わたしの太陽は、
結局あの日以降、これといった情報を得ることができずにお祭り当日を迎えることとなりました。不安なことや気になることはたくさんありますけど、でもとりあえず今は…この初めて味わう緊張感をどうしたらいいのかをかんがえることが先決、だったりします…!
今考えてみれば、私が過ごしてきた世界はとても閉鎖的で決まった人としか関わりを持っていなかったんですよ。皆さんと旅に出てたくさんの人と関わるようにはなってきましたし、元々そこまで人見知りというわけでもなかったのでどうにかなっていたんですけど…数えきれないほどの人の前に立つなんてこと、今までしたことなかった。歌を歌うだなんて以ての外ですよ、本当に。
ガチガチに緊張しながらメイクや髪をやってもらっていると、いつの間にやら私のお世話役となっていた英朋さんがクスクスと楽しそうに笑っていらっしゃるのが鏡に映り込んでいました。
「英朋さん?」
「あ、…すみません、歌姫様。とても緊張していらっしゃるなぁ、と思ったらつい…」
「そりゃ緊張しますよ…!舞台に立ったことなんてないんですから」
「あはは。確かに歴代の歌姫様も舞台に立つのはこのお祭りが初めて、って方が多かったですよ。でもここまで緊張されていたのは貴方が初めてです」
反応してしまわないように気を付けていたから大丈夫だとは思いますけど、英朋さん…今、おかしなこと言いませんでした?歴代の歌姫様も、って仰っていましたけど、私の前の歌姫様達が存在していたのって40年以上前ですよね?だけど、英朋さんはどう見てもまだ30代後半の方にしか見えません。…それとも、そう伝え聞いているっていう意味での「多かった」って言葉になったのでしょうか?
そうなんですか、と曖昧な返事だけ返して、私は再び鏡に向き直る。英朋さんとお話したおかげか、それとも気になる点を見つけてしまったおかげかはわからないけれど、さっきよりも緊張が緩和されているような気がします。
本音を言うと八戒くん達に会うことができればもう少し、落ち着けるような気がするんですけど…私の準備が終わるまではこの部屋に入らないように、って言われてしまっているらしいですよ。理由はきっと、男性だから。英朋さんは男性ですけれど、お世話役だからいいんですって。
鏡に映る自分と見つめ合うこと2時間、着替え・メイク諸々がようやく終わりました。
―――ガチャッ
「失礼しますよ、香鈴…おや、」
「おー!すげぇ、香ちゃん綺麗じゃん」
「本当だっ似合ってるぞ!!」
「……馬子にも衣装だな」
「えっと、…そう言われると照れちゃいますよ…ありがとうございます」
三蔵様のだけは誉め言葉じゃないですけどね、だけど残りの3人にあれは照れ隠しだって言われたのでそう思っておくことにします。…あの御方が私相手に照れることがあるのか、と聞かれたら疑問ですけど…というか、ないと思いますけどね絶対に。
ああでも、やっぱり彼らと話している時間が一番落ち着けるし、何よりも私らしくいられるような気がします。出会ってまだ3年半ですけれど、私の中で彼らの存在はここまで大きくなっていたんですねぇ。自分自身のことではありますが、何だかびっくりしちゃいました。
家族が私の世界の全てであったあの頃より、ずっと―――幸せだ、と思ってしまうのは…お父さん達にとても申し訳ないんですけれど。でも泣いて暮らしているより、笑って暮らしている方が安心してくれるのでしょうか。喜んで、くれるのでしょうか。
「おお!やはりよくお似合いですなぁ、歌姫様!お綺麗ですぞ」
「あ…ありがとう、ございます」
いけない、うっかり考え事をしてしまっていたみたい…町長さんが入ってきていたことに全く気がつきませんでした。いつになくにこにこ笑っていらっしゃる彼は、とても機嫌が良さそうです。
そう声をかけてみれば、天気もいいし、何よりもずっと待ち望んでいた歌姫様の歌声が聴けるので、と一層笑みを深くして答えてくれました。…果たしてこの方の期待に添えるのかはわかりませんが、引き受けてしまった以上は頑張るしかないですよね。
着替えてしまったからお祭りに行くことはできませんし、時間まで歌詞を見直しておきましょうか。本番で忘れてしまったら台無しになってしまいますし。傍らに置いておいた歌詞が書かれた紙束に目を通していると、再び町長さんに声をかけられました。どうしたのでしょう?
