雰囲気見てっと」
「……は?」
「特に八戒、お前が香ちゃんを見てる時とか話してる時、目が優しいんだよ。自覚なかった?」


ありませんよそんなもの…!彼女と話している時の自分の目とか、表情とか、そんなの見れるわけないんですから自覚のしようがないでしょう。お酒のせいもあるのだろう、僅かに熱を持ち始めた頬を隠すように頬杖をつく。


「考えてみてもくださいよ。まだまだ西域への旅は続くんですよ?それなのにそんなこと…言えるわけもないでしょう」
「まーな。いつ死んでもおかしくねぇ旅をしてるわけだし?…ま、そう簡単に死ぬつもりもねーけどよ」
「僕だってそうですよ。…けど、」
「じゃあいいわけ?」


真面目な声音で呟かれた言葉。いいわけ?と言われても…それが一体、何を意味しているのかわからずに下げていた視線を悟浄に合わせた。彼の視線は琥珀の液体が入っているグラスに向けられたまま、もう一度「いいわけ?」と一言。
だから何が、と口にしようとした瞬間、彼女が他の男にとられても―――そうハッキリ、耳に届いた。


「お前もわかってんだろうけど、あの子、結構モテるぜ?町で声かけられてんのよく見るし」
「……そう、ですね」
「言った所で繋ぎ止められるかとか、そんなんはわかんねーけどさ。でも、言わないとわかんねーことだってたくさんあんだろ」


言わないとわからないこと、か…胸の内に秘めた想いは、悟浄の言う通り言わないと彼女には伝わらない。それは僕にだってよくわかってることだ、わかって…いるのだけれど、どうにも踏ん切りがつかないのはきっと拒絶されてしまったら、どうにもこうにも気まずくなることがわかっているから。
いつ終わるとも知れない長旅をしている中でそんなことになってしまったら、もう逃げ場なんて存在しない。1人で長安に引き返すわけにもいかないですしね。それに香鈴は優しい人ですから、きっと悩ませてしまうと思う。

そこまで考えてハッと気がついた。僕はきっと―――怖いんだ、自分が傷つくことが。


「…こんなに臆病でしたかねぇ。僕」
「それだけ大切に思ってるってことなんじゃねーの?」
「―――…怒られちゃいますかね、彼女に」


ポツリと呟いた言葉は、存外大きく響いた。


「喜ぶんじゃねぇの?…ようやく前を向いてくれた、ってよ」
「そうでしょうか、……そうだと、いいんですけど」


花喃。―――ねぇ、花喃。僕は君以外の人を愛しました、君のことを忘れたわけじゃないけど…また守りたいって思える相手を見つけることができたんだ。そんな僕を花喃は薄情だ、って怒る?それとも…笑って、くれる?

言葉を投げかけても当然、返ってくることはない。でも何故か、彼女が微笑んだような気がした―――。



『悟能。―――ねぇ、悟能。私は貴方と一緒にいられて幸せだったわ…だから貴方ももう一度、幸せだって笑ってね?』
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