絶対的神様


ジープを走らせ辿り着いたのは険しい岩場の道。所謂、石林が私達を待ち受けていた。
こんな歓迎は死んでも受けたくはないですけどね、地図を見る限りだと此処を越えないと町はないようですから我慢する他ないんです。もう少し道がひらけていればジープで進むことも出来るんでしょうが、こんな岩場じゃ進めませんよね。

…ということなので、各々の荷物を持って歩かなければならない現状。そしてひたすら歩くだけではツマラナイので、じゃんけんに負けた人が全員分の荷物を持つということになりました。
それを繰り返すこと5回―――悟空の全戦全敗です。私、じゃんけんは弱い方なんですけど、悟空はそれ以上に弱いみたいです。
いい加減疲れてきたのか、ジープ以外には変身できないのかーって突っかかってますがジープをいじめちゃいけませんよ。長安を出てからずーっと私達を乗せて、頑張って毎日走ってくれているんですから労わってあげないと。


「…このままだと越える前に陽が暮れちまうな」
「一晩の宿をお借りしますか」


そう言う八戒くんが指さした先にあったのは、とても大きなお寺。こんな辺鄙な所にあるとは思いませんでした…確かにこの他に建物は見えませんし、こんな岩場じゃ野宿をするのも厳しいとは思います。でも私はそうするわけにはいきませんよね。
野宿が好きなわけではありませんが仕方ない。荷物を持っていた悟空に声をかけて、野宿の時に使っている毛布やランプと私個人の荷物を抱え上げた。皆さんには意味不明な行動に見えたのでしょうね、4人揃って目をまん丸にして驚いていらっしゃいます。


「え、と…香ちゃん?何してンの」
「野宿の準備ですよ?…あ、三蔵様か悟浄くん、ライターの予備って持ってませんか?」
「あ、俺持ってンぞ―――じゃなくてさ?!」
「何で野宿の準備始めようとしてんだよ、それも1人分」
「…だって、此処はお寺ですよ?」


はぁ、と溜息交じりに呟けば、それで全てを察してくれたらしい八戒くんと三蔵様が納得した顔をしつつ、遠い目をした。どうして2人は遠い目をしてらっしゃるのでしょうか。


「忘れてました…慶雲院では普通に出入りしていたから」
「あれはあの寺院を取り仕切っていた三蔵様の命でしたから。此処ではそうはいきませんよ」
「えー?!じゃあ香鈴1人残していくのか?俺、ヤダよ!」
「僕も女性1人を野宿させるのは反対ですよ、……あ、香鈴、着替えの服を見せてもらっていいですか?」
「構いませんけど…」


下着は一番下に入ってるから、多分見られることはないだろうし…って言っても、一緒に洗濯してましたから今更恥じらいも何もあったもんじゃない気がしますけどね。
いくつかの服をじーっと見つめたままの八戒くんは、それを私に渡して岩陰で着替えてきてくださいと仰いました。その言動には私だけではなく、悟浄くん・悟空・三蔵様も一様に驚きを隠せません。だってどうして急に着替えなくちゃいけないのか、理由がさっぱりわからないんですもの。理由を聞こうとしてもあとで説明しますから、と言い切られてしまい、私は仕方なく4人から見えないよう岩陰で着替えることに。
渡された服は寝る時に楽だから、という理由でパジャマ代わりに持ってきた少し大きめのTシャツと、黒の細めのパンツ。


「あの、着替えましたけど」
「わ、いつもと印象違ぇぞ香鈴!」
「いつもはもう少し可愛い感じだもんな。これ着させてどーすんだ?それともお前の趣味?ボーイッシュな感じが好みなのか?」
「違いますよ。髪、触ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」


もうどうにでもなれ、っていう感じです。人に髪を触られるの、最近はそんなに嫌だと思わなくなりましたしね。
優しい手つきで私の髪に触れていた八戒くんの手が離れ、出来ましたよと手鏡を渡された。それを覗き込んでみると、あんなに長かった髪がまるでバッサリ切ってしまったかのように短くなっていたんです。もちろん切ってなんかいませんよ?わぁ、こんなことも出来るんですねぇ…八戒くんってば。

どうやったのかと思えば、髪を内側にしまいこむようにしてピンで留めているんですって。…ああ、そういえば前に読んだ雑誌の中に髪のアレンジ特集みたいなのがあって、彼と一緒に遊んだような覚えがありますね。
その中にロングをショートに見せるなんっちゃってショート、っていうアレンジ方法が載っていたような…でもよく覚えてましたねぇ。多分、1年以上前のことだと思うんですが。


「これなら多分、男性だと言ってもパッと見わからないと思いますが…」
「じーっと見られたらバレッかもしんねーけど、俺らの後ろに隠れるようにしてりゃとりあえずイケんだろ。ほら、これ着とけ」
「ありがとう、悟浄くん」


