銀色の決意


明日であの日から1ヶ月―――真面目な彼女のことだ、もうどうするかは決めているんでしょうね。その結果を僕達に話してくれるのだろうか、とぼんやり考えていた時、少しだけ表情を強張らせた香鈴が僕達の部屋を訪ねてきたんです。
美味しそうなお饅頭を見つけたから、と理由をつけて。


 side:八戒


お茶もお饅頭も用意して、香鈴も椅子に腰を落ち着けた頃。僕は何となしに話したいことがあるんですね、と切り出した。案の定、彼女は驚いた表情を浮かべてから困ったように笑っていて。
でもすぐに表情を引き締めて話がある、決めました、と告げられてしまったら…もう、どうしようもないと思ってしまったんです。だってそうでしょう?彼女の中では決断してしまっている、ということ。それはきっと、誰が何を言っても覆ることはないことだと思うんだ。
どうせなら、僕達を選んでくれたら…天界には行かない、と決断してくれていたらいいのにと思うけれど、香鈴の表情を見る限り、そっちを選んでいる確率はかなり低いかなぁ。


「…どうするんだ」
「菩薩様の提案を、受けようと思います。それが…一番だろう、と考えた結果です」
「ま、香ちゃんならそう言うだろうなーとは思ってたわ」


悟浄が苦笑する。そう、僕も悟浄と同意見できっと天界に行くことを選択するだろう、と思っていました。いつぞやの夜に彼とそんな話をした記憶もありますよ、彼女は僕達の傍にいることを選びはしないだろう、そういう子だから―――優しすぎる子だから、僕達を傷つけない方法を選択するだろうって。当たらなければいい、と願ってはいましたけど…やっぱり、そう甘くはないですね。人生って。
三蔵も予想していたのかもしれません。彼女の決断に何も言葉を返さず、ただ一言そうか、と言っただけ。瞳は伏せられて表情はわかりませんでしたが、でもきっと僅かな淋しさ―――は、感じてると思うんですよね。何だかんだ言いつつ、この人も香鈴のことを気に入っていましたから。ま、顔や口には決して出しませんでしたけどね。

誰にも―――その相手が神であったとしても、彼女を渡す気なんて毛頭ない。そう思っていましたけど、…ダメですね、香鈴の口からハッキリと告げられてしまっては止められない。止めることができない、そう思ってしまってるんですよ。観世音菩薩に渡さない、と豪語していたくせに。
だけどただ1人、悟空だけは香鈴の決断を受け入れられないようでした。


「…やだ」
「悟空?」
「やだ、俺ぜってーやだ。香鈴がっ…天界に行くのなんか、許さない。ぜってー認めない!!」
「おい悟空、」
「三蔵だって!…三蔵だって、悟浄と八戒だって、そう思ってるだろ?!それなのに納得してる、みたいな顔して、」


素直に…いやだ、行かないでと言える悟空が、心底羨ましいと思った。僕達はそれをするのはカッコ悪いと心のどこかで思っている節があるし、何より彼女が決めたのなら―――と納得しよう、と思っている部分もあったから。
本当に言いたいことは黙って飲み込んで、当たり障りのない上辺だけの言葉を紡いで、仕方ないと諦めようと…そう思っていたんです。ほら、それが大人だと思い込んでいますからね。


「悟空、悟空ねぇ聞いて?私ね、もう傷つけたくないの。大切だと思う人達を、場所を、失いたくないの…失わない為の選択なの、守る為の選択なの」
「だから天界に行くの?離れんの?そうまでして、俺は守られたくねーし!もっと他に方法があるかもしんねーじゃん!」
「私だって考えたわ、他に方法がないかって。でも見つからなかったの、何度考えたって菩薩様の提案が一番の良案だったの」
「…わかんねぇ、わかんねぇよそんなの!!ガキだって言われてもいいよ、でも俺そう簡単に手放すなんて嫌だかんなっ!!!」


香鈴と二度と会えなくなるなんて、そんなの嫌だ。
最後の方はほとんど聞き取れなかった。だけどそれは確かに彼女の耳に届いていて、勢い良く抱きついた悟空を受け止めた香鈴の顔には―――驚愕の表情が、そして疑問が浮かんでいるように見えました。そして一言、とてもマヌケな声で「は?」と呟いた。

…あ、あれ?何だか香鈴の反応がおかしいような気がするんですけど、僕の気のせいですか?
悟空の言葉の意味がわからなかったってわけでもないでしょうし、疑問を抱くような変なことを悟空が口走ったわけでもないと思うんです。なのにどうして、あんな不思議そうな表情になってしまっているんだろうか。
天界に保護する、という提案は香鈴も聞いているはずでしょう?そして考えた結果、それを受け入れると決めたはず…ですよねぇ?


