泣いて、笑う


一面の雪景色。怖い程の白に怯えていた彼がいたのは、3年前だったかなぁ…だけど、一度外に出てしまえば楽しそうに、本当に楽しそうに笑って足跡をつけていくから。
だから、良かった―――そう思って、笑みを零したのはいい思い出です。





「…寒ッ。」
「寒いですねぇ」
「寒いー!!」
「うるせえ。」
「はー…すっごい雪ですねぇ」


私達は今、雪山を登っています。最初はちらほら雪が舞ってる感じだったんですけど、いつの間にか吹雪になっちゃって…正直、積もりに積もった雪で方向感覚ゼロです。道が合ってるのか、間違ってるのか、それすらもわからない状態なんですけど、麓の村の方のお話だと西へ向かうにはこの山を越えるしかないんですって。道っぽい所をひたすら歩き続けてはいますが、…大丈夫かなぁコレ。

思わず苦笑するしかない雪の多さ。手袋とかコートとか、防寒の類は一切持ってきていないから、今羽織っているのは雪除け・風除けのマント一枚のみ。これでもないよりはマシだけど、さすがにこの吹雪となると少し堪えますよね。暑さよりは全然耐えられるんですけれども。
黙々と歩いてると、別方向へ向かうざくざくという足音が聞こえて振り返れば、さっきは寒い、と叫んでいた悟空が嬉しそうに、ここ雪が深い!と言っていた。…半ズボンなのに君、冷たくないの?膝まで埋まっちゃってるけど。
一緒に見ていた八戒くんが悟空は熱量が高いですねぇ、って笑ってるけど、そういう問題なのかしら?確かに子供は体温が高いから、こういう雪の中でもある程度は楽しそうに遊んでるけど―――この子、もう18歳じゃなかった?


「ウロチョロすんじゃねぇよ」

―――ボフ。

「ぶっっ」
「あ、悟空が埋まった」
「にしても、突然吹雪だもんな。どっか村とかねーのかよッ」
「この山に人は住んでいないと聞きましたけどね」


ああ、言ってましたね。この雪を目の当たりにしてわかりましたけど、この土地に住むのは些か厳しいんじゃないのかなぁって思います。とにかくこの雪じゃ野宿するのも無理でしょうから、夜になる前に山を越えないと…これ以上暗くなってしまうと余計に前が見えなくなってしまうからね、危険度が増してしまうと思うんです。

―――ザスッ

…ん?今、何か足元に―――刺さりましたよね?と確認をする前に、勢い良く腕を引かれた。私がさっきまで立っていた場所にはいくつもの矢が刺さっている。
え、な、何事?!刺客の可能性があるけど、でも妖気なんて全然感じなかったし、一体何処から、と思っていたら、今度は石が飛んできました。方向的に、上から飛んできましたよね?
後ろには大きな木、その上には子供の姿。きっちり厚着をして、でもその手には弓を持っている。あの攻撃は、確実にこの子達の仕業だろうけど…何の目的なのでしょう?


「―――帰れ!この山に近づくな!!」
「あのね、私達は君達に危害を加えるつもりないの!西に行く為にこの山を―――」

―――ビッ

「きゃっ!」
「香鈴!!」
「うるさい!!村の奴らは山に入ってくるなって言ったろ!!」


え?村の奴ら…?


「あれ?もしかしてこの子達…」
「人違いされてるみたいですね」
「あ、やっぱり…」


私達は村の人間じゃないよ、って言っても聞く耳持たずで、ひたすら帰れ、と言われちゃってます。かと言って、大人しく山を下りるわけにもいきませんからね。この山を越えないと、私達は先に進めないわけですし。
なので、強行突破することになりました。


「どうします?」
「無駄だ、関わるな!!」
「香鈴、手を!」
「あっはい!」


雪が積もっていなければ走るのも問題なかったんだろうけれど、これは走れる環境じゃないですよね…!八戒くんに手を引いてもらって何とか前へ進むけれど、突然、足元がふわりと浮かんだ―――というより、足を踏み外したような感覚に襲われた。
落ちる瞬間、手を引いてくれていた彼が私を抱きしめてくれたのは見えたけど、その後はもう、覚えていない。





「ぎゃあぁあ!!」


んー…うるさいなぁ。朝から何を騒いでるんだろ、悟空ってば。何事だ、と目を開けると、そこに飛び込んできたのは木目の天井でも、真っ白なシーツや枕でもなく、八戒くんのホッとした表情。…ん?此処、どこ?


「あ、起きました?」
「はっかい、くん…?」
「覚えてません?ほら、急に子供達に襲われて崖から真っ逆さまに落ちちゃったんですよ」


そういえば、走って逃げようとして急に浮遊感に襲われて―――そこから意識が途切れちゃったんだっけ。ぼんやりとした頭で思い出していると、床に寝転がっているはずなのに頭が痛くないことに気がついた。
でも枕ほど柔らかい感触でもないけど、一体何を頭の下に敷いて……私、目を覚ましてまず最初に何を見たんだった?天上とか、床とか、そういう無機質なものじゃない、…そうだ、八戒くんの、顔、で…?


