瞳の奥に燃える覚悟の炎
カミサマの一件で受けた傷がようやく癒えた頃、私達は新しい町に着きました。昨日まで野宿でしたから、今日はゆっくり眠れそうですねぇ…さすがにジープで寝るのも慣れましたけど、ベッドで寝れるのならば断然そっちの方がいいですもん。
そこそこ大きい町だから人も多くて宿を見つけるのは大変かなーと思っていたんですけど、ちょうど今は旅人が少ない閑散期らしくてすんなり見つかっちゃいましたとさ。
私達からしてみればラッキーでしたけど、宿屋の方達からしてみれば大変なんだろうなぁ…でも町にはこんなに人が溢れてるのに旅人が少ない時期だなんてね。元々、町の人口が多いのかもしれないけれど。
「はい、香鈴の泊まる部屋の鍵です」
「ありがとうございます…私だけ個室?」
「ああ…ほら、ずっと大部屋だったり悟浄達と同室だったりで、あまりゆっくり休めていないでしょう?」
「別に楽しいから大丈夫なんですけど…」
「まあそう言わずに。傷は大分良くなってますけど、今日くらいは1人でのんびり過ごしてください」
夕飯の時間には呼びにきますから。
そうにこやかに告げた八戒くんは自分が泊まる部屋に行ってしまいました。今日は4人部屋と個室、みたいですね…1人で過ごすのが嫌いなわけではないんですけど、皆さんと出会ってからは1人の時間が格段に減ったし、賑やかに過ごすのが常だったから何となく寂しいな、って思っちゃったりするんです。子供じゃないんですから泣き叫んだりはしないけど。
でも変なの…家族が生きている頃だって1人で過ごす時間はほとんどないに等しかったのに。でもたまに1人になっても寂しいとか、感じることなかったかもしれません…それくらい、今は賑やかな毎日だってことなのかなぁ。
森の奥深くに住んでいたから辺りは静かだったし、家族もそこまで騒ぐような性格ではなかったですもんね。だから余計にそう感じちゃうのかも。
この宿は個室が3階、大部屋は2階と階ごとに分かれているらしくて、個室しかない3階はとてもとても静かな空間でした。
そりゃあ個室だものね、それなのに騒がしかったら―――別の意味で怖いです。そんなとこいたくないですよ。
「あ、お部屋すごく綺麗」
鍵を開けて部屋に入ると、個室にしてはなかなかの広さで内装もとても素敵でした。女将さんがこの町の宿はどこも気合い入れてるからね、と言っていたけれど、こういう意味だったんですね。旅人が多いという話でしたし、自分が経営している宿に泊まってほしいって気持ちから、内装とかそういうのにこだわってるってことなんでしょう。
こじんまりとした宿も温かみがあって好きですけど、たまーにならこういう宿もいいかもしれませんね。それに個室でこの広さなら、4人が泊まっている大部屋もきっと広いんだろうなぁ。夕食を食べた後、ちょっと遊びに行ってみよう。
荷物整理も程ほどにしてベッドに寝転ぶと、サイドボードに小さなカレンダーが置いてあることに気がついた。カレンダーが置いてある宿って珍しいな…受付にあるのはよく見るけれど、客室にあるのはほとんど見たことがない。多分、見る機会が少ないから置いてないんだと思うんですけどね。というか、なくても困らないし。
何となしにそのカレンダーを見ていると、違和感を感じた。いや、カレンダーがおかしいとか、この部屋がおかしいとかそういうことではなくて…日付、が、何か―――あ、そっか、もうすぐ…だったんだ。だから違和感のようなものを感じたんですね、引っかかっていたのは日付だったんだ。
菩薩様から全てを聞いたあの日。そう、運命のあの日から…明日でちょうど1ヶ月を迎えるんです。
私自身は言われなかったけど、同じように私のことを聞いたらしい八戒くん達は私に1ヶ月の猶予をやる、と聞いたらしいので。本人に言わないってどういうことよ、と思いましたけど、すでに下界にはいない方に文句の言い様がないから黙ってましたけどね。
「まだ、迷ってるんだよなぁ…」
色々あった中でちゃんと考えてはいた。考えることを放棄したくなる時もあったけど、でもしっかり考えて決めないといけないことだっていうのはわかってたから、だからきちんと結論を出そうと思ってはいるのだけれど―――離れたくない、という気持ちが、邪魔をする。
