彼はカリスマ


辿り着いた町で見つけた1軒の酒場。どうやらこの町にある酒場は此処だけみたいで、なかなかに繁盛していました。あ、あの女性の店員さん、忙しそうに動き回ってる…何だかああいう姿を見ていると、お手伝いしたくなっちゃいますね。このお客さんの人数に店員さん1人じゃあ、大変だもの。

皆さんがメニューを見ている間、何となしにその女性をボケーッと眺めていたらセクハラされてる所を見かけてしまいました。相手は完全な酔っ払い…いくら酔っているからといってああいう態度は良くないですし、頑張っている店員さんにあの仕打ち。許すまじ。
んー、でもこの場で助けに入ったら揉めちゃうのは目に見えてるし、どうにかそうならないようにしたい所。あんまり騒ぎを起こしちゃうとまたハリセンで叩かれちゃう。…あ、灰皿をぶつければきっと私だってわからないですよね?この角度だったらあの酔っ払いのおじさんも誰が投げたのか見えないだろうし。
そう思って灰皿に手を伸ばしたら、悟浄くんに取られちゃった。俺に任せとけ、とウインク付で言った次の瞬間には、酔っ払いおじさんのこめかみに灰皿がカーンッといい音を立ててヒット。


「これでOK、だろ?香ちゃん」
「…はい。ありがとう、悟浄くん」
「香鈴、何か食べたいものありますか?」
「んっと、…春巻きと杏仁豆腐食べたいです」
「もう少し食べましょうよ…炒飯とかは?」
「あ、じゃあこのスープセットのやつで」


さっきの店員さんにもんのすごい量のオーダーを、内心申し訳ないなーと思いつつお願いした。だって悟空の食べる量が半端じゃないから、きっとメモを取るのも大変だったと思うんですもの。そして厨房の人も大変だろうなぁ…作るの。


「…どう思う?」
「どうって?」
「俺達が長安を発って今日で一月になる」
「倒した妖怪は星の数ですが、そのほとんどが紅孩児さんの送り込んだ刺客…でしたよね?」
「ああ。その「紅孩児」が牛魔王の息子なのはわかる―――しかし、」


本来、妖怪は誰の指示にも従わないはずだった。それなのに自害に至るまでの忠誠を誓うなんて…そう三蔵様は仰った。
ここ最近はとても静かでしたから、そろそろ何か攻撃をしかけてきてもおかしくない頃ですよねぇ。


「結局、僕らはまだ何も知らないんですよね。牛魔王蘇生実験の目的も、それを操るのが何者なのかも」
「ほとんどが闇の中って感じでしたし―――」
「あのーご注文の品ですぅ」
「わーい!」


悟空の嬉しそうな声にシリアスな空気は払拭され、私達はがくりと脱力するしかなかった。ほんと悟空は本能に忠実というか何というか、まぁそんな所も悟空らしいなぁとは思っているんですけど。それに腹が減っては戦が出来ぬ、とか何とか言いますからね、まずは腹ごしらえから…と言った所でしょうか。せっかくの料理ですし、冷えてしまう前に食べてしまわないともったいないですね。

私が頼んだ炒飯のスープセットを受け取り、八戒くんが取ってくれた春巻きも受け取り、さあ食べようかと思った時。またもや店員さんの悲鳴が聞こえてきた。何事かと思えば、まーたあの酔っ払いセクハラおじさんがあの人にちょっかいを出していた。今度は一緒に飲んでいた人達も一緒に。
…どうしてさっきの灰皿で懲りないのかしら?店員さんだって嫌がっているのに、それでも手を引かないしつっこい男は―――


「…女性にモテなくて当然、ですよねぇ?」
「そーそ。オッサン下手だよ、女の扱い方がさ」
「何だと若造がァ!すっこんでろ!!」
「まーた灰皿くらいたいワケェ?」


この一言がおじさんの怒りに火をつけてしまったらしく、料理が並べられたテーブルを蹴っ飛ばされた。勢い良く蹴っ飛ばされたせいか、載っていたお皿達は宙を舞い、まだ中身が入ったままの瓶がこっちに飛んでくる始末。
それに気が付いた時にはもう瓶はすぐそこまで迫っていて、頭からビールをかぶる覚悟をして目をつぶったのだけれど―――濡れた感覚は、一切なかった。むしろ、何か温かいんですけど。
そっと目を開けば、八戒くんに抱きしめられていました。


