己が為に、命を焦がせ


八戒くんの提案で、二手にわかれることになった。悟空は足を骨折しているし、悟浄くんだってあんなに元気そうに見えるけれど、昨夜の傷がそんなに早く癒えているとは思えません…そんな状態の2人をこれ以上、巻き込むわけにはいかない―――そう考えたのでしょう。
私と三蔵様にだけ聞こえるように提案をし、それに頷いた私達は不意打ちで清一色へ銃弾を撃ち込んだ。すんなり撃たれるとは思ってませんし、そもそも今だけは当てようと思って撃ったわけじゃありませんしね。言ってしまえば何とか悟浄くん達からあの男を引き離す為だけ、の行為ですし。意味があるようでないものなんですよ。
八戒くんの放った衝撃波が清一色の身体を森の奥深くまで吹っ飛ばす。それを確認してから、私達はちょっとだけ白々しいかもしれない演技で駆け出したんです。不自然ではないようにしたつもりですけど、この状況ですしわざと2人を置いていったことに気が付いてるんだろうなぁ。あとで怒られちゃうかもしれません。


―――ザッ

「そうですか、あの2人から我を遠ざけましたね。フフ…まあいいでしょう、その甘さが命取りですよ!例えば―――こんな風に、ね?」


木の上にいたはずの気配が、いつの間にか目の前に移動してきていて。あまりの速さに一瞬、反応が遅れてしまった…慌てて銃をいれているホルスターに手をかけようとしたけれど、間に合わずにその腕を清一色に捻り上げられてしまった。


「香鈴!!」
「っ、油断…しちゃいましたね」
「ああ、やはり貴女のその瞳。猪悟能の瞳と一緒でそそられますねぇ」
「彼女に―――触れるなっ!」
「おっと」


八戒くんの手から放たれた衝撃波を軽く躱し、私の腕を拘束したまま再び地面に降り立った清一色。
…コイツ、私を盾にでもするつもりなんでしょうか?それとも人質?―――いや、そういう次元じゃない…さっき言ってたじゃありませんか、次は本当にお友達が減ってしまいますね、って。その言葉が意味するのは、私と三蔵様の死…ということでしょう?私達を殺すことで八戒くんの精神を崩壊させようと考えているのなら、私を拘束してすることはただ一つだけじゃないか。


「さあ、銀髪の麗しいお嬢さん―――我にその狂おしい程の赤を見せてください」
「え、」


くるり、と向きを変えられて、真正面から目を覗き込まれたことにギョッと身を引こうとした瞬間、じくじくと痛みを訴えていたお腹に尋常でない程の鋭い痛みが走った。痛みと共にグチュリ、と何かをかき回すかのような気味の悪い音まで響き始めた所で、ようやくこの男が私の傷口に爪を立てていることに気が付いたんです。


「ぅあ――――…っ!」
「貴様…っ」
「猪悟能、綺麗でしょう?あの日、貴方が咲かせた華と同じ色ですよ?」


痛みに震える手でやっとのことで掴んだ銃を、清一色の肩へゼロ距離で発砲すれば拘束は簡単に解けた。…のだけれど、今の私は発砲の衝撃にも耐えられないらしく情けなくも倒れ込んでしまいました。
ああもう、せっかく止血をしたのに全く意味がなくなってしまったじゃないですか…!元々ガーゼで塞いだだけだから血はそれほど止まってなかったとは思いますけど、今のように垂れ流しになっているよりはずっと良かったんですけどね。
乱れた呼吸を整えていると、ふっと清一色の気配が消えた。あ、マズイ…あの男、姿を隠してしまったんじゃないですか?


