砂の下に埋まった宝物
ジリジリと照り付ける陽射しは、あっという間に体力を奪ってゆく。この砂漠に差し掛かってどれくらいの時間が経ったのかはもうわからないけれど、…マズイ、そろそろ暑さで限界を迎えそう。
「ただでさえクソ暑いのに、何でこんなカッコしなきゃなんねぇんだよ」
「砂まみれになりたきゃ外せばいいだろ猿。喋らせんなよ、口ン中に砂入る」
…だったら律儀に答えなければいいのに。そう思うけれど、あまりの暑さに口を開く元気もない…いつもなら2人の口喧嘩にツッコミをいれたり、三蔵様に怒られますよって注意をしたりするんですけどね。
さすがに今の状態で口を開いても、覇気のない声にしかならなさそうです。それにきっと三蔵様のイライラもそろそろ限界を迎えるでしょうから、直にハリセンか鉛玉が飛んでくる頃かなぁ。
「…そんなに冷たくなりたいか?」
「結構です…!」
「あはは。ダメですよ三蔵、冷たくなる前に腐っちゃいますから」
ああ、この暑さですもんねぇ…こんな砂漠のど真ん中で死んだら、八戒くんの言う通りすぐに腐敗してしまうんだろうなぁ。それで白骨化。
…うん、ダメだ、下らないことを考えてどうにか耐えようと試みてはみたけれど、本気でマズイ。砂が入り込んでこないようにフードを深く被って、座席の背もたれに身体を預ける。せめて風さえ吹いてくれればまた違うんでしょうけど、残念ながら砂漠で吹く風は完全に熱風。涼しさなんて欠片もないからね、むしろ吹かないでくれた方が有難いかも。砂まみれにならずに済むし。
それにしても、この砂漠はどれくらいの広さなんでしょう?地図を見た限りではそう広くなさそうな印象だったんですが、…走ってる感じだと結構な広さな気がするんですけど。
「香鈴、先程から一言も喋ってませんが生きてます?」
「………辛うじて」
「うわっ顔真っ赤じゃん!水飲むか?」
「あー…うん、一口欲しいかも」
「お前、暑ィのダメだもんな。大丈夫か?」
悟浄くんの問いかけに水を飲みながら、大丈夫ですと答えてみたものの、ジープで移動していなかったら絶対に倒れていると思います。寒さはそこまで苦手じゃないんですけど、暑いのだけは昔っからからっきしで…ひどいと倒れることもあるくらい。
八戒くん達と暮らすようになってからも何度か倒れて、夏の間はぐったりしていることが多かったっけ。寺院のお手伝いは何とかなってたんだけど、…うん、でもきつかったなぁ夏だけは。
ああでも、水を飲んだから少しはマシかも。深く被っていたフードを少しだけ上げると、前方に人影が見えたような気がした。悟空も気がついたみたいで人がいる、って言ってるし、幻覚とかではなさそうね。
「おーいっっこの辺の人だよね?」
「この砂漠抜けるにはどれくらいかかるかわかりますか?」
私達が呼び止めたのは1人の少年。地図を見せて今、どの辺りを走っているのか尋ねてみると…どうやら持っていた地図は少し古いものだったみたいでね?今は砂漠が大分広がってしまってるみたいで、抜けるには一晩くらいかかってしまうみたいです。
うーん…確か砂漠って昼と夜の寒暖差がひどいんですよね?それに見た限り、風を凌げるような岩陰も見当たらない。この砂海原で野宿をするのは些か無謀、かなーなんて思うんですけど。それに食料とか水とか、ちょっと危ない感じでしたし…困りましたね。
どうしようか、と思っていると、少年がこの近くに自分が住んでいる村があるから泊まる所を紹介してあげるって言ってくれました。本来なら早く西に向かって進むべきなんでしょうけれど、この暑さで皆さん体力も削られていますし…素直に案内してもらうことにしました。正直、これ以上は本当に倒れてしまいそうな感じだったので助かりましたよ。
彼に案内してもらった先には、確かに村があった。小さいけれど、建物はしっかりとしているし…砂漠のど真ん中にある村にしては栄えている方なのかもしれない。良かった、これなら食料の買い出しも何とかできそうです。
通された建物に入ると、さっきまでのうだる暑さが嘘のよう。ひんやりとした空気にほう、と溜息が零れた。陽射しも遮られているし、気分も少しだけ良くなったような気がしますね。
「失礼ですが、何故このような場所に村が…?」
「ああ…少し前まではここも立派な町だったんだがね、1年前から急激に砂漠化が進んで飲み込まれちまったんだ。ここに残ってるのは移住しそびれた連中さ」
1年前、か…これも桃源郷の異変―――負の波動が関係しているのでしょうか。
