西から来た男


―――むく、

「もう、…人が気持ち良く眠ってるっていうのに」
「さっさと終わらせてもう一眠りしましょうね。…はい、上着」
「ん…ありがと」


ぐっすりと眠っていた私達を起こしたのは、大量の妖気。この宿のすぐ近くまで来てるみたいですね、何もこんな嵐の晩に来なくてもいいのに…でもきっと、このひどい雨で妖気や物音を消せると考えたんでしょうね。発想が貧困すぎてダメですねぇ。隠せるようなものじゃないんですよ。

ちゃっちゃと着替えを済ませて、一旦、部屋の外で待機。中から窓ガラスが割れる音が聞こえてきて、―――勝ち誇ったような声で、油断しやがったなーとか、あっけないーとか言ってますけど…手応えで気がつきなさいよ、明らかに柔らかかったでしょうが。

ガチャリ、とドアを開けて中に入れば、ちょうど良く稲光が私達の姿を映し出していた。怪我ひとつ負っていない、五体満足な私達を。それを見て呆気にとられたような顔をしている妖怪達を見て、溜息を1つ吐き出した。…この方達、本当に私達5人を殺せたと思っていたんですね。めでたい頭ですこと。
室内で動き辛いけれど、着々とその数を減らしていく中―――外から別に大量の妖気を感じたんです。それと同時に聞こえた女性の悲鳴。…そう、こいつらの狙いは私達だけじゃなかったということ。
グッと拳を握って、窓から飛び降りた。


「いい加減に、しなさいっ!」

―――ザシュッ!

「ヒィィィ―――たッ助けてくれぇえ!!」


踵を返して男性の背後に迫る妖怪を切り伏せようとしたけれど、一歩、あと一歩…間に合わなかった。


「―――ッてめぇら…あぁあァ!!」


悟空の雄叫びが耳に届いた瞬間、ふわり、と誰かが音もなく降り立って妖怪を鮮やかに蹴り飛ばしたんです。…あれ?あの背中、何処かで……ああ、そうだ。先に行ってしまった悟空にようやく追いついた時に見た人、だ。銀髪の中性的で、とても綺麗な人だと思った記憶がある。
その人がどうして、と思った時、その人の後ろにでっかい人が姿を現したんです。2メートルはありそうな背丈で、二丁の拳銃を構えたその方は、銀髪の男性の一言で妖怪の大群へと単身突っ込んでいきました。いくら何でも1人では無茶だ、と思ったんですが、身体はとても大きいのに予想以上に素早くて…気がつけば、あれだけいた妖怪の数が半数以下に減っていたんです。

それにしてもあの方の銃…一体、何なの?三蔵様や私が持っている銃とは大きさがまるで違うし、音も段違い…耳を塞いでいないとうるさくて敵わないくらいです。それに、…一発も外していない。命中率も半端ない。思わず見とれてしまうくらいに…強い。


「…すごい、」
「ははっガトは強いやろ?嬢ちゃん。…大量やないか、余してしもうたらもったいないわぁ」
「え?」


いつの間にか隣に来ていた銀髪の男性。首にかけている六芒星のペンダントを掲げ、何かを呟いているんですが…何を、しているの?薄
らと見えたのは、ペンダントに集まっていく淡い光の玉。あれは…一体?


「―――な、何なんだコイツら…?!」


妖怪は殲滅されたようですが、広がっていたのはさながら地獄絵図。でもまだ生きている方々はたくさんいる、とにかく傷の手当てをしなくちゃ…!


「おいっ大丈夫か?!」
「どいて悟浄!」
「怪我人を一か所に集めて頂けますか?私と八戒くんで何とかしますから!なるべく揺さぶらずにお願いしますね!」
「香鈴、貴方…?」
「…貴方だけに辛い思いなんて、させませんから。絶対にさせませんから」


八戒くんの治癒能力は、自分の体力と気力を削って施すものだ。怪我人がどれだけいるのかわからないのに、それをたった1人でなんて…そんなのぶっ倒れる可能性が高いじゃないですか。私の癒しの歌も同じ原理だけれど、2人でやるなら辛さも半分になる。だから絶対に、やめてって言われてもやめたりなんかしません。私を止めるなら、こっちだって貴方を止めます―――そうでなきゃ、おかしいでしょう?