「香鈴、大丈夫ですか?!今、気功で傷口を―――」
「い、いです…今は、アイツを追いかけなくちゃ…ダメ、でしょう?」
「でもっ…!」
「塞ぐのは、…勝ってからでも遅くないです、ね?」


わかりました。でも担ぎますからね。
…というわけで、私は今、八戒くんに横抱きにされた状態で清一色を追いかけていたんですけれど、どうやら完全に見失ってしまったみたいです。千里眼で捜してみるものの、一向に見つからない…上手く隠れられちゃったみたいですね。もしかしたら悟浄くん達の方に行ったかもしれない、と思ったのだけれど、三蔵様にアイツはこの近くにいるだろう、と断言されちゃいました。理由は―――清一色の目的が、三蔵様と私を八戒くんの前で殺すことだから、だそうです。

でもそう、ですよね…それが一番、八戒くんの精神にダメージを与えられる行為でしょうし。それにあの2人には一度、遊んでもらっているから然程、興味を持っていないのかもしれない。まぁ、私達を殺し終えたら悟浄くん達にも手を出すのかもしれませんが。
木の幹に身体を預けて浅い呼吸を繰り返していると、か細い声で名前を呼ばれた気がした。


「八戒くん…?」
「何だ。くだらんこと聞いたら殺すぞ」
「あ、じゃあやめようかなぁ」


いやいやいや…それは逆効果ですよ?八戒くん。どっちかと言えば、喧嘩売ってると思いますそれ。


「僕は、ここにいてもいいんでしょうか」
「!」
「…本当にくだらねーな、二度と聞くなよ。お前は俺を裏切らない、そうだな」
「…狡い人ですね、貴方は」


問いかけではなく、断言しちゃいましたけど。三蔵様ってば。今の言い方は八戒くんの言う通り、ズルいと思います。だってそんな風に言われたら、何があっても裏切れるわけがないんですから。…けれど、三蔵様らしい言い方なのかもしれませんね。
クスリ、と笑みを零していたら、迷子のような瞳をした八戒くんが私を見下ろしていることに気が付きました。ああ、そういえばさっきの問いかけは、私にも向けられていたんでしたっけ。
三蔵様の答えがあまりにもらしくて、うっかり言葉にするのを忘れていました。


「私は―――」
「っおい、避けろ!!」


―――タタタタンッ!

突然降ってきたのは、清一色がずっと口に咥えていたアレ。それが大量に降ってきて、地面に突き刺さっていました。
何とか回避しましたけど、いつの間に上に来ていたんでしょうか。全く気が付かなかった…!


「…3人は猪悟能の過去を全てご存知のようだが、お嬢さんは知らないようですね。―――知りたくはありませんか?彼がどんな過去を持ち、どんな罪を犯し、今の今まで生きてきたのか」


八戒くんの過去、ね…そうですね、清一色の言う通り私は何も知らない。知りたいと思ったことはあるけれど、それはあくまで「彼の口から語られる彼の過去」。彼以外の口から語られる昔話を、私は八戒くんの過去だとは認めません。


「猪悟能、猪悟能ってうるさいですよ、アンタ。彼は猪八戒、猪悟能なんて名前じゃないんです」
「ほう…?」
「彼の過去も知りたいとは思います。…けど、アンタの口から紡がれる昔話なんていりません」
「猪悟能の口から語られるものでないと、信じるに値しないと」
「当たり前でしょう?…ま、どんな過去を持っていようが…八戒くんは八戒くんですから、何も思わないでしょうけれど」


これは本心だ。だって私にだって赦されない罪を犯した過去がある…でも、それでも彼ら4人は何も気にすることなく私に接してくれた。そんなの関係ない、とでも言うように、ありのままの私を受け入れてくれたから。それがとても嬉しかったから。
そのお返しをしたい、というわけではないけれど、私は今の皆さんが大好きで大切だと思っているので、彼らの過去からどんな出来事が飛び出してこようともそんなに驚かないと断言できますし、好きだという気持ちも多分変わりませんよ。
清一色からすれば綺麗事を並べる偽善者に見えるのかもしれませんけど、…


「アンタにどう思われようと知ったこっちゃねー、ですので」
「香鈴…」
「―――だいじょーぶ。…そう、大丈夫なんですよ。八戒くん」
「ええ、そうですね。…この人達にはもう二度と、その指の一本さえ触れることは許さない」


