銀と黒は幸福の色
クラクラと霞む視界と、ボーッと靄がかった脳内。
理解すべき事柄が多すぎて、どうやら私の頭はショートを起こす寸前まできているらしい。ぐったりとベッドに体を預け、さっき聞いた祖母の過去と町長さんの話をゆっくりと噛み砕くように反芻する。
祖母はこの町の生まれで、代々歌姫様が生まれる家系で育ったらしい―――です。この町も昔は人間と妖怪が共存していたらしく、言うなれば妖怪によって町は守られていたということ。
全ての妖怪に異変が生じた後も、この町の方々は一切、妖怪のことを怖がっていらっしゃらないみたい…それに今までに一度も、妖怪に襲われたことがないのだと教えてくれました。その理由はわからないんですが、と。
「香鈴のばあちゃん、何で急に出て行っちゃったんだろうな?」
「さあな…嫌気が差したか―――何か、知ってはいけない真実を見つけちまったかのどちらかだろう」
そう、祖母は突然この町を出て行ってしまったんだそうだ。それが今から40年くらい前のことらしい…多分、祖母が祖父と結婚した頃だと思います。出て行った理由がそれだとは思わないけど、でも今の状況ではそれが理由だとしか思えません。
「香ちゃん、大丈夫か?」
「あ、はい…色々聞かされてちょっと疲れちゃっただけなので」
「僕達ですら驚きの連続でしたからね、当人である香鈴はもっと驚いたんじゃないですか?」
「そりゃあもう、わからないことだらけで頭の中めちゃくちゃですよ…」
先代の歌姫様が私の祖母だと知ってしまった瞬間、口走ってしまった瞬間、町長さんに私が妖怪だということが知られてしまったわけなんですが…それはまぁ、仕方ない。それに妖怪を憎んでいる人は1人もいないから、不自由を感じることは一切ないと思います、と断言して頂いたので、ちょっと安心してます。だって殺されるようなこともないってことだし。
それにしても、…祖母が歌姫様かぁ。確かにあの人の歌声には不思議な力があるなぁ、って思ったことあるけど…でもまさか守り神様だったとは思いませんでしたよね。というか、予想つくはずもありませんよね普通。
御伽噺というか、現実味がなさすぎて本当なのかわからない部分の方が多いと思うのだけれど。だって、歌で町を守るってどういうことですかってツッコみたくなるじゃないですか。
どこまでが真実で、どこからが偽りなのだろう。
「でもさー、香鈴の歌めっちゃ良かったぞ!」
「ありがと、悟空」
「一度聞いただけでメロディを覚えられるなんてすごいですね」
「役に立たない特技ですけどねー」
結局、私はお祭りで祈り歌を歌うことを了承しちゃったんです。祖母のお話を聞いたら何だか断り切れなくなっちゃいまして…どうせお祭りが終わるまではこの町を発つことはできませんし、お世話にもなっていますからいいかなーと思って。
それでメロディと歌詞が書かれた紙束―――めっちゃ分厚いです―――を渡されたのだけれど、その音階を1つ1つ読み解くよりも実際に歌を聞いてしまった方が早いんです。なので、去年までお祭りで歌っていたという方にお願いして合計5曲を歌って頂きました。
昔からメロディを覚えることだけは得意で、その場で簡単に紡いでみれば皆さんにびっくりされちゃったんですよね。そんなに驚くことなのか、とこっちがびっくりしちゃいましたけど、どうやら一発で覚えられるのはかなり珍しいようですね。今の今までそれが普通だと思ってましたけど、祖母と母がそうだったから。
「…だけど、本当に私が歌姫なのでしょうか」
「あのおっさんは間違いない、って言ってたし、香鈴のばあちゃんが先代?なんだろ?」
「それはそうみたいだけど、…私にはそんな力ないもの」
歌姫様というのは文字通り、紡ぐ歌によって人の魂を呼び戻したり、彷徨う魂を黄泉へ送ったりしていたそうなんですが…そんな力が私にあるはずがないと思うんですけど。
「けどまぁ、今の所変な感じはしねーし…ひとまず祭が終わるのを待つしかねーんじゃね?」
悟浄くんの言葉に頷きを返す。確かに嫌な予感は一切ないし、胸騒ぎもしません…それにそういうものに聡い三蔵様と八戒くんも何も感じていないようですから、特に問題はないのでしょう。
気になることはたくさんありますけど、もう祖母が生きていない以上は確認できないことだってあるのだし、とりあえずゆっくり過ごすことにしましょうか。
「…香鈴、少し外に出ましょうか」
「え?」
「外の空気を吸えばスッキリするかもしれませんから。散歩、行きましょう」
彼の提案に快く賛成し、悟浄くんと悟空も一緒に町へと出てみることにしました。ちなみに三蔵様は寝不足なのでお留守番だそうです、でもしっかりと煙草の補充を八戒くんにお願いしていましたけどね。あとお酒、昨夜飲んでいたものを大層気に入ったようでそれも買ってこい、ですって。
ああでも、悟浄くんが選んだだけあってお酒はどれも美味しかったですねぇ。ビールを飲むことの方が多かったですけど、果実酒とか甘いお酒も案外美味しいものだ、と気がつきました。でも日本酒はまだ慣れません、美味しいと感じない。
