不穏な夜と安心感


「香ちゃーん、何もこんな夜遅くに行かなくてもいんじゃね?」


懐中電灯片手に歩いていた私に投げかけられた言葉に、思わず苦笑する。だから1人で大丈夫って言ったじゃないですか、と返せば、それはダーメと言う悟浄くん。全く…それだったら行く気満々だった悟空に任せてしまえば良かったのに、変な人ね。

私と悟浄くんは今、そっと屋敷を抜け出して町の入口を目指して歩いています。あ、ちなみに今の時刻は午前1時過ぎだったりします、昼間にすればいいのにとは皆さんから言われたんですけど、昼間は町の方々がたくさんいてごった返しになっているでしょう?賑やかですし。
それに何となく、…町の入口に近づくことを咎められてしまうような、そんな気がしてしまって。何でそう思ってしまったのかはわからないんですけど、どうにもそれが拭いきれなくてね…なので、町の方々が寝静まっているであろう真夜中に来た、ということ。


「あ、此処が入口ですね」
「…本当に霧で覆われてんだな、真っ白じゃねーか」
「ええ、この白さじゃ自分の姿さえ見失ってしまいそうです」


光を当ててみても向こう側は一切見えない。本当に真っ白な濃い霧がこの町を覆ってしまっているらしい…でもどうしてお祭りの日が近づくとこうなってしまうんでしょう?毎年行われているというお祭りは結構盛大で、この辺りでも有名なものらしいんです。それを目当てに来る観光客も少なくないとか。

山の中にあるこの町は、お祭りを見に来る方々と山を越えていく方々のお金で成り立っているらしいのだけれど、この霧はまるで―――外部から来る人間を遮断しているような気がしてならないんですよね。
それにこの町に入る時に感じた微かな違和感の正体って、何だったんだろう。私以外、誰も感じていなかったみたいだから気のせいかもしれないって思っちゃったんですけど。

もう一度、霧で真っ白になっている入り口に目を向けてみる。数メートル先ですら見えないけれど、でも、出れないってことはない…のよね?町長さんもそんなこと一言も言ってなかったから、一切見えないから出ることが難しいだけで出れないということはない、はずなんだ。
そう思って、真っ白な霧の中へそっと手を伸ばして触れてみた―――ら、バチッと静電気のようなものが手に走ったんです、これ地味に痛いしピリピリする…!


「何だ今の…おい、大丈夫か?」
「え、ええ…ちょっと痺れてはいますけど、」


大丈夫です、と口にしようとした時、あらゆる所から声が聞こえ始めた。それに驚いて後ろを振り向いてみれば、さっきまで真っ暗だった町の中が家や建物の窓から漏れる光で薄らと明るくなっていたんです。
本能的にマズイ、と感じたんでしょう、悟浄くんは手を抑えて蹲っている私を抱えて茂みの中へ身を隠しました。

息を潜めて動向を窺っていると、バタバタとたくさんの方々が町の入り口付近へと集まり始めたんです。時間も時間ですからそれだけでも結構びっくりしたんですけど、もっとびっくりしたのが彼らの手には刀やナイフ…それから金属パイプが握られていたんですもの。びっくりしすぎて声を上げそうになってしまったんですけど、寸での所で悟浄くんが私の口を押えてくれたので何とか見つからずに済みました。

…この異様な雰囲気は、何なんだろう…だっておかしい、真っ暗で見えないはずなのに―――茂みの中でも、暗がりの中でもハッキリわかるくらい、皆さんの瞳が赤く光ってる。

それを認めた瞬間、背筋にゾクッと悪寒が走りました。普段、妖怪を相手にしているのにどうしてでしょう、彼らがすごく怖いと思ってしまったんです。彼らは人間のはずなのに、今、私達の目に映っている方々は明らかに何かがおかしい。


「イない、…確かニ結界ニ触レた音がシたのニ」
「生贄ハまだカ。早ク次の歌姫様ヲ社に捧げナケれば、コノ町は滅ビてしまウ」


その会話を最後に彼らは皆、何事もなかったかのように引き返していった。徐々に明かりも消えていき、数分もしないうちに町はまた真っ暗な闇に包まれていく。
何も音が聞こえなくなったことを確認してから、私達は詰めていた息を吐き出した。


「ビビッた…何だ、ありゃあ。目が赤く光ってたぞ?」
「私にもわかりませんけど、人間の気配…といいますか、生きている感じが一切なかったです」


そう、まるであの男―――清一色のように。





「ああ、おかえりなさい。香鈴、悟浄」
「ただ、いま…まだ起きていらっしゃったんですね」
「コイツ、意外と遅くまで起きてられる方だかんな。…三蔵と悟空は案の定、寝てるか」
「三蔵は早々に。悟空はさっきまで起きていたんですが、限界だったみたいです」


何となくお借りしている部屋に戻る気分になれず、悟浄くんと一緒に彼らが泊まっている部屋へと戻ってきちゃいました。特別怖がり、というわけではないんですが…さすがにあの気味の悪さを感じてしまったら、1人でいるのが嫌になってしまいまして。それなら俺らの部屋に来れば、と言ってくれた悟浄くんの言葉に甘えちゃったんです。
八戒くんが淹れてくれたお茶を飲んで、ようやく体から力が抜けたような気がします。ホッとするなぁ、この空間。


「…なぁ八戒。町の奴らってさ、…その、気配感じるか?」
「何です、急に。そりゃあ感じますよ」
「だよな、感じる…よな」
「香鈴、この人、頭でも打ったんですか?」
「おい、八戒…!」
「あはは…そういうわけじゃないんですけど」