悟空と悟浄くんの手によって運ばれてくる怪我をした街の人達。雨に濡れてしまっているし、血も流してる…早く傷を塞いで建物の中へ運んで差し上げないと、余計に悪化させてしまう結果になるでしょう。
八戒くんが傷を塞いでいく横で、私はメロディを紡ぐ。普段より声量を上げて、まだ運ばれてきていない怪我人の方の耳にも届くように、その傷を奥から癒せるように―――祈りを込めて。

―――パァ…!

何かが、光った。それを肌で感じて私は、歌を止めた。八戒くんも気功を施すのを止めて、光った方へと視線を移していて…新たに怪我人を運んできた悟浄くんも同じように何かを凝視していた。
その視線の先にはさっき、私が助けることのできなかった男性。確かに息を引き取ってしまっていた男性は起き上がっていて、娘さんが泣きながらお父さん、と抱きついている。
生き返った、って、ことですか…?嘘だ、そんな御伽噺みたいなことがあるわけ、


「そこの眼鏡のアンタはん、それとさっきの嬢ちゃん。治癒ができはるんやったら、怪我人はお任せしますな」
「え…ええ、あの」
「亡うなった方は全部、ウチにお任せや」
「お任せってどういう、…行っちゃいました…」
「よくわかりませんが…僕達はこっちに集中しましょう」
「―――そう、ですね」


あれだけ降っていた雨は綺麗サッパリ上がった。亡くなった街の方々は皆、銀髪の男性によって生き返り、怪我をしていた方々も何とか八戒くんと私で傷を塞ぐことができました。
…危惧していた通り、八戒くんがぶっ倒れちゃいましたけどね。こうならない為に私も加勢していたんですが、人数が人数でしたし、それだけではなくあの大雨の中飛び出しちゃいましたから…ずぶ濡れだったんですよね、私達。そんな状態で気功を立て続けに使ってしまったんですもの、倒れてもおかしくはないんです。


「はい、八戒くん。気休めにしかなりませんが、熱冷まし」
「ありがとうございます…貴方は大丈夫なんですか?」
「今は自分の心配だけしてくださいな」
「そーそー。たく、無茶しやがって」
「あはは―――だって、任されちゃったもんですから」


お前ほんっと負けず嫌いよね。
悟浄くんの言葉に苦笑しながら本当に、と相槌を返す。そうなのだ、彼はあの男性の一言で火がついたのか何なのかわかりませんけど、キツイ状態になっても気功を使うのを止めなかったんです。一度、手を出したことには最後までやり遂げる人だというのは知ってますが…今回のは明らかにやってやるよ、って感じが滲み出てました。それで倒れちゃったら元も子もない、って思うんですけどねぇ。

…とは言ったものの。実は私も結構、マズかったりします。自分の能力を把握した後も、癒しの歌なんてほとんど使わないで過ごしてきていましたからねぇ…今回みたいに立て続けに歌ったのは初めてなんです。きっと一度や二度くらいなら何ともないんでしょうが、その比にならないくらいに歌って―――それも途中で止めることもしなかったから、かなり体力が持っていかれてるみたい。
今の所、何とか倒れないように気を張ってますが…気を抜いたら倒れちゃいそう。


「(彼が倒れていなかったらきっと、私が倒れてたんだろうなぁ…)」

―――グラッ…

「…大丈夫か?香ちゃん」
「ごめ、…平気です」


偶然にも八戒くん達はこっちを見ていなくて、私の異変に気がついたのは悟浄くんだけのようですね。それなら好都合…心配そうな瞳を向けてくれている彼に、3人には言わないで、と小声で釘を刺して離れた。何か言いたげに口を開いたけれど、それを遮るようにノック音が響いて、独特のイントネーションが鼓膜を揺らす。

