勝利は僕達のもの


動物も、草木すら息を潜める丑三つ時。深い眠りに入っていたはずの体が、一気に覚醒した。まだ頭は少し眠気でボーッとはしているけれど、それも直に慣れるでしょうから心配はないわ。
モゾリ、と寝返りを打って―――ドアに背を向ける。眠っていないことを悟られぬよう、深く布団をかぶってドアの向こう側で気配を探っている人物が動くのをじっと待つことにした。下手に動いてしまうとやられてしまう可能性がありますからね。…ま、そう簡単にやられるつもりもありませんけど。

そのままじっと待っていると、古びたドアがギィと音を立てて開かれる。ああ、この気配…やっぱり妖怪で間違いなさそう。こんな夜更けに部屋に無断で入ってくるということは、刺客である可能性が高いでしょうか。ただの物盗りって線もあるかもしれませんが、それは皆無と見て問題はないはず。
気配がベッド脇まで来て、何かを振り上げるのを察した瞬間―――布団を蹴り上げて、眉間に拳銃を突きつけた。念のため、ベッドに置いておいて正解でした。


「不躾な方ねぇ。…私、夜這いする人、大っ嫌いなの」
「ぐ、…!何故わかった!確かに寝ている気配をしていたのに…」
「そーんなに殺気と妖気ダダ漏れにされたら、誰でも気が付きます」
「くっそ…!データには寝起きに弱い、とあったはずだ!!」


いや、むしろどこからのデータですか。確かに寝起きは弱いですけどね、低血圧なので機嫌も最悪ですし。今回は目覚めはハッキリしてるけど、機嫌はすこぶる悪いですよ?だってこんな起こし方されちゃったら、ねぇ?


「1つだけ聞きましょうか。…貴方達は誰の差し金?」
「…聞いてどうする」
「どうもしませんよ。ただ、聞ける情報は聞いておかなくてはいけないでしょう?」


けれど、答えるつもりがないのならもう用はありませんね。
そう告げて引き金を引こうとした瞬間、今更命が惜しくなったのかは知りませんが半ば叫ぶような声音で紅孩児様、と名を呼んだ。ふぅん…紅孩児様、ね。それがこの妖怪達が従ってる親玉って所かしら。けれど、本当にその人がこの異変を引き起こした蘇生実験を企てたのかしら。…ま、今それを考えても仕方ありませんね。
さて、この妖怪はどうしましょうか。このまま眉間に鉛玉を撃ち込んでしまえば一発なんですが、…そうすると室内に血が飛び散ってしまうし、妖怪の死体を此処に放置することになってしまう。出来ればそれは避けたいですね…ご主人と朋茗ちゃんにはお世話になっていますし。

…仕方ない。殺さずに意識だけを失って頂きましょうか。

眉間に突き付けたままだった拳銃をゆっくりと下ろし、私に隙が出来たと早とちりした妖怪に向かって回し蹴り。それは首に綺麗に決まり、壁に叩き付けられました。しばらくそのまま待ってみたものの、ピクリとも動かないし意識を失っていると見て間違いないかしら。
私の所に来たということは、他の皆さんの所にも同じように刺客が来ているってことですよね。でもあの人達は強いし、やられてしまったってことはないでしょう。確実に。身支度を整えて両隣の部屋にいる八戒くんと悟浄くんの様子を見に行ってみましょう。…と思っていたら、ドアが勢い良く空きました。


「香鈴!無事ですか?」
「大丈夫です。八戒くんと悟浄くんも無事みたいですね」
「悟空も無事だぜ、寝ぼけてっけど。…香ちゃんとこに来た奴も言ってた?「紅孩児」って名前」
「言ってましたね、この刺客の差し金はその方のようですよ」


紅孩児―――確か牛魔王と正妻・羅刹女との間に生まれた一人息子…でしたよね。500年前に牛魔王が討伐された際、紅孩児も西域・吠登城に封印された、と聞いているから…彼の封印を解いた者が今回の事件に関わっている可能性が高いということでしょうか。
でもこれは全て私の推測に過ぎませんし、西に行ってみないと真相は闇の中―――と思っていた方が良さそうだ。


「三蔵様は離れのお部屋でしたっけ」
「ええ、問題はないと思いますが急ぎましょう」


八戒くんの言葉に頷いて、私達は駆け出した。寝ぼけたままの悟空は悟浄くんが首根っこ掴んで引きずっていたけれど、その途中で何かにぶつかったらしく、その衝撃で目が覚めたみたい。朝ご飯がまだ、という事実に少々ガッカリしているようですが…ひとまず、覚醒してくれたのならラッキーです。





