終演
―――終わった、これで本当に全てが。
痛みを堪えて身体を持ち上げると、コツンッと頭に何かの欠片が当たったような気がした。何だろう、何が落ちてきたんだろう、と辺りを見回してみるけれど何もなくて、でもやっぱりまたコツコツと当たってる。
首を傾げているとお城全体が、揺れた。地震のような大きな揺れ。崩壊寸前のように、ゴゴゴッと地響きがお腹に響いている。
「な、なに…?!」
「全部壊れて消えちゃうんだ。…ゲームはもう終わったんだから」
彼が先生とした約束だそうです。カミサマが負けるまでのゲームで、その先生が遊んでるゲームなんだと。それはつまり、この子自身も金閣くん達と一緒で誰かの駒―――玩具であったということ?
紡がれた事実を受け入れたくないのか、床に倒れ込んでいるカミサマの身体を悟浄くんが引っ張り起こすけど、彼はその腕を振り払った。身体全体で言っているような気がした、此処を動けない・動きたくないんだと。そして待ってるんだ、と悲しそうな声が聞こえた。
…そっか、アンタは待ってるんですね?その先生を。その人の玩具だとわかっていても尚、その人を追い求めてしまうのは…人間の性?それとも心の底から慕っている、ということなのでしょうか。
「銀色の、お姉さん」
「…え?」
「ごめんね、俺…嘘ついたんだ」
でもね、そうしてまでも欲しかったんだ。本当だよ。先生の為じゃなく、俺が―――欲しくて仕方なかったんだ。
言葉の意味はすぐに理解できた。彼が指す『嘘』も、私を欲しいと思った理由も。
「―――そう。」
「あれ?意外だな、怒ると思ったのに」
「残念ね。もう怒る気力、残ってないわ…誰かさんのおかげでね」
ガラガラと天井が、壁が崩れ落ちてくる中。それでもカミサマは笑っていた、隣に立っている悟浄くんに向けて「優しーじゃん」と言葉を投げて。
どこから歯車が狂ってしまっていたんだろう。一体、どこで掛け違えてしまっていたんだろう。どれか1つでも正しく掛けていたのなら、噛み合っていたのなら…こんな悲劇は生まれずに済んだのでしょうか。
その答えは誰にもわからないし、一生をかけたとしても解き明かせるものでもないけれど。私はそれを振り切るように崩れ落ちる部屋から、飛び出した。
とは言っても、廊下らしきところへ出ても崩壊が止まるわけじゃないし、お城全体が崩れそうになっているから危険性は変わらないんですけれどね。ひたすら瓦礫を避けて、出口がこっちの方向にあると信じて走ってはいるけれど、道が合ってる自信はないですよねぇ。道はこっちしかないみたいですし、あの部屋は1階にあるということでしたから、階段を昇ったり降りたりする必要はないはずですが。
私の少し前を走っている八戒くんの身体がぐらりと揺れて、慌てて支えようと腕を伸ばしたけれど、身長差があったのをすっかり忘れてました…支えきれるわけもなく、私も一緒によろけてしまった所を悟浄くんが支えてくれて。
そのまま八戒くんの身体を支えるように、彼の腕を肩に回させる。
「おい平気か八戒!」
「ええ…すみません。香鈴も、大丈夫でした?」
「私は平気。悟浄くん、彼をお願いしますね」
頷く悟浄くんに笑みを返して、私は再び前を向いた。ようやく扉が見えてこれで出られる、と安心したのも束の間、ガチャガチャと扉を引っ張ったり押したりしていた悟空の口から、鍵がかかってて開かないと焦った声が零れた。
確かに錠前でしっかりと固定されていて、鍵がないと開けられそうにないですね…でも鍵の在処なんて知りませんし、探している余裕だってない。そんなことしてしまったら完全にぺしゃんこになってあの世逝き決定、ですから。
…仕方ないですね、ぶち破ってもらいましょうか。
「三蔵様、悟空、どいてください!」
「え?―――うわぁ?!」
―――ドゴォンッ!!
