追いかけてくる過去
「悟空!」
「れ?どうしたんだ、香鈴」
「八戒くんと悟浄くんを寝かせる為に、シートや毛布を取りに来たの。さすがにジープじゃ狭いでしょうし…」
そう伝えれば、それもそうだよな!と笑って頷いて、荷物の中から毛布やシートを引っ張り出してくれました。それから水筒も引っ張り出して、皆さんの所へ戻ろうと踵を返した瞬間―――嫌な予感が、した。
「っ悟空!」
「なっ何だぁ?!」
「上手く狙ったつもりだったんですがねぇ…気配に聡いお嬢さんだ」
私達がさっきまで立っていた場所には何かが刺さっていた。間一髪で避けられたけど、これで見逃してくれそうにはありませんね。見逃してくれるかもしれない、と僅かな希望を抱いてはみるものの、八戒くんを壊すことに異常な程の執念を燃やしていそうなこの男はきっと、そう簡単に私達を逃がしたりはしない。だけど、そう簡単に捕まるわけにもいかないんですよ!
持っていた荷物を清一色に向けて放り投げ、それに驚いている間に悟空の腕を掴んで駆け出した。目くらましの効果はほんの一瞬でしかありません、すぐに追いつかれてしまうでしょうが、何もせずに駆け出すよりかは時間を稼ぐこともできますから。
…あの男、やっぱり何かがおかしい…普段なら逃げるより倒してしまった方が早い、と思うはずなのに、対峙してはいけないと―――本能が警鐘を鳴らしている。立ち向かうより、逃げるべきだと。
「なぁ香鈴!アイツ何なんだよっ」
「私にもわからないわよ!」
「―――言ったでしょう?」
我は、しがない易者ですよ―――って。
「う、わ…!」
悟空の声がしたと思った次の瞬間には、何かが崩れるような音がした。慌てて彼の姿を捜してみたけれど、何処にも見当たらなくて。
ふっと視線を動かしてみると、そこにあったのは崖―――さっきの音って、まさか此処から悟空が落ちた音…?!
「金眼の坊やは落ちてしまいましたか。…では、次は貴女と遊ぶ時間のようですね」
「く、…っ」
すぐ後ろにある崖―――下手に動けば、私も此処から真っ逆さまに落ちるってことよね…2人して落ちてしまったらもう、どうにもならない。どうにか切り抜けなくちゃいけません。…となると、さっきまでのように逃げ回っていては埒が明かないということになるし、逃げても逃げてもこの男は追いかけてくるのでしょう。蛇のようにしつこく、それこそ地獄の果てまで。
そうなる運命を待つ為に逃げ回るくらいなら、ここで対峙した方がずっと良さそうですよね。
「―――…かかってきなさいよ、清一色。これ以上、彼は傷つけさせません」
「クククッカッコいいなぁ。…では遠慮なく、我と遊んで頂きましょうか!」
目の前にいた清一色の姿が一瞬で見えなくなった。次の瞬間にはすぐ後ろに気配が移動していて、慌てて振り向いたけれど少しだけ遅かったらしくお腹と顔に打撃を一発ずつ食らってしまいました。
勢い良く吹っ飛ばされた身体は、木の幹にぶつかって止まったけれど一瞬、息が止まった気がします…!相当な力でぶつかってしまったみたい、また青痣ができてしまいそうだけど、それで済めばまだ良い方ですかね。
―――グイッ
「ああ、貴女もイイ目と顔をしますねぇ。ゾクゾクしますよ」
「変、態…っ!」
では、さようなら。
掴まれていた髪を離したかと思えば、お腹が灼けるように熱くなった。何が起きたのか理解できなかったけど、奥からせり上がってきた血を吐き出した瞬間に全てを理解しました…お腹を切り裂かれたのだ、ということを。
ガクリ、と膝から崩れ落ちながらも、あの男から視線を外すわけにはいかない…!だってここでアイツを逃がしたら皆さんが、八戒くんが危険に晒されてしまうんですから。それだけは、どうにか阻止しなくては。
ボタボタと流れる血と、鈍痛に構ってる暇なんてない…今ここで、刺し違えようが何だろうが―――この男を潰してやる!
