摘み取って、摘み取らないで


今日も今日とて、私達はジープに乗り西を目指してただひた走っている。
桃源郷全域を突如襲った負の波動による異変―――妖怪の暴走の原因となる牛魔王蘇生実験を阻止する為、という命を受けての旅なのだけれど…西域・天竺国までの旅路は遥かに遠いせいなのか、それとも元来、私達が持つ性格やらが関係しているのかわからないけれど、いまいちそんな大変な命を本当に受けているのかわからない雰囲気なのですが。
だって、誰がどう見たってただの旅行にしか見えはしませんもの。最近は紅孩児さんという方からの刺客が増えてきたから、妖怪には名前が知れ渡った有名人になっちゃいましたけどね。
まぁ、人間相手でも三蔵様はとても目立っちゃうんですけどね?法衣着てるし、双肩に経文をかけていらっしゃいますし。





「〜〜〜このエロ河童ぁ!!」
「あ?!やるかチビ猿!!」
「やらいでか!!」


あまりの陽射しの気持ち良さに眠っていたらしい。悟空と悟浄くんの大きな声に夢の世界へと落ちていた意識がゆるゆると覚醒し始めるけど、でもまだボーッとしていて何が起きているのかよくわかっていない。というか、毎度のことながらよく喧嘩をしますねぇ?この2人は…私が眠る前はカードゲームをしていたような記憶があるんですけど、それが原因で喧嘩をしているのかしら。

…うん、ダメだ。眠い。私に被害が及ばなければ、そして三蔵様の雷が落ちなければどーでもいいです…一度は開いた瞳をもう一度閉じる中、ついに三蔵様の怒声が耳に届きました。ま、そうなっちゃいますよねぇ。


「降りてやれ降りて!!」
「今日もまたにぎやかですねぇ。けど悟浄、貴方の隣で香鈴が眠っているんですから彼女を落とさないようにしてくださいよ?」


ああ、八戒くんの声だ。彼の声はとても優しくて、ホッとできて、特にこういう眠気に襲われている時に聞くとよーく眠れそうな気がするの。だってその証拠にほら、覚醒しかけていた意識はまたゆっくりとまどろんでいく。
もう少しで再び夢の中、という所だったのだけれど、珍しく三蔵様の焦ったような声が聞こえて―――次の瞬間には、もう呼吸が出来なくなっていた。


―――ザバァッ!

「ゲホッゴホッ!ちょ、…なに、が、ゲホッ」
「香鈴、大丈夫ですか?」


八戒くんに抱えられた状態で状況を把握しようと頭をフル回転させるけれど、ダメだ、全くわからない…!さっきまでジープに乗っていたはずなのに、どうして今は5人揃って川遊びをしているのでしょうか。陽射しは大分温かいですけど、まだ水遊びできるような季節じゃないはずだから一気に体温が下がってしまって寒いの何のって。
何か羽織るもの、と自分の荷物に目をやるけれど、悲しいかな。替えの服もカバンごと水没されちゃってます。どうしようかな、と途方に暮れそうになっていると、肩に何かが掛けられた。


「これも濡れてしまってるので温かくはないと思いますが、ひとまず羽織ってて」
「え、でも…」
「こういう時は遠慮しない。…三蔵、その辺にしておかないと本当に死んじゃいますよー」
「殺すつもりなんだよ…!いい加減にしやがれ馬鹿コンビ!!」


三蔵様に川へ沈められていた悟浄くんと悟空。あれはさすがにやり過ぎじゃ、と思っていたのだけれど、全員びしょ濡れになった原因はあの2人喧嘩が原因なのだと聞いて、それなら仕方ないと思い直しました。だって仕方ないじゃない、私だってさすがに全身ずぶ濡れになった上、荷物までびしょ濡れになってしまったらそりゃ怒りますよ。
溜息をついて呆れた視線を2人に向けると、途端にしょげてしまってごめんなさい、と謝られちゃいました。まさかそんな風に謝られるとは思ってなかったですし、この2人がしょげた姿なんてほとんど見たことがないから思わず吹き出しちゃったけれど。

私の笑い声とは別に女性の笑い声が聞こえて、視線を上げてみるとそこには洗濯カゴを抱えた方がクスクスと笑いながら立っていました。
わ、とても綺麗な人…悟浄くんが口説きにいっちゃいそうな方ですねぇ。さすがに今はそれ所じゃないからしないと思いますけど。


「あ…ごめんなさい。あんまり楽しそうだからつい…」
「俺をこいつらと一緒にしないでくれ」
「もしかして洗濯にいらしたんですか?すみません、水を汚しちゃって」
「それよりどーすんだよ。替えの服までズブ濡れじゃんか」
「…その原因は貴方達でしょう?何処かでたき火をおこして乾かさないと―――」
「―――あ、」