だけど、またあの方達を傷つけてしまうのは…どう考えたって嫌だ。どんなに笑って許してくれたとしても、仕方がないことだと言われたとしても、私は自分を許せないと思う。それは今回のことだって当てはまる。一番傷つけたくない、と思っていた彼…八戒くんを私は傷つけたんですから。
「…よし。気分転換に歩いてきましょう」
ぐるぐると色々な考えが巡っている時は、外の空気を吸って、身体を動かして、それでまとめるのが一番いい。今までも迷った時や、整理したい時はそうしていたし…今回もきっと、まとまらないこの考えが少しはまとまってくれると信じて。
そんなに長く留守にするつもりはないし、夕飯の時間までまだまだ時間がありますから皆さんには出かけてくる旨を伝えなくても大丈夫かな。そう自己完結をして私は部屋をそっと後にした。
宿を出ると、やっぱり町中は人がたくさんいて活気があるなぁと改めて感じるくらい。出店もたくさん出ているし、何だかお祭りの中を歩いているような感じです。長安で初めて見たお祭りもこんな感じでしたっけ、それからあの不可思議な町で見たお祭りもそうでしたね。どちらのお祭りも八戒くんと2人で回る機会があって、すごくドキドキして、でも楽しくて仕方なかったのを覚えてる。
それに悟浄くん達と見て回った時もすっごく楽しかったんですよね。何処に行っても、誰に何を言われようともあの方達は本当に自分のペースを崩さないし、何よりブレないんです。どんな場所でも4人は4人のままで、…この方達がずっと今と変わらずに笑ってくれていたら―――って何度思ったことか。
「―――ああ、何だ…やっぱり、答えはずっと前に出ていたんだ」
ただ、認めることができなかっただけで。どうにかして離れない方法はないか、と考えてみるけれど、でもどれだけ考えても良案は浮かばなくて、菩薩様が言っていた案が一番の良案で、大切なものを失くさない為の一番の近道なのだと思ったんです。
…それだけは、どうしたって変わらない事実なんだ。どうしても失いたくない人が、場所があるのなら、私自身が変わるしか術はない。それしか残されていないのなら、もう迷ってる暇なんかないんです。
…よし!何かお土産を買って、それで宿に戻ろう。戻って、…皆さんにちゃんとお話しないと。決意―――と呼ぶには甘いかもしれないけれど、それをお伝えしよう。
―――コンコン、
ドキドキしながらノックをすると、すぐに八戒くんの穏やかな声と共に部屋の扉が開けられた。訪ねてきたのが私だとわかると、驚いた表情を浮かべながらも中へ通してくれる。部屋でゆっくりしていると思っていたんでしょうね、あの表情から察するに。
「あっ香鈴!部屋で休んでたんじゃないのか?」
「ちょっと散歩に出たら美味しそうなお饅頭を見つけてね?それで皆さんとお茶にしよう、と思って」
部屋の中には4人揃っていてホッとした。もしかしたら悟浄くんが出かけてしまっているかも、と思っていたから…でもベッドに座って悟空とカードゲームをしていたのを見て、そっと息を吐いた。三蔵様も椅子に腰かけて新聞を読んでいて、いつも通りだ。
買ってきたお饅頭をテーブルの上に出していると、八戒くんがもう人数分のお茶を用意してくれていて。相変わらず気の利く方だなぁ、この方は。
お茶まで私が自分で用意するつもりでいたから、ちょっとだけ拍子抜けしちゃったけど、でもよくよく考えてみれば八戒くんが動かないわけがないんですよね。それは本当に長安で暮らしていた頃からそうでしたもの。
「香鈴、…僕達に何か、話したいことがあるんですね?」
「!…鋭いなぁ、相変わらず」
「部屋に入ってきた時、少し表情が強張っているように見えたので何となく」
「八戒くんの言う通り―――皆さんに、お話があるんです」
膝の上に置いていた手を、テーブルの下でギュッと握り込む。
大丈夫、私がきちんと考えて決めたこと…だから何も、怖がらなくていい。この方達は―――頭ごなしに他人の意見を否定するようなことは、しないから。
一度、目を閉じて深呼吸。そして私は、覚悟を決めたんだ。
「私、…決めました」