失いたくなかったんです


無事にお祭りも終了して、私達は今宴に参加中です。このお祭りに携わった方、全員が参加しているらしくすごい人数です…それにお酒も入っているせいか、皆さん陽気。楽しい雰囲気は嫌いではないので全然構わないんですけどね。…だけど、やっぱり大勢の方に囲まれることだけは慣れません。必要以上に他人と関わることをしてこなかったから、余計に。エスコート役を八戒くんが受けてくれて本当に良かったです、これで彼ではなく町長さんの御子息だったらきっと根を上げている所ですね。

シャンパングラスを傾けてお酒を流し込む。あ、これすっごい美味しい!今までシャンパンって苦手だったけど、これならいくらでも飲めちゃいそう。


「香鈴、あんまり飲みすぎないでくださいよ?はい、適当に取ってきたので食べてください」
「ありがとう、八戒くん!うわ、美味しそう」


お皿を受け取って料理を口にすれば、それはとても美味しくて。お酒も料理も美味しいし、昼間は大変だったけどこれで全部チャラに出来ちゃいそうですね。八戒くんと並んで座って料理を食べていると、たくさんの料理を載せたお皿を持った悟空・お酒を持った悟浄くん・不機嫌な顔をした三蔵様が姿を現した。いないと思っていたら料理やお酒を取りに行っていたんですね。
…それにしても、


「皆さんスーツお似合いですねぇ…」


スーツって着る人を選ぶと思うんですけど、でも4人はものの見事に似合っていて思わず感嘆の声が漏れる。普段と違う服装というのもあるからかもしれませんけど、本当にカッコいい。常に一緒にいる私が見惚れてしまうくらいですもの、きっと町の方々の目にもそう映ってるんじゃないのかなぁって。だってほら、現にさっきから女性陣が頬をピンク色に染めて4人をチラチラ見ていらっしゃいますし。

見目麗しい三蔵様に、笑顔が素敵な悟空に、スタイルのいい悟浄くんに、人当たりのいい爽やかで優しい笑みを浮かべる八戒くん。

これだけの人が集まれば、そりゃあ注目も浴びちゃいますよね。そんな方々が知り合いというのはちょっとだけ優越感、みたいなものを感じますけど。


「へへっさんきゅ!香鈴もそのドレス似合ってる!!」
「昼間の衣装も良かったけど、今のもかーわいい」
「ふふっありがとうございます」


ストレートに褒められると照れてしまうけど、でもやっぱり嬉しいなぁって思うのも本当なんですよね。ああでも、やっぱり顔は熱くなりますね…お酒飲んでるっていうのもあるでしょうけど。

料理やお酒に舌鼓を打ちながら会場内に視線を向ける。昼間は何も起きなかった、今も不穏な感じは一切ない…このまま何も起きないでいてくれるととても助かるんだけど、どうなんだろうなぁ。
結局、何も真実はわからないままだからどうしようもないんだけど、もし私達の推測が当たっていたら―――そう思うと何とも言い切れない気持ちになるんです。だって何かが起きたら4人を巻き込んでしまうことになるでしょう?一緒に旅をしているから、仕方ないことだと言えばそうなんですけど…どうしてもあの方達が怪我を負ってしまったら、と思うと怖くなるんですよね。

皆さんにそれを言ったらきっと気にするな、と一蹴されるんだと思うので言いませんけど。でもきっと、そんな私の不安も八戒くんは気がついてしまってるんだろうなぁ…いつだってあの方は私の変化に気がついてしまうから、隠していてもすぐにバレてしまうんです。それを嬉しいと思う反面、彼の中での私は手のかかる妹のように思われてるんだろうと考えると、ちょっと複雑。
気になるんなら本人にどう思ってますか?って聞けばいいんでしょうけど、直接妹のように思ってますなんて言われてしまったら立ち直れない気がしてるので…したくないな。うん。


