気分はお姫様
最高のおもてなしを、と仰っていた通り、用意された食事はとても豪勢なものでした。毒が入っているわけでもないですし、何か薬が盛られているというわけでもない…本当にただ、美味しい食事がテーブルの上に所狭しと並べられています。
泊まる所も用意―――というか、このまま町長さんのご自宅に泊めて頂くということでお話が進んでいるみたいです…まぁ、確かにこの山を越えるのは1日では無理そうな感じでしたけどね。すでに2日、この山を越える為に車を走らせていたくらいですし。
聞いてみたお話だと、この山は本当に広くて越えるのに4〜5日はかかるそうです。その中間地点にあるのがこの町だそうなので、その為に宿屋や酒場などが多いんだとか。この先へ向かう旅の方々も、この町で休憩してから行くことが多いそうなんですよ。
山を越えてしまえば別の町もあるようですが、越えるまでに食料や水の調達が必要になりますから。
「しかし、素晴らしいタイミングでお戻りくださいました!実は1週間後に、年に一度行われる町をあげての盛大な祭が予定されているのです」
「えっ祭?!三蔵、それ行ってみてぇ!!」
「バカ言ってんじゃねぇよ。俺達は先を急いでんだ、んなのんびりしてられるわけがねぇだろ…明朝にはこの町を出るぞ」
まぁ、そうなりますよね。今日のうちに買い出しを済ませて、もう一度地図で道を確認しておかなくちゃ…この先もジープで進める道なら助かるんだけど、歩いて進まなくちゃいけないとなるとちょっと大変ですよね。
でもさっきのお話だと、徒歩で4〜5日だからジープで進むことができればもう少し早く越えることができるかもしれません。お祭りも大変興味を引かれますが、三蔵様の言う通りのんびりしているわけにもいきませんものね。
なので、町長さんにすみません、と謝ろうと口を開いたんですが、聞かされた衝撃的な事実に何も言葉が出ませんでした。私以外の皆さんも驚いていらっしゃるようで、三蔵様ですら口をあんぐり開けていらっしゃいます。
何でもこの辺りはとても不思議な場所で、お祭りが行われる1週間前になると町の周りが霧で覆われてしまって何も見えなくなってしまうそうなんです。その霧が晴れるのはお祭りが終わった翌日の朝だそうで、それまではこの町から出ることすらできないそうな。
「…ということは、今、霧に覆われ始めているってことですか…?」
「そうですね、すでに霧が出始めていて…夜にはもう何も見えない状態になっているかと」
「困りましたねぇ…前が見えないんじゃ、町を出るのは自殺行為だと思いますよ?三蔵」
「…ちっ」
「町の中は見えなくなることはないんですか?」
「はい。不思議なことに町の周りのみで、町の中が霧に覆われることはないんです」
まるで何かに守られているような感じですね…前が見えなくなるほどの霧が町の周りを覆い尽くすのに、町の中は全く被害がないなんて。…ということなので、お祭りが終わるまでの間、この町に逗留せざるを得なくなってしまいました。お祭りが開催されている期間も含めると、合計10日間程の滞在期間になるでしょうか。今までの中で最多の滞在期間になりますねぇ。
その為、三蔵様の機嫌は最悪に近いですが事情が事情ですから、ちゃんと納得はされていらっしゃるようですよ?眉間に刻まれたシワは深いですけど。でも野宿が続いていましたし、きちんと休息するのも大事ですからいい機会なんじゃないですかね?
…口にはしませんが、そのお祭りが見られるの楽しみだったりするんです。長安で見た初めてのお祭りもとても楽しかったですし。
「歌姫様には色々とお話させて頂きたいことがあるのですが、今日はお疲れでしょうしまた明日にでもお願いしてもよろしいですか?」
「え?ええ、構いませんけど…でも私、歌姫じゃない、」
「おい!歌姫様御一行を部屋へご案内しろ!」
いやだからお話を聞いてくださいってば!
がっくり項垂れていると頭をぽんぽん、と撫でられた。そっと顔を上げてみれば、苦笑を浮かべた八戒くんがこっちを覗き込んでいらっしゃいました。うう、いつも以上に彼の優しさが心に沁みちゃいます…このまま抱きついちゃいたいくらいには結構、参ってるみたいですね。私。
そのまま大人しく頭を撫でられたままでいると、町長さんが呼んだであろう方がやってきて部屋へと案内して頂けることになりました。
案内されたのはとても広いお部屋で、尚且つとても綺麗で煌びやかです。外観や先程までいたお部屋を見た時から想像はついていましたが…改めてみると本当にすごいですね、豪華なご自宅にお住まいのようです。
…けど、この広さで一人部屋とか言われちゃったら…驚くどころの話じゃないんですけど。
この広さですもの、5人で一部屋だろうと思っていたらそんなことありませんでした。このお部屋は私―――というか、歌姫様がお使いになるお部屋だそうです。だったら尚更、歌姫様じゃない私なんかが使っていいものじゃないと思うんですけど!