「調理法が決まったわ!!ミンチにしてあげる、見るカゲもないくらいズタズタに引き裂いて…」

―――ザシュッ

「やめとけ、やめとけそんなボーズ。硬−し生臭−し」
「煮ても焼いても食べられない人ですから」
「多分、消化不良起こすと思いますのでオススメできませんね」
「余計なお世話だ」


ふふ。殴られた痕はありますけど、悪態をつく元気があるのなら問題はなさそうですね。…でもどうしてこんなにもボロボロなのでしょう?私の知る限りでは、三蔵様は決して弱い方ではありませんし、一方的にやられるようなことはないと思っていたんですが、…と思っていたら、妖怪の1人が腕に朋茗ちゃんを抱えていた。
ああ、成程。彼女を人質にしていたというわけですか。確かにこの状況では迂闊な真似は出来ないかも…口では悪態をつきながらも、優しい所もありますから。三蔵様って。

さて、それなら先に朋茗ちゃんを助けて差し上げないといけません。出来ることなら事が片付くまで眠ったままでいて頂きたい所ですが、静かにできるような方々ではありませんし難しいかもしれませんね。
それでも願わずにはいられない、彼女が―――嫌悪する妖怪の姿を見ずに済むことを。


「じゃ、返してもらいましょうか」

―――ギリッ!

「うっ!」
「はい―――というわけで、人質は無事保護致しました。ゲームは互角でなきゃ」


人質を取り返されたことが悔しかったのか、それとも堪えたのかはわかりませんが、親玉っぽい女性の妖怪が指笛吹くとどこからともなく仲間達が集まってきましたよ。あらあら、人数は多いと思っていましたけどここまでいるとは思っていませんでした…でもまぁ、寝起きの運動としては十分かしら?


「料理の上手な奴を人質にするなんざ最低だぞ、バッキャロー!!」
「餌付けされてんじゃねーよ」
「悟空らしくていいじゃありませんか。それに私もその意見は賛成だったりしますしね」
「だろォ?!よっしゃ、暴れよーぜ香鈴!」
「ふふ。ええ、行きましょうか」


愛刀を召喚して悟空と共に地を蹴った。先に言っておきますけど、私達、そんなに弱くないんですよ?
悟空が振るう如意三節棍が大多数を殴り飛ばし、運良く逸れた残りの奴らを私の振るう刀が切り刻んでいく。いつの間にやら、本当に自然と出来上がっていた彼との連携プレーは意外にもやりやすいんですよね。結構、息が合ってるみたいです。
更に悟浄くんの錫月杖が、八戒くんの気功砲が次々と妖怪達を蹴散らしていく。これで粗方、倒したって所でしょうか…残すはまだ息がある奴ら数人と、あの親玉の妖怪だけですね。そちらは三蔵様が対峙していらっしゃるみたい。お返しに一発殴ったみたいだし、これなら早くに片付きそうかしら。

そう思っていたのだけれど、床に転がっていた親玉の体がメキメキと気味の悪い音を立てて、変化し始めた。その姿は大きな蜘蛛―――あの妖怪、蜘蛛だったのか。
うっわぁ、私の飼っている魔の物も蜘蛛の姿をしているから見慣れていると言えば見慣れていますけど、…うん、やっぱり気持ち悪いです。


「うっわーマズそう!」
「いいねオマエ。そーゆー思考回路で」
「そんな軽口叩いてる場合じゃないと思いますよ、―――きゃ、」


のほほんと話をしている2人を注意していたら、体中に糸が巻き付いた。それは蜘蛛の糸、粘着性が高くそう簡単には切れないときた…さっきは悟浄くんの鎖ガマで切ることが出来たけど、手の自由が奪われてしまった現状では彼の鎖ガマも、私の刀も意味を為さない。というか、糸が巻き付いた瞬間に落としちゃいましたしね!威張れないけど。しかも変化したおかげで妖力も上がっているみたいですし。
どう打開するべきかを考えていたら、八戒くんの腕の中で眠っていた朋茗ちゃんが目を覚ましてしまったみたい。ああ、やっぱりこの状況の中じゃあ無理でしたね…こんな光景、見させたくなかったのだけれど。しかも変化後の一番、気持ちの悪いこの姿を。