八戒くんの鋭い視線が清一色に注がれるけれど、それに狼狽える様子はない。むしろ、より楽しげな笑みを浮かべているくらいだ。もしかして何か企んでいるのでしょうか…というより、自分が触れなければいい、って…どういうこと?あの男が私達に触れずに殺すなんてこと、できるはずもないのに。
すると、清一色の目が妖しく光ったような気がした。でも何も起きないし、あの男自身にも変化はない…あれは私の目の錯覚だったのかもしれない、と思い始めた時、八戒くんが頭を抱えて苦しみ始めたんです。慌てて傍に寄ろうとしたけれど、彼の手に拒まれてしまいました。

そして―――八戒くんは、三蔵様を押し倒してその首に手をかけた。

もう何が起きているのかわからない、でも三蔵様の首を絞めているのは絶対に彼の意志ではないということは明らかだ。だってあんなにも皆さんを傷つけられることに怯えて、自分のせいだと責めて苦しんでいたのに…それなのに彼が自らの意志で三蔵様を殺そうとするなんて、そんなこと絶対に有り得るわけがないんです!

ギリギリと微かに首を絞める音が響く中、清一色はポツリポツリと語り始めた。
アイツは―――八戒くんが生まれ変わった刹那に立ち合ったんだ、と。そしてその時に彼は清一色を確かに殺したようです、けれど、事切れる直前に麻雀の牌を自らの身体の中に埋め込んで式神となった…そうか、そういうことだったんですか。この男がいくら血を流そうとも、腕を切り落とされようとも、痛みも何も感じていないように見えたのは。
生きている気配を、一切感じなかったのは。


「貴方の狂気に歪む顔が見たい」
「…嫌だ」
「悶え苦しむ声が聞きたい―――」
「嫌です…!!」
「全てを奪って壊したい」
「もうやめてええぇええっ!」


私が叫んだ刹那、ゴキリ、と何かが砕けるような音が響いた―――目の前に広がったのは、目を閉じたまま、ピクリとも動かない三蔵様の姿と、放心状態の八戒くんの姿。
2人の姿を視界に映して、ぐらりと世界が揺れたような気がした。なんで…何で八戒くんが三蔵様を殺さなくちゃいけないの。どうして、彼をこんな目に遭わせるの。

…どうして、彼を傷つけるの!


「清一色!!!」

―――ガゥンッガゥンッ

「おやおや、まだ動くことができましたか。お仲間もいらしたようですので…猪悟能、彼女も含めて全てを失いましょう」


男の唇がそっと八戒くんの手に口づけを落とした。その瞬間、呆然としていた彼がビクリと震え、ゆらりと立ち上がって。前髪の分け目から見えた瞳は―――ひどく虚ろで、私を見ているようで見ていないように感じた。


「あ…いたっ!!」
「おい平気か、八戒、香ちゃ…―――三蔵?!」


僕が、僕が殺したんです。
ポツリと呟いた彼の拳が、悟空を殴り飛ばした。もう一発、と振り上げられた腕にしがみつけば、一瞬だけ彼の瞳と私の瞳が合わさった。

―――違和感を、感じたんです、その一瞬だけ。だって明らかに、瞳の光が違うんだもの。私がよく知っている瞳の光を、色を―――ああ、成程…そういうこと、だったんですね。わかった、全て理解出来ましたよ。そういうことならば、最後までノッて差し上げないといけませんよね?

しがみついていた腕を離せば、彼の掌に光の玉が渦を作り始めました。それに倣い私もホルスターから銃を抜いて、真正面に構える。もちろん、狙いは八戒くんの眉間です。心臓でもいいんですが、そっちよりも眉間の方が狙いやすいですからね。私は。


「ほう、面白いことになりましたね?狂ってしまったモノはもういりませんか」
「やめろ八戒!香ちゃん!!」

―――ドッ!
―――ガゥンッ!