「何でしょうか」
「祭は夕方に終わる予定なのですが、その後に宴を予定しております。その際の衣装も皆様の分をご用意しておりますので、是非ご参加ください!」
「…だ、そうですけど…どうされますか?皆さん」
「いーんじゃね?どうせ明日の朝まで身動き取れねぇんだしよ」
「宴ってことは豪華なメシも出るんだろっ?!」
「はい、精一杯のおもてなしをさせて頂く予定です」
「どうします?三蔵」
「―――…参加する」
三蔵様の言葉を受けて、ではお願いします、と笑みを返せば、了承の笑みが浮かべられた。これでお話は終わりだろうか、と思っていたらもう1つだけ…と。
何でもその宴はお祭りの打ち上げらしいんですけど、町長さんの御子息を私のエスコート相手として同席させたい、とお願いされてしまいました。エスコートって…打ち上げであるのなら、なくても問題ないものだと思うんですけど、その打ち上げの宴までが神聖な儀式―――お祭りと同義らしいので、そうしたいんだそうです。
歴代の歌姫様達も代々そうしていたので、と言われてしまったらお断りできないですよね…あまり気乗りはしませんが、仕方なく了承の意を示そうと思ったらずっと黙っていた八戒くんがあの、と町長さんに声をかけた。
「はい?」
「そのエスコート役、僕がやったらマズイですか?」
「え?い、いいえ…構いませんが、よろしいのですか?皆様は歌姫様の従者の方々ですので、お客人としてもてなしたいのですが」
「いいんです。…こう見えても彼女、人見知りなので…知らない方と一緒にいると緊張してしまうですよ。ね?香鈴」
「あ、…はい、実はそうなんです。私としても知人が傍にいてくれた方が有難いのですが…」
「そういうことでしたら…お願い致します」
…一瞬、町長さんの瞳に憎しみの光が灯ったような気がしたのだけれど…気のせい、かしら。嫌な予感が胸をよぎるけど、すぐにここ数日で見慣れた笑みを浮かべていたので大丈夫かな、と思い直す。あまり気にし過ぎるのもよくありませんよね。
町長さんや英朋さん、それから着替えとメイクをしてくれたメイドさんが部屋を出て行かれて、私はようやく肩の力を抜くことができました。何でこんな変な緊張してたんだろ、私…やっぱりさっき一瞬だけ見えた憎しみの光、のせい、かな。
「八戒、ナイス機転」
「ありがとうございます。…何も起きないことを願いたいですが、念の為と思って」
「香鈴、俺達さなるべく傍にいるようにすっから!だから安心しろよ」
「ひとまず様子見だな。昼間の間は何も起きんだろ、起きるとすれば…夜だ。それも日を跨いだ夜中―――だな」
「…皆さん…何のお話をしていらっしゃるんですか?」
何だか私を置いて話が進んでいるように感じるのですが、と付け加えると、三蔵様を除いた3人があ。って顔をした。その顔があの、言い方が悪いですがとてもマヌケで思わず笑ってしまいました。
で、本題なんですが。私が準備をしている間、皆さんは泊まっている部屋で待機されていたそうなんですが、そこで夜中に悟浄くんと私が体験したことを八戒くんが悟空と三蔵様にお話しておいたそうなんですよ。それでもしかしたら今日の祭が終わった後、何かが起きるかもしれないから誰かが必ず私の傍にいよう、と決めたんですって。