何かを思いついたように声を上げた綺麗な女性は、にっこりと笑みを浮かべて服を乾かすならウチの村まで来ませんか、と提案してくれた。笑ってしまったお詫びに熱いお茶もごちそうします、と。
私達は一瞬、顔を見合わせたけれどその有難い申し出を受けることにしました。ちょうど野宿も続いていた所でしたし、服が乾くまでゆっくり休めるのも嬉しいですし。急いでる、とは言っても今は緊急事態ですから、三蔵様も何も言いませんでした。
私達を村まで案内してくれた女性は―――旬麗さんと、そう名乗った。


図々しくも旬麗さんの家にお邪魔をして、タオルや洋服、更にお風呂までお借りしてしまいました。水気を拭きとって服を着替えられるだけで十分だ、ってお伝えしたんですけど、風邪をひいてしまったら大変だからって仰られて…それでお言葉に甘えてしっかり温まらせて頂きました。
レディーファーストですよ、と八戒くんと悟浄くんに半ば無理矢理お風呂場に突っ込まれた私は、三蔵様を差し置いて一番風呂を済ませ、今は旬麗さんと一緒に洗濯物を干しています。…というか、私達の服なのにお手伝いさせてしまうのはとても忍びないです。ごめんなさい、と伝えたら、いいんですよ楽しいですからって笑って下さって。彼女の笑顔はやっぱりとても綺麗で、同じ女であってもうっとり見てしまいますね。


「…あの、すっごく不躾な質問をしてもいですか?」
「はい?」
「旬麗さんって一人暮らし…ですよね?どうして男性ものの服があるのかなぁって…それも若い感じの」


洗濯物にシワが寄らないように気を付けながら干していく合間、八戒くん達に渡していた洋服が気になって聞いてしまいました。何か事情があるのかもしれない、というのはわかっているし、そこに土足で入り込んでいいような間柄でもない。だって今日、出会ったばかりなわけですし。
…だけど、どうしても気になって仕方なかった。さっき入った旬麗さんの家は確かに生活している空気があったけれど、複数人がいる感じではなくて―――あの広い家で、1人で暮らしているように感じてしまったのです。

黙り込んでしまった旬麗さん。やっぱりとても不躾で、失礼なことを聞いてしまったなぁ、としゅんとしていたらか細い声が耳に届いた。恋人がいたんです、と。


「1年ほど前、この村に住んでいた妖怪達全てに異変がおとずれました…恋人も、その中の1人で―――」
「恋人は妖怪の方、だったんですね」
「はい。完全に自我を失くす前に、って飛び出していってしまったきり、戻ってきていないんです」


…ああそうか。彼らに渡したあの服は、その恋人の方のものだったんですね。2人で楽しく過ごしていたであろうこの家に、思い出がたくさん残っているであろうこの家に今でも住んでいるのはきっと、いつか戻ってくるかもしれないという希望を持っているからなんでしょう。戻ってきてほしい、という願いも込めて。

恋人がいなくなったのは1年ほど前―――だけど、あの服達はそんな感じは全くなくて…むしろ、洗い立てのような石鹸の良い香りがしたのを覚えてる。さっき川で出会った時に持っていたカゴに入っていた服も、チラッとしか見えなかったけれど男性ものの服でした。誰も着ない服を洗濯しているのは、もしかしたら淋しさを紛らわす為なのかもしれませんね。

全部干しきって家に戻れば、旬麗さんの家の隣に住んでいるという半おばさんという方が作ってきてくれた料理は、綺麗に平らげられていました。いつものことながら食べるのが早いですねぇ…でもね、私、洗濯物を干していたからお昼ご飯食べてないんですけどね。
非常食は何も持ってないんですよねぇ、と内心苦笑していると、八戒くんに手招きをされました。大人しく空いている椅子に腰を下ろすと、料理がいくつか載せられたお皿を差し出されたんですが。…これ、私の分…ってことでいいんでしょうか?


「香鈴の分ですよ、まだ食べていないでしょう?美味しかったですよ」
「ありがとうございます。お昼抜きかなー、って考えてました」
「あはは。さすがにそれは辛いでしょう?野宿続きで缶詰ばかりでしたし」
「はい。…ん、美味しい」


八戒くんとお話しながら美味しい料理を食べていたから、その時は気が付きませんでした。旬麗さんと半おばさんが穏やかな笑みを浮かべて、私達を見ていたことに。

洗濯物が乾ききるまではこの町を出ることができない、ということで、夕食までごちそうになってしまいました。片付けをお手伝いしてから、八戒くん達が着替えなどで借りていた部屋を訪ねてみれば、部屋にぎっしりと布団が敷き詰められていました。
そうなんです。料理がとても上手な半おばさんがどうしても一晩泊まっていって、と言うもので…それに洗濯物もまだ乾いてないものもあったから、お言葉に甘えることにしちゃいました。
だけど、こんな風になっているとは思ってませんでしたよ…一緒に部屋に戻ってきた悟空もびっくりしています。