お財布も持ったし、いざ出発だ!となった時、八戒くんに呼び止められて私がよくかぶっているキャスケットをかぶせられました。別に陽射しが強いわけではないのに、どうして帽子?と首を傾げていると、変装用ですよ、とウインクされちゃった。
やだ、八戒くんウインク上手ですね。
「そーいや、歌姫様の特徴の1つに銀髪ってあったな」
「ええ。あのまま町に出たらまた囲まれてしまうかもしれませんし」
「そうかもしれませんが…皆さんの顔見たらわかっちゃいませんか?」
「この屋敷の人達ならともかく、町の人達は大丈夫でしょう。割れてませんよ、僕達の顔なんて」
優しい手つきで私の髪を一纏めにし、それを器用にキャスケットの中へ収めると完成みたいです。うん、確かにこれなら髪の色はわからないでしょうから騒がれることはなさそうですね。
お世話になっている屋敷を出て町に向かえば、そこは昨日付いた時と同様でとても賑わっていました。聞いた所によれば、この町のお祭りはとても有名らしくて毎年、たくさんの人が遠路はるばるやって来るんだそうな。歌姫様がいた頃に比べれば減ってしまったけれど、それでもお祭りを見に来る人は後をたたないんだとか。それだけ素敵なお祭りだってことですか。
「ふう…」
「さっきより少し顔色良くなりましたね。飲みますか?」
「あ、いただきます」
手渡されたのはほかほかと湯気が立ち上る紙コップ。中には真っ白な液体が入っているのだけれど…香りからして牛乳、ではないですよね?お酒のような香りですけど、でも甘い感じだし…何だろう、これ。
「あれ?飲んだことありませんでした?甘酒っていうんですよ」
「あまざけ、……あ、美味しい」
「そこで無料で配っていたので、ついもらってきちゃいました」
そういえば悟浄くんと悟空は何処に行ったんだろう。同じように甘酒を飲んでいる八戒くんに尋ねてみると、美味しそうな匂いがする、って走り出して行っちゃったみたい。それを悟浄くんが追いかけていったらしいんですけど、ふふ、彼って口では何だかんだ言いつつも面倒見がいいですよねぇ。悟空のお兄ちゃんみたいですもん。
ゆっくりゆっくり飲み下していると、悟空の元気な声が耳に届いた。声がした方へ視線を向けてみると、何やら紙袋を抱えた彼の姿が見えました。その後ろには苦笑を浮かべた悟浄くん。
朝ご飯を食べたのは大分前ですけど、3人前ほどを食べておきながらそんなに食べるんですか…相変わらずすごい食欲だこと。
「悟空…買いすぎだよ」
「ちっげーよ!よくわかんねーけどくれたんだ」
「くれた?」
「そう。ほい、香鈴と八戒の分な!」
「ありがとうございます…悟浄、どういうことですか?」
「肉まん買いに行ったんだけどよ、なーんか出店のおっちゃんとかおばちゃんがやたらくれた」
紙袋の中を覗いてみれば肉まんの他にも焼売とか、小籠包とか、餃子とか…とにかくたくさんの食べ物が入っていて。普通に買っていたとしたらそこそこ値段がするんじゃないですかね、この品数だと。
悟空曰く、買ったのは肉まんだけらしいので―――それ以外は全て、貰い物。
飲みかけだった甘酒は興味を示した悟浄くんにあげて、私は悟空にもらった肉まんに噛り付いた。ん、これも美味しいですね。焼売やら餃子やらは持ち帰って昼食にしましょうか、三蔵様が屋敷でお留守番なさってますし。
ああでも朝食同様、昼食も準備されていらっしゃるのでしょうか。それだと申し訳ないですよね…と思ったけれど、悟空の胃袋はブラックホールに近いことを思い出して問題ないか、と勝手に完結。だって心配しなくても、あの子なら全部食べきっちゃう、昼食が用意されていたとしてもきっと食べきっちゃう。
「あ、香鈴、口開けてください」
「へ?―――ん、」
素直に口を開けたら何か甘い物が放り込まれました。丸くて甘い何か、…あ、これ飴か。飴の表面に砂糖?がついているタイプのものらしくて、舌先で触ってみるとざりざりします。
でも甘くて幸せ…こういうの好きだなー。
「八戒、なに放り込んだんだよ」
「飴ですよ、適度な糖分補給は脳にいいんですよ」
「へぇ」
「八戒!香鈴が食ってんの俺も欲しい!」
「いいですよ、どーぞ」
もらった飴をコロコロ転がしながら辺りを見渡してみると、遠くに何か櫓?みたいなものが見えました。でもまだ骨組みたい…あれもお祭りで使うもの、なんでしょうかね。お祭りを初めて見たのは1年前に長安で、でもその時はお祭り当日に行ったから準備の光景なんて見たことがなくて。こうやって少しずつ、仕上げられていくのかなぁ。
香鈴、と優しい声が私の名を呼んだ。振り向けばそろそろ戻りましょう、と手招きをされて、ちょっとだけ名残惜しいなぁなんて思いながらも3人の元へと駆け出した。
「ようやく…ようやくじゃ。これでこの町は安泰じゃ」
「長かった、実に長かったのう…けれど、あの御方のおかげでまた護りの強さが増す」