縺れる足を叱咤しながら地面を蹴る。走りながら召喚した刀を力任せに振り下ろすけれど、いとも簡単に止められてしまった。しかも片手で。
やっぱり怪我を負ったことでスピードも、力も落ちてしまってるんだ…息も大分上がってきてしまっているし、私1人じゃ清一色を倒すことはできないの―――?
「ゲホッ…は、はぁ…っ!」
「もう少し遊んであげてもいいんですが、…我にも用事がありますので―――楽しかったですよ、お嬢さん」
―――ドゴォッ!
「っあ……!」
地面に叩き付けられて、意識が、視界が霞んでいく。背中もお腹も痛いし、身体が…上手く動かない。
「は、っかい、く―――」
手を伸ばしても届くことはなく、私の意識は闇へと沈んでいった。
―――…っ!
何だろう…声、が聞こえたような気がする。必死に何かを呼ぶような声が、遠くから繰り返し聞こえてきているような気がして―――沈んでいた意識が少しずつ、浮上していくような感覚。
一体、誰を呼んでいるの…?
「香鈴っ!!」
「ゲホッ…ご、くう…?」
「ピーッピーッ!」
「ジープ、まで…崖に落ちたんじゃ、」
目を開けば崖に落ちてしまったはずの悟空が覗き込んでいた。
話を聞いてみれば、自力で這い上がってきたらしいです。結構な高さがあったはずなのに、すごいなぁこの子は。
グッと体を起こしてみれば、お腹の傷は痛むし、勢い良くぶつかった背中はじくじく鈍痛が支配しているし、出血も止まった様子がないです…何かで止血だけしないと、命の危険を感じちゃいますねぇ。あれですか、三蔵様が刺された時のように上着を犠牲にする他ないですかね?
「てか、大丈夫かよ?!腹、すっげぇ出血…!」
「あはは…あんまり大丈夫ではないけど、このままここで助けを待ってるなんてカッコ悪いじゃない。悟空だってそう思ったから、自力で登ってきたんでしょう?」
「そうだけど、…あっジープ!ちょっと車に戻って!」
「ピ!」
光に包まれて、ジープはいつもの車の姿に変化。一体、いきなりどうしたんだろう?何かを探し始めた悟空の背中をボケッと眺めていれば、あったー!と元気な声が響き渡りました。急だったからびっくりしちゃった…というか、何を見つけたんでしょうね?
ほら香鈴!と嬉しそうな顔で差し出されたのは、数枚のガーゼと包帯とテープ。こ、れは…止血するのに使って、ってことなのかしら?わけもわからずそれらを受け取れば、あっち向いてるからその間に止血しちゃって、ですって。やっぱり手当てに使え、ってことだったのね。私の為にわざわざ探してくれたんですか…優しいなぁ、悟空ってば。
ありがとう、とお礼を言ってから、血塗れになったシャツを脱ぎ捨てる。うわ、これはなかなかに深くやられちゃってるかも…しかも、前に負った傷の近くってどんな運を持ってるんですかね、私。同じ場所に、同じような傷痕なんていりませんっての。痕が残らないといいなぁ、と思いますけど、これはきっと無理かもしれないなぁ。
もらったガーゼ全てをテープで傷口に貼りつけ、その上からきつめに包帯を巻いていく。これで出血が止まってくれれば万々歳ですが、そう上手くいくはずもないですよね。でもまぁ、しばらくの間だけもってくれればいいです。清一色を倒してしまえば、包帯も替えることができますもの。それまでの辛抱なんですから、応急処置で構わないんですよ。
「できた。悟空、ジープ、皆さんの所へ行きましょう」
「おうっ!あ、でも場所わかんのか?」
「私には千里眼っていう便利な能力があるのをお忘れ?」
パチンッとウインクをしてから、皆さんのいる場所を探る為に目を閉じた。次々に入れ替わる映像の中に、清一色と対峙している3人を発見しました。
どうやらちょっとピンチみたいですね…だって、八戒くんは清一色に地面に押さえつけられているし、悟浄くんと三蔵様の身体にはおびただしい数のムカデに覆われているんですもの。確かムカデは毒液で獲物を捕らえる虫だったはず…あれだけの量に咬まれてしまったら、命にかかわる。
「見つけた…!悟空、ジープに乗って!近くまではそっちの方が早いわ」
「わかった!」
悟空と共にジープに乗り込んでアクセルを踏み込めば、急発進するハメになってしまいまして…助手席に乗った悟空の身体がぐんっと後ろに引っ張られちゃいました。良かった、後部座席に乗っていなくて。後ろだったら下手すると車外へ放り投げられてしまっていたかもしれません。
あぶねぇよ!と怒られてしまいましたけれど、それだけ切羽詰ってるって思って下さい。冷静を装っているつもりですけど、内心、かなり焦ってるんですから。ちょっとパニックになりそうですもの、ならないけど。
しばらく車を走らせるとだんだん森が深くなってきて、これ以上は車で進めそうにありません。ジープは竜の姿に戻ってもらって、そこからは徒歩で皆さんがいる所を目指すことになりました。でも大分走ってきたからもうすぐだと思うんですが、…
―――お前はッ『猪八戒』だろうが!!―――
今の声、悟浄くんの声だ…間違いないっ!慌てて走り出せば、辿り着いた先に今にも清一色に襲われそうになっている悟浄くんの姿が視界に入った。
手を出させて、堪るもんですか!!