珍しく三蔵様も何も仰られなかったみたい。まぁ、明日の朝まではこの町を出られないわけですし…その間に何かが起きたら三蔵様も自動的に巻き込まれる、ってことですから。
でもこれでようやく事情が飲み込めました、何で急に八戒くんがあんなことを言い出したのか気にもなっていましたし。そういうことだったんですね。…だけど、事情がどうあれ宴の間、八戒くんが傍にいてくれるというのは…嬉しすぎて顔がにやけちゃいます。
唯一、私の恋心を知っている悟浄くんはこっちを見てニヤリ、と笑みを浮かべていました。何というか、見透かされてる気分ですが…彼の言いたいことは当たってると思うので、何も反論できない。ぐうの音も出ない、ってやつですね。
「そーいやもう祭も始まるみてーだけど、香鈴はどうすんだ?」
「見に行きたいんだけどもう着替えちゃったから…時間まではこの部屋にいるよ」
「えー?一緒に回ろうと思ってたのにな…」
「その格好じゃ目立っちゃいますしね」
「はい、仕方ないです」
昼間の間は何も起きないだろうけど、1人で部屋にいるのはつまらないだろ?という皆さんの気遣いで、誰かしらこの部屋にいてくれることになりました。別に1人でも大丈夫なんですが、その気遣いがとても嬉しかったので素直にお礼を言うことに。嬉しいのは本当ですしね。
最初は悟空・三蔵様・八戒くんがお祭りに行って、悟浄くんが部屋に残るみたい。お土産買ってきますね、と笑みを浮かべて出て行った八戒くん達の背を見送って、私はソファに深く腰を下ろした。
「緊張してる?」
「してますよ…でも準備している間はもっとガッチガチに緊張してました。英朋さんに笑われるくらい」
「ははっ笑われるほどってよっぽどだな」
「人前に立つことすら慣れてないのに、数えきれないほどの人数の前で歌うんですよ?そりゃガッチガチにもなりますってば」
「そりゃそーだ」
はははっと笑っている悟浄くんは珍しく煙草を咥えていなかった。そういえば三蔵様も吸ってなかったな…ヘビースモーカーな2人が煙草を吸っていない、ということはもしかして具合でも悪いのでしょうか?
気になって聞いてみると、具合が悪いわけじゃないけど、って曖昧な答えが返ってきた。首を傾げると、香ちゃん綺麗な格好してんのに髪とか服から煙草の匂いしたらマズイだろ、って。
ああ成程。2人なりの優しさだったんですねぇ、別に気にすることないのに。そう笑えば、どうしても我慢できなくなったらベランダで吸うよ、とニカッと笑みを浮かべたので私もそうですか、と言葉を返す
。三蔵様は今頃、その分を埋めるかのように吸っていらっしゃるんだろうなぁ。それで吸い過ぎですよ、って八戒くんに注意されるんです、いつだって2人共。
「はー…緊張してるんですけどね?何か皆さんとお話してたら落ち着いてきました」
「そりゃあ良かった。身に余る光栄です、歌姫様―――ってか?」
「もう、やめてくださいよそんな風に言うの」
「冗談だよ、ジョーダン。歌姫様ってのも悪くねーけど、香ちゃんは香ちゃんだろ」
悟浄くんの言葉に思わず目を瞠る。まさかそんな風に言われるなんて、思いも寄らなかった。けどやっぱり嬉しくて、自然と笑みが深くなる。
―――バッターン!
