繋がる縁


出逢いと別離はいつだって唐突だ。そう言っていたのは誰だったか、なんて考えてみる。記憶力には自信がある方だけれど、そこまで興味がないことはどんどん忘れていくのが生き物というもので…やっぱり脳って都合の良いように出来てるんだなぁってしみじみ思ったりするわけです。
まぁ、それは今は置いておくとして。立ち寄った町で珍しく1人きりで買い物をしていたら、紅孩児さんお付きの―――ええっと、そういえば名前知りませんでした―――女性に出くわしました。初めて会った時と同じように妖力制御装置をつけ、人間に混じって。


「あ、貴方は三蔵一行の…」
「紅孩児さんの刺客の方、でしたよね?」
「はい。八百鼡と申します」
「知っているとは思いますが、香鈴です」


…あれ?一応、敵であるはずなのにどうしてこうもすんなり自己紹介なんてしてしまっているんだろうか。こんな所を三蔵様に見られたら、きっとものすごい剣幕で怒られるんだろうなぁ…それもハリセン付で。八戒くん達はきっと苦笑するんだろうし、悟空に至っては何が悪いんだ?って顔をしそう。
多種多様な反応を思い浮かべてこっそりと笑みを深くする。


「今日はお1人なんですか?」
「ええ、薬の材料の仕入れと…あと薬を卸しに」
「薬、」
「私はあの方お付きの薬師なんです。薬と名の付くものなら、どんなものでも自在に扱えます」


病を治す薬や怪我を治す薬だけではない、爆薬や毒薬―――死に至らしめる物だって、取り扱うことに長けているのだと八百鼡さんは笑った。話の内容はちょっとアレだけど、とても綺麗な笑顔を浮かべていらっしゃいます…あの時も思ったけど、この方はやっぱり綺麗な方だなぁ。
笑うともっと綺麗だと思うし、何というか…戦いに身を置いているのが不思議なくらい、穏やかな気が流れていると思います。むしろ―――今みたいに平和な時間に身を委ねている方が、彼女には合っているのではないでしょうか。
ポツリ、と零れた言葉は隣を歩いていた八百鼡さんの耳にも届いていたようで、「お役に立ちたいんです」とそう返された。


「私の命は紅孩児様に救って頂きました。だからその御恩を、お返ししたいんです」
「…ちょっとだけ、安心しました」
「え?」
「あ、敵である貴方に安心したなんておかしいとは思うんですけど…彼の為に命を投げ出せる、って考えをしなくなったんだなぁって」


そう感じたので、安心したんです。誰かの為に命を投げ出すことは、誰の為にもならない…ただの自己満足でしかないと、そう思っていたので。
あはは、と笑いながら言葉を紡げば、八百鼡さんもふっと微笑んでありがとうございます、と口にした。え?どうして急にお礼なんか?と首を傾げていたら、あの日―――彼らが立ち去る瞬間に私が呟いた言葉へのお礼、だそうです。
そんな大層なことを言った覚えはないんですが、彼女はその言葉で考え直すきっかけをもらえたから、と。


「貴方の言葉と、紅孩児様の言葉で考えを改めたんです。生きて、…生きて今度こそ、あの方のお役に立とうって」
「…そう。いい心がけだと思いますよ、とても」
「あ…同じ、」
「え?」
「同じことを、言われました。吠登城を抜け出した李厘様を迎えに行った時、対峙した―――八戒さんに」


今度は私が驚く番でした。その事実を私は知らない…ということはきっと、清一色の式神が町を襲っていた時だと思う。あの時私は、彼らと別行動をしてあの男を追っていたから。
…でもそっか。八戒くんと同じことを言っていたんだぁ、私。だから何だ、というわけではないのだけれど…彼女が自害しようとしていた時の彼の動揺っぷりを見ていたから、何というか、彼女のその言葉を聞いた時はホッとしたんだろうなぁ。八戒くん。

本来ならば、敵にこんなことを思うのはおかしいのだろうけれど―――何ででしょう、紅孩児さん達とはとても戦いづらい、と思ってしまうんですよね。色々と。
それはきっと、こうして穏やかに話せる相手だというのを知ってしまったのと…バッタリ会う時だけは、一切殺気とか敵意を感じないから。


「(…あ、そうだ)」


偶然にも薬に詳しい人に会ったんだ、せっかくだし…最近ずっと企んでいたことを実践するいい機会かもしれません。
彼女に頼むのは何だか皆さんを裏切っているようで心苦しいですが、でも…この先、全員で生きて西域へと向かう為です!


