さよなら、不可思議な町


地図で町の場所を確認してジープを発進させると、2時間ほどで山を抜けることができちゃいました。10日前はあんなにも深かった山だったはずなのに…何だか拍子抜けしちゃって、三蔵様ですらぽかん、とした表情を浮かべています。

どうして、と思うけれど、あの町はやっぱり―――存在していなかったんだ、と改めて教えられたような気がしました。だって私達が倒れていた場所は、あの町から上がる煙を見つけた場所だったんですもの。だから本当は山を抜けるまでもっと時間がかかるべき場所にいたはずだったのに、そんなことはなくて…だからきっと、あの時から私達は何かの術にかかっていたんだと思う。山を抜けることができず、あの町へ迷い込むことができるように。

そう考えると本当に不可思議な体験をしたんですねぇ…もしかして夢だったのかな、と思ったりもしたんですけど、八戒くんの腕の怪我は本物でしたし、悟浄くん達もかすり傷程度ではありますが至る所を擦りむいていたり、切っていたりしていましたから。
それに服のポケットに、英朋さんの体が崩れ落ちた時に拾った石も入っていたんです…だから夢とかではないってこと、なんですよね。


「(…これ、何処かに埋めてあげたいな)」


私がずっと持ってるべきではない、二度目の人生を歩んだかつては英朋さんだったもの。どうしてこんなにもあの方のことが気になってしまうのかはわからないけれど、きっと…私の祖父母をうんと好きでいてくれたからだと思う。そして私の家族の1人―――だったから、なのかもしれません。
祖父の弟さんで、祖母の義理の弟さんであった英朋さん。だから、私の家族でもある方なのだ。法律上?は。それを知ったのは事切れる直前だったけど、そして本来なら40年前に失っていた命ではあったけれど。
…だけど、やっぱり家族であった人に会えたのは嬉しい、かも。他にはもう、誰もいませんから。私には。その方ももうこの世のどこにもいなくなってしまいましたが、今頃は天国で祖父母と再会できているのかなぁ。3人で笑い合うことができたら、私は嬉しいです。

さて、いい加減に帰らないと皆さんに心配されてしまいますね。


「お、香ちゃんみーっけ!」
「こんな所にいたんですね、捜しましたよ」
「あれ?八戒くんに悟浄くん、どうされたんです?」
「貴方を捜しに来たんですよ、なかなか帰ってこないので」


ついでに買い物にも行こうかと思いまして、と笑った八戒くん。せっかくなので私も買い物のお手伝いをすることにしました。ちなみに悟空と三蔵様は宿でお留守番だそうです。三蔵様は滅多に買い物に行かれることはないんですが、悟空がついてこないなんて珍しいですね…いつも一緒に来ていたのに。気になって聞いてみると、ただ今爆睡中だそうなので置いてきたんですって。
成程…でも眠くなるのは頷けますね。だって夜明けまでの間、ずっと起きていたんですもの…その上、あれだけ身体を動かしていたらいくら体力無限の彼だって疲れてしまいますよね。
私も少し眠いですし、今日は早く休むことにしましょうか…明日はお昼には出発する、って言ってましたし。


「アンタ達見かけない顔だね、旅の人かい?」
「ええ、ついさっきあの山を越えてきたんですよ」


品物を吟味しながらお店の方とお話している八戒くんの会話に耳を傾けていたら、お店の方がひどく驚いた声を上げたのでびっくりしちゃいました。隣にいた悟浄くんも何事だ?と目を丸くしています。
どうしたんでしょう、特に彼はおかしなことを言っていなかったと思うんですけど…3人で首を傾げていると、「化かされなかったかい?大丈夫だったかい?」って聞かれたんですよ。化かされなかったか、ってどういうこと?


「えっと…?」
「ああそうか、旅の人じゃあ知らないよね。あの山には昔、そこそこ栄えた町があったんだけどね?40年くらい前…だったかなぁ、妖怪の襲撃にあって皆やられちまったんだ」
「そう、なんですか…」
「それから少ししてから奇妙な噂が立つようになったんだよ」
「噂ぁ?」


何でも満月の夜に町があった場所に行くと辺りが霧に覆われちまって、山から下りることも出来ずに化けもんに喰われちまってね。
あくまで噂でしょう、と思ったけれど…町の若い方達が面白がって肝試し代わりに行ったりしたらしいんですけど、そのまま行方不明になった方が何人もいらっしゃるんですって。無事に戻ってきた方もいらっしゃるらしいんですけどね?精神が崩壊してしまったのか、そのまま病院に入院―――というケースがいくつもあるみたい。だからあの山を越えるのは、満月の夜を避けなくちゃいけないそうです。