「えっと、…香ちゃん?すっげーマヌケ面になってっけど」
「だ、だって何か話が読めない…二度と会えなくなるって、」


どういうこと?と呟いた香鈴の顔は、本当にわからないという表情だったし若干青ざめているようにも見えた。まるでそんなこと聞いていない、とでも言っているようで。
そんな彼女を見て、今度は僕達が頭上にクエスチョンマークを浮かべる番でした。


「ちょっと待ってください。話を整理しましょう…1ヶ月前、僕達と香鈴はそれぞれ観世音菩薩に話を聞きましたよね?その時、貴方を天界に保護すると聞いたんです。だから、てっきり貴方にもその話がいっているものだとばかり…」
「しっ知りませんよそんな話!私が菩薩様から言われたのは、力をコントロールできるように天界で修業しないかってことです」


…話が、まるで噛み合っていない。


「私、は…菩薩様の言うように修業をさせて頂いて、それでまた皆さんの元へ戻ってくる気でいました。天界で暮らすなんて、そんなの考えてませんよ」
「………あのババァ。俺達を騙しやがったな…?!」
「意図はサッパリわかんねーけど、どうやらそーみてぇだな…ンだよ、それ」
「えっ、…え?じゃあ、香鈴天界には行かねぇの?」


悟空の問いかけに香鈴はゆっくりと首を横に振った。天界に行くことには変わりない、だけど必ず戻ってくる―――だから二度と会えなくなることなんてないんだよ、と。
意味合いは悟空にもしっかり伝わったようで、少しだけ安心した表情を浮かべていました。それでもやっぱり嫌みたいですけどね。


「…こっちで、どうにかする方法ってねぇの?」
「さっきも言ったでしょう?悟空。菩薩様の提案が一番の良案だ、って。…そりゃあ私だって不安とか淋しさはあるけど、でも」


一度、言葉を切った香鈴がふわりと、優しい笑みを浮かべた。


「それで皆さんと離れなくて済むのなら、いいかなぁって」


少しの間だ。二度と戻ってこないわけではないし、会えなくなるわけでもない。また暴走して傷つけて、永遠に失ってしまうより全然いいんだ、とそう、言ったんです。それに比べれば、少しの間だけ離れることなんて何でもないんだ、と。

―――この子は、僕達とずっといる未来を見据えて…天界に行く決断をしたんですね。

本当に、自分のことより他人のことを優先してしまうんですから。そうポツリと漏らせば、違いますよって笑われちゃいました。どういうことか尋ねてみれば、僕達と一緒にいたいのは自分のわがままだから自分の為なんだ、と返ってきたんです。一切考えていないわけではないけど、やっぱり自分の為という気持ちが大きいそうですよ。
…貴方はそう言うけれど、香鈴?やっぱり貴方は、他人優先ですよ。気がついてますか?さっき貴方は僕達を失いたくない、って言ったんです…それはつまり、僕達のことを一番に考えてくれている証拠じゃないですか。


「ちょーっと拍子抜けしちまったけど、…帰ってくるんなら歓迎するぜ」
「待っていてはやらんぞ。俺達は先に行く」
「もちろんです。…必ず、追いかけます―――いいえ、追いつきますから。すぐに」
「香鈴っ絶対!絶対だかんな?!やっぱやめたとか、そんなんナシだかんな!!」
「わかってるわ。…約束ね」


明日、香鈴は一度―――この旅から離脱する。
僕達も先へ進む為、この町を出る予定だけれど…でも今日くらい、と遅くまで飲み明かすことにしたんです。誰かが言い出したわけではないけれど、ごく自然に。
最後というわけではないけれど、全員、僅かな間だけ訪れる別れを惜しんでいるような、そんな感じがしたんです。
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