少しずつ働くようになった頭で原因を考えていると、宿の御主人が急にウチには泊められない、と言い出して私達は暑い外へと逆戻り。
一体、何があったというのでしょう…悟空と悟浄くんは静かにしていましたし、追い出されるような粗相をした記憶は一切ないのですが。追い出される原因、…三蔵様が砂除けのマントを脱いでから、でしたよね?確か。この御方本人、というよりは『三蔵法師』様に何かしらの原因があるのかしら。
ふと視線を巡らせると、私達を案内してくれた少年が八戒くんと話していた。それを聞いてみると、1年くらい前に三蔵法師様が来たことがあったんですって。私達と一緒で旅の途中で立ち寄ったらしくて、町をあげてその三蔵法師様をお迎えしたらしいのですが、…その噂を聞きつけた砂漠の妖怪が三蔵法師様を喰いにやって来た。
「三蔵法師様を、ねぇ…」
「なー香鈴、三蔵って美味いの?」
「…そんな目を輝かせて言わないで、悟空」
「お前が言うとシャレになんねぇぞ、ソレ」
「私は食べたことがないので知りませんけど、言い伝えとして聞いたことはありますよ?」
―――徳の高い坊主の肉を喰らうと寿命が延びる、ってね。
「前に闘った蜘蛛女も言ってたな」
まぁ、ただの言い伝えで本当の所はわかりませんが。というか、徳が高かろうが何だろうがお坊さんだって他の人間と何ら変わりないと思うんですけどねぇ。どれだけ厳しい修業を積んでいたとしても、だ。ただの人間を食べて寿命が延びることも、不老不死になることもない…私はそう思ってますけど。
…と、話が飛んじゃってましたね。それで町に立ち寄った三蔵法師様なんですが、お付きのお坊さん方が必死で妖怪と闘ったけれど三蔵法師様は攫われてしまったそうです。お坊さん方も全く歯が立たなかったようですね。
それ以来、妖怪は大人しくなったみたいですけれど、砂漠が広がり始めた…そういうことらしいです。
「じゃあアッサリ喰われちまったってか?「三蔵」なのに?」
「そりゃあそうでしょう。全ての三蔵法師様が三蔵様のように強いわけではありませんもの」
「ええ。きっと、ちゃんとした真面目なフツーの「三蔵」だったんですよ」
「「あー成程」」
「…何が言いたい」
「やだ、とぼけちゃって。察しのいい三蔵様ならわかっていらっしゃるでしょう?」
「貴様も一緒に殴ってやろうか…!」
「それは勘弁願いたいですね」
でもこれでようやくわかりました。私達がいるとまたいつ、その妖怪に襲われるかわかりませんもんね…だからさっきの御主人もあんな態度をされたんでしょう。そういう理由なら納得できます。
少年はしゅん、としてごめんね、と言っているけれど、理由が理由ですもの。こればっかりはどうにもできませんし、ましてや少年やこの村の方達が悪いわけでもありません。しいて言うなら私達の運が悪かった、としか言いようがないんじゃないのかなぁ。せめて食料の買い出しだけでもできたらいいんですけど、うーん…さっきの御主人の態度を思い返してみると、難しいかなぁ。
どうしましょうか、と三蔵様に相談しようと振り向くと、何やら思案されている様子。何か気になることでもあったのでしょうか?
「…おい、子供」
「え?」
「その「砂漠の妖怪」の根城が何処かわかるか?」
「えーと、大体は…」
少年のその言葉を聞くと、三蔵様は案内しろ、と言い切った。普段の三蔵様ならこんなことを言い出したりしませんし、ましてや妖怪退治に率先していかれるような性格をしているわけでもない…自らを正義の味方なんかじゃない、と豪語していらっしゃいましたしね。それにこの御方が向かおうとしているのは、三蔵法師様を餌とする妖怪の根城だ、餌自らが飛び込む必要なんて本来はどこにもないはず。
それなのに案内しろ、と言ったのは―――何か考えがある、といったところだろうか。
「香鈴、貴方はどうします?暑さでやられて本調子ではないでしょう」
「否定はしませんけど、…でもここでやきもきしながら待っているより、一緒に行った方が安心できます」
一度は宿を追い出されてしまったわけですし、もう一度お願いした所で受け入れてくれるとは思えない。もし受け入れてもらえなかったとしたら、この炎天下の中で4人が帰ってくるのを待っていなければならなくなるということだ。そっちの方が断然、身体に悪い気がしますし、何より…4人の身に何が起きているのかがわからない状態というのは、心臓に悪いんです。
そりゃあ皆さんの強さはよーく知ってますし、そう簡単にやられてしまうような方達じゃないのもわかってはいますけど。それでも心配なものは心配なんです、傍にいないと。
