弾ける笑顔
「ああ…こりゃひでえ」
「もうこれで3人目じゃないか」
「どう見ても妖怪の仕業だよ。
やだねぇ、物騒で…」
「本当に…誰か、早く何とか。ねえ」
「ああ。こんなことなら本当に、」
―――"三蔵様"が―――
「三蔵様さえ来てくれたらねぇ…」
『三蔵』が全てを救ってくれる―――
ねぇ、本当にそう思っているの?
side:悟浄
香ちゃんが一時的に離脱してそろそろ3ヶ月。あの子はどのくらいで戻るとは言ってなかったし連絡手段もないもんだから、もう修業が終わってるのか、それともまだまだかかるのかすらわかんねぇ状態だ。
それこそ4人になった当初は悟空が目に見えてしょげてるし、八戒と三蔵もいつも通りを装っちゃいるがどこか調子が出てねぇように見えた。俺だって、…あの笑顔が、笑い声がないと調子が狂うっつーか…やっぱ淋しいんだよな?ずーっと一緒にいたからよ。
そんなんなるくれぇなら行かせなければ良かった、って思うだろ?でもよ、香ちゃんは意外と頑固だから誰が何と言おうと、自分で決めたことだけは覆さねぇと思うんだ。それが自分の為、そして俺らの為になるって信じてたから。
だからさ、俺らは黙って送り出して―――あの子が帰ってくるのを待つしか、できねぇんだ。
今となっては4人の旅にも慣れてきて、闘ってる時にヘマすることも減った。…けど、それでも町に着く度に香ちゃんがいるんじゃねぇかって無意識に捜しちまうんだ。先に来てるんじゃないか、って。
アイツらも口には出さなかったけど、買い出しん時とか、宿探してる時とか、何かを捜してるみてぇに視線が彷徨ってることがあった。何だかんだ言ってさ、俺達は全員、あの子のことが好きで仕方ねぇってことなんだろうなぁ。
「(この町もハズレ―――か)」
フード付きのマントを被って、グラサンをして、極力バレないように変装して入った町。何か知んねぇけど、『三蔵』について妙な噂が出回っちまってるみてぇでさ…普段の格好そのままでいるとよ、三蔵が一発でバレちまうわけ。んで、名前も隠して宿に泊まったってわけ。ま、それもちょっとした騒ぎで無駄になっちまったけどなー。
で、だ。その騒ぎに首を突っ込んじまったもんだから、三蔵のことがバレちまって町をあげてのもてなしを受けてるっつーわけだ。恐らく、町の奴らがほぼ全員この宿に集まってきてるみてぇだけど…軽く見た感じ、香ちゃんの姿は見当たらねぇ。つまり、この町にはいない確率の方が高いってことになる。ハズレってこと。
そんな馬鹿げたことを町に着く度に繰り返して、落胆して―――また次の町を目指す。傍から見りゃあバカでアホなことだって思うかもしんねぇけど、でも、それでも捜しちまうのは仕方ねぇだろ?
―――ピクン、
悟空がメシ食ってんのをビール飲みながら見てたら、結構な量の妖気を感じた。アイツらもわかったみたいで全員同じタイミングで立ち上がる。町の奴らは何事だって顔してるし、何処に行くんだって口々に聞いてきやがる始末。
ま、まだ料理も半分以上残ってるし、何でこのタイミングで町を出るんだーって思うかもしんねぇなぁ。この妖気を、感じることができなきゃ。
「あんたらも早いトコ避難しとけよ。けっこーな量の妖気が近づいて来てっからさ」
「な…?!それじゃあ妖怪が…?!」
おーおー、ザワザワしちゃってまぁ。妖怪を退治してくれ、って騒いでるけどさ?お宅らはアレだ、強迫観念ってやつにかられてただけだろ?実際、妖怪の被害に遭ってねぇのにあれだけ騒いでたのは。
「第一、その『三蔵』の噂が的外れなんだよ」
「な…どういう、」
「―――三蔵」
「チッ…いいことを教えてやる。俺達が妖怪を退治して廻ってんじゃねぇ」
ブワリと、黒い影が俺達4人を取り囲んだ。馬鹿の一つ覚えみてーにお尋ね者の三蔵一行だ、とか、経文を奪え、とか、殺せ、とか…いい加減聞き飽きたっつーの。それにだ、何度も何度も返り討ちにあってんだからよ?もう少し考えて襲いかかってこいっつーんだよなぁ。
群がってきた妖怪共を錫杖で切り裂けば、当たり前だが切り離された四肢や、血が辺りに舞い散っていく。それを目の当たりにした町の奴らは蜘蛛の子を散らしたかのように散っていった。確かにこの場に留まるよりは、逃げて建物の中に入るっつーのが一番いい手だろうなぁ。
俺達だってそれなりには考慮するけどよ、別に人助けしてるわけじゃねーんだ。…町の奴ら全員の命なんて、保障してやれねぇよ。
「つまりっ俺達の行く所、行く所にッ」
―――ゴパァッ!
