白に埋まる願い
「すっごい吹雪…!」
「この雪じゃ足跡を追うだけでも一苦労ですよ」
「てか三蔵ッ梁捜すんじゃねぇの?何で耶雲を追っかけんだよ」
「―――香鈴。耶雲の居場所を掴め」
「え?あ、はいっ」
「三蔵?」
私達は今、猛吹雪の中に出て行った耶雲さんを追いかけて雪山を疾走中です。何故、そんなことになったかと言いますと…事の起こりは少し前。
梁くんがいない、ということを聞いた耶雲さんが銃を片手に出て行ってしまったんです。その時にはもう猛吹雪でしたし、1人で捜すのは大変だからって悟空が一緒に行くと言ったのだけれど、彼は…来るな、とでも言いたげに、洞窟の中にいろ、と言った。
その気迫に負けて残ったけれど、三蔵様が突然、気になることがあるから行くぞ、と立ち上がりまして。それで現在に至るわけです。
最初はね、梁くんのことが気になるから、彼のことを捜しに行くんだと思っていたの。でもよくよく話を聞いてみれば、三蔵様が追いかけていたのは梁くんではなく、耶雲さん。気になることって一体、何なんだろう?さっきの出来事を思い返しながら千里眼で耶雲さんの姿を探っていると、見つけたのと同時に銃声が―――響いた。
目の前に広がったのは、想像したくもなかった最悪の光景。
「今のって銃声…?」
「―――こっちだ!!」
「香鈴?居場所もわかったようですし、行きます―――…香鈴?」
「は、八戒くん……!」
そうよ、あの時―――耶雲さんはとても悲しそうに笑っていたじゃない。あの墓石の下に眠る子供達は、殺されたんだって言っていたけれど、じゃあ…誰に殺されたの?そんなこと、ちゃんと考えればわかるはずだったんだ。
「ッ…す、みませ、大丈夫、行きましょう」
「手、繋いでいきましょう。はぐれると大変ですからね」
マントを羽織っているとはいえ、防寒具は一切つけていないから彼の手も、私の手も冷たくなってしまっていたけれど、それでもギュウッと握られた八戒くんの手から、僅かに熱を感じたような気がした。
きっと私が不安気な顔をしていたから、こうやってくれたんですね。昔からそう、この方は何か不安とか悩みを抱えていると今みたいに、そっと手を握ってくれていたんです。
彼の手を握り返し、私達は三蔵様達の後を追った。何とか追いついた時、3人は何かを凝視したまま動かない。八戒くんはどうしたんですか、と声をかけるけれど、私は―――わかってしまった。彼らの視線の先にある光景が。
さっき耶雲さんの姿を捜している時に偶然見てしまった、辛くて悲しいあの光景が広がっているんだと思います。
「…や、耶雲…?」
「…何とかなる…って、夢見てたのは俺の方かもしれねぇな。そんな刺客ありゃしねぇのに」
耶雲さんに抱えられた子供―――梁くんの爪は血で真っ赤に染まっていました。
周りには血塗れになり、四肢がバラバラになっている人間の死体…見るからにこれは、梁くんが起こしたことでしょう。昨日、彼の様子がどこかおかしかったのは、暴走する寸前だったからなんですね。
「ど…どーゆーことだよッ俺全然…」
「殺してきたんだ」
ポツリ、と紡がれるのは、とてもとても残酷なお話―――けれど、現実のお話。
「人間を襲う前に―――暴走しちまった子供どもを。何度も、…何度も俺が」
―――俺が殺した。
「な、何だよそれ…―――ジョーダンだろ?」
梁くんを大事そうに抱え、彼は来た道を戻っていった。人間を1人逃してしまった、と、もう黙ってはいないだろうから、と。人間達の手から、あの大切な子供達を守る為に。
「さ、んぞう、さま、」
「…なんだ?」
「はやく、…早く戻りましょう。ダメです、このまま彼を行かせたらきっと―――」
「それも―――アイツが選んだ道だろう」
わかってる、…わかってるよ、そんなこと。でもそれでも、こんな結末、絶対に迎えさせちゃダメ、ダメなんですよ。けれど、私の願いは届かなかった。
私達が洞窟があった場所へ戻ってきた時、正に耶雲さんは人間を殺そうと、していたんです。鋭い爪で首筋を引き裂いて、血が滴るその身体に噛みついて―――その光景は、見ていられるものじゃなかった。だけど…目を、逸らせなかったんです。