「あれ?でも布団3組しかねーじゃん。ベッド使うにしたって4人分だろ?香鈴はどーすんだ?」
「私は旬麗さんの部屋で寝ますよ。半おばさんに男と同室なんてダメだ、って言われてしまいまして…」
「んなの今更じゃね?」
「僕達の中ではそうかもしれませんが、世間一般的にはやっぱり特殊だと思いますよ」


ちぇー、何だ、香鈴と一緒に寝よーと思ってたのに。
枕をぎゅーっと抱えながら膨れてしまった悟空はとても可愛い。これでも17歳というのだから驚きですよねぇ。
八戒くんの隣に座ってクスクスと笑ってたら、突然、いい加減教えてよって言われてしまいました。一体、悟空は何の話をしているのでしょう?最近、何かを教えてほしいと言われた記憶はありませんし…旅に出る前にもそんなことを言われてはぐらかした、という記憶もない。
全くわからなくて首を傾げていると、昼間、私と旬麗さんが洗濯物を干している間に彼女の恋人のことをおばさんから聞いていたようです。その恋人が「ジエン」さんという名前で、悟浄くんが反応したそうで…その人が何者なのか、その答えを八戒くんと私に求めたってことみたいですね。
悟浄くんのことを知っているのは、一緒に暮らしていた私達だけだから―――かな。


「本人に聞けばいいのに」
「絶対嫌。…だけど何か、俺なんにもヒミツとかねーのに、アイツにあるのってズルイじゃんか」
「…ガキ?」
「悪かったなガキでよ!」


まぁ、まだ未成年という意味ではまだ子供っていう意味合いでも間違いはなさそうですけどね。
うーん…とは言っても、実は私も知らないんですよね。彼が禁忌の子共だというのは知ってますけど、どんな親の元で育ったのかとか、どんな家庭環境だったのかとか、そういうのは全く聞いていないんです。八戒くんはそこも含めて彼の過去を知っているみたいですけど。
素直にそう言うと悟空と三蔵様はびっくりしていらっしゃいましたけどね。…あ、八戒くんも驚いた顔してる。そんなに意外、ですかね?


「あの河童ならお前に話していそうだ、と思っただけだ」
「それはないんじゃないですかね…誰だって、人に言いたくないことの1つや2つはあると思いますし」


このまま此処に居座って彼の過去の話を聞くことは出来る。でも何故か、それをしてはいけないような気がして…聞くのなら悟浄くんの口から直接聞いた方が、いいんじゃないかって思ってしまったんです。もしかしたら私に言いたくない理由とか、あったのかもしれませんし。昼間は不躾な質問を旬麗さんにしてしまったのに、こんな風に考えるのはおかしいとは気が付いていますけどね。
疲れたので休みます、とだけ告げて私は彼らの部屋を出た。そのまま旬麗さんの部屋に行こう、とリビングに通りかかった時、悟浄くんと旬麗さんの声が聞こえて。
何だ、部屋にいないと思ったらお話していたんですね…盗み聞きなんてするつもりなかったんですけど、聞こえてきた言葉に何故か足が止まってしまった。


「そんなことわかってます!!誰よりあの人を信じてるものっ誰も着ない服を洗濯したり、誰もいない部屋を掃除したり…でも私にはそれしかできないんです!これからもずっと…」


あんなに綺麗に笑う旬麗さんの、初めて悲痛な声を聞いた。そうですよね、大好きで仕方ない人が…愛していた人が、突然目の前から消えてしまったんですもの。淋しくないはずがないんです、辛くないはずがないんですよね。
トン、と壁に背を預けてそのまま立ち尽くす。リビングの入り口横に立っているから、その後の会話も必然的に耳に入ってくる。悟浄くんが自分も妖怪なんだ、とカミングアウトしていたけど、旬麗さんは彼のことを怖いなんて思わなかったみたいです…まぁ、驚いてはいたみたいですけど。けど、驚いても仕方ないか…彼は見た目が人間と何ら変わりないですからね。髪と瞳が深紅なだけで。

会話を終えたらしい悟浄くんがリビングから出てきた。小さな声で口説いてたんですか?と声をかければ、私がいるとは思わなかったのか少しだけ驚いた表情を浮かべて、でもすぐにいつもの表情に戻って―――散歩、行かない?と外へ連れ出した。