勢い良く扉にぶつかったあの子のおかげで何とか開きました。
ちょっと掠ってしまったらしい悟空と三蔵様には怒られちゃいましたけど、瓦礫に埋まってしまうより何百倍もマシでしょう?と笑みを浮かべる。反論したらもっと早く言え、とか、銃で壊せただろ、とか言われちゃいましたよ。もー、結果オーライってやつなんだからいいじゃないですか。
それにこんな所で言い争ってる場合でもないですよ。扉を開け放った先―――確かに出口である扉は見えるんだけど、そこに辿り着くまでには苦労しそうです…さっきの部屋より崩壊が進んでいて、足元は瓦礫だらけ。更には天井が崩れ落ちてきているから、走り抜けようにも危険がいっぱいですね。
…ま、だからと言って立ち止まるわけでにもいきませんけど!
「だーックソォ!!」
「もう少し、もう少しなのに…っ!」
思うように進めなくてイライラする。出口はすぐそこ、目の前にあるのに届かない。
大きな音が響く中、カランッと軽い音がした。何となしに見上げた先には、天井から瓦礫が降ってきていて…落下地点には八戒くんと悟浄くんが立っている。このままじゃあの2人が危ない―――名前を呼んで、2人に抱きつくようにして覆い被さった時。2発の銃声と、瓦礫が砕け散る音がした。
「―――さっさと走れ!!」
「いやん、三蔵サマ優しーっ」
「悟浄くん…」
「此処を出たら真っ先に殺してやる」
何と言うか、こんな緊迫感の中でも変わらない悟浄くんがすごいなぁ、と思いますよ。本当。いや、真似をしたい気持ちは更々ないですが…でもまぁ、和ませてくれるのは有難いですよね。
―――ゴガァッ!
一際大きな崩れる音。それと同時に私達はようやくお城の外へ飛び出すことができました。そう、本当に間一髪、八戒くんの「伏せて!!」という声がして、押し倒されるように地面に転がった瞬間にはお城が完全に崩壊していたんですから。
そして崩れ落ちた時に発生した風により、吹き飛ばされちゃいました。それによって瓦礫も飛んでくるしね。
しばらく頭を守るようにして蹲っていると、風や崩壊の音が徐々に治まって視界が、開けた。
そこには骨組さえ残っていない、ただの瓦礫の山がありました。座り込んだままボーッと眺めていると、ドサドサッと何かが倒れ込む音が聞こえたので慌てて振り返ると、疲れきった表情の皆さんが寝っ転がっていました。でもその表情はどこか清々しくも見えて、ああようやく戻ってきたんだなぁって思えたんですよね。
「…お疲れ様です、皆さん」
「香ちゃんも―――な。つーか、生きてっか?」
「ええまぁ、何とか」
痛みを堪えながら寝っ転がる皆さんを横目に、正座をしていた足を崩して投げ出した。いたた…全部終わって気が抜けたのか、痛みが再発してきた気がします。さっきまでだって痛みを感じていましたけど、アドレナリン全開だったみたいだからそこまでじゃなかったんですよね。それなのに今は動くのすら面倒で仕方ない…。
「なぁなぁ、八戒さっきマジで三蔵に撃たれたの?」
「撃ってねぇよ。ちゃんと脇から狙ったからな」
「あはは。でも2発ほど掠りましたよ、実は」
笑いながら言われた言葉にギョッとして大丈夫なんですか?と顔を覗き込むと、大丈夫ですよ、とふにゃっとした笑みが返されてホッとする。まぁ、三蔵様が撃った銃弾が掠っていなくともこの方は大怪我していることに変わりないんですけどね…真正面から数珠の玉を食らっていましたから。
…あの時は、本当に危ないんじゃないかとひやひやしてたんです。ひっそりと。
「そーだ、香ちゃんは平気なのか?腹」
「え?お腹?」
「八戒の気功、まともに食らってたろ」
「本気でやりましたからねぇ、あれ…」
「えっマジ?!」
「そういやぶつかった壁が抉れてやがったな」
4人の色とりどりの瞳が一斉にこっちを向いて、思わず苦笑が漏れる。そんなに見つめなくてもいいんじゃないかなぁ…結構、見つめられるのって恥ずかしいんですよ?
苦笑を浮かべたまま痛いですけど問題ないです、と言葉にすれば、八戒くんが複雑そうな顔になった。他の3人は多少は安心した表情になっているのに、どうして貴方だけそんな顔をしちゃうのかなぁ。そうしてくれ、と頼んでいたのは私なんだから、気に病むことなんて1つもないのに。だけど、この方は私とどこか似ている人だからそう言っても気にしてしまうのかもしれませんが。
どう声をかけようと考え込んでいると、その空気を払拭するような悟空の声が響く。
「アイツ結局何者だったんだろ」
「―――ただの、子供です」
「え?」
「遊びたがっている、ひたすらに玩具を求めていた…ただのガキだったんです。あの子は」
得たかったのは愛情?それとも、…慕っていた人からの信頼?