―――ガバッ

「ひっ…膝枕?!!」
「いきなり起き上がったら危ないですよ?香鈴」
「も、もう大丈夫だけどっ…な、なんで膝枕を…?!」
「寝辛そうだったのでつい、…嫌でしたか?」


しゅん、とされた表情をされて、うっと言葉に詰まる。そ、そんな顔するのズルいですよ、そんな顔されちゃったら…何も言えなくなっちゃうじゃないですか。嫌じゃないです、と小さく呟けば、それはちゃんと彼の耳に届いていたらしく、嬉しそうににっこりと笑ってくれた。…その顔も、反則だと思うんですよね。私。
顔に集まる熱を誤魔化すように辺りに視線を向けてみると、子供達に乗っかられている悟空の姿が目に入った。何がどうなってああいう状況になってるんですかね?それに、…あの子達、全員妖怪の子供だ。子供達だけじゃない、悟浄くんの隣に座っている男性も、妖怪。


「身体冷えてんだろ、食うか?」
「あ、ありがとう、ございます…」
「そんな警戒しなくても大丈夫だぜ、香ちゃん。助けてくれたの、ソイツだから」
「そうなんですか…重ね重ね、ありがとうございます」
「いーや、いいってことよ」


頂いた汁物を食べながら経緯を聞いてみると、私達を襲ったのは彼―――耶雲さんが引き取った子達だそうです。妖怪達が暴走を始めてからも、一部の大人や子供達は自我を保っているそうです。その理由はよくわからないみたいですが、この辺りで残っている成人妖怪は耶雲さんただ1人だけ。
そしてこの子供達は親が暴走して遺された…孤児、だそう。彼は遺された子達を集めて、この洞窟で生活しているんですって。だからこそ、こんな山奥に隠れ家を築いているんですね。

そのまま話は私達が旅をしている理由へを移った。詳しくは言えないけれど、簡単に言うとこの異変の元凶を探る為ってことになるのかしらね?
でもそれを聞いた耶雲さんの表情は、どこか冴えない…どうしたんだろう?


「…だが、それで全てが丸く収まるもんかなァ」
「それはどういう…?」
「―――妖怪がしてきたことを、人間達が許すとは思えない…そういうこと?」
「ああ。ここまで人間達に恐怖と不信感を植え付けちまった以上―――難しいと思うぜ」


元凶を突き止めれば自我を失った妖怪達を元に戻せるかもしれない、でも事はそう単純ではない―――そう思っている耶雲さんの考えは、理解出来た。だって彼の言う通りだもの、それで全てが丸く収まるほど…事態は軽くない、むしろその逆で手遅れになるほどに深刻だと思う。
その現状を私達はいくつも見てきているから。もちろん、妖怪を怖がっていない人もいたけれど、ごく少数。ほとんどの人間は異常な程に妖怪を怖がり、嫌ってしまっていましたから。

ズズ、と汁物を啜っていると、何だか嫌な気配が外からした。妖気ではないけれど、…でも殺気に近いですかね?恐らくは人間のものだとは思いますが―――こんな所まで来るということは、耶雲さん達を疎んでいる方達だということ。


「…やっと見つけたぞ。こんな所で妖怪の子供を匿ってるとはなぁ―――耶雲」


やっぱり、人間だ。きっと麓の村の方々ですね、手に得物を持っているのを見ると…予想通り、彼ら妖怪を狙っているってことで間違いなさそうです。

理由は至極簡単、耶雲さんが、子供達が―――妖怪だから。

今は大丈夫でも、いつ暴走して人間を襲うかなんて自分自身でもわからない。絶対に襲わないっていう保証すらできない現実だから…だから、この人達がしていることは正しいのかもしれないわね。自分の身は自分で守る、それが今のご時世では鉄則になるでしょうから。


「…あんたら人間の言い分はもっともだ。先の安全を考えるなら、その行動は適切な判断だろう。―――ただし、」


凛とした三蔵様の声が、洞窟内に響く。


「耶雲はともかく、今此処にいるのはただの子供達だ。あんたらの村にいる人間のガキどもと何ら変わらん、な。…それが判っていて尚、このガキ達を始末できるというなら」

―――てめぇらは妖怪でも人間でもねぇ

「…ッ、…だが、やはり妖怪達とは共存出来ねぇんだ」


この土地を出て行ってもらうまでは納得しない、俺達だって生きるのに必死なんだと言い残して、彼らは去っていったけれど…それは少し、おかしいわよ。


「耶雲さん達だって、…生きるのに必死なのに、どうしてそれがわからないの」
「香鈴…」


生きている者はいつだって身勝手で、自分本位だ。どうしてわからない、と呟いた私だって…身勝手で、自分本位な理由で数えきれないほどの命を奪った。そしてそれは現在進行形のこと、あの人達を否定する資格なんて私にはないのかもしれない。
でも、でもね?貴方達が生きるのに必死だって思っているのと同じなの、耶雲さん達も、子供達も生きていくのに必死なの。何も、変わらないのに。ただ種族が違うだけで、体の造りが違うだけで、こんなにも悲しい結果をいくつも作り出してしまっているなんて―――何て、哀しいの。


