奪わせない


暴走しない、なんて言い切ることができなかった。
あの時は妖怪に牙をむいただけで済んだけれど、でも今度はどうなるか自分でもわかりませんでした。
もしかしたら関係のない人まで巻き込むかもしれない、失いたくない人に刃を向けてしまうかもしれない、それだけならまだいい…この手で、この声で彼らの命を奪うようなことになったら―――私はきっと耐えられない。

だからこその保険だったんです。我ながらひどい約束をさせてしまったものだな、と思うけれど、でもどうせ殺されるのならば最期は愛しい貴方の手で、と欲を抱いてしまったんですもの。
きっと躊躇いなく、迷いなく殺してくれるのは三蔵様だと思っているんですけどね。勝手に。ああでも、八戒くんもなかなかに容赦をしない人だというのが、さっきの放たれた気功で知ることができたなぁ。本当に一切の加減なく打ってきましたもんね。そう頼んだのは私ですからいいんですけど。

晴れた砂埃の先には驚きを隠せないカミサマの姿があった。彼はきっと自分の術に絶対の自信を持っていたんだ、解けることはないとそう思っていて―――だからこそ、今のこの現状に頭がついていっていないのでしょうね。
全てが貴方の思う通りに進むと思ったら、大間違いよ?


「香鈴?!本当に香鈴なんだよな、生きてる?!」
「はいはい、ちゃーんと生きてますよ〜」
「おまっ……八戒!!」
「あはは、すみません。お騒がせしちゃいましたねぇ」
「一番のお騒がせはてめぇだろバカ女!!!」


―――スッパーンッ!!!

勢い良く振り下ろされたハリセンは、私の脳天を直撃した。い、痛い…とてつもなく、痛い。そして打撃が重い!見た感じ、ひどい怪我を負っているように見えるのにどうしてそんなにも力強い打撃ができるのでしょうか、この御方は。
口にすればきっともう一発ハリセンを食らう羽目になるでしょうから、もうお口にチャックしておきますけどね。

いや、まぁ、うん…かなりご迷惑をかけた自覚はありますから、仕打ちは黙って大人しく受けるつもりでしたけども。それにしたって容赦ない…やっぱり三蔵様は容赦ない。
痛む頭を擦っていると悟空がタックルせんばかりの勢いで突っ込んできて、渾身の気功とハリセンをそれぞれ一発ずつ食らっている身体では些かキツイものがあるんですけれどね…だけど、彼の身体が微かに震えていることに気がついて彼の身体を抱きしめた。


「バカなことばっかりしやがって、…ほーんと心臓がいくつあっても足んねぇぜ」
「悟浄くん…うん、ごめんなさい」


悟空の身体を離して、ようやく揃った5人の瞳が―――悔しげな表情を浮かべているカミサマを、真っ直ぐに捉える。


「〜〜〜〜もう、もういいよっもう飽きちゃったからさっさと降参しちゃえよ!!!」


無数の玉が、私達の身体を貫いていく。あの時、私達は手も足も出ない状態になってそれで、絶対的な敗北を味わった。もうダメだ、と心の何処かで思っていた。…でも今は違う、ダメだなんて思ってないし、負けるとも思ってないし―――まだ、負けてない。
どれだけ地に伏したとしても、どれだけ傷を増やそうとも、どれだけ血を流そうとも、私は達は絶対に膝を折ったままではいないから。何度崩れ落ちたとしても、それこそゾンビのように立ち上がって向かっていくんですから…だから、覚悟なさい。


「貴方はきっと、ゲーム…私達と遊んでいる感覚なんでしょうね?それこそ、生き死に自体が」
「…生憎俺達がやってんのは『賭け事』でな。賭けてる物は、命じゃねぇんだ」


何度も、何度も私達の身体を赤いソレが貫いて、どれほどの深手を負わされたのかわかったもんじゃない。身体中痛いし、咳き込む度に地面に紅い華が咲いていくけれどそれでも、立ち上がる。
その様子を見ていたカミサマは冷や汗を流しながら、癇癪を起こした。いい加減にしろ、と。しつこいと女の子に嫌われる、と。彼の言葉を聞いて三蔵様がボソリ、と何かを呟いたのが聞こえました。今のは、誰かの名前…?


「ようやく思い出せたぜ。ムカつくことは忘れる性分なんでういぶんと手間取ったがな」


ニヤリと、三蔵様の口元が弧を描く。


「…憶えてないのか?10年前もこんな風に遊び相手を探してただろう」


静かに語られたのは10年前―――三蔵様のお師匠様である光明三蔵法師の友人として紹介された男性と少年の話。その男性は額に印を持たない異端の「三蔵法師」であることを、後に三蔵様はお師匠様に聞いたそうです。23歳―――当時最年少の三蔵法師様だったそうですよ?

