分断


暑いのは苦手。直射日光が厳しいのが一番苦手だけど、でも湿度が高い暑さもジメジメして、ベトベトして苦手です。

定位置である悟浄くんと悟空の間に座る気になれなくて、悟空に代わってもらい、私は端っこの席に座ってぐったりと顔を伏せていた。横に座る悟空はこの湿度の高い今を現す効果音を「じとぉーっ」と表現して、悟浄くんは「ジメジメ〜〜〜」だろ、と反論。それに更に悟空が反論するもんだから、余計に暑さが増していく気がして…イライラする。
ジャキ、と私が銃を構えたのと同時に、助手席に座っている三蔵様もうるさい2人に銃を向けようと取り出していた。


「…どっちでもいいでしょ、そんなの」
「鬱陶しい会話を今すぐ切り上げんと、死体にして放り出すぞ」
「あはは。さすがに香鈴も不機嫌ですねぇ、それにこれだけ湿度が高いと腐乱も早いでしょうねぇ」
「…お前涼しい顔して不快指数90%だろ、実は」


こんな湿度じゃ不快指数も上がりますって。いくら何でも普通にしていられる方がおかしいと思いますよ。ああもう、汗で―――というか、湿度で身体がベトベトして気持ち悪い…川で水浴びとかしたい気分。ボソッと悟空と一緒に呟くと、運転してる八戒くんが川ですか、と言ってジープを停めた。ふわりと水の香りと、冷たい空気が漂ってきて顔を上げれば、そこには広大な川が広がっていました。

う、わぁ…すっごい、大きい!川はいくつも見てきましたが、こんなにも大きな川は初めて見ました。ジープを降りて傍まで寄ってみると、サワサワと流れる川の音が気持ちいい。幾ばくか涼しくなったようにさえ思えますね。
…でもこの川を越えないと西へは行けないんですよね?見渡す限り、広がっているのは大きな川のみ。橋とか船とか、向こう岸に渡る術が一切見当たらない。この辺りにだって町はあるでしょうに、この川を渡りたい時、一体どうしているんでしょうか。
地図を見ていた八戒くんも橋は載っていない、と言っているし…


「―――渡れないよ」


響いた声は、幼い男の子の声。え?と聞き返すと、この向こうには渡れない、とだけ呟いて男の子は何処かへ走り去って行ってしまいました。渡れないってどういうことなんだろう?何か知っているように見えたけど、それを聞く前にいなくなっちゃったし…どこかに、何か事情を知ってる人はいますかねぇ?
名前を呼ばれたので振り向いてみれば、ギョッとする光景が広がっていました。だって悟浄くんと悟空が地面に伏せって、ピクリとも動かないんですもの。八戒くんがこの2人はどうするのか、と三蔵様に聴いてらっしゃいますけど、あの御方ってば重しをつけて沈めておけですって。
全く、…短気な三蔵様も三蔵様ですけれど、あの2人も本当に懲りない方達ですねぇ。少しは学習をしないといくつ命があっても足らないと思います。…ま、元々の生活がそんな感じではありますけど。

少しジープで進んだ所に村がありました。そこで舟渡しをしてくださる方がいないかどうかを聞いてみたんですけれど、船が出せないと言われてしまいました。一体どういうことなのか、理由を詳しく聞いてみれば…1年ほど前から川に妖怪が住みついてしまったそうです。それからと言うものの、立て続けに16艘が襲われて―――それ以降、誰ひとり舟を出さなくなった。
元々、この辺には橋がなく舟で向こう岸の村とを行き来していたそうなんですけどね…だから今、向こう岸に渡る術はないということみたいです。話を聞かせてくれた方も不便は不便だ、と仰っていますが、命は惜しいから仕方ないと諦めていらっしゃるみたい。まぁ、至極当然な決断だとは思いますよ。命あっての物種と言いますから。


「って言われてもさ、俺ら西へ行くには川渡るしかねぇんだけど」
「西?そりゃ兄ちゃん達、遠回りして山に入れば吊り橋くらいならあるがね」
「え?橋あるんですか?」
「山5つ越えるのにふた月はかかるがの」


ああ…そりゃダメだ。
でもそっか、あの男の子が言っていた「渡れない」というのは、そういう意味があったのか。舟は出すことができない、橋はない、吊り橋を使うにしてもふた月かかる…そりゃあ渡れない、と判断してもおかしくないことですよね。


「…あんた達、坤に会ったんかい」
「ええ、さっき川で。あの子、坤くんって言うんですね」
「あの子は…坤は元々、川の向こうの村から来た子でな。親の使いでこっちの村に来たまま、誰も舟を渡せなくなって…そのまま帰れなくなっちまった。川の向こうには母親と妹が待っているらしいが、」


可哀想になァ。まだあんなに小せぇのに。
おじさんの言葉が、胸に突き刺さる。まだ年端もいかない子がたった1人で、大好きな家族に会いに行くこともできない…もしかしたらこのまま帰れないかもしれない、という恐怖を抱え込んでいるんでしょうね。
…きっと、今までも何度も舟を出せないか頼んできたんでしょう。でもダメで、…それでも諦めきれずにあの子は、川辺で向こう岸を見つめているんだと、そう思った。

―――ポシャンッポシャン!!