「大丈夫かぁ?まだ顔赤いぜ」
「さっきよりは大分マシです。戦ってる最中にぶっ倒れたりしませんから、安心してくださいな」
「そういうことを心配しているわけじゃないんですが、…わかりました。その言葉、信用しますからね?」
あの少年が教えてくれた場所まではそう時間はかからなかった。何せ北北東に5キロですからね、ジープを走らせればそう遠い距離じゃないんですが…うん、見渡す限り一面の砂漠なんですよねぇ。此処。ああでも、あの子が妖怪の根城は砂の中だ、って言っていましたっけ。
まぁ、砂漠の妖怪だって話でしたしそれが普通なのかも。それに目に見える所に構えていたら捕まえてくれ、って言っているのと何ら変わりありませんものね。砂の中だとすれば捕えた獲物もそう簡単に逃げ出すことは出来ないし、それに他の人間や妖怪に邪魔をされることもない―――か。
「三蔵様、わざわざ妖怪に会いに来た理由って…経文、ですか?」
ふと疑問に思ったこと。それを素直に口に出せば、三蔵様はただ静かに頷いた。ああやっぱり、私の推測は外れていなかったんだ。
三蔵というのは天地開元経文の守り人に与えられる名だから、1年前に連れ去られて喰われたであろう三蔵法師様もきっと5つのうち、どれか1つを継承していたはず。そしてそれが妖怪の根城にある可能性があると思っていたんです。そして普段は面倒なことをしたがらない三蔵様がわざわざその場所へ行こうとしたことを考えると、それを回収するのが目的なんじゃないのかなぁって。牛魔王サイドは経文を集めてるって話でしたからね。だから彼らの手に渡る前に、ってことか。
…けれど、砂の中にあるといってもどう踏み込んだらいいんでしょう?砂を掘り返して、とか?いや、そんなことしたらこの暑さでぶっ倒れること確実ですね。ぶり返してきた体調不良に足が少しずつ重くなってきた、…でもだからといって足を止めるわけにもいきません。止めてしまったらもっとこの差が開いてしまいますし。
滴る汗をグイッと拭って視線を上げた瞬間、4人の身体が砂に埋まっているのが見えた。もしかして妖怪の罠…?!助けなければ、と砂に足をとられながらも皆さんの下へ辿り着いた時には、もう悟浄くんと悟空の姿は見えなくなっていました。
「八戒くんっ…!」
「キュー!」
慌てて八戒くんの腕を掴んだけれど、どれだけ力をいれて引っ張ってもどんどん砂に沈んでいく。そんな、…私はこの人達を助けることができないの?
「―――ダメです!貴方達まで引き摺り込まれ…」
彼の腕が私とジープを突き放すように払われた。その瞬間に手も離れてしまって、…八戒くんも、砂の中へとその姿を消してしまって。
呆然とその場に座り込む私の足元にジープが寄ってきて、キュウ、と一声鳴いたかと思えば、私の頬をペロッと舐めて…その仕草がまるで大丈夫だよ、一人じゃないよって言ってくれているような気がして、自然と笑みが零れるんです。そうですね、まだお前がいるんだもの…私は、1人じゃないですよね。…ね?ジープ。
フードを深く被り直し、ジープの身体をマントの中へと隠す。暑いと思うけど、でも直射日光を浴びるよりまだマシだと思うから、少しの間だけ我慢しててちょうだいね。
「…ただ待っているだけなんて、無理。どうにかして助けなくちゃ」
どのくらいの深さに妖怪の根城があるのかなんてわからないけれど、…掘り返す以外に方法が思いつかないし、ないと思うの。私以外の誰かがいたらそんなの無謀だ、って怒るかもしれませんが、お生憎様。今、この場には私とジープ以外に誰もいやしない。どれだけ無謀だって、無茶なことだってやってみなければどうなるかなんて想像ができないんだから、試す価値はありよね?
せめてスコップでもあれば良かったんでしょうけど、そんな上等なものジープに積んでいませんでしたねぇ。
―――ザッ!
何も道具がない以上、素手で掘るしかない。けれど、どれだけ掘ろうとも底が見えてくる気配はないし、何か固いものに当たったような感触もない。暑さで倒れそうになる身体を叱咤しながら掘り続けていると、グイッと誰かに引っ張り上げられた。もしかして八戒くん達か、と思って視線を上げた先にいたのは―――
「やっぱりお前、三蔵一行の…!」
「こうがいじ、…さん……?」
「香鈴、と言ったか。貴様、何故こんな所にいる?」
「いるんです、…砂の中に、あの方達が、だから…だから私―――」
「ッおい…?!」
最後に見たのは憎らしい程に光を放つ太陽と、焦ったような表情をした紅孩児さんと独角ジさんだった。