手招く悪魔はニタリと笑う


―――ズキン、
―――ズキン、
―――ズキン、

…痛い。身体中が痛くて、痛くて、悲鳴を上げそうになる。でもそれ以上に頭が、痛い…割れそうなくらいに鈍い痛みを繰り返すソレは、まるで脳ミソを直にかき混ぜられているような、そんな錯覚をしそうな程の痛み。
頭蓋を破壊して―――…何かが出て来ようと、しているみたいだ。


「ゴホッゲホッ、…は、ぁ…ここ、どこ……?」


そっと目を開けると、そこはたくさんのぬいぐるみやミニカー、いくつあるかもわからない程の玩具で溢れ返っていた。何だか玩具箱、みたい…大きな大きな玩具箱。
辺りをよく見てみようと立ち上がろうとすれば、何かに引っ張られるようにして元の位置に逆戻り。あ、あれ…?どうして立ち上がれないの?身体は痛いけど、動けるのにどうして…

―――ジャラッ

金属音。ジャラジャラと音を立てるそれは鎖、私の右手と右足にはガッチリと枷がつけられていた。そこから伸びる鎖は壁に繋がっていて、引っ張っても抜けそうにないくらいに頑丈そうです。…何とまぁ、玩具とは呼び難い代物をお持ちなのですね、あのカミサマは。
ふっと落とした視線、そこにあったのは自分の身体…あれだけ血塗れだった身体は綺麗に清められていて、血の跡はどこにも見当たらなかった。傷は丁寧に治療されているらしく、至る所に包帯が巻かれて入るけれど。そして痛みも残ってるけど。

何よりも驚いたのは服、です。普段着ていた服は何処にいってしまったのか、私が着させられていたのはふわふわのワンピース…何と言うか、小さい女の子が憧れるような、というかお人形さんが着るようなメルヘンな服でした。…うん、どう考えてもこれは私の持っているものではありませんよね。だってスカートなんて、1つも持っていないんですから。
だとすればこれは、カミサマのもの…?私を捕らえたのは間違いなく、あの男だったはず。此処に連れ込んだのも、枷で拘束したのも、怪我の治療をしたのも、着替えさせたのも…あの男以外に誰がいると言うのでしょうか。

ん?そうすると、私はアイツに裸を見られた―――ってこと?


「……末代までの恥でしかないじゃない…!」


だけど、…どうして怪我の治療をしたんだろう?私の怪我を治したってカミサマには何ひとつ得はないはずなのに。一体、何を考えているんだろうか。

―――君を捕まえたらきっと、センセーは褒めてくれるんだ。だから、今から君は僕のものだよ―――ね?
―――君だけは、絶対に逃がさない。

ふっとアイツが言っていた言葉達が脳内で再生された。そうだ、あの時センセーのお気に入りがどうとか言っていましたよね。
そのセンセーが誰だか知りませんけど、あっちは私のことを知っていてそれをカミサマに話しているということになる。顔も知っていたみたいだから写真とか、イラストとか、そういう類のものを持っているとみて間違いはなさそうです。


「皆さんは、…無事なんでしょうか」


階段を転げ落ちるほどのスピードで下っていったジープ。満身創痍で今にも死んでしまいそうなほどの傷を負った、大切な人達。血塗れで、ピクリとも動かなくなっていた悟空と三蔵様…あの時、意識は保っていたけれどそれでも重傷を負っている八戒くんと悟浄くん。
…どうか、どうかお願いですから…誰一人、命を落としていませんよう。私にできるのはただそれだけ、傍にいれば治療をすることもできたのだろうけど…私はカミサマの手に堕ちてしまったようですから。本当、…何もできない自分に腹が立つ。

