失踪
―――何か、嫌な音がして沈んでいた意識が急浮上していた。
というか、私はいつの間に眠ってしまっていたんだろう…あれだけ不安と恐怖に押し潰されそうになっていたくせに、それなのにぐーすか眠れるってどれだけすごい根性をしているんだろうか。
「ああ、おはようございます香鈴」
「―――はっかい!何か身体が動き辛いんスけど?!」
骨が鳴るような、それでいて軋んでいるような嫌な音が耳に届いて、私はようやく意識が覚醒した。
「は、かいく、ごく…っ!」
死後硬直ですかね、と楽しそうに笑う翠の彼。ぎゃーっと元気な声を上げる金の彼。さっきまで閉じられていた瞳が、今はしっかり開いていて動いている。それが嬉しくて、ホッとして私は思いっきり2人に抱きついた。
突然のことに驚いた声が聞こえたけれど、それに構っているような余裕は一切なくて。泣きながら熱を取り戻した2人の身体を、ギュウッと抱きしめる。
良かった、温かい、生きてる…ちゃんと、生きてるんだ。
「すみません…心配かけちゃいましたね」
「ごめんな香鈴!でももう平気だからっ!」
「う、ううん、謝るのは私の方…っ!」
どういうことだ?と首を傾げる2人に状況を説明する為、身体を離した。涙はまだ止まってないし、ひどい顔をしている自覚はあるけれど、それを気にしていたら先に進まない…頬を伝い落ちる涙をグイッと乱暴に拭ってから、彼らの身に起きたことなどの全てを話した。
町で金髪の少年に出会ったこと、その少年に3人のことを話したこと、そしてしつこく宿の場所を聞いてくる少年に悟浄くんが折れて教えてしまったこと。
話し終わった瞬間に悟空が、悪いのは悟浄だけじゃんとキッパリスッパリ言い放った。いや、あの、うん…まぁそうとも言えるんだけど、止め切れなかった私にも責任がないとは言い切れないんじゃないのかなぁ。
そう思いつつも、今は誰の責任とか言い合っている場合じゃないかと考え直す。そもそもこの方達はそれをいつまでも気にするような方ではないはずですからね。
「ぐすっ…悟浄くんと三蔵様は今、あの少年の行方を知る手がかりを探しに行ってます。でも2人がこうして起きたのだから、辿り着けた―――ってことかしら」
「恐らくはね。…でもあの2人が一緒に行動してるんですか…ちょっと意外です」
「えーっ?!それって激心配なんだけど!!」
あはは、と苦笑を浮かべていると、何かを思い出したように八戒くんが悟空にさっきまでのことを覚えていますか、と問いかけていた。どうやら2人は精神を吸い取られた後、不思議な世界―――恐らくは瓢箪の中の世界を彷徨っていたようです。そこで彼らは何かを掴んだみたい。
詳しい話を聞きたい所だけれど、その前に2人を迎えに行かなければいけませんよね。
「香鈴、2人の居場所を探れますか?」
「もちろんです!少しだけ待っていてくださいね」
そっと瞳を閉じる。閉じた先に広がるのは町、裏手に広がる大きな山―――その山に焦点を絞って視てみると、大きな体をした怪物と金髪の少年、そして悟浄くんと三蔵様の姿が映り込んできた。
「わかりました、町の裏手にある大きな山です!道を見る限り、ジープでも行けると思いますっ」
「それじゃ行きましょうかね、不良園児達のお迎えに」
すっかり熱も下がって元気になったジープは、すぐに車の姿に変身してくれた。それに飛び乗って、出来る限りのスピードで私達は彼らがいる山の中腹へと急ぐ。千里眼で見た通り、道は荒れてはいるもののジープで何とか走れる。これが完全な獣道だったとしたら走って登らなくちゃいけなかったわけだし、ラッキーでしたね。そんなに荒れていなくて。
―――金閣?!
―――離れろ悟浄!!