「星が綺麗ですね。月もまん丸…」
「…香ちゃんさ、俺らの過去とか聞かねぇよな。俺らは全部知ってんのに、ズルいとか思わねぇの?」
「だって私の過去を知ったのは偶然のようなものでしょう?それに話さないってことは言いたくないことだったり、言う必要がないことだったり…理由は様々じゃないですか」
「―――んじゃさ、聞いてくれる?俺の過去」
「お話してくれるのであれば、いくらでも」


煙草を口に咥えたまま語られたのは、私が今まで知ることのなかった―――悟浄くんの小さい頃のお話。
悟浄くんが捜しているのは、沙爾燕という名前の男性。彼が8歳の時から行方不明になっている命の恩人で、腹違いのお兄さんだそうです。


「俺が混血児なのは香鈴ちゃんも知ってんだろ?―――俺は、妖怪の父親と人間の愛人の間に生まれた子供でさ…兄貴は本妻の子供。俺が母さんに殺されそうになった所を助けてくれた」
「その人はそのまま…?」
「ああ、母さんを殺して―――そのままどっかに行っちまった。それっきりだ」


ポツリ、と…昔っから女が泣くのは苦手なんだ、と漏らした悟浄くんの声は少しだけ沈んでいるように感じた。お母さんがいつも彼を見て泣いていたから、だから苦手なんだって。悟浄くんに愛した人の面影と、見知らぬ人の幻影を見て泣くから。
自分が死んでお母さんが泣き止んでくれるのなら、それでいいとさえ思ったんだそうです。そこを助けてくれたのがお兄さん、ということなんですね。

…でも、でもね悟浄くん。それはきっと、ちょっとだけ違うと思うんです。


「私は―――…生きてちゃいけない命なんて、1つもないと思うんですよ。今は」
「…今は?」
「皆さんに出会った頃は、私なんてって思っていたこともあったけど、今はね案外、悪くないかもなぁって思うんです」


全てを失くしてしまった事実も、淋しさも、何も変わらないけど。それでもこうして生きているってことは、まだ生きていていいってことなんじゃないかって、思えるようになったから。
そう思えるようになったのはね?皆さんと過ごしてきたから、私はそう思っています。


「生きていても、」
「悟浄くんの命を助けたお兄さんだってきっと、貴方に生きていてほしいから…だから、お母さんを手にかけたのかもしれません」


それが許されないことだと、わかっていても。


「本心とか、そういうものはお兄さんご本人に聞いてみなければわかりません。…だけど、どーでもいい人の為に実の母親を殺すような人いないと思いますよ?」


だからね、お兄さんが救ってくれたその命の灯火を消さないように、いつか出会うかもしれない時の為に俺はこうして生きてるよ、って胸をはれるように生きていきましょう?
背伸びをして彼の頭をぽんぽん、と撫でれば、一瞬だけ悟浄くんの顔が痛そうに歪んだ。でもすぐに顔を伏せてしまったからもう確認は出来ないけれど、私がかけた言葉に納得したような、でもどこかまだ疑問点を持っているような―――そんな表情のような気がしました。だけどそれでいいんですよ、悟浄くん。だってその答えは、貴方自身が見つけないと意味がないものだと思うから。貴方自身が納得できなくちゃ、きっと笑うこと出来ないし、胸を張ることも出来ないんですからね。

悟浄くんと別れて旬麗さんの部屋に戻れば、彼女ももう部屋に戻ってきていて乾かしていた私達の服を畳んでくれていました。慌ててそれを手伝う、と申し出たのだけれど、もう少しで終わるから大丈夫ですよと微笑まれてしまいました。
申し訳ないなぁ、と思いながらも、これまたすでに敷かれていた布団の上に腰を下ろす。


「…昼間、見ていて思ったんですけど」
「え?」
「香鈴さんと八戒さんってお付き合いしているの?」
「………えっ?!」
「あら、違うの?何だか2人で話している時の空気が他の人と違うって半おばさんとも話していたんだけど」


にこやかにそう言った旬麗さんに違います、と思いきり首を横に振れば、残念そうな表情を浮かべてお似合いなのに、と呟くものですから咳き込んでしまいました。飲み物を飲んでいたら確実に吹き出している所だったと思います、ええ、本当に。
八戒くんは、とても素敵だと思うしカッコイイとも思います。ずっと一緒にいられたらいいのにって思ったことだって何回もある。それに時々、…ドキドキすることもあるけれど―――私はこの気持ちの名前を知らない。胸に走る甘い痛みが何なのか、私にはわからなくて。
でも1つだけハッキリわかっているのは、これはきっと良くないものだということ…この旅には決して必要がないものだということです。
そんなこと旬麗さんにお話しできるはずもなく、私は曖昧な笑みを浮かべたままおやすみなさい、と告げて、布団の中へ逃げるように潜り込んだ。
- 24 -
prevbacknext