「八戒くん!なるべく朋茗ちゃんに妖怪の姿を見せないであげてください!」
「ええ、わかってま―――っぐ!」
「きゃああっ八戒さん!」
「っ八戒くん!」


再び飛んできた蜘蛛の糸が朋茗ちゃんに巻き付かないように庇った彼の首に、糸が巻き付いてしまったらしい。ちょっとやそっとじゃ切れやしないコレは、ギリギリと八戒くんの首を締め上げていく。助けに行きたいのに体を動かすことが出来ない…こんなに近くにいるのに!
露出した腕に糸が食い込んでいくけれど、そんなの気にしてられない。とにかく八戒くんを助けたくて仕方なくて、必死に腕を伸ばす―――けれど、どうしても届かない歯痒さに拳を握りこんだその時。銃声と妖怪のおぞましい叫び声が木霊した。
目を撃たれた影響で妖力が弱まったらしく、あれほど強く巻き付いていた糸が簡単に切れた。


「あ、切れた」
「げほげほっ」
「八戒くん、朋茗ちゃん大丈夫?!」
「何とか、…」
「私も何とも―――お父さん?!」


朋茗ちゃんの言葉に驚いて視線を上げてみれば、確かに入口の近くに頭から血を流したご主人が立っていた。その手に握られていたのは、三蔵様の銃。
そうか、私達がこの部屋に駆け付けた時にはもうあの妖怪の糸に絡め取られた後だった…きっと、その時に落としていたんですね。それを偶然にもご主人が拾ってくれて、私達は助かった。確か拾い物にはお礼一割、でしたよね?この分のお礼はきちんとしなくちゃいけません。
落としてしまっていた刀を拾い上げていると、妖怪の目がまだ生きていた仲間へと向く。何を、と一瞬疑問に思ったけれど、すぐに予想がついた。だって、さっき撃たれて目を負傷しているんだもの…そんな状況ですることなんて、たった1つしかないでしょう?


「―――見るな朋茗!」
「朋茗ちゃ…!」

―――バリッ
―――メキョ、

「―――――…っ!」


三蔵様が咄嗟に法衣の袖で彼女の視界を覆い隠そうとしてくれたけれど、間に合わなかった。私が伸ばした手もあと一瞬、間に合うことが出来ずに朋茗ちゃんの綺麗な瞳には、妖怪に捕食されている強烈なシーンが映り込んでいる。それを少しでも減らしてあげたくて彼女の顔を隠すように抱き込んでみるけれど、もう全てが遅かった…彼女の体は恐怖と嫌悪でカタカタと震えていて、私の服を掴んだまま悲痛な叫び声を上げる。
妖怪なんて嫌いだ、と。妖怪なんて死んでしまえばいいんだ、と。大切な友達を妖怪に喰われてしまった過去を持つこの子にとって、妖怪は忌むべきもの、憎むべきもので…いなくなればいい、という意見は至極当然だと思う。
わかっているけれど、でも―――憎まれる存在である妖怪の私の胸に、深くその言葉が突き刺さる。


―――バキャッ!

「悟空?!」


何かが吹っ飛ばされたような音で我に返ると、悟空が床に叩き付けられていた。そして悟浄くんさえも吹き飛ばし、ターゲットをこちら―――というより、朋茗ちゃんとご主人に変えたみたいですね。抱きかかえたままだった朋茗ちゃんをご主人に預け、刀を握り直して跳躍した。
彼女達に向けて振り上げられていた足を悟空と私の武器が切り落とす。悟空の額からは血が流れ落ちているけれど、何とか無事みたい。良かったわ。


「悟空さん!香鈴さん!」
「いー加減にしろよテメェら!この人達は関係ねぇだろうが!!」
「―――ボウヤこそ、何故そこまで低俗で無力な人間なんぞに味方する?!ボウヤ達だってもとはと言えば…」


我々と同じ妖怪じゃないか!!
吐き捨てられた言葉は、もちろん私達の近くにいる朋茗ちゃん達の耳に届いたでしょうね。疎まれることにも、憎まれることにも慣れているはずなのに…どうしてか、彼女の反応を見るのが怖くてただひたすらに前だけを見つめる。


「…別に人間の味方ってわけでもないですけど、きっと人間だとか妖怪だとか―――そういうことはどうでもいいんです」
「ただ飯が美味かったんだ、そんだけ!!」


悟空らしい言い分に、少しだけ胸が軽くなったような気がします。本当にこの子はすごいなぁ。
私達の言葉に怒った妖怪が愚かな裏切り者共がーとか何とか言っちゃってますが、だから私達はアンタ達の味方になった覚えが微塵もないんですってば。まぁ、いくら言っても無駄だと思うので何も言わずに溜息を吐くだけにしておきますけどね。


「八戒は朋茗達を頼む。悟空と悟浄と香鈴は少し時間を稼げ。俺が奴の動きを封じる」
「はい、承知致しました」
「―――っしゃ!」
「こっちだ、蜘蛛女!」


3人バラバラに走り出せば、一気に潰そうと考えたのがいくつもの足が次々と振り下ろされる。確かにこの大きさなら数打てば当たるかもしれませんが、そう簡単にやられてなんかあげませんよーだ。
攻撃を躱しながら後ろへそっと視線をやれば、三蔵様が『魔戒天浄』を発動するまであともう少しという所でしょうか。何度か聞いたことのある発動のお経に耳を澄ませて、術に巻き込まれないよう気を付けないと…あれは闇を砕く力を持つ経文だと聞いているし、下手すると私達まで巻き添えをくってしまいますから。さすがにこんな所でくたばるわけにはいきませんもの。


「…吽!!」

―――魔戒天浄!!

