一難去ってまた一難


―――ザワザワ、

「わ、こんな賑やかな町は長安以来です!」
「確かにこんなに賑やかな町は久しぶりだな」
「ああ」
「妖怪の影響をあまり受けていないんでしょうね」


ああ、成程。だからこんなにも町の皆さんが楽しそうに笑っていらっしゃるんですね…でも、だからこそ私達が長居するべき場所ではないんだろうなぁ。長居すればするだけ、この町に妖怪が攻めてくる危険性が増すってことですもの。出来れば1日くらいはのんびりしたり、買い出しをしたりしたいのでその間は静かにして頂けると有難いんですけど…私達のそんな事情は、あちらには一切関係のないことですよねぇ。

悟空が三蔵様に肉まんをねだって一刀両断されている、ある意味いつも通りの光景を笑いながら眺めていると、ゾクリと背中に悪寒が走った。バッと後ろを振り返れば、そこにはニタリと笑みを浮かべた1人の男性が何やらお店を開いていた。
これは―――占い?


「これはこれは綺麗なお姉さんだ。―――そこのお兄さんたちの分も含めて、この清一色が旅路の先行きを占ってあげますよ」


この人はただの易者だ。別に妖怪というわけでもなさそうだし、ちゃんと人間…だと思うんだけど、何でしょう?このぬるりとした、肌にまとわりつくような嫌な感じは。あまりの気持ち悪さに吐き気がする。


「興味ねぇよ、占いなんて」
「第一、麻雀の役を通り名にしてる易者なんて信用度低いな」
「そっけないなぁ…ま、いいや。教えてあげましょう」

―――死相が出てますよ、皆さん。

「?!」
「死に近い所に生きてるでしょう?我にはわかる。特に―――そう、貴方だ」


薄気味悪い易者が指差したのは、八戒くん。偽善者面で誤魔化しているとか、罪人の目をしているとか、お腹の傷が彼の罪の証だとか…よくわからないことを散々言ってくれちゃってますけど、この人は本当に何者なんでしょうか。何だか腹が立ってきました。


―――ばんっ

「―――ッ何者だてめぇ?!」
「喧嘩売ってるのか何なのか知りませんが、…変なこと仰らないでください」


完全に易者を威嚇している悟空の横に立って、キッと睨みつける。でも一切怯んだ様子はなく、僅かに目を開いてまた薄気味悪い笑顔を浮かべてじっとこっちを見上げていらっしゃいます。開かれた瞳はすぐに糸目に戻ったけれど、さっきのあの瞳―――ひどく気持ちが悪い。気持ちが悪くて、背筋がゾッとするくらいです。

それはともかく。八戒くんに何か恨みがあるのか何なのか知りませんけど、これ以上この人に何か言うつもりなら許しはしませんよ。そもそも何の目的があってあんなおかしなことを言うのか、皆目見当がつきません。
クスクス笑いながら易者が取り出したのは、麻雀の牌。それには『滅』と書かれていて、「災いは汝らと共に」と告げられました。その言葉の真意はわからない、わからないけど―――これ以上、この男に関わらない方がいいかもしれません。


―――ドォンッ!!

「きゃああぁあ!!」
「ッ、な―――何ですか、あれ!」


大きな爆発音と共に姿を現したのは、式神…?!それにしては大きすぎる気がしないでもないですが、胸元にある梵字は式神の印―――で、間違いないですよね。文献でも見たことがあります。
でも一体、誰がこの式神を召喚したというのでしょうか…牛魔王の刺客かとも思いましたが、今回のは何だか違う気がします。何が、と聞かれると上手く説明をすることができませんが、紅孩児さん達のやり方ではない気がしてならない。


「(考えられるのは、さっきの怪しい易者―――けれど、あの男に何のメリットが?)」
「きゃあああ!!」
「…っ考えている場合じゃなさそうですね…!」


辺りは落ちてきた瓦礫によって潰された死体がいくつも転がっている。正に惨劇の状態です…早くあの式神をどうにかしないと、町は全滅してしまうでしょう。
気になることはたくさんありますが、ひとまずはあれを片づけてしまわなければなりませんね。


「いい気になってンじゃねーぞ!!」
「その通りです…ねっ!」


―――ガキィンッ!

悟浄くんの鎖ガマと私の刀、それを容易くハネ返すなんて…というか、傷一つついた様子がないんですが何で作られたものなんですか?あれ!こんなにも頑丈な式神ってアリなんでしょうか…!刃にびくともしないとなりますと、悟浄くん、悟空、私は攻撃手段がなくなってしまう。
…となると、最終手段は―――


「三蔵様っ」
「魔天経文を…!」
「やっぱそれっきゃねぇか―――悟空!奴の注意をそらしとけ!」
「合点!」


一気に片を付けるならそれが一番手っ取り早いですし、魔天経文なら確実にダメージを与えられると思うんです。それでダメだったら、もう手の打ちようがなくなっちゃいますし。なので、祈るしかないんです、魔戒天浄がハネ返されたりしないことを。

三蔵様の命を受けた悟空が式神に向かっていったけれど、何かを見つけたのか攻撃の手を緩めてしまったんです。その隙を狙ったのかはわかりませんが、彼に向けて今にも足が振り下ろされそう―――危ない、と叫ぼうとした瞬間、屋根の上から誰かが飛び降りてきてあのでっかい式神を殴り、飛ばしちゃいました。
しかも口から泡吹いて倒れちゃったんですけど…私達があんなに手こずっていたのに、一瞬で倒してしまうなんて一体、どんな人が?