「こーやって妖怪が出てくるってこと!!」
しっかしまぁ、今回は久しぶりに数が多いんじゃねぇの?ここまでの人数が刺客としてくるなんて、最近じゃあなかったからな。
「たまには運動しねーと、体がナマって仕方ねーし…よ!!」
―――バキャ!
「なぁ『太郎兄さん』?」
「―――フン。貴様には身体よりも頭の運動が必要だろうが」
三蔵の愛銃が妖怪を1人、また1人と撃ち殺していく。その様子はやっぱり容赦ねぇ…けど、それが俺達の知る三蔵だ。一般人が思ってるような尊い存在なんかじゃねぇんだよなぁ、コイツ。だって煙草も酒も賭け事もやる、とんでもねぇ生臭坊主だから。
銃撃をかいくぐって1人だけ、アイツの背後に近づいた妖怪がいた。大方、隙を見て経文を奪い取ろうっつー魂胆だろうけどよ…そう簡単に奪えるって思ったら大間違いよ?
後ろにいる気配に気がついたらしい三蔵が、裏拳をかまそうと足に力を入れた時―――フードを深く被った『誰か』が、その妖怪を蹴り飛ばしたんだ。
「―――ダメじゃない。この御方を狙ったりなんかしたら」
凛とした、それでいて鈴を転がしたかのような綺麗な声が辺りに響いた。顔はフードで隠れて見えない、でも何故だか…ソイツは、フードの下で笑みを浮かべているって気がした。いや、気がしたじゃねぇな…わかったんだ、笑ってるって。
この声も、気配も―――ずっと前から、俺は、俺達は知ってる。
「何だてめぇ!邪魔するんじゃねぇよっ!!」
「フードなんか被りやがって…お前から殺してやるっ!」
妖怪の鋭い爪が、フード付きのマントを引き裂いた。ハラリ、とマントが風に飛ばされて―――隠されていた顔が、太陽に照らされる。
「ふふっおイタが過ぎるんじゃないかしら?」
「お、…女?!」
「あら、女だからってナメてかかると…イタイ目、見ちゃうわよ?」
タンッと軽やかに飛び上がった彼女は、身の丈ほどあるであろう刀を操り、襲いかかってくる妖怪を切り裂いていく。運良く逃れた奴らには鉛玉を撃ち込んで、決して逃がしはしなかった。そう瞳が、物語っているように俺には見えたんだ。
―――ザッ!
「…よう、美人のおねーさん。1人?」
「こんにちは、色男さん。…そうね、1人に違いないわね」
「おや、女性の1人旅は危険ですねぇ」
「だよなっ!俺らと一緒に行かねぇ?!西までジープ乗っけてってやるからさ!」
「フン、こいつが簡単にくたばるように見えるか?―――礼は言わんぞ」
「期待していませんよ。…三蔵様」
しばらく離れてたっつーのに、俺達の関係は何ひとつ変わっちゃいなかった。気まずさも、恥ずかしさも何もないまま彼女は、まるでずっとそこにいたかのようにすんなりと馴染んでいて。
そりゃあな、これでも4年も一緒に過ごしてんだ、気まずさなんて欠片も生まれるはずがねぇんだけどよ。…ははっやっぱこーでないとな、俺達は4人じゃダメだ、5人揃ってねぇとなーんかダメダメだ。
「お、おい、あの銀髪の女……!」
「経文と共に奪えって言われてるあの女か?!け、けど、この3ヶ月姿をくらましてて死んだと言われてんじゃねぇのか?!」
「…あら、私、死んだことになってるの?それは困りましたね―――こんなにもピンピンしているのに」
にっこりと笑ったまま、彼女は綺麗な回し蹴りを決めた。あー…そういや、あの子が天界に行ってから半月くらい経った時、銀髪の女は死んだ―――とか何とか言ってる妖怪共が出てきてたなぁ。
何でいねぇのか理由を知ってる俺達は、それを否定も肯定もしなかった気がする。だってよ、今から殺しちまう奴らに情報を与えても無駄、ってやつだろ?死んだって思ってるんなら、それはそれでいーかって満場一致してたし。
それを彼女に言えば、何とも言えない表情を浮かべてそれはそうだけど、って呟いた。
「別にいいんですけどねぇ、死んだと思われても…でも、幽霊扱いされんのは心外」
「嫌だってことじゃねぇか」
「ま、そうなっちゃいますかね」
彼女―――香ちゃんの撃った弾が最後の1人を貫いて、ようやく全員を返り討ちにすることができた。いやー、相変わらず強ぇし鮮やかな手口してんよなぁ、この子は。
「はい、終わりです。…それにしても何でこんなにも集まってるんです?」
「三蔵だってバレて、もてなされてた」
「ああ…騒いでいたような声はそれですか。そりゃあ餌をばら撒いたようなもんですよねぇ」
