願い星、叶い星


あ、この春巻き美味しい。


「あーーーッてめぇ、今勝手に餃子食っただろ!!」
「食ってねーよ!目まで馬鹿ンなったか。可哀そーなバカ猿っ」


黙々と食事を続けてはいるものの、いい加減にこの2人の喧嘩がウザったく感じてきましたねぇ。というか、他のお客さん方も気になってしまっているらしく、従業員の方々含め、私達は注目の的となっていました。ま、それは必然ですよねぇ…だってお店の中でここまで大声を出していたら、否が応でも気になってしまうでしょうし、視界にも入ってしまうものですから。

最後の一口を放り込んで、咀嚼して、飲み込んだ。食後のお茶をズズーッと啜って2人が落ち着くのを待ってみるものの、一向に黙ってくれる様子がありません。全く…そろそろ学んでほしいものなんですが、どうしていつまで経っても同じことを繰り返されるのか。とは言ったものの、学ぶような2人ではないからこういうことになっているわけですし…それを望むのは無駄、ということかしら。
そろそろ止めに入らないと三蔵様の怒りが爆発―――

―――ガゥンッガゥンッガゥンッガゥンッ!

しちゃいましたね、手遅れでした。でも何で今回に限って銃をぶっ放しちゃうのかな、この人ってば!ハリセンだったらちょっとうるさいくらいで、他の方々にご迷惑―――いや、今でも十分ご迷惑かけてますけど―――かけずに済んだのに!!
さっきよりも一層ざわざわとし始めた店内に溜息をつきたくなる…三蔵様は他人からの評価を一切気にされない御方だから、こういう人間が多い場所で、しかも法衣と経文を身に着けたままで銃を発砲しようとも何とも思わない。
それを気にしてください、と言うつもりがないからどうでもいいのですけれど…何と言うか、他の三蔵法師様がとても気の毒に思えてきました。


「ほら、悟浄くん、悟空。もう出発するみたいですから立ってくださいな」
「え、でも―――」
「オラ行くぞ!!」
「…まだ食べたいのなら残っても構わないけれど、今度は脳天に風穴開くと思うわよ?」
「う、」


八戒くんが他の方々に謝罪をして回っている間に2人を立たせるけれど、まだ春巻きがーとか、まだビールがーとか言ってる。うん、食事を残すのはよろしくないことなのはわかってるんですけどね?痺れを切らしてしまった三蔵様を放っておくと本当に命の危険がありますから。

戻ってきた八戒くんが2人を引き摺ってお店の外へと連れ出した。えっと、何か買い足しておかなくちゃいけないものってありましたっけ…思案していると八戒くんが三蔵様に足りないものがあるか、と聞いていた。それに当然のように煙草が切れた、と返していらっしゃいますけど…悟浄くんも貴方も少しは控えようって考えはないんですかねぇ。時々、吸いたくなる私と違ってヘビースモーカーにも程がある2人ですから、今更禁煙とか、本数を減らすとか、そういうのは無理そうですけれどね。

煙草の買い足しは八戒くんが行くことになって、私達はその間、ジープで待つことになりました。待つと言っても煙草を買ってくるだけですからそんなに長い時間ではなさそうですけどね。
でもこれからまた長時間座っていなくちゃいけないことを考えると、出発する前から座っているのは嫌だなと思ってしまったのでジープに寄り掛かって、ボケーッと空を見上げていた。


「…香鈴」
「ん?どうしたの、悟空」
「その、…ごめんってまだ、言えてなかったから」
「―――それは、何に対しての謝罪?」


我ながら意地悪な問いだと思った。どう考えたって、あのことは悟空の心に大きな傷をつけているようなものですから…口にするのはきっと辛い、そうわかっているけれど、それでも私は問いかけたんだ。何に対して謝っているの、って。
案の定、悟空は辛そうに、悲しそうに顔を歪ませた。…ああ、やっぱり斉天大聖になることは悟空を苦しめる結果になってしまうのね。


「八戒くんから聞いたわ、金鈷を外した経緯。…守りたかったのね、三蔵様を」
「―――うん。三蔵と、香鈴を…どうしても守りたかったんだ。だから、」
「それに関してはありがとうって言いたい。…でもね、悟空?」


守ろうとするってことは、同時に何かを奪うことなのだろう。それは、この旅を続けていて身に染みたことだ。
私達は勝たなくちゃいけない、勝ち続けて―――生きていかなくちゃいけない。


「貴方の自我を犠牲にすることは、間違ってるんじゃないのかなぁ」
「う、ん…うんっ…ごめ、ごめん香鈴…!」
「ああ、泣かないでよ悟空…私、貴方を責めたいわけじゃないし、泣かせたいわけでもないのよ?」


…でも間違ってる、と告げたのは…責めてるのと同義か。貴方の判断は間違ってるって言ってるのと同じだものね。
金鈷を外したのは間違っていなかったけど、でもその反面、間違ってると思ってる自分もいる。斉天大聖の力には今の所、誰も敵わない…止めようとしたって歯が立たなくて、怖いって思うくらいに圧倒的だった。

それでもし、私達が悟空に殺されていたとしたら―――

その直後に彼が自我を取り戻したとしたらきっと、貴方は自分を責めるでしょう?最悪なエンドを迎える可能性があった今回の悟空の行動は、申し訳ないけれど褒められたものじゃないと思うの。
―――だけど、もう二度と間違えなければいい。今度、同じような場面に遭遇した時は考えることを覚えればいい…何をすべきか、何が今の時点で最善か。


「生きてるんだもの、誰だって間違えるわ。だから今度は、間違えないように忘れなければいい」
「忘れない、」
「そう。そうすればきっと、守りたいものを失ったりしないよ…悟空も、私も」