必死に抗議をしても相変わらず人のお話を聞いてくださいませんよ、この町の方々は皆さんそうなんでしょうかね?もう、どうしたら私の言うことを信じてくれるのでしょうか。
「あの、こんな広いお部屋を1人で使うのはとても忍びないのですが…!」
「ですが、町長からこの部屋を貴方様に宛がうよう承っておりますよ?それに私どもも是非とも歌姫様にお使い頂きたいですから!」
「あはは…そのお気持ちだけで十分ですので、4人と同室にしてくださいませんか…?」
「そっそれはなりません!!男性と同じ部屋でお眠りになられるなど…!歌姫様にもしものことがあったらどうなさるおつもりですか!」
いや、どうなさるおつもりですかと言われましても…今までそんな間違いが一切起きていないので、そういった提案をしたまでなんですが。やっぱり世間一般ではかなり特殊なのかもしれませんね、私達の部屋割って。その後もずいぶんと熱く危険性について語られてしまったので、もういいです…と私が折れざるを得ませんでした。
だって案内の方が熱弁をすればするほどに皆さんの機嫌が下降する一方だったんですもの…このままだと三蔵様がキレて発砲する勢いでしたし。これからしばらくお世話になるのにそれはマズイ、ですよね?さすがに。
「(…それにしても、この町の方々にとって歌姫様って神様みたいなものなのかしら?)」
町で囲まれた時もそうだったけど、歌姫様って口にしていた方々は皆、三蔵様に助けを乞う時のような表情をしていたように思うんです。救いを求めるかのような。…けれど、町を見る限りでは特に妖怪に襲われたような印象は受けなかったし、何より皆さんの顔には笑顔しか浮かんでいなかったはずなのに。
それなのにどうして―――その歌姫様、とやらをこんなにも崇拝していらっしゃるのでしょうか。
私達にとって、そしてこの旅を続けるにあたって全く関係のないことだとはわかっているのだけれど…どうにも気になってしまって仕方ないんです。これは私の悪いクセ、ですねぇ
。歴史書などを紐解いてみれば何かわかるかもしれません…純粋な興味もありますし、明日にでもこの町の歴史がわかる書物があるかどうかを聞いてみるとしましょうか。
「何か気になりますか?」
「気になるって程ではないんですけど、…歌姫様って何者なのかなぁって」
「とても慕われているようですね。というか、崇拝に近いかな」
「あ、やっぱり八戒くんもそう思いますか?」
「ええ。三蔵法師や仏教を崇拝する方々と同じような感じを受けたので」
ですよね、そう感じますよね。
八戒くんとお話していると、ドアからひょっこり顔を出した悟浄くんが彼の名前を呼んだ。どうやら彼らが泊まる部屋へ案内するから早く来い、ってことみたいです。
「ま、そんな顔すんなって。あとでこっち来るからさ」
「そうですね、休むにはまだ早いですし…いいですか?香鈴」
「はい!むしろ、来て頂いた方が私は嬉しいです」
嬉しくて仕方なかったので満面の笑みでそう答えれば、八戒くんと悟浄くんがとても楽しそうな笑みを浮かべて私の頭をぐしゃぐしゃになるまで撫で始めました。その間もさっきの笑顔を崩さぬまま、です。笑っていらっしゃるお顔が一番好きなのでいいんですけど、何でそんなにも楽しそうなんでしょうか?
理由を尋ねようとしたけれど、それは2人を呼びに来た悟空によって遮られてしまいました。…でも、別にいいかな?笑って下さっている分にはきっと、理由なんて必要ない。聞いてしまう方が無粋かもしれませんもの。
そう思い直して、部屋を出て行く3人を廊下まで見送る。
「あとでまた来ます。野宿が続いていたんですし、お風呂とか済ませちゃってくださいね」
「わかりました」
「俺らも風呂入ったら遊びに来るなっ!」
「うん、待ってるね」
「じゃ、またあとでなー香ちゃん」
「はい、またあとで」
自分達に割り振られたお部屋へと帰っていく皆さんの背中を見送り、あ、案外近いんだなー皆さんのお部屋も、って安心した気持ちになりました。
寂しい、ってわけじゃないと思うんですけど…やっぱりよくわからない状況に巻き込まれてしまった感が強いので、どうにもこうにも…1人だと不安になっちゃうんですよ。これでも成人したいい歳なんですけどねぇ。
まぁ、何はともあれさっさとお風呂に入ってしまわないといけませんね。お風呂を出たら遊びに来る、と悟空は言っていましたけど、彼らも久しぶりのお風呂なんですからきっとゆっくりつかってくるでしょうけど。
荷物の中から替えの下着と、人に会うにも変じゃなさそうなワンピースとレギンスを取り出して、部屋の中にあるらしい浴室へと姿を消した。