水面を跳ねる石の音を聞きながら、悔しそうに呼吸をする坤くんの背を見つめる。そんな彼の横に悟空が座って、笑いながら何かを話しかけているのが見えました。


「―――けどさぁ、見えてんのに手が届かないのは、悔しいよなぁ」


すぐ、近くにあるはずなのに。少し手を伸ばせば届きそうなのに、でも届かない歯痒さは―――よく知っている。
だからこそ、坤くんの悔しさが私にも少しだけわかるような気がしたんだ。


「…どうされます?三蔵様」
「フン、どうもこうもあるか。山5つ分もムダ足踏むつもりはねぇよ」
「―――おい悟空!!舟出すってよ」


そうと決まれば善は急げ、ってやつですね。さっきまでお話を聞かせて頂いたおじさんの所へ戻って事情を説明し、舟は買い取るから出してほしい、とお願いしてみると―――舟は誰が漕ぐんだ、と言われてしまったんです。
本来なら舟渡しをしているプロの方に頼むのが一番いいんでしょうが、妖怪に襲われる危険が潜んでいる川に舟を出そう、という物好きはいないでしょうね。
―――で。一行の視線が向いたのが、


「なんっで俺なのかね」
「貴方が一番力があるでしょう?悟空も力はありますけど、櫂を壊してしまう危険性がありますし…」
「悟浄くん、疲れたら言ってください。私が代わりますから」
「そー言ってくれんのは香ちゃんだけよ、ほんと…」
「いーんだよ。コイツには肉体労働させておけ」
「てンめ、この生臭坊主…っ!!」


初めて乗る舟に悟空は興奮気味で、今も身を乗り出して川を覗き込んだりしています。成り行きで一緒に乗せていくことになった坤くんによれば、この辺りは流れがとても緩やかなんですって。お父さんとよく釣りをしたんだ、って教えてくださいました。

それを聞いた悟空が魚見えるかな、ともう一度身を乗り出した時―――水面に不自然な気泡がいくつも現れて、舟の周りに渦が出来上がりました。ああ、早速来やがりましたか…!向こう岸に渡りつくまで待ってはくれないだろう、とは思っていましたが、こんなにも早く来るとは予想外でしたね。


「っ…これっ落ちたら即、終了ってやつですか?!」
「ええ、敵の思う壺だと思いますよ!」


―――バッ!

水の中から、1人の妖怪が飛び出してきた。そいつは船頭に勢い良く降り立ち、餌である私達を舟から落とそうとして…坤くんが揺れた舟からズルリ、と落ちていくのが視界の端に映り込む。咄嗟に悟空が手を掴んでいたようだけれど、彼もそのまま川へ落ちてしまった。
でも悟空は泳ぐのが得意だって言っていたから、きっと何とかなる―――そう思っていたのだけれど、妖怪達が襲ってきたせいなのか流れが早くなってしまっているみたいです。泳げずにもがき、如意棒を壁に突き刺して何とか流されないようにしているみたい。

その間にも私達を乗せた舟はどんどん流され、悟空と坤くんの姿は何とか確認できるかな?ってくらいになってしまっています。ひとまず後で合流しましょう、と声をかけはしましたけど…どうしますかね、こっちは。


「―――団体様、だったみたいですよ?」
「しかも仲間を殺されてお怒りの御様子です」
「チッ足場が不利だ」
「舟の上ならまだマシ。…落ちたらもっと不利だし、地獄だと思いますよ」


舟に乗り上げて来ようとする妖怪達を、片っ端から三蔵様と私の銃が撃ち殺していくけれど、如何せん数が多すぎます!倒しても倒してもキリがな―――

―――ぐらぁ、
―――バシャァッ!!

ちょっとした隙をついて、舟は転覆。私達は敵の住処にまんまと足を突っ込んでしまったようです。とにかく水上に上がらないと、不利どころの話じゃない…このままじゃ、息が続かないもの。

けれど、それは叶わなかった。

水上に上がろうと身体を動かそうとしたら、何かものすごい力に引っ張られるのを感じました。視線を動かさなくても気配でわかる、私達の身体には今、妖怪達が逃がさんと言わんばかりにしがみついているのだと。


「ヒヒッてめぇから喰ってやるよ。上玉の女なんか久しぶりだなぁ!」
「―――――っ…!」


銃は水の中では役に立たない、刀を召喚しようにも浮力で思うように振り回すことができないでしょう。水の中では明らかに、妖怪達の方が有利。
どう頑張っても私達には為す術がない…そう諦めそうになっていたのだけれど、突然、身体にしがみついていた妖怪達が霧散していった。それと同時に身体中に衝撃を感じて―――次の瞬間には、渦に巻き込まれていたのです。
- 84 -
prevbacknext