入ってきたのは銀髪の男性と、でっかい男性。さっきまで表で町の方々に囲まれていたはずなのに…不思議に思いながらも来客だから、と身体を起こそうとしている八戒くんの背に手を添える。
こういう所、律儀なんですよねぇ?具合がよろしくないんですから、横になったままでいても失礼だーって言われることはないと思うんだけど。でもきっとこの方はそう言った所で聞きやしないから、何も言いませんが。


「なんやしんどいことさしてしもたみたいやわぁ、えろすんまへんな」
「いえ、僕なら大丈夫です。すぐに回復しますから」
「嬢ちゃんはなんともあらへん?」
「…ええ。お気遣いありがとうございます」


ポンポンと言葉が繰り出されて、何か…呆気にとられちゃうっていうか。この方、何だか色々と掴めない。妖怪と対峙していた時は、ゾッとするくらいに鋭い瞳をしていたのに今の彼はのほほーんとしてるように見えるんです。それが本性を隠す為の虚構なのかまでは、生憎、私にはわかりかねますけど。
…でも三蔵様の法衣を見てキラキラ瞳を輝かせているのを見ちゃうと、やっぱり気が抜ける。変な人、っていうのが私が彼に対する第一印象。

そして始まってしまった質問タイム。何者なのか、何処から来たのか、朝方に見た術はどうやっているのか、とか…それはもう鉄砲玉のように投げかけられる質問に、銀髪の男性は困ったように笑っています。
それをぶった切るように声を発したのは、三蔵様。ただ一言、目的は?と。


「うちらは海の向こう…ずっとずっと西の方の大陸から来たんですわ。この桃源郷で妖怪の被害に遭おとる人間達を救うために―――それだけのことや」
「それはまた、…遠路はるばるご苦労なことですね」
「僕らも見習うべきですかねぇ」
「…うるせぇ」


あはは、それは絶対に無理でしょう。私達は所詮、三仏神様から命があって行動しているだけで自分達の意思はほとんどない。いや、まぁ…行くと決めたのは少なからず自分の意思があるし、何だかんだ言いつつ旅を続けているのも―――やっぱり自分の意思だとは思うんです。
思うんですけど、彼のように何も命を受けていないのに妖怪に襲われている人間を助けよう、という考えにいきつくことは、私達の中では絶対にないことだと思うから。目の前で襲われていたりすれば助けるでしょうけれど、この人のようなことは…私達には似合わない、というか…できないでしょうね。

いまだに疲労と怠さを訴える身体を誤魔化すように、椅子を引っ張り出して腰掛ける。その間にも話は進んでいたようで、悟空が彼がいた大陸では全員が死んだ人間を甦らせることができるのか、質問していました。
でもその答えは否、あの力は彼のオリジナルだそうですよ。そんな力を持った方が何十人、何百人といたらすごいことだとは思いますけどね。


「それに実際は甦らせとるわけと違います。移し替えとるだけや」
「移し替え…?」
「死んだ妖怪の魂をうちが一旦回収してな、それを人間の蘇生に使わせてもろてるんです」


魂を移し替えて―――それって、魂さえあれば何でも生き返らせることができるということですよね?


「―――妖怪は?人間の魂を使って妖怪を生き返らせることも可能か?」
「…何の為に、どすか?」


三蔵様の質問の意図を悟空と悟浄くんは理解していなかったみたいだけど、八戒くんと私は何となくわかってしまいました。あの御方が何故、そんなことを質問したのか。…だけど、それを今ここで口にするべきことではありませんよね。説明をするのも面倒ですし。

銀髪の異国の男性は、ヘイゼル=グロース。

そう名乗ってまたお会いしましょう、と三蔵様に言葉をかけ、部屋を出て行かれました。西から来た魂を移し替えることができる力を持つ男―――ですか…語られた理由は至極真っ当で素晴らしいものだと思いますけど、何だろう?胸に引っかかるこの嫌な感じ。
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