手渡された革のジャケットを羽織ると、尚更体のラインが隠れるのでさっきよりも女性っぽさは抜けた…かも?あとは彼の言った通り、あまり前に出ないようにしておけば何とか。あと声を出すのもマズイですね、さすがにこの声の高さでは誤魔化しが効きません。一発でバレてしまいそうです。


「準備が出来たならさっさと行くぞ」
「そうですね」


門の前まで移動し、八戒くんがすみませーんと声をかけると、見張り台…のような所から1人のお坊様が顔を出してきた。でもすっごく不機嫌そう…そういえば、慶雲院のお坊様方も寺院は神聖な場所だから素性の知れぬ者はもちろん、信仰心のなさそうな外部の者を中に入れるのを極端に嫌がっていましたっけ。
私は特に女ですから風当たりがきつかったのもありますが。風当たりがきつかった、と言っても、陰で色々言われる程度で怪我をさせられたりとか、そういうのは一度もありません。ま、どーでもいいことですけれど。
それにしてもどうしてそんなにも嫌がるんでしょう…困った人達を助けるのも大事なことだと思うんですけどね。


「なー、腹減ったってば三蔵っ!」
「三蔵だと?!」


悟空が呼んだ名にえらく驚いた様子のお坊様は、もう一度じっくりと彼の出で立ちを観察すると今すぐお通しします、と重そうな扉を開けてくださいました。
そのまま案内されたのはたくさんのお坊様が集まった部屋。奥には此処を取り仕切っているであろう、初老の男性が腰掛けていた。とても温厚そうな方だなぁ…本来のお坊様ってこんな感じなのかしら?ずっと三蔵様しか見てこなかったし、慶雲院のお坊様方はそんな彼の言動と行動に振り回されているようにしか見えなかったから、いつだって走り回っている印象しかない。

…けど、「三蔵」という称号の力って本当にすごいんですね。確か、この世界には「天地開元」という5つの経文があると聞いたことがあります。その経典それぞれの守り人に与えられるのが「三蔵」の名…でしたよね。
だから、仏教徒の間では最高僧の証として崇められるわけか。


「何であんな神も仏もないような生臭ボーズが「三蔵」なんだ?」
「そこまではちょっと…」


私が思い出していたことと同じことを悟浄くんと悟空に説明していた八戒くんは、苦笑気味にそう言った。その会話がおかしくて、危うく声を出して笑いそうになっちゃったじゃない。せっかくバレることなく此処まで入ってこれたんだもの、どうせなら明朝まで耐え抜きたい。屋根のある場所で、布団に包まれて寝ることが出来るのならそうしたいもの。私だって。

…なんだけど、本題に入る隙を与えられることなく初老のお坊様のお話は続きます。十数年前、光明三蔵法師様という方が此処に立ち寄ったとか何とか…何故そんな話を、と疑問に思っていたのだけれど、その御方は三蔵様のお師匠様だったそうなんです。
その御方が亡くなられ、彼が「玄奘三蔵」として経典も継いだ―――ということ、らしい。


「―――そんなことより、この石林を一日で越えるのは難儀ゆえ一夜の宿を借りたいのだが」
「ええ!それはもちろん喜んで!―――ただ…」


チラリ、とこちらに向けられた瞳。それが何を意味しているのか、お坊様が何を言いたいのか…大体の予想はつきますけれど、私は声を出すわけにもいきませんので黙って言葉の続きを待つことにしました。そしてお坊様の口から出た言葉は、やっぱり予想通りで笑いたくなってしまったわ。
神聖なる寺院だから本来は部外者は通すわけにはいかない、それに私達4人は仏道に帰依するようには見えない…言葉はそこで切られたけれど、暗に泊めることは出来ませんから出て行ってください、と言っているようにしか聞こえません。
当然のことながら悟浄くんは一般人は入れられないのか、と怒るし、三蔵様に至っては小声で「俺は構わんが」とか言いやがりました。いや、この御方なら言うとは思ってましたけどね。


「(…ま、信仰心という名の警戒心が強い方々ってことですかね)」
「―――この方々はお弟子さんですか?」
「いや、―――下僕だ」
「ああ、やはりそうでしたか」


うん、わかってはいましたから彼らのように怒りを露わにはしませんけど―――やはり、っていうのはどういう意味なんでしょうかねぇ?さすがにその言葉だけは納得できないんですけど。


「―――では今回は三蔵様に免じて、そちらの方々にも最高のおもてなしをご用意致します」


話が長くてなかなか本題まで辿り着けなかったけど、何とか追い出されずに済みました。豪勢なお食事(もちろんお肉抜き)を頂いてから通されたお部屋は、とても立派。きっと三蔵様がいなかったらこんなお部屋には通されていなかったんでしょうね…泊めて頂けたとしても。
ああでも、これでようやく声を出しても大丈夫だ―――と、口を開きかけた時。小さなお坊様がお茶を持ってきてくれました、間一髪セーフです危ない…!
どうやらこの子は私達の身の周りのお世話をしてくれる葉くんと仰るそうです、配膳くらい綺麗なお姉様にやらせろーって悟浄くんは文句を言ってますけどね。