「…って、え?女の子…?」
「―――あ、『三蔵いっこお』やっとめっけ!!」
「え?」
「オイラは李厘!紅孩児お兄ちゃんの代わりに君達をやっつけに来たよっっ」


何となく見覚えのある肌色に、見覚えのある紋様だなぁとは思いましたが…まさか紅孩児さんの妹さんだとは思いませんでした。そしてそんなに可愛い顔で「死んでね(ハート)」と仰られましても、お断りしますとしか言えないと思うんですけれど。

というわけで、何だか成り行きで李厘と名乗った妖怪の少女の相手をすることになっちゃったんですけど…これはどうしたらいいんでしょうかねぇ。
ビシィッとこちらを指差す少女に何も返せずに苦笑を浮かべていると、またさっきの悪寒が背筋を駆け巡った。奇妙な易者と会った時に感じたものとまるっきり一緒―――ということは、あの男が近くにいると考えて良さそうですね。
あの妖怪少女は4人にお任せしても問題ないと思いますし、私は少し別行動をとらせて頂きましょうか。


―――くいくいっ

「香鈴?」
「少し気になることがあるので、別行動しますね。すぐに戻りますので、ご心配なく」
「え?ちょ、香鈴…っ」


八戒くんの焦った声音はあの子が地面を抉った音で遮られたようで、他の3人は気が付いていなそうだ。ごめんなさい、と両手を合わせてから私は駆け出した。

あの男がいる場所はさっき千里眼で確かめたし、このまとわりつく殺気のような気配を追いかければすぐに見つけることができるはずですね。
走っている最中に大きな音と、赤い風が空へ昇るのを見た。あの風は前に一度だけ見たことがある―――確か、紅孩児さんの操るもの、でしたよね?つまり、あの人が今皆さんの所へ来ているということでしょうか。問題ないとは思いますが、さっさと用事を済ませて戻った方がいいかもしれませんね。
足を止め、目の前にある建物を見上げれば私の捜していた人物の姿が見えました。


「…おやおや…楽しそーですねェ。でもせっかくのパーティーなら、もっと派手にイかないと。私がお手伝いしましょう―――『猪悟能』貴方に愛を込めて」


ようやく屋根に上った所で聞こえた声と、途端に漂い始めた妖気。
あの男、…人間ではなかったんですね。


「妖怪だったんですね、薄気味悪い易者さん?」
「…おや、またお会いしましたねぇ。銀髪のお嬢さん」
「白々しいわね、私達のこと…ずっと見ていたでしょうに」


腰のホルダーにしまっておいた銃を静かに向ければ、驚いた様子もなくただ笑みを浮かべている。その姿が尚更、薄気味悪さを助長させている気がするわ。

…?今気が付いたけれど、この男…耳から血を流しているのに、痛がる様子が微塵もありません。まるで痛みなんて感じていない、と言っているようです。あれだけの血を流していたら、痛くて仕方がないはずなのに―――この男の異常さに気が付いて、また背筋に冷たいものが流れていくのを感じた。それも今日一番の。
コイツは…本当に何者なの?


「クククッ先程までの威勢の良さはどうしました?―――顔色が、よろしくありませんよ」
「貴方、…何を企んでいるの」
「企んでいるなんてとんでもない。…我は思い出させてあげたいだけですよ、猪悟能に―――ね?」
「ちょごのう…?」


一体誰のこと、と聞く前に男―――清一色は靄のように姿を消してしまいました。
あ。そういえば、さっきもその名を紡いでいたような気がします…アイツが見ていたのは私達5人―――だけど、誰の名前でもない。聞いたこともない。でも清一色は確実に私達の誰かを見て、…


「八戒くんの、こと…?」


初めて会った時。あの男は確かに八戒くんに言ったんだ、罪人の目をしているって。それは彼の過去を知っているということと同義、と考えていいのよね……ああ、ダメだ。わからないことが多すぎて一向に考えがまとまる気配がありません。
何も、…これ以上何も、起きないことを祈りたい。でもあの男の目は何かを企んでいるというのは明らかで、あの口ぶりからしてもまだ何かを仕掛けてくる確率が高そうです…恐らく、さっきの式神もアイツの差し金でしょうし。


「あの男の狙いが八戒くんだとするならば、…一体、何が目的なの?」


思い出させてあげたいだけ。そう言っていたけれど、何を思い出させたいの?アイツは彼を、どうするおつもりなんでしょう?
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