ぐるりと辺りを見渡すと、さっきまでの人だかりはすっかり消えてなくなっていた。しーんと静まり返った町は、さながらゴーストタウンだ。でもま、怖くなったんだろうなぁ…これだけ殺した、俺達の方が妖怪よりも―――さ。
さって、…片付けも終わったことだし?何よりこの町にこれ以上、滞在する理由もねぇときた。となれば、さっさと次の町へ向けて出発するっつーのが、一番いい手だよな。
そう考えていた時。ガキの叫び声が、静かな町中に木霊した。…お?もしかしてまーだ残ってた奴がいたのか。
「星華ぁ!!」
「お姉ちゃん!!」
「ははは!!どうだ、これで手が出せまい三蔵一行!」
屋根の上にいたのは、俺達が泊まった宿にいたおねーちゃんの妹、だったか?確か。それとそいつを人質にとって、勝った気でいる妖怪。そうすりゃあ、俺達が降参するとでも思ってんのかね?ちょーっと考えが甘いんでねぇの?
あるあるすぎる光景を見て俺達5人は、あーあって呆れ顔になってる。香ちゃんもさ、意外とシビアな考え持ってるからさ?こういうの見るとバカですね、ってひっくーい声でボソッと呟くんだ。
「貴様ひとりで俺達に何ができる?―――第一、そんなガキのことなぞ知ったこっちゃねぇよ」
「さ…サイテー!!!何が三蔵一行だよ!!助けてもくれないクセに!!」
「―――三蔵法師様が全てを救ってくれるなんて、誰が言ったのかしらね?」
「…え?」
「ま、ただし―――売られたケンカは高値買い取りよ?」
俺達の態度に何か感じ取ったのかはわかんねぇけど、そいつは最後の悪足掻きと言わんばかりに背中から羽だした。んでもって、飛んだ。そりゃ羽生えりゃ飛べんだろーけど。
それでどーすんのかな、と思ってみてりゃあ……飛んで逃げるだけかよアイツ!!しかも去り際のセリフが「さらばだ!次は容赦せんぞ!!」ってダサすぎんだろーがよ!三流役者かっつーの!
「…ジープ!!」
―――キキィッ!
「このまま町から出したら厄介じゃありません?」
「ええ。ですから追いかけますよ、貴方も乗ってください―――香鈴」
「…はい、もちろんです。それにアイツに教えて差し上げないと」
「そーそー。「売ったケンカは返品不可。」ってな」
全員が飛び乗った所で、すげースピードで走り出したジープ。何度か味わったことがあるから今更酔ったりしねーけど、よくこの速さで走って曲がれるよな八戒の奴…!にしても、ガキ連れて逃げるたァ頭廻ってるよな、アイツも。このまんまじゃ確かに手は出せねぇ。それが狙いってことなんだろうけどよ。
どう動くべきか、と思っていれば、三蔵が空を仰いで「飛び降りろ!!」と叫んだ。まさかの言葉に香ちゃんは何言ってんの?!って顔してたけど、すぐにそれしか方法がないし、ガキを抱えられたままじゃどうにもできないことに気がついたらしい。ムーッとしてはいるけど、三蔵の言動にも行動にも一切文句は言わなかった。
シビアな考えしてるクセに、こういう優しい所もあるんだよなぁ。この子は。そこも相変わらず変わってねぇや。
腕を外してダイブしたガキは何とか俺がキャッチして、呆けた顔で空を飛んでた妖怪は悟空が叩き落した。アイツの力は半端ねーし、それなりに高い所から叩き落されたからさすがに死んでるかもな、と思ったんだけどよ、これがまー生きてんだよな。けどま、売ったケンカは返品不可だって教えなきゃいけねぇんだから、死なれちまったら困るんだけど。
「貴様ら…何故そこまで妖怪に楯突く?!半分とはいえ、妖怪の血が流れる分際で―――!!」
「俺は違う」
「私は半分じゃなくて、全部なんだけれど…」
「本日二度目ですよ、三蔵。それからそこにツッコむんですか?香鈴」
「大事なことですから」
のほほん、と始まった八戒と香ちゃんの会話。何つーか、妖怪を前にして緊張感ねぇ奴ら。
「判っているはずだ。知能も生命力も…人間より妖怪の方がより優れた種族であるということに!!」
「ふ、あははっ何というか、…貴方は底抜けのおバカさんのようですね?」
「なっ?!」
「言いますねぇ、香鈴。―――その「妖怪」が小さな女の子を盾にして逃げ出すような腰抜けではなく、あの高さからダイブできるほどの勇敢な方だったら、という話ですよね?」
「―――そうだ、我々妖怪の仲間にならんか?!貴様らほどの腕があれば我々の味方となって……」
―――パァンッ!