「(あ、もうすぐ日が変わる…)」


お祭りの後片付けが終わってから開かれたこの宴は、割と遅めの時間からスタートしていた。確か22時くらいからだったから…そりゃあっという間に日が変わる時間にもなりますよね。刻々と迫る時間に私達5人の間にだけピリピリとした空気が流れ始めている気がします。
徐々に早くなる心臓。漠然とした不安に押し潰されそうで、怖くなってきた私は隣に座っていた八戒くんの腕をギュッと掴んでしまった。それに気がついた彼がにっこり笑ってそっと手を握りしめてくれる。一瞬にして顔が熱くなるけど、でも離したくなくて縋るように力を込めた。あの日見た光景は、そのくらい私に恐怖を植え付けていたらしいです。

カチリ、と短針と長針が頂点にある12を差した瞬間、会場内に0時を知らせる音が響き渡った。その音にビクリと肩を震わせたけど、町の方々に異変は一切起きていない。さっきまでと同様、楽しそうにお話をしたり、料理を食べたりしているだけ。
もしかしなくても、私達の杞憂だった…ってことなのかしら?でもそれならそれでいいんです、何も起きないに越したことはないんですから。
ホッと息をついて私達はまた、宴の喧騒の中に紛れ込むことにした。



「さあ歌姫様―――本当の宴はこれから、ですよ?」



ピキン、と周りの空気が変わったような気がして視線を巡らせてみると、真っ赤な瞳がギョロリとこっちを向いた。その瞳はあの日、町の入口で見たものと全く一緒で背筋にゾクリと悪寒が走る。
異様な光景と雰囲気に4人も何かを感じ取ったようで、一瞬にして臨戦態勢に入りました。


「…香鈴、僕の傍を離れないで」
「は、はい!」


さっきまでは1人だけだった赤い瞳はみるみるうちに増えていき、今となっては恐らく会場内にいる全員がその色をした瞳になっていると言っても過言ではないでしょう。瞳の色が変わってしまった彼らは突然、私達に襲いかかってきました。
妖怪相手ならすぐにでも応戦するんですけど、この方達はきっと人間…だと思うんです、少なくとも見た目は。だから迂闊に手を出すことができない、いくら危害を加えられそうになったとしても。
だけど刀やナイフ、鉄パイプ片手に襲われてしまったら避けているだけじゃきっと無理ですよね…!しかもお祭りに携わったたくさんの方々が集まっている室内じゃ、避け続けるのすら厳しい状況ですもの。

どうにかして此処から出ないと、怪我だけじゃ済まないかもしれません。とは言っても、出入口は塞がれてしまっているし…もしかして、打つ手なしってやつですか?


「捕らエろ、生贄ダ、社に生贄ヲ捧げルンダ!」
「我ラの町ノ安寧のタメ、ソノ命を捧ゲろ」
「うっわー…何だよこいつら!さっきと全然様子が違うじゃんか!!」
「だぁから昼間に説明したろ?!攻撃本能しか残らねぇ可能性がある、ってよ!」


今の彼らに残っているのは生贄―――つまり、歌姫とされている私を社に捧げるという意識のみということだ。その為ならきっと何でもするのでしょう、それが命を奪うという許されぬ行為だとしても。


「くっ…この状況じゃ手も足も出ません!無茶かもしれませんが町を出ましょう!!」
「でもまだ霧が出てんじゃねーの?!」
「百も承知ですよ!この町を出ればきっと…っ」
「ダメです」
「どういうことだ」
「恐らくですが…この町の周りには結界が張ってある。出られないと思いますよ」


あの時、確かに入口には結界が張ってあった。バチッと私の手を弾いたアレは、間違いなくそうだと思う…迷い込んだ者を決して逃がさないように。此処を出る為にはきっとその結界を壊さなくちゃいけないと思うんです、だけど…その結界を張っている人物が特定できないことにはどうにもできないんですよね。

あ、特定できなくても三蔵様の魔戒天浄で破ることってできないんでしょうか?期待を込めて聞いてみるものの、試してみないと何とも言えないが恐らく無理だろう、とのこと。うん、ですよねーそう簡単にいくはずもないですよね、わかってましたよ。


「〜〜〜このままじゃどうにもならねぇ!窓ブチ破れ!!」
「香鈴!しっかり捕まっててくださいっ!」


返事をする間もなく抱き上げられ、そのまま私達の身体は宙へと舞った。
何とか地面に降り立つことができたけど、頭上からは窓ガラスの破片がパラパラと降ってきていて結構危ないです!