「はっ!」
―――バキィッ!
「香鈴…?」
「ゲホッ、…生きていたんですか、貴女」
「お生憎様。しぶといんですよ、私」
一拍遅れて悟空もようやく茂みから顔を出した。まぁ、彼、足が折れているらしいから走れないんですよね…わかっていながら置いて行っちゃった私も私ですけど、ごめんなさい、担いであげることはできません。お腹の怪我のせいだけじゃなく、根本的に力がないんですもん。
お腹空いた、と座り込んでしまった悟空の後頭部を、三蔵様がハリセンでスパーンッと殴り飛ばしています。あの様子だと、かなり心配されていたんじゃないのかなぁ…素直じゃないようですので絶対、口にはしないと思いますけど。
2人の様子を見ながらクスクス笑っていたら、くるっと振り向いた三蔵様が私の頭にもハリセンを勢い良く振り下ろしやがりました。
〜〜〜だからっそれなかなかに痛いんですってば!!そして殴った後に「よし。」って仰いましたけど、「よし」じゃないですよ何が「よし」なのか全くわかりませんからね?!もう、あの人は…!
「貴方がたの生ぬるいおままごとを目の当たりにすると、痛みを通り越して虫酸が走りますよ」
「―――本性現しやがったな」
「三蔵、…やっぱりアイツなんか変だ。だって生きてる臭いが全然しない」
そう、悟空の言う通りなんです。耳から血を流していても、腕をもがれても、全く意に介さないんだ。何でもないような涼しい顔をして、ニンマリと笑っているだけ。その姿に何度、鳥肌が立ったかわからないくらい。
「妖気を、」
「あ?」
「妖気を一瞬だけ感じましたけど…でもあの男は、生きていないと思います」
「じゃあ何か?清一色が幽霊か何かだとでも言うのかよ?」
「幽霊、というより―――…式神に近いんじゃないでしょうか。そんな気がします」
もちろん、確証は全くありませんけどね。
目の前でニヤニヤ笑っている男の正体を考えていると、雑談はそのくらいにして頂きましょうか、と声が聞こえてきた。どうやら本格的に八戒くんを壊しにかかるみたいですね。
「我もねぇ、考えたんですよ。どうしたら猪悟能に喜んでもらえるのかな、と。至極簡単なことでした、お友達をいたぶるのが有効だとね」
「最ッ低ー」
「最ッ高の誉め言葉ですよ!!」
―――ザッ!
「!!」
「―――赤い髪のお兄さんと、金眼の坊やには遊ばせて頂きましたが、銀髪のお嬢さんはもう一度遊んで頂けそうですねぇ。そして―――」
飛んできたソレを銃で撃ち落とした私の隣で、三蔵様はそれを掴みとっていました。紫暗の瞳はただひたすらに真っ直ぐに、清一色を睨みつけている。そんな私達を見て嗤った男は、次は本当に彼のお友達が減ってしまいますね、と舌舐めずり。
本当にとことん気持ちが悪くて、最低で、最悪で、変態な趣向の持ち主なんですね。この男。でもそう簡単に殺せるなんて、思わないことね。
私達は誰一人―――アンタなんかに負けやしないんですから。