「?!な…ッ」


気功砲と銃弾は一寸の狂いもなく、アイツの身体に命中した。…ふむ、心臓を狙ったつもりでしたが外しちゃいましたね。


「正気、だったんですか…?!」
「正気じゃねぇのはこの頭だろ」


―――ガゥンッ

三蔵様の撃った銃弾は、清一色の眉間に綺麗に入った。当然ながら血も出てはいるんだけど、式神となった彼は…これじゃあ死なないんでしょうね。式神の動きを止めるには、媒体を壊すしか方法がなかったはず…ということは、八戒くんが過去に切り裂いたという傷口に埋め込まれたらしい麻雀の牌を壊せば私達の勝ちってことになりますね。

それにしても、…まさか八戒くんも三蔵様も演技をしていたとは思いませんでした。一体、どこからどこまでが演技だったのかと思えば、どうやら最初からだったみたいです。操られた、と私達が思った瞬間から演技は始まっていて、三蔵様も自分の首を絞める八戒くんの指に然程力が入っていなかったことに気が付いて、その演技に一枚かんだということのようですね。…本当に死んだかと思いましたよ、私。


「まさか香鈴までノッてくれるとは思いませんでしたけどね」
「…本気で心配して、叫んだ私の苦労を返して」
「あはは、すみません」
「私の術にはかからなかったのですか」
「貴方言いましたよね、心の隙間に入り込むのは容易いことだと。残念ながら僕の心は隙間作っとくほど広くないもんで…ま、見くびるんじゃねぇよってカンジですね」


全て吹っ切れたかのように、開き直れたかのように冷たい微笑みを浮かべる八戒くん。でもどうしてだろう…その笑みを怖い、とか思わないんです。むしろ、ああ良かったって思っちゃってるくらい。もしかしたら、今の八戒くんが本来の彼なのかもしれませんね。…ま、どんな彼でも嫌いになるなんてことないんですけど。

さて…と。あの男は色々やってくれましたし、このお腹に受けた傷のお返しをして差し上げたい所ですけど―――でもそれはいけませんよね、だってこの男をもう一度殺すことできっと…吹っ切ろうとしているのでしょう?ずっと過去を引きずり続けて生きてきた、自分自身を。だから私達は一切、手を出しちゃいけないんです。

けれど、どう戦うおつもりなんでしょう?八戒くんは基本、肉弾戦―――というか、気功術で戦う方ですから私達のような武器は一切持っていない。気功術の威力はそこそこあるけれど、きっとこの男はそれだけで倒せるような奴じゃないと思うんです。それは八戒くん自身もわかっているとは思うんですけど。今の彼が負けるとは思っていないけど、闇雲に突っ込んでいった八戒くんを見て心配にならないはずは、ないんですよ。

痛いくらいに鼓動を刻む心臓。胸の辺りをぎゅうっと掴みながら事の成り行きをじっと見つめていると、拳に気功を溜めてそのまま―――清一色の胸を、貫いた。握りしめられた拳の中には麻雀の牌が握られていて。


「―――…猪、悟…能…?」
「違いますよ」

―――パキィンッ

「―――僕は『猪八戒』です」


媒体となっていた牌が壊れてしまえば、清一色の身体はボロボロと崩れ落ちていくのみ。元々、無理矢理に生き永らえていたようなものですからね…ずっと昔に時を止めてしまった身体は、ひどく脆いものなんですよ。


「もっと我を楽しませてくれると思ってたのに」
「生憎、最近自虐的傾向に飽きたんです。正確に言えば、身近な方々に感化されたんですが」


そう言った八戒くんの瞳が私達を映し出す。優しい光を灯した翡翠の瞳は、嬉しそうに細められて「手がどんなに紅く染まろうと、血は洗い流せる」って…そうハッキリ口にしたんです。そうやって生きていくんだって。
…ああ良かった、今の八戒くんは―――生きることを前提にしてくれているんですね。


「僕は貴方のような、過去も未来もない生き物じゃありませんから」


一陣の風が吹き、砂となった清一色の身体を攫っていく。
空を見上げればもうすぐ太陽が昇り始める時間なのか、薄らと明るくなってきていました。ほんっと、…長い夜でした。2日近く、あの男に苦しめられちゃいましたもんね…しばらく牛魔王の刺客とやらにも襲われたくない気分。2〜3日はしっかりゆっくり休みたい、とか思っちゃってるんですけど、無理だろうなぁ。その前に町に辿り着けなかったら、今日もまた野宿になりそうですし。