首を傾げた彼にさっき起きたことを、事細かに説明することにしました。信じられないかもしれないけど、と前置きだけして。でも八戒くんはそんなこと有り得ない、と一蹴することはなかった。ただ一言、そうだったんですか、と呟いただけ。その後は何かを考え込むように黙り込んでしまいました。

…今思えば、昼間の出来事だって大分オカルトだ。いや、妖怪もしいて言えばオカルト的要素なのかもしれないけど、でも実際に存在していて触れることができる。私も、八戒くんも、悟浄くんも、悟空も妖怪ですし。
うん、まぁそれは話が別だから置いておくとして…私が頭に流れ込んできたんです、と言ったことを誰一人疑うことも、笑い飛ばすことも、気味の悪いものを見るような目で見ることも一切なかったことを思い出したんですよね。4人共、そのままを全て受け入れてくれていた。


「私も悟浄くんも、結構びっくりして今でも夢見てたような気はしてるんですけど…」
「嘘だとは思いませんよ、だって貴方達はそんなこと言うような人じゃないですしね。それに得もないでしょう?」
「そりゃそーだ」
「調べていくうちに不可思議なことがいくつも出てきてますから、そういうことがあっても不思議ではないかもしれませんね」
「…けどよ、どうなってんのかわかんねぇぞ?この町」


生贄はまだか、と確かに言っていたのを聞いた。生贄を社に捧げないとこの町は滅びてしまう、と。あれが本当のことだと仮定して、遥か昔からあったことだとすれば…やっぱり歴代の歌姫様達は、生贄として殺されたことになるってことですよね。


「生贄によって町が守られているってことですか…けど、この40年は歌姫様が存在していないわけでしょう?でもこの町は現に存在しています」
「…あ、そうですね…」
「空白の40年間が何を意味しているのか、ちょっと気になりますね」
「なぁ、すっげー変なこと言ってもいいか?」
「どうぞ」
「―――この町、40年前に滅んでるとか…そんなわけねぇよな?」


悟浄くんの言葉に私と八戒くんの動きがピタリ、と止まる。そんな、そんなこと―――あるはずが、有り得るはずがない…滅びた町が、人が、何事もなかったかのように動き続けているなんて、そんな不可思議なことあるはずないと思う。思う、のに、それでもすぐに否定することができなかったのは、笑い飛ばすことができなかったのはきっと、心のどこかで有り得るかもしれない、と思ってしまっているからでしょう。だってそうだとすれば、さっきの町の方々の変わりようにも納得がいくような気がして。
だけど、目的が読めませんよね。町自体が滅んでいるとして…どんな理由が、目的があってこんなことをしているというのだろう。


「自分で言っといて何だけどよ…んなこと可能なのか?」
「私もそういう術に詳しいわけではありませんけど、恐らくは…術者と媒体になるものさえあれば可能なんじゃないでしょうか」
「これだけの大きさの町と、あの人数の町の人達を…となると、相当の術者であることは間違いないですねぇ」


まぁ、あくまで推測でしかないですから何とも言えませんけど。
溜息を1つ吐いて八戒くんはそう言った。そう、ですよね…まだどれも推測の域を出ていない、真実がどれなのかはわからないままなんだ。


「ひとまず寝るか…俺、シャワー浴びてくるわ」
「はい、いってらっしゃい。香鈴は部屋に戻りますか?戻るなら送っていきますけど…」
「今日はちょっと戻りたくないかも、…ソファ借りてもいいですか?」
「ええ?そこは僕か悟浄がソファで寝る所でしょう。ほら、ベッドに入って」


え、私、ソファでも別に構わないんですけど…!そんな反論は一切聞いてもらえず、私は八戒くんが使っているらしいベッドに押し込められました。うう、何だか申し訳ないなぁ…でもさっきの出来事が頭の中をぐるぐる回ってて1人でいるのが嫌だったんです。でも何だか逆に迷惑をかけてしまった気がする、と呟けば、またそういうことを言うって苦笑されちゃいました。雑魚寝は慣れてるんですから大丈夫ですよ、って。


「何で貴方は変な所で遠慮してしまうんですかね」
「遠慮してるつもりは一切ないんですけど…」
「確かに出会った頃よりは言ってくれるようになりましたけど、もっと三蔵達みたいに自分に素直になっても構わないんですよ?」


そう言ってクスクス笑っていらっしゃいますけど、…さすがに彼らほど素直にはなれないと思います。というか、もう1人増えてしまったら八戒くんが一番大変な思いをすると思いますよ?今だって結構、大変な思いをしているんですから。そう返せば、それもそうですねって楽しそうな笑みを浮かべています。
出会った頃から彼は柔らかな笑みを浮かべていましたけど、あの一件―――清一色との因縁?が片付いてからは、素の八戒くんを見れているような気がします(悟浄くんと三蔵様曰く、いちだんとイイ性格になったらしいです)。笑い方はそんなに変わっていないとは思いますけど、時々、本当に楽しそうに笑うんですよ?その笑顔が私は大好きなんです。それから前よりも少し、ハッキリと物事を言うようになったかもしれません。本音を隠しすぎないことはいいことですよね、きっと。

…ああ、ダメだ。私、彼と過ごせば過ごすほど好きになっているような気がします。


「(死ぬまで、…隠し通すことができるでしょうか)」


考え事をしていたはずなのに頭がぼんやりしてきた気がします…ウトウトし始めた私に気がついた八戒くんは、優しい顔で笑って…眠いなら寝てください、と髪を梳くように頭を撫でてくれました。
その手がとても温かくて、ホッとして、嬉しくて、気がつけば私は夢の中。
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