「町中を走るには自殺行為だ!森ん中を行け!」
「だーっくそ!スーツじゃ走りにくいぜ全く!!」
「つーかよ、さっきの奴ら生きてんの?!生きてる臭いが全然しねーんだけど!」
「ンなのこっちが聞きてぇよ!」
「皆様!!」


突然聞こえた声。突然引っ張られた身体。それに驚いて声を上げそうになったけれど、ふっと上げた視線の先にいた人物を認めて悲鳴を飲み込んだ。
引っ張られた先の岩陰に全員で身を潜め、バタバタと足音が遠ざかっていくのを確認してからそっと息を吐く。


「…助かりました、英朋さん」
「いいえ、間に合って良かったです」


そう。追われていた私達を助けてくれたのは英朋さんだったんです。彼の瞳は見慣れた黒―――他の方達のように赤くはなっていない…そのことにホッとするけれど、でもどうして彼だけ変わっていないのだろう?あの様子だと町の方々全員があのような状態になるものだと思っていたのに。

私が抱いた疑問は皆さんも持っていたようで、訝しんだ視線を彼に送っている。気持ちはわからないでもありませんが、助けてくれた方にそれは失礼なんじゃないかなぁと思うわけです。
ご本人が気にしていらっしゃらないようなので口にはしませんが。


「貴方はこの町に何が起きたのか、知っていらっしゃるんですね?」
「―――…はい」


英朋さんの口から語られたのは、あまりにも悲しい真実でした。

この町はかつてとても平和で、栄えた所だったそうです。それは歴代の歌姫様がこの町を守ってくれているから―――そう聞いていたそうですよ。でも成長するにつれ、おかしいことに気がついたそうです…それは毎年、歌姫様が変わっているということ。


「最初はそういうものなんだ、と思っていました。子供の頃はお祭りが終わるとすぐに家に帰されて寝ていましたから。…でもそうじゃなかった、歌姫様が毎年変わっていた理由は―――私達の手で、殺していたから」


人柱にしていたんです。役目を終えた歌姫様を殺し、その遺体を社に捧げるによって町全体の守りを強固にする―――それが、この町が今まで妖怪に襲われることがなかった理由なのだと、英朋さんは教えてくれました。血の守りなんだと。
歌姫様の世話役になってからは毎年、地獄のようだったそうです。お祭りが終わればその年の歌姫様を殺し、社に捧げなければならない。当然、皆さん死にたくないですから逃げまどうんだそうですよ…けれど、どこまでも追いかけて泣き叫ぶ彼女達を真っ赤に染め上げていた。
そうしないと町の安寧は保たれないから、だから仕方ないんだと、そう…自分に言い聞かせて。


「な、んだよそれ…おかしーじゃん!!」
「ええ、今は私もそう思います。明るい未来が待っていたはずの、幼い彼女達を殺して町の安寧を保とうだなんて…間違いだったんです」


誰かを犠牲にしてまで守るべきなのか、そう思ったらしいですけど、英朋さん以外の方は誰一人そのことに異を唱える方はいらっしゃらなかったみたい。だけど彼の他にも1人だけ、それはおかしいと、この町は狂ってると口にしていた方がいたそうです。

それは―――私の祖父、でした。

歌姫様の家系に生まれ、その血を引いた祖母はお祭りが終わるのと同時に命を奪われる運命だった。かつての歌姫様達と同様、町を守る為に人柱となる予定だったけれど…愛する人を守りたい、と思った祖父は祖母を連れて町を逃げ出したんですって。もちろん、町中大騒ぎだったらしいですよ?生贄とするはずの歌姫様が忽然と姿を消してしまったんですから。
でも悲劇はそれでは終わらなかった。私の祖父母が町を逃げ出したすぐ後に、町に妖怪が攻め込んできたそうです。町は焼き尽くされ、全ての住人が命を奪われる凄惨なもの…そう、悟浄くんの推測通り、この町は40年前に滅びていたんです。