―――ガシッ

「あ、あの香鈴さん…?」
「八百鼡さん!貴方に折り入ってお願いがあるんです…!」
「私に、ですか?」


きょとんとした顔で首を傾げる彼女に、私は真剣な顔で頷いた。





「真剣な顔で仰っていたのでどんなお願い事かと思えば…」
「あはは、すみません…敵である貴方にお願いするのは、と思ったんですけど、他に薬に詳しい方を知らないので」


正直ね、八戒くんの気功で大体の傷を塞ぐことができますからいいかな、って思ったこともあります。でもそれじゃあ彼にばかり負担がかかってしまうし、彼が負った怪我は誰が治すの?ってなる。それに内側の―――つまり、毒に侵されてしまった場合は気功では治せないから、だから傷薬とか毒消しを自分で作れたらって思うようになったんだろうなぁ。どうしても、死なせたくないって思うから。

という理由で私は今、八百鼡さんに薬の作り方を習っています。ついでだから爆薬とか毒薬の作り方も教えてもらおうかな、と思ったんだけど、さすがにそこまでやったら怒られちゃうかなぁ。
でも攻撃に使えるものもあれば結構、役に立てるような気もする…敵に囲まれた時、その中心から逃げ出す時とかさ。まぁ、ちょっと危険はあるかもしれないけど。


「…成程。薬ってこうやって作るんですねぇ」
「意外ですか?」
「もっと簡単にできるものだと思ってました」
「作る薬によって配合を変えないと、きちんと作用しませんから」
「へえ…でもまぁ確かに配合間違えたら、薬も毒になり得るかもしれませんもんね」


薬の配合なんて全く知らなかったから、こうやって知ることができるのは楽しいなぁ。こればっかりは実際にやってみないとわからないことが多いですものね、本で読むだけではきっとわからないことだらけだったと思うので。


「はい。念のため、配合を書いておきましたからよろしければ」
「わっありがとうございます!忘れちゃいそうだな〜と思っていたので、助かります」
「ふふっ私も薬師になりたての頃はなかなか覚えられなくて…結構苦労したんです」
「えっそうなんですか?!」
「最初は皆そうですよ?覚えるの難しいですもの」


さすがに薬を作る道具は持ってきていない、ということだったので、どの配合でどんな薬ができるかということだけ教えて頂きました。そりゃあ外で薬作ることなんてありませんし、道具を持ち歩くなんて人はいませんよね。


「道具の調達まで付き合って頂いてありがとうございました」
「いいえ、色々お話できて楽しかったです。…もちろん、次にお会いする時は敵同士ですけれど」
「ふふっそうですね」


私が三蔵様達と旅をしていなかったら。八百鼡さんが紅孩児さんの元にいなければ。それは考えるだけ無駄なことだとはわかっているけれど、もしそんな未来があったとしたら―――私はこの方と仲良くなれていたのでしょうか?…なんて、ね。

脳裏によぎった自分の考えに自嘲的な笑みが零れる。もしも、なんて考えたって仕方ないことはよくわかってるのにね。少しばかり、この穏やかな時間に気持ちが引きずられてしまってるのかも…ダメだわ、しっかりしないと。

八百鼡さんは飛竜を森で待たせているらしいので、私達はその場で別れました。


「…さて。お土産にお饅頭でも買って帰ろうかな」


今日は運良く個室が取れたから夕食を食べた後は、教わった毒消しの薬を作ってみましょう。書いてもらった配合の紙もありますし、きっと失敗はしない―――はずだと、思いたいですね。うん。
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