夏の夜にはご用心


今回取れた宿の部屋には大きなテレビが設置されていました。ロビーに設置してある宿は時たま見かけましたけど、部屋にあるのは初めて見たかもしれません。あ、すごい、DVDプレーヤーまであるじゃないですか。そういえば受付でゲームやDVDの貸出してます、って張り紙見たかも。
そんなことを思い出しながらお風呂上がりにボケーッとテレビを見ていたら、悟空が三蔵様達を引き連れて部屋を訪ねて来た。あれ?外に飲みに行く、と言っていた八戒くんと悟浄くんの姿もある。
もう戻ってきたのかな?それにしてはずいぶんと早すぎるような気もしますけど。


「どうしたの?勢揃いで」
「受付で映画借りてきたんだ!皆で見ようぜっ!」
「明日もこの町に滞在するんだし、どーせなら夜更かししようって話になってよ」
「…2人は飲みに行ったんでは?」
「そのつもりだったんですけど、悟空に捕まったので」


その代わりにお菓子や飲み物買ってきましたから、貴方もどうですか?
爽やかに笑ってお誘いされてしまったら、断れないじゃありませんか。別に用事もありませんし、こうして皆さんと一緒に過ごすのも好きですから構いやしないんですけれどね。…でも三蔵様が今にも寝てしまいそうなんですけど、連れて来て大丈夫だったんですか?この御方は。
立ったまま船を漕いでいる彼に大丈夫ですか?と声をかけてみるものの、ほとんどまともな返事は返ってきませんでした。うん、期待はしていませんでしたけどね。仕方ないので私が使う予定だったベッドに座るよう促すと、何故かこの御方は座るのではなく寝っ転がって寝息を立て始めちゃいました。
…え、何で?!


「寝ちゃいましたね、三蔵…」
「予想はしてたけどな」
「はあ…悟空、そっちの部屋で寝かせてね」
「おうっ!全然いいぞ!」


今日、取れた部屋は個室1と2人部屋2。自動的に私が個室、4人はぞれぞれ2人部屋になり、三蔵様と同室になっていたのは悟空だ。彼に許可さえ取れれば寝床は心配する必要はない。爆睡している三蔵様の横に潜り込む趣味はないし、そもそもそんなことをした日には眉間に銃弾を撃ち込まれて即死、だ。そんな死に方は絶対に嫌なので。
…寝床の確保はしたものの、夜更かしをする予定だと彼らは言っていたし、もしかしたらこのまま床で雑魚寝っていうのも有り得るかもしれないな。


「どーする?三ちゃん寝ちゃったし、あっちの部屋行くか?」
「大丈夫だろ、爆睡しちゃってるみたいだし起きないよきっと」
「あんまり騒ぐと起きると思うけど…」
「でもそうすると他の宿泊客に迷惑になっちゃいますから、やめましょうね」


ああ、それは確かに。八戒くんの言葉に頷きながら、悟空が借りて来たDVDを再生し始めた。大きな液晶画面に映し出されたタイトルは、『本当に怖い話 100選』。あ、ホラーだったんですか。


「悟空がホラーに興味あるとは思わなかった」
「何かどれもパッとしなくてさ〜これが一番面白そうだった」
「なんっでよりにもよってホラーなの?!バカなのお前?!」
「…八戒くん。悟浄くんって怖いのダメな人?」
「からっきしでしたね、そういえば」


…三蔵様。もしかしたら安眠できないかもしれません。
ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めてしまった悟浄くんと悟空を横目に、心の中で三蔵様に合掌した。騒ぎに気がつかない程に深い眠りについていることを祈る他ありませんね。きっと無理だとは思っていますけれど。

うるさかった2人は本編が始まった途端、ピタッと静かになって画面を凝視しています。悟空はとても楽しそうに目を輝かせていて、隣にいる悟浄くんはひどく怯えた目をしていらっしゃいました。
うわお、本当にダメなんですねぇ怖いの。あまりこういうものを見る機会はありませんでしたし、このメンバーで怖い話をすることもなかったから知りませんでした。


『…そうしたらね、聞こえるんですよ。後ろから誰かがすすり泣く声が。部屋には僕しかいないんですよ、それなのにくすん、くすんって…泣いてるんです』
『で、気になるから振り向くじゃないですか。そしたら―――』

―――どうして、私を置いていくの…?!

