再確認
「う、ん…?」
私、最近こんな風に意識を飛ばすこと多くないですかね?砂漠でも意識飛ばしちゃったし…しかも敵である紅孩児さん達の前で。ああもう、不甲斐なさすぎるったらないわね…倒れたりしない、って悟浄くんに豪語していたくせに。
はぁ、と溜息を吐いて辺りを見渡せば、そこは見慣れない部屋だった。起き上がって窓の外を見てみれば、そこには一面の砂漠が広がっているから―――きっとあの少年に案内された部屋なのでしょう。この砂漠には村はあそこしかなかった、と聞いた記憶がありますから。
そういえば、…皆さんはどうしたのでしょう。この部屋にはベッドが1つしかありませんし、さっきまで私が寝ていたわけですから…もしかして個室が取れたのでしょうか?それならば4人は別の部屋にいる確率が高そうですね、悟空はともかく他の3人はひどい怪我でしたからまだ眠っているのかもしれませんし。
「んー…!目も覚めてしまったことですし、三蔵様の様子でも伺ってきましょうか」
どの部屋にいらっしゃるのかはわかりませんけど、人の気配を辿れば問題はないでしょう。そう楽観的に捉えて部屋の外へと出ると、案内をしてくれた少年にバッタリ。もう大丈夫なの?と心配そうな顔をされたので大丈夫だよ、と答えれば良かった、と笑ってくれた。
私はあの時、意識を失ってしまったから全く覚えていませんでしたが、どうやらこの少年が私達のことを見つけてくれたみたい。
「びっくりしたよ、…お姉さん達、皆、血塗れで気を失ってるんだもん」
「あはは…貴方が見つけてくれなかったら、私達はきっと死んでいたかもしれないわね。ありがとう」
「ううん!でも良かった、目を覚まして」
「ふふ。…あ、そうだ…皆さんがいる部屋に案内してほしいのだけれど…」
「もちろん!こっちだよ」
教えてもらった部屋のドアをそっと開けると、三蔵様はまだ眠っていらっしゃるようでした。
「香鈴…!」
「八戒くん…こちらにいらっしゃったんですね。悟浄くんと悟空は?」
「隣の部屋ですよ。起き上がって大丈夫なんですか?貧血とか…」
「問題ありません。三蔵様はまだ眠っていらっしゃるんですね」
昏々と眠り続けている三蔵様の顔は、少しだけ赤らんでいて熱を出していることがわかった。もしかしたら、と思って水をいれた桶とタオルを借りてきて正解でしたね。水で濡らしたタオルをきつく絞って、彼の額にそっとのせる。眉間のシワはなくなりはしなかったけど、さっきよりはいい…かな?まぁ、僅かな違いでしょうけれど。
テーブルの上に桶を置いて椅子に腰掛ける。八戒くんも、私も何も言葉を発することをせず…ただ静かな空間に、三蔵様の寝息と、時計が時を刻む音だけが響いていた。いつもならこの沈黙も嫌じゃないと感じるはずなんだけれど、でも…今日に限ってはこの静寂が肌に突き刺さっているような気がして、ひどく居心地が悪かった。
無茶をした自覚もあるし、心配をかけた自覚もあるんです…それは完全に私が悪いと思ってます、でも―――私だって…貴方達に怒りを感じている部分だってあるんですよ?
「―――どうしてあの時、私の手を振り払ったんです?」
「え?」
「確かに全員が砂の中に、妖怪の罠に囚われてしまっては元も子もない。それはわかってます、そう思って貴方が私の手を振り払ったことも理解は…できるんです」
でも、理解できていても心がついていかなかった。
「…香鈴?」
「残されることの方が辛いって、…そうは思いませんでした?」
「ッ!」
「振り払われたことが、置いてかれたことが―――私にとっては辛くて、残酷だったんですよ。八戒くん」
貴方のとった行動はきっと最善だったのでしょう。それは否定しません、しませんけど…それでも私は悔しかった、悲しかった。拒絶されたようで、…ただ、貴方達の帰りを待つことしかできない自分に嫌気が差しました。
もちろん、ただ待っているだけではダメだとは思いましたけど、でも結局何も出来ずに終わったんですよ。
「助けられたと、そう貴方は思ったかもしれませんが…でもやっぱり、」
連れて行って、欲しかったんです。
ポツリ、と呟いた言葉は存外大きく部屋の中に響き渡った。ああ、バカだなぁ私…とても優しいこの方にそんなことを言ってしまったら気に病むことくらい、すぐに想像ついたでしょうに。それなのにどうして、責めるような物言いをしてしまったのでしょう。
…なんて、考えなくてもわかる、私は―――八つ当たりを、しているんだ。何も出来なかったから、無力だから、不甲斐ないと…改めて知ってしまったから。だからきっと、アタッてるんです…その行為が貴方を傷つけるとわかっていたとしても。
「―――すみません。八つ当たりです」
「香、」
「少し出てきます。…すぐに戻りますから心配しないで」
すみません、なんて言うくらいなら…最初からあんなこと言わなければいいのに。本当に馬鹿ですねぇ、私ってば。
―――翌日。再び三蔵様の部屋を訪ねてみると、無事に意識を取り戻したようです。顔色も良くなっていますし、話によれば致死量の毒に冒されていたとのことですから、意識が戻ったのならばもう心配はなさそうですね。
ホッと胸を撫で下ろしていると、隣の部屋にいるらしい悟浄くんと悟空の騒がしい声が聞こえてきました。あーあ…悟浄くんは怪我をしているはずなのに、相変わらず元気ですねぇ。