「大丈夫でしたか?香鈴」
「はっはい…!あっ八戒くんは?!」
「僕も何ともありませんよ。それより―――」


苦笑を浮かべた八戒くんの視線を辿ると、何故か酒場内が乱闘騒ぎになってました。その先陣をきっているのは悟空と悟浄くん。…え、何コレ。妖怪だけでなく人間とまで争うことになっちゃうなんて、血気盛んだなぁ…でもきっと私も瓶が飛んできてなかったら、あの2人と一緒に混ざっていたような気がするので人のことは言えませんね。
このままではお店が壊されてしまう、と心配したご主人が、勝負をつけたければいつものヤツにすればいいじゃないかって仰ってるんだけど…いつもの勝負って何でしょう?男性がそう言うくらいだから、麻雀とかかしら?時間はかかるけど、お店は壊れずに済みますよね。…今でも割とめちゃくちゃになっちゃってますけど。


「酒場の男の勝負といやあ、決まってんじゃねーか。飲み比べよ!」


おじさんはどーよ!ってドヤ顔してらっしゃいますけど、私達5人はうっわぁーって表情を隠すことなく前面に押し出してます。所謂、あからさまにイヤな顔をしたということ。
だってイヤな顔にもなると思いません?何て言うかこう、…アレ過ぎて。そしてあれだけ酔っぱらっておきながら、まだ飲まれるんですかあの人は。


「ま、最初っから勝負にゃなんねぇか。そっちにいるのはガキと、見るからに貧弱そうな坊主と、女だもんなぁ」


ムカ。…この人、女性にセクハラしておきながら今、私のことを明らかにバカにしましたよね?男の勝負、と仰っていましたし、人数も私が入ったら合わなくなるのでやめておこうかと思いましたが―――そんな風にバカにされてしまったら引っ込んでなんかいられません!
目が座りお店中のお酒を持ってこい、と凄む三蔵様の横で、私も参加させて頂きます!と声高らかに宣言させて頂きました。それにはあちらの男性陣だけでなく、八戒くん達も驚いてらっしゃいましたけどそんなこと気にもせずさっさと席に着いた。


「ちょっと香鈴、貴方は参加しない方が…」
「い・や・で・す!バカにされて引っ込んでるなんて女が廃ります!!」


そう言いながら出されたお酒を一気に煽れば、少し離れた所から悟浄くんが「カッコイーじゃん、ごじょさん惚れちゃいそ〜」とか何とか言っていたので、顔は一切そっちに向けずVサインだけ向ける。
私が入ったせいで人数が合わないので、あちらは急遽もう1人仲間を呼んだみたいですね。そうして始まったお酒の飲み比べは、気が付けば仕掛けてきた男性陣は4人潰れていた。…まぁ、こっちも悟空が潰れていますけど(よくよく考えたらこの子、未成年でした)。


「お・き・ろ!このサル〜〜〜!!」
「ふふん、そのガキはリタイアのようだな」
「そちらは貴方以外、全滅していらっしゃるようですけどね」
「残念だな。俺はこの辺じゃ飲み比べで負けたこたァねーんだよ」


ほほう、そうだったんですか。それならば、と隣に座っていた八戒くんに目配せをすると、彼もコクリと頷いた。


「「じゃあどーせだからもう少し強いお酒くださーい」」
「そーいえば俺、八戒と香ちゃんが酔ったところ見たことナッシング」
「あなどれねー」


セクハラ被害を受けていた店員さんが運んできてくれた、さっきまでのより度数が高いお酒を一気に飲み干す。その様子を心配そうな顔をして見ている彼女にそっと顔を寄せる。


「お姉さん、大丈夫ですよ」
「多分、僕と彼女が勝ちますんで」
「え?」
「楽勝ですよー、このくらい。セクハラおじさんは許せないでしょう?」


彼と一緒ににへっと笑ってみせれば、店員さんは少しだけ安心した表情を見せたのだけどすぐに何か決意しているような、そんな表情を浮かべた。その表情を見たのは私だけのようで、八戒くんは何やら三蔵様とお話―――していると思っていたんだけど、それは大きな間違いでした。
飛さんと呼ばれていた男性にバカにされたらしい三蔵様は、急に笑い出したかと思えば魔戒天浄を発動させようとしやがったんです!いきなり何しちゃってんですかこの人は!!
慌てて八戒くんが三蔵様の口を封じ、私は発動しかけて広がった経文をせっせと集める羽目になりました。顔は赤くなっていたものの、普通にされていたからまだ平気なのだろうと思っていたのに、見た目よりかなり酔ってらしたんですね…びっくりした。