全て終わった、と自覚した途端、急速に身体の力が抜けてきちゃいました。ズルズルとその場に座り込んで小さく息を吐き出せば、視界がぐらりと揺れ始めた。…あ、これ本格的に貧血起こし始めた気がします…けど、当たり前か。止血、できてなかったし。


「うお?!香ちゃん血塗れじゃねぇか!!」
「そうでした…!香鈴、約束です。傷口塞ぎますよっ」
「あはは、…はい、お願いします」


寄りかかっていいですよ、と言ってくれた彼のご好意に甘えてぐったりと身体を預けた。じくじくと痛むお腹の辺りが次第に温かくなってきて、何か…眠気を誘われちゃいます。そういえば、気絶していた時間を除けば睡眠とってないんですよね、あの男の襲撃があったから。でもそれは皆さんも一緒か…特に八戒くんなんか、まともに寝てなかったみたいですから。
さっさと出発して森を抜けたい所ですが、休憩は取った方が賢明かもしれません。


「傷塞がりました。…移動して少し休憩してから出発でも構いませんか?三蔵」
「ああ、構わん」
「悟空の足、固定しないと…」
「だな。…香ちゃん動ける?」
「ちょっと厳しい、です…」


ホッとしたからか何なのかわかりませんけど、さっきから怠くって仕方ないんです。少し前までは確かに歩けていたし、身体も動かせていたのに。そう零せば、私の身体をいとも簡単に抱え上げた八戒くんにアドレナリンが出ていたからじゃないんですか?と言われました。
ああ成程、あの男への怒りやら何やらで動けていたってわけですか…意外と単純な身体なんだなぁ、私って。





「―――ん、…」


何だか賑やかな声が聞こえて目が覚めた。…というか、いつの間にか眠っちゃってたんですね私。傷を塞いでもらって、少しひらけた場所に出ようってことで森の中を歩いてた―――私は八戒くんに抱えてもらってましたけど―――所までは記憶にあるんですが、…気が付いたらジープの後部座席に横たえられています。つまり、此処に着く前に眠ってしまったってことなんでしょうか。眠ってしまった私を運んでくれた八戒くん、重かったでしょうね…あとでお礼と謝罪、しなくちゃいけません。

毛布をどけて身体を起こせば、少し離れた所で三蔵様と悟空はお話をしていて、八戒くんと悟浄もジープに腰掛けて何やらお話をされているみたいです。森の中で交わされていたような暗い声音ではなく、明るい声音で言葉を交わされていてホッとしちゃいました。八戒くんはもう、大丈夫なようですね。
盗み聞きをするつもりなどなくてもジープに乗っていれば、自然と聞こえてしまう2人の会話にそっと耳を傾けていれば、三蔵様とお話していたはずの悟空がひょっこりと現れて八戒くんの右の掌の生命線をきゅい、っと伸ばしちゃったみたいです。それも油性マジックで。


「…参ったなぁ。油性ペンですよ、コレ」
「油性だな」
「落ちないじゃないですか」
「落ちねぇな」
「いいじゃないですか、落ちなくても」


私が起きたことに気が付いていない2人の背後にそっと近づいて、間からひょっこりと顔を出して声をかけてみました。ふふっやっぱり驚いた顔してる。
でも八戒くんはすぐに泣きそうな顔になって、油性マジックで落書きされた掌で顔を覆い隠す。…口元、笑ってますけどね。


「もしかしたら生命線、伸びるかもしれませんよ?」
「―――…そぉですね。」


生命線の長さが寿命の長さに関係するのかどうかなんてわかりませんけど、でもきっとね?貴方がもう少し生きたい、と願っている限り―――貴方はここに存在することができるって、私はそう思うんです。
だから、八戒くん。今度こそ、自分の為に生きたいって願っていてください。そうじゃないと私、泣いちゃいますから。
- 35 -
prevbacknext