『額から血をダラダラ流している女の霊がそこにいたんですよ!!』
「ひ、っ?!」


思っていたより怖くないなぁ、と思いながら見ていたら、いつの間にやら布団をかぶっていた悟浄くんが小さな声を上げてビクリと揺れた。大丈夫ですか?と声をかけると、もーやだ!消せよ猿!!と言いながらも私に抱きついてきちゃいまして。何ていうかこう、…母性本能って言えばいいのかな?擽られちゃいますよね、そういうの。
私からしてみればそんなに怖くないし、むしろ生きている人間や妖怪の方がよっぽど怖いけど、と思いつつも、本気で震え始めてしまった彼を見るとそんなことは言えませんよねぇ。言った所でこっちのが怖い!!と反論されてしまうのがオチ。
というか、こういうのって音とか声でびっくりさせることの方が多いと思うんです。大きな音が急に響いたら、誰だってびっくりするでしょう?それと似たようなものだとは思うんですけど。


「ンだよ悟浄、だっせー!」
「うっせ!!元はと言えばてめぇがんなの借りてくっからだろうが!」
「ほら悟浄、悟空。あまり騒ぎすぎると三蔵が起きて、銃をぶっ放されますよ?」
「あはは、それは私が勘弁願いたいなぁ…あ、八戒くんそのチューハイください」
「はい、どうぞ」


飲み終わった缶を空いた袋に突っ込んで、新しいチューハイを開ける。一口飲むと柑橘系の甘い味と、程良いアルコールが口いっぱいに広がった。ビールを飲むことが多かったですけど、こういうのも案外美味しいんですね。今度、飲み屋に行く機会があったらサワーも飲んでみよう。

まだ流れたままの映像に再び視線を戻し、ちびちびとチューハイを飲んでいると何やら空気がざわついたような気がした。一瞬、風か?と思ったんですけど、でも窓はしっかり閉められているしドアも閉ざされたまま。風が入り込んでくる場所なんてどこにもないのに、何でしょうか?
私の勘違いかもしれませんね、と納得しようと思ったんですけれど、背後にヒヤリとした感触。


「(…確か私、ベッドに寄り掛かっていたはずですよね?)」


そのベッドには三蔵様が寝ていらっしゃいますけど、起きた気配はないですし―――それに起きていたとしても、こんな子供じみた悪戯をするような性格はしていらっしゃいません。…ということは、ホンモノがきちゃった、ってことなのかなぁ?やっぱり。


「八戒くん、気がついてます?」
「…あ、香鈴も?」
「え?ちょ、お前ら何の話してんの?」


もう見たくねぇ!と布団を頭までかぶった状態で私に抱きついたままだった悟浄くんが、私と八戒くんの会話を聞いてしまったようで口元を引き攣らせていた。


「うーん…悟浄は聞かない方がいいと思いますよ?」
「ですねぇ。…多分、寝れなくなっちゃいます」
「も、もうすでに寝れる気がしてねぇんだけど…?!」


つーか、そのままにされんのも気分悪い!!と言い張る悟浄くん。八戒くんと顔を見合わせて、どうしましょうかとアイコンタクトを取ってみた所…このまま黙っていても悟浄くんには逆効果ですね、と意見が合ったので素直に話すことにしました。そうしないとこの方は納得してくれそうにないので。


「それでどうしたんだよ?八戒、香鈴」
「ええっとですね、…」


八戒くんが事情を説明しようと口を開いた瞬間、それまでぐっすり眠っていたはずの三蔵様がむくりと起き上がって―――お経を、唱え始めた。
よく通る綺麗な声で紡がれるお経に聞き惚れそうになっていたけれど、突然の出来事に悟浄くんの顔がどんどん恐怖で真っ青になっていくのが見えた。あ、これ説明する前に自分で悟ったわね確実に。悟空もどういうことなのかわかったらしく、ちょっとだけ冷や汗をかいているように見えた。
うん、まぁ眠ってた三蔵様が急に起き上がってお経を読み始めただけでも十分びっくりするし、怖いことではありますよね。


「……失せろ」


止めの一言を呟いたかと思えば、そのままぱたりとまた寝息を立て始めちゃいました。えっと、…この御方、半分寝惚けていらっしゃいました?もしかして。ああでもさっきまで感じていた冷たい感触と、室内に漂っていた妙な空気はなくなっていますね。やっぱり三蔵様はお坊様なんだなぁ。

カタカタと震えている悟浄くんにもう大丈夫ですよ、と声をかけようとしたのと同時。彼は今までに聞いたことがないくらいの大声で思いっきり悲鳴を上げました。そして今度こそ覚醒した三蔵様に、ハリセンで思いっきり叩かれる始末。



(うるっせぇよクソ河童!!!)
(だってよ三ちゃん?!マジもんいたんだろ?!お前、急に起きて経を唱え始めたじゃねぇか!!!)
(あ?何の話だ)
(…やっぱり寝惚けていらっしゃいましたか…)
(それなのにあんな綺麗に唱えられんだから、三蔵ってすげぇよなぁ)
(あはは。綺麗サッパリ撃退しちゃいましたからねぇ)
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