小さな刺客
守りたいもの、譲れないもの。生きていれば、何か大切なものがあれば、自然と出来るものだと私は思ってる。それはきっと、とても幸せなことなんです。だからそれを奪われそうになったら人は、必死になって守ろうとするんだと思う…それが誰かを傷つけるようなことになったとしても。
「うあー…ひまぁー……」
「さっきからうっせーよバカ猿」
「バカ猿言うなっエロ河童!!」
はあ…毎日、毎日同じような喧嘩を繰り返してよく飽きませんねぇ。私を挟んで口論を始めてしまった彼らを視界の端に捉えながら、私は真っ青な空を見上げる。んー、今日もいい天気ですねぇ…絶好の洗濯日和ですが、まだ町に着く気配のない現状ではそれもできそうにありませんけど。
時折吹く風の心地良さにそっと目を閉じる。相も変わらず悟浄くんと悟空の声は響いてくるけれど、でもそれもとうの昔に慣れてしまったよくある光景だし今更気にしても仕方ないかなぁ。それに私が何か言わなくても近いうちに不機嫌MAXになった三蔵様の銃弾―――もしくはハリセンが飛んできて黙り込むことになるでしょうから。
「(悟空ではありませんが、最近は刺客も来ませんし…確かに身体は鈍りますね)」
ジープでの移動が常の私達は、四六時中車内で過ごしている。それももう3ヶ月目を迎えているのでそれを今更暇だ、と言うつもりはありませんけど、身体を動かす機会がないのはちょっとだけ不満かも。野宿も続いているから、肩とか腰とかバキバキいうんですよねぇ…これでもまだ若いつもりなんですけど、ずっと同じ格好で座ってますから致し方ないのかも。
閉じていた目をそっと開き、もう一度真っ青な空を視界に映していると何か黒い物体?みたいなものが遥か上空に見える。鳥、でしょうか…でもそれにしては大きいような気がしますよね?それならばあれは一体何なんだろう、と目を凝らしていると、ソレは急に高度を下げて落ちて―――否、私達目掛けて降下してきたんだ!
「ッなんだ?!」
「…死んじゃえ。『燃え尽きろ』」
可愛らしい声が紡いだ、残酷な言葉。その瞬間、木々が一気に燃え上がった。
何が何だかわからない状態だけれど、とりあえず敵襲の可能性が高い。そう判断した私達は転がるようにジープを飛び降り、上空を見上げた。
そこには小さめの飛竜に跨る妖怪の少女―――紅孩児さんの妹だ、と言っていた李厘という少女と同じ歳くらいの。
そんな子が何故私達を狙ったというのだろう。紅孩児さんの刺客?…いいえ、あの方はこんな幼い子を刺客として送ってくるような性格をしていないはずだ…こっちが拍子抜けするくらい、優しい心を持っているように感じたんですから。それなのにこんなことをするほど、バカじゃないんと思うんです。敵にこんなことを思うなんて我ながら馬鹿げている、とは思いますけど…本心なんだから仕方ないですよね。
飛竜から飛び降りた少女は、真っ直ぐにこっちを見つめ―――私を捉えるとキッと睨みつけてきました。え?私、この子に何かしちゃったんですか…?
「ぎんぱつのお姉ちゃん、…あなた邪魔なの。だから死んで」
「…?!貴方は、一体……」
何者なの、と続くはずだった言葉は飲み込むしか出来なかった、私の言葉なんか聞きたくないとでもいうように、少女は地を蹴ったのだ。
真っ直ぐに私の懐に飛び込んできたかと思えば、何かを手にしそれを薙ぐように横に一閃―――その瞬間に真っ赤な血が、辺りに飛び散った。少女の手に握られていたのは小さなナイフ、けれど切れ味は抜群のようですね…じくじくと痛みを訴える傷口に目をやれば、そこは深々と切り裂かれてドクドクと血が溢れ出していた。ああ、まだ腕で良かったかもしれませんね。足だったら身動きが取れなくなる所でした。
この服はもうダメですね、血はなかなか落ちてくれませんし…割と気に入っていたのだけれど、と内心ぼやきながら袖口を切り裂いて傷口へ巻きつけた。包帯がわりにはならないでしょうけど、でもまぁ何もしないよりはいいでしょうし気休めにもなる。
さて…この少女をどうしましょうか。
「お前急になんなんだよっ香鈴に何か恨みでもあんのか?!」
「…わたしの大切なひと、奪ったの。許さないんだから」
「香ちゃーん、お前なにしたの?」
「そんなの私が聞きたいくらいですよ…」
少女とは思えないほどの殺気を私に向けて放ってくる少女は、もちろん知らない。だから彼女から恨みを買うようなこともした覚えがないんだけど…でも人違い、ってわけじゃないんでしょうね。きっと。
どうしたものか、と思案している間にも少女は攻撃の手を緩める気はないらしい、再びナイフを手に向かってくる彼女を止めたのは悟空の如意棒だった。
ギリ、と奥歯を噛んだ少女はボソリ、と何かを呟いた。途端、悟空が後ろに吹っ飛んだんです、何をされたわけでもないのに本当に突然だった。それに驚いている暇もなく、八戒くん、悟浄くん、三蔵様まで吹っ飛ばされてしまいました。今この子は…どんな術を使ったの?