とりあえず、自分の無力さを嘆く前に此処から逃げ出す方法を見つけないといけませんね―――と、頭を切り替えようと思ったけれど、さすがに金属を切り裂くような力を持っていないことを思い出しました。うーん…あの子も喰いちぎることはできないでしょうし、もしかしなくても八方塞がりってやつですか?かと言って、皆さんが来るのをただ待っているのもカッコつかないですしねぇ。
…カッコつけるつもりは毛頭ないですし、カッコつけてたつもりもなかった…あの男の言うことをわかりたいと思わないけれど、でも、―――ああダメだ、何を考えたいのかわからなくなってきたなぁ。

負けたまま、…あの方達が負けたまま終わるとは思わない。そもそも三蔵様の経文はカミサマが奪ったままだ、少なくともあの御方はもう一度、この城へとやって来るに違いない。
それに何だかんだ言いつつ、負けること・逃げることを嫌う方達だから絶対に、三蔵様と一緒に来るとは思っているんですけれど。このまま此処で、あの方達が来るのを待っていてもいいのでしょうか?カッコつかない、カッコがつく以前に―――私のことをもう一度、拾ってくれたりするのでしょうか?


「―――ああ、起きたんだね。『呪われた歌姫』ちゃん?」
「ドウモ。」
「あれぇ?ずいぶん不機嫌だね、どうしたの?」
「貴方みたいな人と二人っきりにされて、機嫌がいいとでも思った?」
「あははっどうして?いい気分だと思うんだけどなぁ、センセーのお気に入りで、しかも僕のお気に入りで宝物になったんだよ?」


にっこりとカミサマは笑うけれど、私は思いっきり眉間にシワを寄せた。だって不愉快以外の何物でもなかったから。誰が貴方のお気に入りになれて喜ぶって言うのよ。盲目的に慕っていた金閣くんだったら喜んだかもしれないけれど、少なくとも私は―――そんなの真っ平ごめんだ。

金閣くん、か…目の前で失われた命、助けてあげることができなかった命。あの子は最期、何を思って死んでいったんだろう。信じていたカミサマに裏切られて、唯一の半身である銀閣くんを失って…あの子には何も残されてなどいなかった。
その中を生きていくくらいなら、あの場で生涯を閉じることができて良かったのかな……でもだからといって、簡単に命を奪っていいわけがないんです。いらなくなったら捨てるだなんて、そんなの間違ってる。


「…ねぇ。貴方のお気に入りだって言うなら、この鎖を外してくれない?窮屈なの」
「あは、ダメだよお姉さん。それ外したら君―――此処から逃げ出そうとするでしょ?だからダーメ」
「……私を捕らえて、鎖で縛りつけて、何がお望み?」
「僕はね、新しい玩具が欲しいんだ。―――それは絶対に、君がいい」
「貴方、言ったわよね?」


君を捕まえたらきっと、センセーは褒めてくれるんだって。それなのに私を貴方の玩具にしてしまうの?それは大切な大切な『センセー』を裏切ることにならない?
そう吐き捨てれば、カミサマは顔を怒りで歪ませて思いっきり顔を殴ってきた。ふふ、そう…図星なのね?きっと貴方が持っているものは、此処に溢れている玩具達は『センセー』がいらなくなったものなんじゃないかしら?貴方だけの物なんて、最初から一つもないんじゃなくって?
だから、…私が欲しいって言ったんでしょう?ああまるで、玩具を取られたくないと泣き叫ぶ子供のようじゃありませんか。


―――グイッ

「1つ、…面白い話をしてあげる。センセーからの受け売りじゃない、僕自身の体験だよ」
「体験…?」
「そ。―――昔々、ある所に幸せに暮らす家族がおりました」


でもその家族は妖怪で、村人達から迫害されて、森の奥深くでひっそりと暮らしていました。…その中に1人だけ、とても美しい声で歌う―――歌姫様がおりました。彼女の歌声は誰よりも美しく、素晴らしいもので、そして全てを手に入れることができる能力を兼ね備えていたんです。傷を癒し、魂を呼び戻し、更には魂を浄化させることができる素晴らしい能力を。
だけどその歌姫様は、決してその能力を使おうとしませんでした。どれだけ素晴らしい能力なのかわかっていないに違いない、そう思った彼は歌姫様を手に入れることに決めました。歌姫様を手に入れるのに、彼女の家族は邪魔者でしかありません。けど、殺してしまう前に―――彼女が無条件で従うように利用しようと考えたのです。
そう、彼女の家族を人質に取り、従わないのならば全員殺してやると脅してしまえばいい…頭のいい彼は良案を思いつきました。