…そういえばあの町に辿り着いた日って、薄らと満月が見えていたような気がしないでもありません。


「まぁ、元から若い妖怪の娘がどんどん消えていくって噂もあった所だったんだが…1人、綺麗な声を持った娘がいてさ。時々、山を下りてはそこの広場で歌ってくれていたもんさ」
「歌、」
「銀髪の…ああ、ちょうどアンタみたいな綺麗な髪の毛の娘さ。とびきり美人の子でね、この町でも大人気だったよ。…アンタ、その子にそっくりだねぇ」


思わぬ所で聞けちゃいました、おばあちゃんの若い頃のお話。


「すまないね、さして面白くもない話をしちまった。静かに聞いてくれた礼だ、このリンゴ持ってお行き」
「えっいいんですか?」
「いいんだよ、たくさん買ってくれたしね」


お店の方にお礼を言って私達はその場を後にした。さっきの方にもうそんなおかしなことは起きませんよ、って伝えたくなりましたけど、旅をしている私達にそんなことを言われても訝しまれるだけですので黙っておくことにしました。

もらったリンゴを上着の裾で軽く拭いてから噛り付けば、思っていた以上に甘くて美味しい。たくさん買った、と言っても生ものを買うことは出来ないので缶詰ばかりだったんだけどなぁ…それにお店の方は面白くないお話、と仰ってましたけど、実際に体験した私達にとってはとっても興味深いお話でしたから正直、こんなお礼を頂てしまうのはとても申し訳ない気分なんですよね。…美味しいから食べますけど。


「…うま」
「ね、とても甘くて美味しいです。…それにしても妙な噂が立っていたんですね」
「実害もあったようですしね。きっとあの辺りを掘り返すと、たくさんの遺体が出てくるんじゃないでしょうか」


過去に人柱だ、という嘘で命を奪われた少女達。そして根強く染みついた恨みを晴らす為に命を奪われた人間達。
遺体はもちろんですけど、きっと彼らの魂も…あそこを彷徨っているのかもしれませんね。だって悔やんでも悔やみきれないでしょうし、それに…もっと生きていたかった、と悲痛な叫びが聞こえましたから。


買い物を終えて宿に戻ってみると、お昼寝から目を覚ましたらしい悟空が三蔵様の部屋でくつろいでいらっしゃいました。三蔵様は何でここに集まるんだ、と不満顔をしていらっしゃいますけど、旅が始まった頃からこんな感じだったじゃありませんか。今更ですよ、今更。
でも今日は珍しく個室が5つ取れたそうですから、皆さんのーんびり休めそうですねぇ。


「そーいや香鈴、何であの時飛び降りたんだ?」
「へ?」
「あ、それ俺も気になってた。ほら、石抱えて崖から身投げしたろ」
「身投げって…別に死ぬつもりだったわけじゃないですよ」
「では、どうして?石を壊すつもりなら何も飛び降りなくてもできたはずですよね?」
「―――声が、…声が、聞こえたんです」


―――そこから飛び降りて!―――

誰の声かはわからなかったし、一度も聞いたことのないものでした。でも何故か信じられるような気がして、それが唯一の手段のような気がしたので…飛び降りる決心をしたんです。
死ぬつもりはなかったですけど、無傷じゃ済まないだろうなぁって思っていたんですが…


「よくわかりませんけど、無事でしたね。ぴんぴんしてます」
「してなかったら困りますよ。そうでなくても心配したんですから…」
「あはは、すみません…」
「…あの結界は香鈴の抱えていた石を媒体に張られていた。だが、それを持って無理矢理に結界の外に出たから破られたんだろう。現に石も割れていたしな」
「無理矢理に出れるもんなの?結界って…」
「普通は無理だろうな。…が、結界を張った術者本人があれだけ狼狽えてたんだ、弱くなってもおかしくはねぇ」


ああ、そういえば私、あの方の目の前で飛び降りたんでしたっけ。


「んー…むずかしー話はわかんねーけどさ、香鈴が無事で良かったよな!」
「皆さんも、だよ?悟空」
「へへっそうだな!」


本当に、誰一人欠けることなく山を越えることができてホッとしました。出来ることなら、あんな奇妙な経験はもう二度としたくないですね。
いつも通りの会話を繰り返す4人を視界の端に捉えながら、私はそっと息を吐いた。
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