「邪魔しないでよ…わたしの邪魔をするなら、あなたたちから先に殺してあげる」
ブワリ、と奥底から感じる寒気はすぐに身体全体を包み込んだ。額からは冷たい汗が流れ落ち、腕には鳥肌、しまいにはカタカタと身体が震え始めていることに気がついた。こ、れはなに…?妖気のような、でもそれより遥かに禍々しくて―――まるで、私の内に棲み付くあの子のようだと思った。
そして目の前に現れたのは、真っ赤な炎をその身に纏った飛竜よりも何倍も大きな体をした鳥。
ギャア、と一声鳴いたソレは、大きな翼を広げ宙に舞う。大きな嘴を開いたかと思えば、大量の炎が吐き出され辺り一面を焼き尽くしていった。あまりの熱さに一度は目を瞑ってしまったけれど、すぐにあの炎の先には八戒くん達がいたことを思い出したんです。目を開けるけれど、そこにあるのは真っ赤な炎のみで彼らの姿は、一切確認できることができなくて不安と焦燥が全身を支配していくのを感じました。死んでなどいない、と…そう思っているのに、そう思いたいのに、…もしかしたら、という思いが消え去ってくれません。
彼らの名前を必死に呼んでも、呼んでも、私の声に返ってくるものは1つもなくて。失いたくない人達の元へ駆け寄ろう、と震える足を動かした時、カッと眩い光が辺りを包み込んでその光が消えた時には、炎が跡形もなく消え去っていました。今の、…三蔵様の魔戒天浄…?
「ナメた真似しやがって、このガキが」
―――三蔵様…
「うーわ、ビビッた〜…」
―――悟空…
「げ、髪焦げてんじゃねーか!」
―――悟浄くん…
「本当ですね、あとで切り揃えましょうか」
―――八戒くん…
「…なんだ、殺したと思ったのに…『紅蓮』、殺して」
「―――そうは、させません!」
もう一度、と嘴を開いた鳥を吹っ飛ばすように体当たりをしたのは、真っ黒な異形のモノ。それは私の内を棲み処としている魔の物だ。普段は自分の身ひとつで戦っているので、あの時を境にこの子で戦うことは一切しなくなっていましたが…今回ばかりは事情が異なります。私達ではあんなに大きな鳥を相手することは難しい、それだったら―――この子で、抑えてもらう他ないと、そう思ったんです。
吹っ飛ばされた炎を纏う真っ赤な鳥はターゲットを彼ら4人から、私へと変更したようです。大きな金色の瞳が、ギョロリと私を見下ろしている。…そうだ、あの少女の狙いは私だった。それならば―――
「…かかっていらっしゃい。相手は、私よ?」
魔の物を内に戻しニッと笑みを浮かべて挑発すれば、この鳥は言葉が通じるのか不機嫌そうにギャアッと鳴いて翼を羽ばたかせる。それを合図に私は森へ向かって駆け出した、後ろで驚いたように声を上げる4人の声が耳に届いたけれど、ごめんなさい、今はその声に答えている余裕はないんです。
出せるだけのスピードで森を駆け抜けていれば、少し先に生えていた木々が一瞬にして燃え上がり、その炎は周りの木さえも巻き込んで轟々とさらに大きな火柱を上げている。これに巻き込まれてしまったらきっと、ひとたまりもありませんね…!
どうあってもこの炎に巻き込まれないように、そして素早くこの森を抜けなくちゃ。もっと、もっと遠くへ行って―――彼らから、あの鳥と少女を遠ざけなければ。
「…ま、いいや。殺したいのは、お姉ちゃんだけだもの」
いつの間にか追いつかれていたらしい。私のすぐ後ろに下り立った少女は軽く跳躍し、私の身体を蹴り飛ばした。メキメキと骨が悲鳴を上げている、この子っ…まだ幼いのに何て力なの?!思いっきり飛ばされた私の身体は地面に叩き付けられるように転がり、気がつけば森を抜けていたらしくひらけた場所へと辿り着いていました。
この辺りまで来ていれば、もう彼らに危険は及びませんよね。口の端から流れ落ちる血を拭いながら立ち上がれば、真っ直ぐに敵意と殺意を向けてくる少女と目がカチリと合わさった。
「貴方―――どうして私を殺したいの」
「…あなたはわたしから博士を奪ったの。取り上げたの。…あなたさえいなければ、博士のいちばんはわたしのままだったのに…!」
博士…?この子は一体、誰のことを指しているのだろう?一向にわからないその理由に首を傾げたくなるけれど、でもそれは許してもらえないみたい…大きな瞳に涙を溜めた彼女は、ナイフを振り上げた。それを何とか避けるけれど、切り裂かれた腕と蹴り飛ばされた背中の痛みで、満足に動くことができませんね…この怪我は思った以上に厄介だ。かと言って、大人しくこの命を差し出すことも出来ないんですけれど。
こんな幼い子を相手に手を上げるのは些か不本意ではありますが、…でも私も死にたくはないので応戦、させて頂きますよ?此処は幸い森の奥、近くに人里もあるようには見えませんし暴れても問題はないでしょう。
刀を召喚し、少女を見据え深呼吸を1つ…そして私は思いっきり地を蹴った。この一閃で、片をつけなければ―――そうでないときっと、私はこの少女に負けてしまうかもしれないから。
振り上げられたナイフを刀で弾き飛ばし、そのまま少女の心臓目掛けて刀を突き刺した。
「っあ……っ!」
「…貴方の言う博士を私は知らないけど、でもごめんなさい…この命は、差し出せないわ」
ズルリ、と刀を抜けば少女の身体がゆっくりと後ろへ倒れ込んだ。心臓を刺したからでしょう、溢れ出てくる血の量は尋常ではない。ゆっくりと、でも確実に死は彼女の傍まで近寄ってきていました。