天地開元経文のひとつ、『無天経文』の所有者であるその男性の名は烏哭三蔵法師。

れっきとした三蔵法師様だったんです。それはつまり、その人をセンセーと呼んで慕っているカミサマも本物の三蔵だということになってしまいますね。よく見れば額に印もありますし、操っている力も恐らくは法力でしょう。きちんと修業を積んでいるのは確かだと思いますが、…でも本当に?


「僕の先生はすごい人なんだ。何でもできるし、何でも知ってる…このお城を造ったのも先生なんだもん」


―――ああ、何だ。


「先生は僕に全部を託して三蔵の任を降りた」


そうか、そうだったんですね…やっと、理解が出来ました。


「だから僕は本物の三蔵法師だ」
「―――それはどうだろうな」


この子が持つものは全て、先生に与えられたものでしかないんだ。


「確かに貴様の師匠は三蔵だったかもしれん―――だが、貴様が本当にそれを継いだとしたなら経文はどうした?」
「―――っ!!」
「わざわざ俺の物を奪い身に着けているのは、三蔵法師の証である経文を貴様が所有していない証拠だ」
「〜〜〜うるさ、」
「三蔵としての法名も持たないから名乗れないんじゃないのか?」
「うるさいなぁっ」


法衣も法力もこのお城も譲り受けたかもしれないけれど、でも―――


「『三蔵』だけは与えられなかった」
「うるさぁあい!!」


事実を受け入れられない、受け入れたくないとばかりに上げられた声は、大きな子供そのものでした。ですが、その声を合図にしたかのようにぬいぐるみ達が動き始めた…無機物であるこの子達が勝手に動くなんてことあるはずがないのに、有り得るはずがないのに、私達の身体をよじ登ってくる。
一体、どういうからくりなのかわからない。混乱する私達を余所にカミサマは楽しそうな声を上げて、種明かしをしてくれた。
この子達は彼の玩具の兵隊、魂を物質に変えたものだそうですよ…媒体は悟浄くんがあの日壊した、瓢箪。つまりこの部屋にある玩具達は全部、ぜーんぶ―――生きていた方達から抜き取られた、魂だということ。元・人間だということです。
金閣くんが魂を集めさせられていたのは、この為だったんですね…こんなことの為に何もわからない子供を騙して、人殺しをさせて、あまつさえ命を奪ったなんて…!


「…てめぇ、こんなモンの為に……!!」
「許さない、…アンタだけは!アンタだけは絶対に許さない!!」


刀を召喚して動こうとしても、いくら玩具とはいえこれだけの数に群がられると身動きが取れない…!力なんてないに等しいはずなのに、それなのにどうして動けないの?!力任せに床に倒されて、そのまま抑えつけられる。首筋に乗っかってきた玩具達がギリギリと締め付けてきて、咳き込んだ拍子にパッと鮮血が舞い散っていく。
ジャリ、と地面を踏みしめる音。視線だけを上に向ければそこにいたのは、薄く笑ったカミサマ…だけどその笑みには、瞳には仄暗い光しか宿っていない。
無邪気を通り越して、寒気がする程の笑みを浮かべたその人に抱く感情は恐怖―――人はそう呼ぶのでしょうね。ゾクリと背中を悪寒が走った。


「…ねぇ歌姫様。すごいでしょ、先生は。こんなことまで僕に残してくれたんだ」
「すごい、のはその方でしょう…?これはっ…アンタ自身の力なんかじゃ、ない、ぜんぶ―――与えられたものに過ぎないわ」
「君って、…本当にムカツクね。その綺麗な顔、歪ませてあげるよ」


―――ミシッ…!

骨の、軋む音。首筋に群がっていた玩具達を蹴り飛ばしたかと思えば、そのまま足を振り下ろして私の首を思いっきり踏みつける。呼吸は出来ないし、骨が軋む音がするし、このまま折られてしまうかもしれない…折られたらさすがに死んじゃうなぁ。
徐々に薄らいでいく意識の中、カミサマの声が耳に届く。

全ての生命は神様の玩具―――

それもその先生の受け売り?教え?命が神様の玩具だって…?だから、だからこんな風にたくさんの命を弄んだのか。自分にはその資格があるとでも、言うの?
ふつり、と腹の奥底から熱いものがこみ上げてくる。ああこの感情は前にも感じたことがある、そう、初めてこの男と対峙した時。金閣くんの命を奪い、笑っていたその時だ。
踏まれているせいで喉は十分に開かない。だけど、それでもメロディを紡ぐことは出来るの。小さい声でも、それでも確かに私の口からは1つのメロディが零れ落ちていく。ねぇ、アンタ言っていましたよね?この玩具達は魂を物質にしたものだ、って。それなら―――


「――――――♪」
「魔戒天浄!!!」


三蔵様の真言と、私のメロディが重なった。その瞬間、私達の身体に群がっていた玩具達が光に包まれた。


「そんな…!!」
「ゲホッ…悪いけれど、全て送らせて頂きました」
「なに、」
「あら、もうお忘れ?私の歌には―――鎮魂歌があるのよ?」
「フン―――玩具が何だって?クソが。てめぇにくれてやるモンなんざねぇんだよ、何ひとつな」