「とどめぶちかましてこい、悟空!」
「脳天を狙えば一発だと思うわ」
「よっしゃあ!」


軽く跳躍した彼の体は簡単に蜘蛛を飛び越え、真上に到達する。そして思いっきり如意棒が脳天へと突き刺さり、光が弾けるように霧散していく。どうやらこの部屋には次元を歪ませる術がかけられていたみたいで、蜘蛛の姿は跡形もなく消え去ってようです。まぁ、その方が都合がいいですけどね、部屋も汚れないし後始末も必要ありません。…片付けは、必要ですけれどね…私達が暴れてしまいましたし。

夜明けまで休ませてもらった私達は、陽が昇り始めたのと同時に宿を出ることにしました。もう大丈夫だとは思いますが、またいつ刺客が来るかなんてわかりませんし、それに先を急ぐ旅でもありますからね。


「ご迷惑かけてしまってすみません」
「大丈夫さ、さして損害もひどくはないしな」
「…ひとつお聞きしてもいいですか?貴方は僕らの正体を知っても、あまり動じていなかった。もしかして初めから気づいて…?」
「ああ、何となくね。気で解るのさ、古い友人に妖怪がいてね―――親友だった」


僅かにご主人の顔が歪んだ。きっと、そのご友人はここにはもういないんだ―――町から去ってしまったのか、殺されてしまったのか、自害してしまったのか…それは定かではないし、私達が知っていいことではないけれど。


「『あんた達ならこの壊れかけた世界を何とかできる』」
「え?」
「そう感じたんだが、―――違うかね?」
「案ずるな。『借り』は返す主義だ」


そうですね。ご主人には昨晩、助けて頂いちゃいましたし…それに夕飯もたくさんオマケして頂きましたから、その分のお礼もしないといけませんもんね。一応、蜘蛛の妖怪は倒しましたけど宿の物を多少なりとも壊してしまいましたから。悟空が寝ていた部屋のドア、とか。

…それにしても、やっぱり朋茗ちゃんは最後まで姿を見せてくれませんでしたね。もう一度、レシピを教えて頂いたお礼をしたかったのですけれど仕方ありません。私達の正体が大嫌いな妖怪だと知ってしまったんですから、会いたくなどないに決まってます。
ではそろそろ、と思っていた頃、宿のドアが開いて俯いたまま何かを大事そうに抱えている朋茗ちゃんが姿を現した。


「―――お弁当、作ったんです。あの…良かったら皆さんで…」
「…ええ、有難く頂きます。ありがとう朋茗ちゃん」
「さんきゅ!!」
「…あ…」


朋茗ちゃんが何か言いかけていたけれど、それに気が付いたのは私だけ。でもその何かを聞くことが出来ないまま、私達は町を後にした。

―――大丈夫よ、朋茗ちゃん。きっと貴方の気持ちは、ぜーんぶこのお弁当に詰まっているはずだから。
だから、大丈夫。伝わるわ。





「―――やはり直接的な刺客が送り込まれてきたか」
「牛魔王の蘇生と紅孩児様、と呼ばれていた人物…謎な部分が多すぎます」
「ええ。事は思った以上に大きいようですね」
「そうだな…だが、それ以前に―――後ろのバカ2人はどーにかならんのか」
「同感です」
「あはは…やっぱりそうなっちゃいますよねぇ?」


八戒くんに頭を下げていた方がいいですよ、と言われたので大人しく運転席と助手席の間に入り込んでしゃがむことにしました。その瞬間、三蔵様の手が伸びてきて2人が抱え込んでいたお弁当箱がは没収。そのまま彼の手の中へ納まったのです。…あ、でもすっごい美味しそうですね。
私もせっかくだから頂くことにしちゃいましょう。早く食べないと全部食べられてしまいますもの。


「んー!このハンバーグ美味しいですっ」
「香鈴、僕にも何かください」
「はーい、から揚げどうぞ」
「…ん、絶品ですねぇこのから揚げ」


騒がしい声をBGMに私達は今日も西を目指すのだ。
- 21 -
prevbacknext