「貴方、何を…!」
「妖怪一家は何者かに襲われました。そして当初の予定通り、家族の命を人質に取り歌姫様を手に入れようとしましたが…それは叶いませんでした。何故なら―――」

―――彼女はもう、素晴らしい能力を持っていなかったのですから。

「持って、いない…?」
「その事実に興味を無くした彼は、一家を好きなようにしていいよ、とだけ告げて去っていきましたとさ。めでたし、めでたし」


ドクリ、ドクリと心臓が早鐘を打つ。今にも心臓が出てきそうなくらいに。カミサマが語った御伽噺が頭の中でグルグルと回っている、だって、だって今の話は…私の家族と、酷似しているから。殺された時のことはわからないけれど、でも村人に迫害されていたのも、何者かに襲われたのも、…身内に歌姫様がいたことも、何もかもが私の家族と一致する。

でも、でも…だって私の家族は山賊に殺されて、だから歌姫様の能力なんて一切関係なくて、ただ金目の物欲しさに襲われただけだ。村人が助かりたいが為に私達を山賊に売った―――だから、だから、


「君に力が移っているってわかってたら、家族は殺されずに済んだのかもね?」
「え……?」
「あれ?まだわかんない?…君の家族は、君のせいで殺されたんだ」
「ち、ちがう、あれは私のせいじゃない、村人達が私達を売って、…だから殺されたの!」
「その山賊は―――歌姫を欲しがった彼が、差し向けたものだよ?」


村を襲いに来たわけでも、金目の物を奪いに来たわけでもない。最初から歌姫様を奪う為に作り出されたお芝居なんだよ―――何もかも、ね。
カミサマが淡々と語る事実に、ぐらりと眩暈がした。嘘だ、そんなのただのデタラメ、私を陥れようとしてるだけ。動揺させて、それで…私を玩具に、従順な人形にしようと企んでいるに違いないんだ。
そうよ、これこそ作り出された悪趣味な―――御伽噺だ!


「…がう、ちがう、違う!わたしじゃ、ない、…わたしのせいじゃ、」
「まだ抗っちゃう?でも君も聞いたでしょ?あの霧の迷路で真実の声を、さ」
「真実の、声…?」

―――どうしてお前だけ生きてるの。
―――お前のせいで、私達は死んだのに。
―――お前さえ、いなければ。

「あ……!」
「ほぉら、聞いてたでしょ?聞くことのできなかった、真実の声。あれが動かぬ証拠」


ピシリ、ピシリと―――何かが割れていくような音が、耳の奥で木霊する。それと同時にカミサマの声が、言葉が、脳髄まで染み込んでいくような気がした。


「君はもう誰にも必要とされない…一緒にいたあの人達だって、君を置いたまま逃げて行っちゃったじゃない」


―――来るわ、あの方達ならきっともう一度…


「でも君を助けに来るわけじゃない。…自分の物だって言い張っているこの経文を、取り返しに来るだけ。君はもうイラナイ存在なんだよ」


―――いらない、…私はもうイラナイの?誰にも必要とされない、の?


「はっかいくん、にも…?」
「そう、誰もが君を見捨てて君をイラナイって言うんだ。でも大丈夫だよ、僕だけは君を必要としてあげるから」


それはまるで、悪魔の囁きだった。ダメだと、信じてはダメだと頭の奥で警鐘が鳴っているのにそれなのに、私は抗うことができなかった…差し出された手を取る以外に、術は残されていない―――そう、思ってしまったんです。
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