「―――梁!!大丈夫だ、梁!もう大丈夫だ、お前らは俺が守るから…!」


ガタガタと震えている子供。最初は寒さで震えていたり、人間が乗り込んできたから怯えて震えているのかもしれないって思った。でも、じっと見ているとそんな感じではないような気がしたの…何だかおかしいって思うのは、私だけなのかしら?
…考えてもわからないことはわからないわね。外から聞こえる吹雪の音に混じって、耶雲さんの悲痛な叫び声が洞窟内に木霊した。


―――翌朝。寝る時までは確かに聞こえていた吹雪の音が、ピタリと止んでいた。
防寒着代わりのマントを羽織って外に出てみれば、雪はすっかり止んでるし、太陽の光が雪に反射してキラキラしてる。すっごい綺麗…!昨日の吹雪が嘘みたいに静かで、思わずため息が漏れてしまう光景だわ。
だけど、この状態なら昨日のようにはならないでしょうし出発できそうかしら。楽観的なことを考えていたんだけど、耶雲さん曰く、この空模様だと夕方にはまた吹雪になるそうです。今出発するのは自殺行為だ、と忠告を受けました。
…こんなにも晴れているのに吹雪くんですか…私達、素人の目だと全くわかりませんね。普通の空にしか見えませんもの。信じられないけど、でも耶雲さんはこの山に移り住んで長いんでしょうし、言うなれば山の専門家ですもんね。信憑性は高いかな。


―――グイッ

「きゃっ…!ご、悟空?!」
「ほらっ香鈴も早く行こうぜっ!」
「え?行くって、…何処に?!」


グイグイと引っ張られて連れてこられたのは、少しひらけた場所。そこには八戒くん達も、それに子供達もいて、皆さん何か作業をしていらっしゃるみたい。子供達は食材を集めてて、八戒くん達は薪集めと薪割り…ああそうか、今日もあの洞窟でお世話になることになったから働け、ってことなんですね。
まぁ、働かざるもの食うべからず、って言いますし。そうと決まれば私もしっかり働かないといけませんね。羽織っていたマントを外して薪割り用の薪を抱えている八戒くんの元へ駆け寄った。


「香鈴、その格好で寒くないんですか?」
「動き回れば多分大丈夫だと思います。半分、持ちます」
「ありがとうございます」
「…あれ?三蔵様は相変わらずサボリですか?」
「まぁ、三蔵ですし…それに今は、耶雲さんとお話してるみたいですしね」


…あ、本当だ。耶雲さんと三蔵様、並んで座って何かを話してるみたい。三蔵様って私達以外と話すことってあんまりなくって、だからこういう光景って割と貴重かも。
薪を抱えたままボーッと2人の姿を眺めていたら、こめかみにボスッと冷たいものが当たった。それも二発。感触的に雪玉、ですかね…冷たいし、雪玉って結構痛いんですよねぇ?だけどきっと、子供達の仕業だろうと雪玉が飛んできた方へ視線を動かしてみれば、…そこにいたのは悟空と悟浄くん。2人共ヤッベって顔してるから、完全にあの2人の仕業ですね。
大人しく薪割りをしているのかと思えば、いつの間にか遊んでいたんですか君達は!


「…悟浄くん、悟空…?」
「い、いや香ちゃん、今のは悟空の奴のせいでなッ」
「あーっズリィぞ、悟浄!もう一発はお前が投げた雪玉じゃんか!!」
「どっちでもいいわ!覚悟なさい、2人共ーっ!!」
「「っぎゃーーーーーーー!!!」」


我ながら子供っぽいことしてるなぁ、とは思うんですけどね。どうにもこうにも火がついちゃいまして…抱えていた薪を放って悟空と悟浄くんを追い掛け回しちゃいました。雪玉を持ったまま。それを見た子供達や耶雲さんも参戦して、何故か大人数の雪合戦に。
逃げ惑う2人を追いかけて、行き着いた先にはたくさんの石―――その石の前には小さな花も添えられていて。まるで、誰かを弔っているような…そう、墓石のように感じたんです。
石を見つめたまま動かない私達を見て、耶雲さんがこれは此処に来てから死んだ子供達の墓だ、と教えてくれました。これがあるから尚更、彼はこの土地を動きたくないんだ、と話す彼の顔には僅かな悲しさが、見えたような気がします。


「死んだって、…病気か何かで?」
「―――いや、殺された」
「…誰に?人間にか?」


そう問いかける悟空に返されたのは、静かな笑みひとつ。
この時は子供達の死を思い出すのが辛いのかもしれない、と思っていたんだけど…それは違ったんです。
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