「まだるっこしい勝負はヤメだヤメ!力でツブしてやらぁ若僧ども!!」
「…先にしかけたのはそっちでしょーが…」
「望むところだァエロジジイ!やってやろうじゃねぇか!!」
「まあまあ皆さん、落ち着いて…」

―――ブワッ

「ッ、…霧…?!」
「?何だ、この霧は…!」


薬の匂いがする、と思った時にはもう遅かった。気づかぬうちに吸い込んでしまっていたらしく、頭がクラクラして立っていられない。三蔵様と悟浄くんも吸ってしまったらしく、その場に倒れ込んでしまっているのが見える…そうか、皆さんお酒を飲んでしまっているから通常より薬の周りが早くなってしまってるんですね。
自分の腕に爪を立てて意識を保とうとするけれど、あまり意味は為さないようでガクリ、と膝をついてしまった。


「香鈴っ…しっかりしてください、香鈴!」
「は、かいく―――」


―――…ダメ、もう言葉を紡ぐことができない。大丈夫ですよ、って伝えたいのに、1つも声にならずに私の意識は闇へと沈んだ。





「―――い、おい、香ちゃん!!」
「っう、…ごじょ、くん……?」


重い瞼を開けば、視界いっぱいに広がる深紅の髪。痛む頭を押さえて起き上がれば、三蔵様と悟空も目を覚まされたようで窓の外を凝視していた。
…窓の、外?一体、何を見ているのだろうと思ったら、八戒くんが見知らぬ女性と戦っていた。でもあの女性、何処かで見たような―――あ、そうだ…このお店の店員さんだ。
けど、私の記憶の中のあの女性は人間だったはず。今の姿は耳が尖っているし、腕に紋様がある…それにさっきまでは感じていなかった妖気も。ということは、妖力制御装置をつけていたということ?わざわざ人間に化けて店員をしていたということ。それはつまり、紅孩児さんの刺客だということを物語っている。

そんな人と対峙しているなんて、と少し心配になったけれど、どうやら実力は八戒くんの方が上みたい。…というか、あの女性の妖怪さん…ちょっとだけ天然のような気がするのだけれど、私の気のせいでしょうか。天然というか、戦いに慣れていないような感じです。
ガクリ、と膝をついたあの人に優しい声をかけて手を差し出した八戒くん。さっきまで戦っていた敵に優しくするのは逆効果だと思う。…他の女性に優しくしている彼を見て、胸が痛むのはきっと気のせいだ。こんな光景見たくない、嫌だと思ってしまうのは―――彼女が、私達の敵だから。だから、嫌だって思うだけですよね?


「―――もはや、この命など必要ない…!!」
「待ッ…」
「来ないで!!」


持っていた短刀を自らの首へ向けた瞬間、八戒くんの様子がおかしくなったような気がした。目の前にいる彼女を見ているようで、どこか遠くを見ているような感じがして―――無性に怖くなった、彼が私の手の届かない所へ行ってしまうような気がして。

―――ねぇ、八戒くん。貴方は今、一体誰を見ているの?

彼に、そして今にも自害してしまいそうな彼女に向かって手を伸ばした時、一陣の紅い風が私達を包み込んだ。


「きゃ、…っ!」
「!香鈴っ…」


飛ばされそうになった寸前で八戒くんが私の腕を掴んでくれて、何とか難を逃れた。その時に見た彼の瞳はいつもの光を宿した、綺麗な翡翠。さっきのような危うい光はどこにも見当たらない。ホッとしたけれど、でも何だかまだ不安が拭いきれなくて彼の腕にぎゅうっとしがみついた。変に思われたって構わない、この人がどこにもいかなくて済むのならいくらでも―――どうしてこんなに不安なのか、どうして八戒くんを失うと思うだけでこんなにも怖いと思うのかは、わからないけれど。

風が止み、視界が開けた時に目に映ったのは―――赤い髪をした、1人の男性の妖怪。その人の腕の中にはさっき自害しかけた女性の妖怪の姿がある…そして彼女は、驚いた顔をしてその人のことを「紅孩児様」と呼んだんです。
この男性が牛魔王の息子で、妖怪達から厚い信頼を受けているカリスマ的存在の、方なのか。