「私、生きて三蔵様にお会いできるとは思っておりませんでした!!感激ですっ!三蔵様といえば、御仏に選ばれし尊き御方。我々仏教徒にとって絶対的存在にございます!!」


葉くんは熱っぽくうっとりと語っていらっしゃいますが、その尊き御方ご本人が関係ねーって顔で聞いてらっしゃるんですけど…三蔵様を崇拝しているあの子が普段の三蔵様や、銃をブッ放してる三蔵様を見たらどんな反応をするのでしょう?怒るのかしら?呆れるのかしら?それとも―――…ショックで倒れてしまうのでしょうかね?
出て行く姿を見送りながら、そんなどうでもいいことを考えていました。

パタリ、とドアが閉まった瞬間に、私はベッドへと体を沈めた。何だろ、普段と変わらないようにしていたはずなのに声を発しないというだけでこんなにも疲れるとは思っていませんでしたね…。


「大丈夫かー?香鈴」
「…悟空、此処ではその名前呼んじゃダメだってば」
「あ、そっか」
「少し眠りますか?まだ早い時間ですが」
「…ん、そーします…」


靴を脱ぎ捨て、借りているジャケットを椅子の背もたれにかけてからもう一度、ベッドに倒れ込む。そのまま布団に包まれば、あっという間に意識は夢の中へと沈むのでありました。





「没収ですッ!!」


何だか騒がしい…室内に響き渡る大きな声に、沈みきっていた意識がゆるゆると浮上していく。まだ半ば夢の中にいるようなふわふわした感覚の中、皆さんの会話を聞いているとどうやら麻雀やら缶ビールやら煙草やら、寺院では禁止されているもの達を嗜んでいる所を注意されてしまったみたい。
そういえばお酒とか、悟浄くんがたくさん持ってきていましたっけ…というか、麻雀の台とか牌とか重くないんですかね。旅を始めた時から思ってましたけど。

喉が渇いた、という三蔵様にお茶を持ってきたお坊様が出て行くのを見届けてから、私はゆっくりと体を起こした。もう誰もいないだろう、と思っていたのだけれど、お世話役を命じられている葉くんが人数分のタオルや着替えの浴衣を準備してくれていましたよ。あっぶな、…ボーッとしてたから気が付かずに声を出しちゃう所でしたね。また。


「…ところでこの寺院は、妖怪の被害に遭ったことはないんですか?」
「ええ!それはもちろんですともっ」


何でもこの寺院は御仏の御加護により俗物が寄りつかない、と言われているそうな。葉くんはそれを自分達の厚い信仰が通じてのことでしょう、と仰っていますが…本当にそうでしょうか?こう言っては何ですが、ずいぶんとおめでたい考えをしている方達ばかりなんですね。
仏の道は殺生が御法度。それは誰でも知っていることではありますが、だからと言って身を守るものが1つもないとあっては―――いつか、足元掬われてしまうかもしれませんよ?


「んー…!気持ち良かったです」
「部屋の中にお風呂があって良かったですね、香」
「大浴場もあるらしいけど、そこじゃ入れねーもんな」
「お坊様方がお休みになられた夜更けならいけるでしょうけど、きっと見張りの方もいらっしゃるでしょうから…見つかったら厄介ですもの」


…あら?そういえば、私がお風呂に入る前はいたはずの三蔵様のお姿が見えませんね。もしかして大浴場へ汗を流しに行かれたんでしょうか?
後ろに立って髪を拭いてくれていた八戒くんに所在を聞いてみると、こんな遅い時間なのに僧正様に呼ばれて出て行かれたんですって。どうしてもうお休みになられるような時間に呼びつけたのでしょう…何か用事があるのなら明朝にでもお話すればいいのに―――…あ、それでは手遅れになるかもしれないからこんな時間にしたってことかしら?
そうなると、用事はこの寺院に留まってほしいというお願いの可能性が高いかもしれませんね。三蔵様は最高僧、そんな御方の有難い説法にあやかりたい、といった所かしら。
まぁ、そんな面倒なことをあの御方が引き受けるとは到底思えませんが。


「ピーッピーッ」
「ジープ?」
「…八戒くん、悟浄くん、悟空」
「んぁ?どーしたよ、香ちゃん」
「妖気を感じます。―――恐らくは、紅孩児様とやらの刺客かと」


そう告げたと同時に、外で大きな爆発音が聞こえた。窓の外を見てみれば、もくもくと爆炎が立ち上っているのが見えますね。
人数だけでも確認しておこう、と目を閉じれば、脳裏に外の映像が映し出されました。見えたのは1人の妖怪がお坊様方を次々に殺していく―――まさに惨劇。


「お風呂、入ったばかりですのに」
「仕方ないですよ、片づけてからもう一度入るしかありませんね」
「そうします。行きましょう」


細い三日月が天高い場所で下界を見下ろす中、私達は騒がしい場所を目指し飛び出した。
- 22 -
prevbacknext