カミサマの双肩にかけられていた魔天経文は確かに、継承者である三蔵様の手の中に戻っていた。それを返せ、とカミサマは激昂するけれど、それはアンタのものじゃない―――玄奘三蔵を名乗る、あの御方のものだ。

そこから私達の反撃が始まった。経文を奪われ取り乱した彼の腕を悟浄くんが、ついに掴む。長い、長い鬼ごっこが終わりを迎える瞬間。
鳩尾に数珠が突き刺さりながらも、口元から血を流しながらも、それでもニヒルに笑みを浮かべた彼の蹴りがカミサマの身体を壁際まで吹っ飛ばしたんです。
倒れ込んだ悟浄くんの後ろには、悟空。一点だけを見据えて如意棒片手に、カミサマの元へ。その姿に恐怖したのでしょう、無数の玉を飛ばし命を奪おうとするけれど…それくらいで倒れるような方ではないのよ?
もう如意棒を振るう力なんて残っていないでしょうに、それでも力一杯に振り下ろし壁ごと、砕いた。


「何でしたっけ、…ああそうそう、『悪いコにはお仕置き』でしたよね?」

―――タンッ!

「来るなって言ってるだろ?!」
「お生憎様。そんな言葉で止まるような輩じゃないの、私達」


武器はいらない。この拳でぶん殴ってやるのだと、そう決めていたんです。
握り込んだ拳を真っ直ぐに繰り出せば、それはカミサマの横っ面に綺麗に入って床を滑っていった。そこら中に散らばる瓦礫にぶつかりながら、彼の身体は滑るのを止めた。私はそれをしっかりと見届けてから、ゆっくりと床に倒れ込んだ。
あとはもう、お任せしてしまいましょう。


「よくも…よくもっっ殺してやる!!殺してやるから!!!」
「どうぞ御自由に?」


八戒くんの声と、気功が渦巻く音。聞こえてきた2つの音にゆるゆると落ちかけていた意識が、少しだけ浮上する。全てを手離して眠ってしまいたい衝動に駆られるけれど、だけどこの闘いの結末だけはしっかりと見届けておかなくちゃいけない気がして。
グッと体を起こした刹那。バッと両手を広げた八戒くんの身体に無数の数珠が打ち込まれた。気でバリアを張ることもせず、かと言って攻撃をすることもなく、ただその場に立って攻撃をその身体で受け止めたんです。
だけど彼の遥か後方に、銃を構えた三蔵様の姿を見つけた。構えられた銃からは硝煙が上がっていて、その瞬間に私は全てを理解したんです。―――終わったんだ、と。


「…仲間を、盾に…?」


身体に巻き付けていた数珠はバラバラと音を立てて散っていく。白い床の上にはカミサマの身体から流れ出る血で、真っ赤に染まっていって…ゆっくりと、けれども確実に迫る死の足音に気がついたのか、それとも負けたことが悔しいのか、絶望ともとれる絶叫が彼の口から発せられていた。
次第にその絶叫が止まり、三蔵様の低い静かな声が辺りに響き渡り始める。


「…『無一物』―――という言葉がある。師が俺に残した言葉だ」


それは少し前、私達がこの男に負けた瞬間に聞いた言葉。


「何物にも捕らわれず、縛られずに生きろ、と―――だが全てを捨てて生きることが正しいのか。俺は俺なりの解釈でここまできたつもりだったが…むしろ、俺が何よりも捕らわれていたのは『無一物』という言葉そのものだったんだ」


カチャカチャと銃弾を詰めながら紡がれるその言葉は、解釈は、彼のものとは全く違うものだった。その声に迷いなど一切なかった、いえ、今までもきっと迷いはなかったのでしょうけれど…少なくとも今回味わった敗北で何かを得たらしい三蔵様のその横顔は、今までで一番晴れ渡っているように見えました。


「迷いはない。俺には俺の生き方が、玄奘三蔵の称える『無一物』がある」
「…わかんない。わかんないよそんなの。俺にはなんにもないのにッ君は色んなものを持ってるじゃんか―――あんなにたくさん」


僅かに涙を浮かべた瞳が、刹那、こっちを映した。すぐに視線は三蔵様の元へと戻ってしまったけれど、…確かにあの時の瞳には羨望が浮かんでいたように見えたんです。彼は何でも持っていたけれど、でも本当は何ひとつ持ってなどいなかったから…全ては与えられたもので、自分の力で、努力で得たものがないから。
だからこそ求めているのでしょう、三蔵様が持ち得ているものを。力で従えられているわけではない、個々の意思であの御方の傍にいる私達の存在はきっと―――今のままの彼では得ることができないものなのかもしれませんね。…何か自分でいうのも恥ずかしくて仕方ないですけれど。


「ズルいよそんなの。…ねぇ、俺に頂戴?」


その時―――三蔵様が僅かに笑ったような気がしました。



―――やらねぇよ。
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