しばらく道を進んでいくと切迫したような2人の声が聞こえてきた。即座に如意棒を召喚した悟空が、一足先にジープを飛び出していく。
向かっていった先にいたのは怪物―――それを殴り飛ばした所で、私達もようやく2人の元へと辿り着いた。急ブレーキをかけたジープから飛び出すと、悟浄くんも三蔵様も目立った怪我がないようで一安心です…。
「夕飯食い損ねたー!!」
「ああ、そういえば食べてないね」
「ホラ見ろ三蔵、結果オーライ」
「…イバんな」
グッと親指を立てている悟浄くんと、心底嫌そうな顔をしている三蔵様。そしてさっきの会話が意味するのは…?頭上にクエスチョンマークがたくさん出ていたけれど、でもその疑問は少年の足元に散らばっていた土器の欠片を見た瞬間に解決した。
きっと悟浄くんがあの瓢箪を破壊しちゃったんですね、それで八戒くんと悟空の魂が解放されたという所でしょう。
私達は改めて少年―――金閣くんに、向き直る。そして八戒くんの口から語られるのは、まだ幼い彼にとっては残酷すぎる現実だった。
「金閣、残念ですがそこにいるのは本物の銀閣ではありません」
「え…?」
ずっと彼が怪物を銀閣と呼んでいたけれど、その名は彼の双子の弟のものだったらしい。その怪物を金閣くんは銀閣だと信じて疑っていなかったようだけれど、でもそれはきっと幻覚のようなもので思い込まされた錯覚で…その術を施したのは恐らく、『カミサマ』と呼ばれる人物だということです。
更に金閣くんに人殺しをさせていたのもその人のようですよ?いいことをたくさんすれば銀閣くんは元の姿に戻れるよ、そう嘯いて。洗脳されていたらしい金閣くんはそれを当たり前のように信じ込み、今の今までたくさんの人の魂をあの瓢箪で吸い込んできたんですね。悪い人達を殺すことがいいことだと、そう信じて。大切な自分の半身である銀閣くんを助けたい一心で。
だけど本当は、銀閣くんの魂は瓢箪の内部に閉じ込められていたそうなんです。同じように吸い込まれた八戒くんと悟空が、彼に会っていました…兄を救ってほしい、と言付けを受けた。
八戒くん達が出られたのなら、銀閣くんだって外に出られたはずだ。でもそうしなかったのは、もう―――彼の身体が、朽ち果ててしまっていたから。だからもう戻ることは出来ない、自分の代わりに兄を助けてほしいと…そう、彼らに願ったのでしょう。
「うそだぁあぁ!!」
大粒の涙を流し、全てを拒否するように耳を塞ぎ、絶叫した幼い彼の身体を―――何かが、貫いた。少年の口からは大量の血が吐き出され、小さなその身体はゆっくりと地面へと倒れ込む。
「―――金閣!!!」
悟浄くんに倣うように少年の元へ駆け寄ると、震える手を空に伸ばして何かを呟いている。その度に口からは真っ赤な血が吐き出されていく。一目で、この子はもう助からないとわかった…わかったけれど、それでもこのまま死なせてはいけないと―――そう思ってしまった。
大切な方達を奪おうとした元凶の子だけれど、でもそれは純粋すぎるが故の凶行だ。だからってそう簡単に許せることではないけれど、でも、でもね?貴方達の命を奪おうとしていたわけじゃないの、ただ…彼らを取り戻したかっただけなの。
「―――いらなくなったからだよ」
ザワリ、と嫌な風が身体を撫ぜた。
深い、深い闇の奥から姿を現したのは―――真っ白な法衣を身に纏い、月の光を浴びて輝く金冠を頭の上に載せ、上半身を覆うほどの長さを持った真っ赤な数珠を身に着けた青年。
その格好はまるで三蔵法師様のようだった。唯一違うのは、その双肩にあるはずの経文がないことだけ。それ以外は三蔵様と何ら変わりない格好をしていて、私達は驚くことしかできなかった。
確かに天地開元経文は5つあって、それぞれに守り人として三蔵の名を持つお坊様がいると聞いていましたから、他に三蔵法師様がいてもおかしなことは1つもないんでしょうけれど…今までに三蔵様以外の方を見たことがなかったからでしょうか、余計に驚いてしまったような気がします。