「え、でもアンタ生きてんじゃん」
「この町も、この町に暮らしている人も全部―――術によって生かされているんです」
「じゃあ皆さんの目が赤く光っているのは…」
「恐らく、それも術をかけたあの方の仕業だと思います。町が滅んだあの日から、私達はこの山に迷い込んだ罪のない人々を殺し続けているんです」

―――かつて、この町を滅ぼした元凶である彼女を殺す為に。

「…攻撃本能のみが残っている理由は、その恨みの感情か」
「だと思います。あの方の恨みの感情が、使役されている私達に直接繋がっているんだと」


嘘みたいな話だと思った、けど今聞いたものは全て本当で…過去に起こった真実。


「先代の歌姫様のお孫さんが来るなんて、…思いも寄りませんでした」


ふっと向けられた視線はとても柔らかく、恨みなんて感情は一切見当たらない。でもその視線が痛くて、優しく責められているようで…真正面から受け止めることができないでいた。


「歌姫様。…私はね、貴方のおばあさんのことを恨んでなんていないんです。むしろ、逃げ出してくれて良かったって思ってるんですよ?」
「え…?」
「だって私は―――あの人を、手にかけずに済んだから」


殺したく、なかったんです。何があってもあの人にだけは、生きていてほしかった。
英朋さんは今までで一番嬉しそうな笑みを浮かべて、そう仰ったんです。だから私は一切、恨みの感情は抱いていないんですって。だから私が祖母の孫だと知った時は、とても嬉しかったんだって教えてくれました。
幸せに生きて、子供を産んで、孫にも恵まれた人生を送ることができたんだなって…私を見てそれを知ることができたから、だから良かったって。

不意に私の手をとった英朋さんが何かを握らせた。よく知った感触だ、と思って視線を落とせば、そこにあったのは私の銃。
どうして、…これは確かに部屋に置いてきたはずだったのに。でもすぐに気がついたんです、これを持ってきたのは―――英朋さん自身だって。どういうつもりで持ってきたのかも、予想がついてしまった。


「英朋さん、貴方…っ!」
「私達は自らの手で命を絶てないように出来ているんです…だからお願いします、どうか歌姫様―――いいえ、香鈴さん、貴方の手で私の命を終わらせてください」


銃口は英朋さんの心臓にピッタリと当てられている。決してズレることがないように銃身をしっかりと彼の手が握っていて、動かすことができないんです。
私だってできることならこの人を眠らせてあげたいけど、でもわざわざもう一度殺されるような真似をしなくたって…町自体にかけられた術を解けば眠ることができるんじゃないんですか?何もっ…また苦しまなくたって、いいじゃないですか…!
何度そう言ったって英朋さんは静かに首を振るだけ。これは私が犯し続けた罪を償うためなんだ、だからお願いしますって。そう言って、笑うんです…とても優しい顔で。

その笑顔が祖父の笑顔と重なったような気がして、微かに息を飲んだ。


「ああ…やっぱり貴方は蓮花ちゃんによく似ています。髪も、瞳も、雰囲気も、優しい所も…彼女にそっくりだ」
「……っ」
「あの時、兄さんに協力して正解だった。そうでなきゃ、貴方は今ここにいなかったはずですから」


貴方の祖父母は、私の自慢の兄と義姉ですよ。香鈴さん。
その言葉を合図に、私は引き金を引いた。初めてだ…この銃を手にして撃つことを躊躇ったのは、撃ちたくないって心の底から思ったのは、こんなにも―――誰かの命を奪うことが、重いって思ったのは。


「どうか、後悔しないでくださいね……これでようやく眠れ、ます―――貴方を、お慕いしておりました…」


頬に触れた手がずるり、と落ちて、英朋さんの身体は砂のように散っていった。
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