「―――我が部下を引き取りに来た。用件はそれだけだ」


殺意は感じるものの、今すぐ私達をどうこうしようという気は感じられない。今、あの人が言った通り、今回はあの女性を引き取りに来ただけみたいですね…だけど、ようやくその姿を捉えることが出来たんだ。私達がはい、そーですかって素直に引き下がるはずもないでしょう?
悟空と悟浄くんが向かっていくけれど、まるで歯が立たない。まるで赤子と遊んでいるかのようにひらり、と躱されてしまう。妖怪が忠誠を誓うくらいだから余程、強い力を持っているだろうとは思っていたけれど…あの2人の攻撃がああも簡単に躱されてしまうなんて。そして再び放たれた、赤い風。八戒くんが防護壁で防いでいるけれど、力の差が大きすぎる…大元である紅孩児さんをどうにかしないと、彼が大怪我をしてしまう。
彼らが立っている建物に急いで登り、紅孩児さんに向かって銃を向ければ、私の反対側に三蔵様が同じように銃を向けて立っていてちょっとだけ驚いてしまいました。だって、面倒なことはあまり積極的にしない御方だから。


「何だ、お前も登ってきたのか」
「…その台詞、そっくりそのままお返し致します」
「…よく登ってきたな…」
「おかげで服が汚れた。ずいぶんと派手な御挨拶をどーも」
「そんな銃じゃ俺は殺せん」


カチリ、と同時に安全装置を外した銃二丁を一瞥し、放たれた言葉。
ええ、そうでしょうね…さっきまでの戦いを見ていて、そうそう簡単に命を奪えるなんて思ってません。それはきっと、三蔵様も同じではないのかしら?


「聞きたいことがたくさんあるんですよ、…ねぇ?紅孩児さん」


にっこりと笑って名前を呼べば、僅かだけれど目を見開いたような気がした。反対側にいる三蔵様と女性の妖怪も同様で、何故そんな顔をしているのかがわからずに首を傾げてしまう。…あら?もしかして名前、間違ってしまったのでしょうか。でも文献で読んだはずだし、今までに送られてきた刺客の方々もそう呼んでいらっしゃいましたよね?それにさっきそこの女性も、ハッキリと紅孩児様と仰ってましたし。


「くっ、…くくくっ面白い女がいるんだな。生憎だが日を改めて出直すとしよう、この界隈で戦うと民家を巻き込みかねん」


…まぁ、確かにこの辺りには民家がたくさん並んでいましたけど…何だか不思議な人ですね、そんなことを気にするなんて。だって今までの襲ってきた妖怪達は、そんなことは一切気にすることがなかったから。宿屋も、寺院も破壊していたものね、それなのにその親玉であるこの人は、民家に被害が及ぶことを懸念している。
彼の目には強い決意を感じるけど、でもどこか―――迷っているような、そんな色が浮かんでいる気がして。


「―――…その人の為に自らの命を絶って、喜ぶ人なんていないと思いますよ?」
「あ、―――」


女性が何かを言おうとした瞬間、2人の姿は跡形もなく消えていった。
彼女にあの言葉が届いていようと、届いていまいと関係ない…この後、どんな風に生きていくのか。それを考えるのも、決めるのも彼女自身だから。

屋根から飛び降りると、さっきまで倒れ込んだままだった悟空がむくりと起き上がって、とても楽しそうな表情を浮かべていらっしゃいました。どうやら紅孩児さんの強さを目の当たりにして、彼の中の何かに火がついてしまったみたいですね。3人も仰ってますけど、確かに新しいオモチャを見つけた子供の顔―――ですよね、正に。


「それはそうと、…てめぇは何してやがんだバカ女!!」

―――スパーンッ!

「いったああああぁあ?!なっなにするんですか三蔵様!!!」
「なに敵の親玉に敬称つけて呼んでやがんだ!!」
「……へ?」


思わぬお叱りに目を丸くする。三蔵様のそのお言葉に八戒くん達も苦笑を浮かべているのが、目の端に映りました。いや、あの、確かにさん付けしたような気もしましたけど、……あ、だからあの2人も驚いた顔してこっちを凝視していたのかな。紅孩児さんが面白い、と言ったのもそれが原因?


「まあまあ、三蔵。多分、敬称をつけて呼ぶのは香鈴のクセなんだと思いますよ?」
「俺らもちょーっとびっくりしたけど、直せつっても直んねーよ、コレ」
「……チッ」
「なー、俺腹減った!」
「そういえばお酒はたくさん飲みましたけど、お昼ご飯は食べ損なっちゃいましたもんね」


さっきまで話題に上っていた話はそこまでになり、私達は急いで宿を探すことに。もう夕方になってしまいますし、早くしないと部屋も全部埋まってしまいますもの。
手分けして探した結果、個室は取れませんでしたけれど2部屋押さえることが出来て野宿は免れました。
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