「『三蔵法師』だと?!」
「あはは、当たりだけどハズレー」
トンッと地を蹴った青年が、ふわりと三蔵様の前に降り立つ。そしてからかうような口調で問うた、君も三蔵法師?と。でも一緒にされたくないんだよな、ごめんね?僕、君より強いからさ―――そう言葉を発した瞬間、彼は姿を消した。難なく2発の銃弾を避けて、尚且つ三蔵様の背後へと舞ったんです。
一体、何が起きたのか全くわからなかった…ほんの一瞬だった、そう一瞬だったんです、彼の姿が霧のように消えたのは。目の前にいたはずの三蔵様も追えていなかったようで、背後から聞こえた声にその紫暗の瞳を見開いている。
「ね。だって僕、『神様』だから?」
神様がついてるんだ―――そう笑っていた金閣くんを思い出した。ああそうか…金閣くんと銀閣くんを助け、洗脳をし、人殺しをさせていたのはこの男だったのか。
ふつり、ふつりと腹の奥から何か熱いものがせり上がってくるのを肌で感じていた。これは何だろう、なんて思案しなくてもわかる―――怒りだ、地よりも深い怒り。目の前で薄く笑うカミサマと名乗る、男への真っ直ぐで澱みない純粋な怒り。それはゆっくり、ゆっくりと形を成していく。
「てめぇ、コイツらに何がしたかったんだよ」
「子供は―――善悪の区別がつかないんです、何もわからない純粋無垢なものなんです」
「そんな馬鹿正直なガキ捕まえて、何人殺しなんざさせてんだよ」
「……ヒミツ」
人差指を立て、弧を描いた口元。それがひどく―――癪に障った。
ブワリ、と怒りが形を成して出来上がったのは、私の内に棲む『あの子』。影より這い出しその子が、悟浄くんの鎖ガマが真っ直ぐカミサマと名乗った男へと向かっていく。
―――ズザンッ!
―――グチュリ、
何かを引き裂く音が、何かを砕く音が確かに響いていたはずなのにそこにあったのは死体ではなく、真っ赤な数珠。それがバラバラと音を立てて地面へと降り注ぐ。…幻術を使って、逃げたんですね。バラバラになった数珠を一粒拾い上げ、きつく握りしめる。爪が食い込む痛みなんて知ったことか、そんなの今は―――どうだっていい。
殺すことすらできなかった私達を嘲笑うかのように、あの男の笑い声が森中に響いている。それを掻き消すように悟浄くんの怒りの拳が、転がる数珠を一粒叩き潰した音が耳に届きました。
「―――あってめぇっ!!それ俺のとっといたシーフードだろぉが?!」
「うっせぇな!そーゆーお前はさっき1人でパイナップルのヤツ全部食ったじゃねぇかよ!!」
「香鈴、これ食べます?」
「あー…はい、いただきます」
「第一なぁ、おめーの寝こけてる間にこっちゃあ肉体労働してたんだよ!!敬え!!」
「ンだとぉ?!俺だって死後硬直までして腹減ってんだよ!!」
「どーゆー理屈だバカ」
賑やかな声をBGMにしながらピザを咀嚼しつつ、思考に耽る。
あの後、「カミサマ」と名乗っていたあの男を捜してみたけれど見つけることが出来なくて、私達は金閣くんの遺体を埋葬してあの山を下りました。泊まっている宿に戻ってきて、お腹が空いたという悟空のリクエストでピザを頼んで…今に至ります。
正直、眠気の方が勝ってはいたんですけど、お腹が空いているのも本当だったので。昨日のお昼以降、何も口にしていませんでしたからね。大食漢の悟空でなくともお腹が空いて当たり前なんでしょうけれど。
「え…それってアイツ放っといて先へ進むってこと?!」
「……何の話?」
「ん?さっきの野郎が牛魔王の刺客でない以上、俺達には関係ねーよなーって話だよ」
「珍しく、悟空が反抗してますね」
「だな。おサルちゃん反抗期?」
「あれ、人のこと言えるんですか悟浄ー?」
八戒くんの瞳が悟浄くんを映すけど、悟浄くんの瞳はどこか違う所を見ていて、2人の瞳は交わることはなく…悟浄くんは何かを呟いて、部屋へと戻ってしまったんです。
そして―――悟浄くんは、私達の前から姿を消してしまいました。