矛盾したことを言ってるなぁ、と内心苦笑する。
自我を犠牲にするのは間違ってると告げながら、責めたいわけではないと告げる。悟空は何の疑問にも感じていないけれど、これが三蔵様や八戒くんだったらハッキリと矛盾してるだろう、と言われてしまいそうだ。


「あれ、2人してそんな所に座って何をしてるんです?」
「八戒!おかえりー」
「おかえりなさい。ちょっとお話してたんです、もう出発しますか?」
「ええ、煙草も買い足してきましたし…あ、香鈴、これお土産です」


はい、と渡されたのは、飴。それも最近、お気に入りでしょっちゅう口にしていて、買い出しの度に少なくとも3袋は買い足しているものでした。
でも今回は見当たらなくて残念に思っていたのだけれど…どうしてそれを八戒さんが持っているんでしょう。首を傾げていると煙草を買いに行った時に偶然、見つけたんです、と教えて頂きました。
…ほんと甘いなぁ、八戒くんって。ニヤケそうになる顔を誤魔化すように、早速飴を口に放り込んで後部座席の真ん中―――私の指定席へと乗り込んだ。





次の町を目指してジープを走らせること数日。ここ最近は刺客の襲撃が一切なくて、とても平和な毎日を過ごしているのだけれど…悟空の言う通り、身体が窮屈と言うか何と言うか…暇、ですよね。
まぁ、リーダーである紅孩児さんが大怪我を追ってしまっていたのだから、きっと私達の抹殺を命じる人が誰もいなくなってしまったのでしょうね。だからあの日以来、一切襲撃されずに済んでいるのだと思うのだけれど。


「ああ毎日せっせと通い詰めてたモンがパッタリ来なくなるとなぁ」
「ふふ、恋しくなっちゃいます?」
「そぉそ、わーかってんじゃん香ちゃんってば」
「なるなそんなモン」


三蔵様のツッコミは尤もですね。クスクス笑っていると、ぐでーっと後ろに伸びていた悟空が膝を抱えて、いつもより低い落ち着いた―――というより、沈んだ声で紅孩児さんはどうなったのか、ちゃんと生きているのか、と口にした。
…気にするかしら、とは薄々感じていました。記憶は一切残っていないけど、でも手が憶えているんだと…本気で殺そうとしていたのを憶えているんだと、そう話していたんだと教えてくれたのは悟浄くんだったかな。その時から、彼の安否を心のどこかで気にしてしまっているかもしれない、と思っていたの。…ビンゴ、でしたね。


「―――悟空。紅孩児は自分の意志であの闘いを選択したんです、貴方が気に病む必要はありませんよ」
「そうね、…全てを覚悟した上での行動だったんでしょうから。全て承知のうえでのこと、なんじゃない?」
「あいつが簡単に死ぬよーなタマか?ゴキブリ並にしつけーんだからよ」
「同類がそう言うんだから間違いないですねぇ」
「…八戒くん、全部台無し…」


さっきまでの空気が嘘のよう。悟空もようやく笑ってそうだな、と口にした。…そう、貴方が気に病む必要はどこにもないの…紅孩児さんにもきっと守りたいもの・譲れないものがあって、その為に拳を握った。悟空も守りたいものを守る為に、彼の拳を止めた。

―――それだけのこと。

結果がどうであれ、従者である独角ジさんに恨み言を言われようとも、悟空にも紅孩児さんにも非はない。そう思うんです。
そんなことを考えているうちに陽は沈み、辺りは暗くなり始めていた。町に辿り着くまではまだ時間がかかるらしいので、森の中で野宿をすることになりました。
適当な所でジープを停め、悟浄くんと悟空は薪を集めに森の奥へ八戒くんと私はその間に夕食の準備。三蔵様はー…あの、そう、いつも通りです。


「―――…(眠れない)」


騒がしい夕食を終え、早々に眠ることにしたのだけれど…いやに空が明るくて眠れそうにありませんでした。閉じていた目を開けると、空には満天の星。とても綺麗で、このまま吸い込まれてしまいそうです。


―――チャ、

「寝付けませんか?」
「まーなー星が明るすぎてよ」
「…何だ、2人も起きていらっしゃったんですね」


とっくに眠っているのかと思いました、と声をかければ、ちょっとびっくりした声で名前を呼ばれて苦笑を浮かべる。突然声をかけたのは悪いと思っていますけど、そこまで驚かなくてもいいんじゃないかなぁと思うんですが。というか、驚かせるつもりはこれっぽっちもなかったんですけどね?私。
2人の会話に耳を傾けながら、もう一度空を見上げると星が一筋、流れていくのが見えた。わ、流れ星なんて初めて見ちゃいましたよ。ポツリ、と流れ星だと口にしたら、どうやら八戒くんも先程、生まれて初めて流れ星を見たそうですよ?


「…願いごとなんざするなよ」
「あら、いいじゃないですか。ロマンチックで」
「『家内安全 無病息災』ですかね、やっぱ」
「どこのジジイだてめぇは」


きっと悟空なら食べたいものの名前を連呼するんだろうなぁ…だって悟空だものね。私は―――私は、また流れ星を見つけたら何か願い事をするのだろうか。皆さんとずっと一緒にいたい、とか?ううん…でもそれは星に願うようなことでもない気がするなぁ。だって自分で叶えるべきものでしょう?それは。
…あ、そっか。


「星に願うほどじゃない、ってこと?」
「それもあるんだろーけどよ、願いごとなんざ必要ねーからだろ」
「―――成程…」


それが意味するのは、今が幸せだから―――そういうことなのかもしれませんね。
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