「ぶっ?!」
「仲間?アンタ達の?―――お生憎様。小さな女の子を盾にして逃げるような奴らの仲間になるくらいなら、舌噛んで死んだ方がマシよ」
本気でキレた香ちゃんの頭を撫でて、肩に腕を回せば、見知った光を宿した黒曜石に瞳が俺を見上げてきた。
「なーんかさ、前にも同じようなこと言ってきたヤツいなかったっけ?」
「いたいた。いつだっけかな、けっこー前?」
「…旅に出る当日、だったんじゃない?」
『我らが同胞』―――
『この世で信じられるのは
己のみでございます』
『では信じ続けるがよい、玄奘三蔵』
『そなた自身の眼を―――』
「…信じてきたさ」
なにせ俺は生まれて死ぬまで、俺だけの味方だからな。
言葉と共に放たれた一発の銃弾は、妖怪の眉間に風穴を開けて―――全ては終結した。
その後の俺達の行動は手に取るようにわかんだろ?あのガキんちょをキレーなおねーちゃんの元へ送り届けて、何も言わずに町を出てきたってわけ。町の奴らにとって俺らはきっと、疫病神とか死神とか言われてやがんだろーからよ。あのガキんちょだけは待って、って叫んでたように見えたけどな。
香鈴ちゃんも拾えたし、あの町に未練なんてこれっぽっちもねーんだけど…空は赤くなってきてるし、誰がどう見てももう夕方だってーのはわかる。町を出たのはついさっきだし、こりゃあ今夜は野宿決定ってやつかー?
「てゆーか、地図によると次の町まであと3日はかかりますよ」
「3日ァ?!!」
俺と悟空の声がピッタリ重なった。あの町に着いたのは昨日の夜だったから、当然ながら買い出しなんざしちゃいねぇ。今日だってあの騒ぎの中心にいたからな、買い出しする暇なんてちっともなかった。
つまり、だ…煙草も酒も買い足ししてねぇってわけで。ついでに言やぁ、食料も買い足ししてねぇから3日も持つわけがねぇんだよ。ただでさえ悟空が人の何倍も食うもんだから、普段から食料が足りてねぇっつーのに。
「うるせぇ!!!黙ってらんねぇなら、今すぐ撃ち殺すぞ!!」
―――ジャキッ
「ぎゃーっ!当たる!!そのキョリは当たる!!」
「ぷっ!…く、くくっ」
「…香鈴?」
「あはははっもーやだぁ、変わってないですねぇ君達は」
目尻に涙を溜めて笑う様子は、少しばかり幼く見える。けど、俺達が驚いたのはそこじゃない―――二人称が、変わっていたことに驚いたんだ。
今までは『貴方』で、どこかよそよそしさが残ってたんだけど(敬語がクセだから仕方ねぇんだと思うんだけどよ)、今は『君』って言った。確かにそう言って、楽しそうに笑ってて。話し方は一切変わってないけど、二人称が変わっただけでまた、この子が俺達に歩み寄ってくれたような気がする。
そう感じてんのは、俺だけじゃねぇだろ。絶対。
「あ、あれ…?私、何か変なこと言いました?」
「ううんっなーんも!…へへっいいや。香鈴が戻ってきてくれたから、いいや」
「え?」
「あー…猿と同意見なのはアレだけど、ま、そーだな。香ちゃんが戻ってきてくれたし、いっかな」
「愛されちゃってますねぇ、香鈴?」
「何が何だかわかりませんよ…何なんですか、急に」
こんなこと思うのはきっと柄じゃねぇって笑うだろうけど、…ホッとするこの空間。彼女がいるだけでこんなにも変わるとは、思ってなかったぜ。ほんと。
ようやく―――俺達の時間が、まともに動き始めたような気がした。