『殺らなきゃこっちが殺られちまう!あんたらさえいなけりゃ俺達だって―――』
まるで、…まるで、いつかの私を見ているようだった。大切な家族を殺され、その原因を作った村の人間を喰らって、喰らって、喰らい尽くして、残ったのは…ひどい喪失感。後悔なんてひとつもしていないけど、それでも時々思うんですよね―――彼らは私達がいなければ、今でも静かに笑って暮らせていたのかもしれないって。
「私も、…耶雲さんと同じ夢を、見ていたのかもしれませんね」
ニタリ、と笑った耶雲さんが、悟空と悟浄くんを吹っ飛ばした。動きを止めようと三蔵様が発砲するけれど、それは腕を掠っただけで致命傷にはならなかった。現に彼の目には仄暗い炎が灯っていますしね。こうなってしまった以上、耶雲さんを救う手立てなんてどこにもないのかもしれない。
どうして―――そう叫ぶ悟空の前に、八戒くんと悟浄くんが彼を庇うように立ちふさがる。あの怪力です、接近戦では分が悪い…それだったら、私や悟空よりも2人の方が適任です。彼を攻撃する覚悟を決めている2人の背中を、悟空は呆然と驚きに満ちた瞳で見上げて―――2人のマントをぐっと掴んで、引き止める。
「悟空、」
「―――わかってるよ、…わかるけど」
「…どんな気持ちだったんでしょうね。子供達のお墓を作り続けて、たったひとりで」
「あいつの墓は、誰が立ててやりゃあいい」
ふわりと、震える悟空の身体を抱きしめる。同時に脳裏に浮かぶのは、楽しそうに笑う耶雲さんの姿。
「―――八戒くん、悟浄くん」
「…ん?」
「何ですか?」
「泣いてるんです、…ずっと、ずぅっとあの人は泣いてるんです。だから、涙を―――」
止めてあげてください。
最後はもう、声にならなかった。それでも2人の耳にはしっかりと届いていたらしい。頬を流れる涙をそのままに、それでも目を逸らさずに…私は耶雲さんの最期をこの目に焼き付けた。
「なぁ、香鈴。歌ってよ」
「…いいよ。何がいい?」
「あれがいい。一番最初に聞いた、あの歌」
鎮魂の歌―――私が家族を、家を焼いた時に歌った歌。初めて彼らの前で歌った歌。失われた命が、迷わず逝けるように導く為の歌なんだ、ってわかったのは、あの時。悟空はそのことをわかっていないかもしれない、それでもこのお墓の下に眠る彼らに手向けるのであれば、その歌がいいと直感的に感じたのでしょうね。
すう、と大きく息を吸い込んでメロディを紡ぎ出す。彷徨う魂が迷わぬように、離れぬように、そして安らかに眠れるように…そう思いを込めて、鎮魂の歌を捧げましょう。
「―――三蔵……あのさ、もし俺が」
紡ぐ。別離の言葉を、来世を願う言葉を。
「やっぱなんでもねーやっ」
「殺してやるよ―――殺してやる」
メロディを紡ぎ終わった頃、凛とした三蔵様の声が聞こえた。その背には太陽が光り輝いていて、いつになく金糸の髪がキラキラと光を放っていました。何て幻想的なんだろう。
「―――ん。」
「終わったんならさっさと行くぞ。また吹雪かれたら敵わん」
「今日はもう、大丈夫。吹雪いたりしませんよ」
「なに香ちゃん、わかんの?」
「教えてもらったんです。吹雪きそうな時の空の見分け方」
「あはは、じゃあ心配ないですね」
耶雲さん。―――ねぇ、耶雲さん。貴方はきっとわかっていたんでしょうね…自分のしていることが、矛盾しているってことに。だけど…そうすることで、他の子達の生活を守ろうとしていたんでしょう?命を守ろうとしていたんでしょう?暴走して人間を襲ってしまったら、きっと麓の村の人間達は耶雲さん達を殺しに来たでしょうから。
そうならない為に、そうさせない為に…暴走した子供の命を、奪っていったのでしょう?ただひたすらに、守りたいと―――そう、願って。
「(私がもし、暴走してしまう日が来るとするならば―――やっぱりその時は、)」
ふるり、と頭を振って馬鹿げた考えを霧散させる。今はまだ、前を見ていよう。今はまだ、…考えないでいよう、もしもの時のことなんて。