―――ポンポン、
「はっかい、」
「いいんじゃないですか?『カミサマ』ってことで」
彼の言葉に納得する皆さん。私の頭に手を置いたまま、「ね?」と顔を覗き込んできたので、その翡翠の瞳を見つめ返してそうですね、と言葉を返した。…そう、もう彼の正体も名前も、何もわからないんだ…知る術だって残っていないんだから、だから…いいの。『カミサマ』で。
胸の中で噛み砕いて、噛み砕いて、そしてようやく納得の笑みを浮かべた。それと同時に感じるようになった空腹感。悟空がいつも発しているセリフを奪うかのようにして、彼を除く3人の口から「腹減った」と零れ落ちた。
俺のセリフを取るな、と悟空は怒ってるみたいだけど、正直に言って誰が言ってもそんなに変わりないと思うんですよねぇ。確かに悟空からよく聞くセリフではありますけど。
「―――香鈴、行きましょう」
「…はい」
差し出された手を握り返し、立ち上がる。握った手を離さないまま、いまだ言い争いをしている悟浄くんと悟空の声を聞いて笑う。隣で八戒くんも大口を開けて楽しそうに笑っているのを見て、笑みが一層深くなるのを自覚していました。ああいいなぁ、やっぱり私達はこうでなくっちゃ。
階段を降りて、山を下りた私達は今、その麓にいるんですけれど…目の前に広がる光景を見て、絶句しない方がいらっしゃったら私は是非ともお会いしたいです。
「……どうした」
不遜な声を発したのは他でもない、三蔵様だ。それは別にいいんです、いつものことだから。私達が固まってしまっているのはそれではなくて、…三蔵様が座っていたのが助手席ではなく、運転席だったからなんですよ。
え、ちょっと待って、疲れすぎとか血の流しすぎで幻覚を見てるんじゃないんですよね?もしくはまだあのカミサマの幻術がかけられているとか、そういうオチじゃ――――ない、みたい、ですね。だって、何度目を擦ったって映し出される光景に変化がないから。
「乗れ」
「…うっわ、どーしたの三蔵サマ?どーゆー風のフキマワシ?!」
「うるせぇよ。てめーらみたいな死にぞこないに運転されちゃかなわんからな」
「そういう三蔵様だってずいぶんな怪我してると思いますけど…」
「まぁせっかくですし…お言葉に甘えまして」
地図はいるか、との問いかけにいらん、と返した三蔵様は何かを探しているように見えた。地図かな?と思ったけど、でもついさっきいらないって言ってましたから、それじゃないですよね?でもそうじゃないのなら一体、何を探してキョロキョロしているんでしょうか?
次の街までに死んだ奴が負け、とか、罰ゲームが、とか話している皆さんの会話を聞きながら、三蔵様の行動が気になって仕方がない。そんな時、ふと嫌な予感が胸をよぎった…もしかしたらこの御方、車の運転の仕方を知らないんじゃないかって。
いやでもそうだとしたら、…普通運転しようなんて考えに至りませんよね?いくら私達が大怪我して死にかけてるとしてもだ、運転方法がわからない人物が運転席に座ることほど危険なことはないと思うんです。そっちの方が死ぬ確率高いと思いますし!だからきっと大丈夫、いくら三蔵様でもそんなギャンブルはしない―――
「…おい、アクセルはこれか?」
嫌な予感、的中。三蔵様の呟きに血の気がサァッと引いた瞬間、タイヤが嫌な音をさせて急回転。そしてそのままものすごいスピードを出して発進したんですけど?!というかっ…このジープの揺れは舗装されてない道のせいだけではありませんよね、確実に違いますよね?絶対に三蔵様の運転のせいですよねぇええ?!
「ちょ、…ストップ!ストップです三蔵様ー!!!きゃぁ?!」
「さ、三蔵ッ?!貴方免許は…!」
「さぁな」
「ああもう!何で運転しようと思っちゃったのかなぁ三蔵様は!!!」
「死ぬ、マジで死ぬって!!」