徐々にうるさくなり始めた2人を止める為に、八戒くんは出て行かれました。
「…三蔵様、起き上がれますか?包帯を取り替えます」
「ああ」
僅かに血が滲んでいる包帯をゆっくりと解き、傷口を覆っているガーゼも引き剥がした。そこに八百鼡さんに教えて頂いた傷薬(ちょっとした毒消し効果もアリ)を塗り込んで、またガーゼをテープで留めてその上から包帯を巻いていく。
その間、私達の間に流れているのは沈黙だけです。元々、三蔵様はお喋りな方ではありませんし、今思えばこの御方と2人きりでお話したことってほとんどないかもしれません。5人でいればそれなりに言葉を交わしますが、…うん、やっぱり思い返しても片手で足りる程ですね。
だからと言って何か支障が出るわけでもありませんし、今までもそうしてきましたから何の問題もありませんけどね。
「八つ当たりをしたらしいな」
「え?……ああ、八戒くんに伺ったんですか?」
―――ゴロン、
「さっきな。珍しくしょげていたぞ、八戒の奴」
「あー…やっちゃったなぁ、って自覚はありましたけど」
苦笑を浮かべながら包帯や薬を片づける。…というか、八戒くんが三蔵様にそんなことをお話するなんてちょっと意外かも。そういうことをお話するのなら、三蔵様より悟浄くんだと思っていたのだけれど。
ああでも、初めて八百鼡さんが刺客として襲ってきた時、宿で過去についてお話していたのは三蔵様と―――でしたね、そういえば。
ぶっきらぼうで無愛想な御方ではありますが、何だかんだ言って優しい一面もあるんですよねぇ。さっきだって八戒くんのお話に耳を傾けていた、ってことでしょう?ご本人に告げたらハリセンを食らいそうな気がするので言いませんけどね。
「…ま、出発するまでには謝ります。悪いのは私だと認識はしていますから」
「フン」
「ところで、目を覚まされたのでしたら悟空を呼んできましょうか?」
目を覚まされたばかりですから歩き回ったり、無茶はしない方がいいでしょうしね。そう思って呼んできましょうか、と声をかけたのに…この御方ってば自分で行く、とベッドを抜け出されちゃったんですよ。八戒くんに大人しくしててくださいとか言われてると思ったんですけど…そうでもなかったのかな?
それならそれでいいんですけど、決して歩き回れるような体調ではないと思うんだけどなぁ。だって毒に冒されていたんですよ?毒消しを飲んでもらいましたし、もう大丈夫だとは思いますが―――ううん、やっぱり心配になっちゃいますよねぇ。
誰もいない部屋に居座り続ける意味はないか、と私も隣の部屋へ顔を出しに行くと、ちょうど悟空の脳天にハリセンが振り下ろされている所でした。うっわぁ…あれがさっきまで昏睡状態だった御方のパワーですか?有り余り過ぎてんでしょ、ほんと…。
でも、うん…悟空が嬉しそうに笑っているし、どうやら元鞘に治まったようですから一安心って所でしょうか。
…さて、私も八戒くんに謝らなくちゃいけませんね。悟浄くんと談笑している彼を連れて廊下へ出ることにした。
「どうしました?」
「ええっと、…昨日はごめんなさい。八つ当たりなんかしてしまって…」
「そんな…貴方が謝る必要は、」
「ありますよ。…だって、八戒くんは何も悪くないもの」
最善策を取ってくれた、ということは、私の身を案じてくれたということでしょう?それに感謝こそすれ、昨日のように怒るのはきっとお門違いなんだと思うんです。…まぁ、嫌だったなって気持ちは今でも残っていますけどね。
だけどね、それで怒り続けて八戒くんの厚意を無碍にするのはもっといけないと思うの。
「悔しかったの。何も出来なくて、待ってることしかできなくて、…挙句の果てには暑さにやられてぶっ倒れちゃうなんて」
「あはは。あの時は心臓が止まるかと思いましたよ」
「…ごめんなさい」
「もういいですよ、僕も…香鈴を傷つけてしまったみたいですし」
貴方だけでも、と思ってのことだったんですが…気持ちまでは考えていませんでした。
困ったように笑ってすみません、と紡ぐ八戒くん。謝ってもらいたかったわけでもないし、そんな顔をさせたかったわけでもないんだけど…上手くいかないものですね。もう一度、謝りたくなったけれど、これ以上謝罪の言葉を口にしてしまったらきっと終わりが見えなくなってしまいそうですし、喉まで出かかっていた言葉は無理矢理飲み込んでしまうことにしましょう。
お相子です、と口にして部屋の中へ戻ろうとドアを開けたら、いまだ悟空と悟浄くんが元気に言い争っていました。あ、三蔵様まで一緒になっていらっしゃる…何をしていらっしゃるんでしょうかね、この人達は。
八戒くんと顔を見合わせてクスクスと笑っていたら、何かと気にかけてくれている少年が紙袋を持ってやって来た。あまりのうるささに言葉を失っているようだけれど。
「ごめんね?うるさいでしょう」
「えっと、あの……うん、賑やかだね…」
「ええ。すみません、気にしないでください」
少年が入ってきたことも、私達が戻ってきたことにも気がつかない程にヒートアップしている3人の言い合いに、また笑みが漏れる。
いつもと変わらぬ風景が戻ってきたなぁ、と思うくらいには―――
「いつものことですから」
この空気を、雰囲気を、失いたくないんです。大好き、なんですよ。