「香鈴っ悟浄!たっだいまー!!」
「もう少し静かに開けねぇかバカ猿っ!」
「あはは。三蔵もそのくらいにしてくださいねー?」
一気に賑やかになった室内に、思わず悟浄くんと顔を見合わせて苦笑する。
さっきまで流れていた穏やかな空気が一瞬にして払拭されてしまったから、かな?きっと。
「思ったより早かったですね、ゆっくりしてきて構わなかったのに」
「悟空が早く帰るとうるさかっただけだ」
「それに大勢の人でごった返してたので…3人で行動するにはちょっと」
「ああ…盛大な祭だ、ってあのオヤジさんが言ってたもんな」
たくさんの観光客もこの祭を見に、わざわざ遠くから来るんですって教えてもらいましたね、そういえば。今の今まですっかり忘れていましたけど。
悟空が興奮気味に話してくれるお祭の様子もとても楽しそうで、やっぱり実際に自分の目で見てみたかったなぁ、と内心ひとりごちる。だけどそれは無理なことはよーくわかっているので、口にしたりはしないけど。
それに話を聞いているだけでも、結構楽しいしね。
「香鈴、何か食べますか?色々買いこんできたんですけど」
「わ、本当にたくさん…!あ、これもらってもいいですか?」
「……八戒の言う通りだな」
「な!本当にいっちばん最初に手に取った!」
「え、…え?」
袋を漁っていた私が手に取ったのは鈴カステラ。それを認めた悟空と三蔵様が零した言葉の意味がわからなくて、疑問の声が上がる。どういうことですか、と首を傾げれば、八戒くんが「香鈴ならこれを最初に手に取りそうです」って呟いたんですって。正にその通りだった、と2人して納得したように頷いている。
ポカン、と口を開けたまま固まってしまった私を余所に、悟浄くんは大笑いしてるし、八戒くんもやっぱり当たりましたねぇ、って笑っている。何で悟浄くんといい、八戒くんといい、私の行動がわかるんでしょう…一緒に住んでいたから、かな?
「香ちゃんってほーんと甘いもん好きよね。長安の祭行った時も、真っ先に食いたいって言ったのわたあめだったし」
「本当に。その鈴カステラは香鈴の為に買ってきたのでいいんですけど、ご飯も食べてくださいね」
「はぁい」
どれを食べようかな、ともう一度物色する為に、袋に入ったもの達をテーブルの上に並べていく。うわ、袋の数から想像できていたけど…本当にすごい数ですねぇ。これの大半がきっと悟空の胃袋へと収まっていくんだろうなぁ、いつものことだから今更驚くこともないんだけど。
まぁ、それはさておき…なくなってしまう前に私も食べておきましょう、この後は絶対に必要以上のエネルギーを使うことになるんだからしっかり補給しておかなきゃね。
しっかりご飯を食べて、デザートに甘いものも食べて、それからお茶を飲みながら休憩。まったり、ゆったり流れていく穏やかな時間を肌で感じながら、これから舞台に立たなきゃいけないなんてまるで夢みたいだなぁ…こんなにも普段と何ら変わりないのに。
ゆっくり過ごすのは嫌いではない。むしろ好きなんですけど、この町に滞在するようになって10日目…その間、色々とあったけれど妖怪の襲撃だけはなかったものだから、何というか、気が抜けてしまいそうというか…変な感じなんですよね。妖怪の襲撃はいらないですけど、そろそろ身体を動かしたいような気はします。
もう一度だけ歌詞が書かれた紙に目を通しておこう、と立ち上がった所で、英朋さんが時間ですよ、と呼びに来てしまいました。あらら、いつの間にかそんな時間だったんですね…うう、また緊張がぶり返してきてしまいました。上手く歌える、かな、大丈夫かな私…!
お守り代わりに持っていこう、と紙束をギュッと抱きしめるように抱えて、いってきます、と皆さんに声をかけて部屋を出る。少し先で待ってくれている英朋さんを追いかけようと足を踏み出した時、名前を呼ばれた。
「…八戒くん?」
「大丈夫。貴方なら大丈夫ですから、自信を持って。…傍で、見ていますから」
八戒くんの言葉はまるで魔法だ。コツン、とぶつかった額から、そっと握られた手からじわじわと彼の温もりが伝わってきて、それに安心感を覚えてホッと息を吐く。
…ん、何だか落ち着いた気がします。
「いってらっしゃい、香鈴」
「はい。…いってきます、八戒くん」
ああやっぱり、この人の笑顔と体温は私の安定剤だ。