軋む胸


運転手である八戒くんが倒れてしまったので、彼の体力が回復するまで・具合が良くなるまではこの街に滞在することになりました。運転なら悟浄くんや私でもできますけど、不調なまま出発した所でいいことなんて1つもありませんからね。
弱ってる方を狙うのは当たり前のことですし、無理をしたら回復が遅くなる。それを考えれば、彼が動けるようになるまでは大人しく出発するのを取り止めた方がいい―――それが八戒くんを除く、私達4人の意見。

当の本人は大丈夫です、と最初は言い張ってましたけど、相当きつかったみたいです。途中から大丈夫、とは言わなくなって、今ではぐったりとベッドで横になっている状態。時折、身体を折り曲げて咳き込んでいる姿が辛そうで見ていられなくて、そっと背中を擦る。
そうするとありがとう、って笑ってくれるんですけど…バカね、こんな時まで笑わなくていいんですよ?


「買い出しは悟浄くんと悟空と、珍しく三蔵様も一緒に行ってくれています」
「そう、なんですか…?気がつかなかったな」
「さっき、一瞬だけですけどウトウトしていたでしょう?その時に…今はゆっくり休んでいてください、大丈夫、傍にいますから」
「ええ、…ありがとう、香鈴」


ベッド脇に椅子を置いて、自らの体調を誤魔化す為に文庫本を読んでいると、小さなノックの音がした。入って大丈夫ですよ、と声をかけると、宿屋のお姉さんがお水を持ってきてくださいました。
頼んだりしていないのに、具合が悪いことを聞いてわざわざ持ってきてくださったみたいです、ヘイゼルさんと一緒に皆を救ってくれたから―――と。


「あ、…あの、お姉さんのお父さんも昨夜…」
「ええ。父もすっかりヘイゼル様のお力ですっかり元通りに…奇跡って本当にあるんですね」
「あれから特に変わった処はありませんか?体調が優れないとか」
「全然ないみたい。昨夜のことが嘘みたいに元気ですよォ」


何か副作用のようなものがあるのかな、と思っていたけれど、そういうのは一切ないと見ていいんですかね。ふむ、と1人で納得しているとお姉さんがそういえば、と口を開いた。変わった処といえば瞳が黄色がかったくらいだ、と一言残して、彼女は部屋を出て行きました。

黄色の、瞳―――?


「香鈴、」
「多分、同じこと考えてます。山の中で襲ってきた人達もそうでしたし、ヘイゼルさんと一緒にいたでっかい男性も黄色い眼をしていたと記憶していますよ」
「それってつまり―――…うわ、」
「ああもう!ほら、横になってゆっくり休んでください」
「まいったなァ…悟浄の言う通り、ちょっと無茶したかも」
「かも、じゃありませんよ。確実に無茶してました!」


ベッドに倒れ込んで咳き込む彼にお水を、と立ち上がった所で、ドアがガチャッと開いたんです。お姉さんが何か忘れ物をしたのか、と思ったんですが…そこにいたのはお姉さんではなく、斧を持って虚ろな瞳をしている宿屋の御主人―――!

斧が振り下ろされる寸前で、ベッドに寝ていた八戒くんを引き摺り下ろし転がった。いきなり動いたからかぐらり、と視界が歪む。身体も怠いし、体調は最悪だと言えるでしょう…だけど、私以上に八戒くんは辛そうに浅い呼吸を繰り返しているんですから、ここで倒れるわけにもいきませんよね。


「―――殺せ…妖怪は殺せ」
「ッ、やっぱり、そういうことなんですか…!」


昨日、山の中で襲ってきた人達も同じ言葉を呟いていた。そして黄色い瞳、…彼らは全て、ヘイゼルさんが甦らせた人達ってことになります。
でも全てを片づけた時に会った時は普通でしたよね?今みたいな行動はしていなかったし…ということは、何か合図があるか―――もしくは操られている?


―――ヒュッ…!

「香鈴!!」
「チッ…悪いのはそちらですから、ねっ!!」


刀で傷つけるわけにはいかないから、鳩尾に一発いれて部屋から廊下へと吹っ飛ばす。その間にドアを閉めて鍵をかけて、…きっと一時しのぎにしかならないでしょうけれど、状況を整理さえできれば問題はない。


「はっはぁ、は…ッ」
「!香鈴、貴方まさか―――」
「今は、見逃してください。…とにかく状況を整理して、どうにかしないと…」


ダメです、と言いかけた瞬間、八戒くんに思いっきり引き寄せられた。刹那、ドアに斧がめり込んで、何度も何度も…ドアを壊そうとするように打ち付けられる。抱きしめてくれていた彼の腕を抜け出して、テーブルでドアを塞いでみたものの―――ドアの外にたくさんの人が集まってきているみたいで、一瞬の間も持ちそうにありません。現に今もドアは破壊され続けているし、ミシミシと嫌な音を立てていますから。

―――破られる!

そう直感した私は彼の上着と、彼の腕を引っ掴んで駆け出した。目指すは窓の、外!


「しっかり、捕まっててくださいね!八戒くん!!」


ギュッと彼を抱きしめて窓を突き破る―――その後のことなんて、これっぽっちも考えていませんでした。八戒くんを抱えたまま無事に着地できるなんて思っていませんから、とりあえず彼が怪我をしないようクッションになろう、と決心だけはしていましたけどね。
けれど、私達の身体は地面に叩き付けられる前に何かにぶつかったんです。そっと目を開けば、見慣れた車体…悟浄くん達に着いて行っていたジープの上に私達はいました。…そっか、彼らにもきっと同じことが起きていてジープに行くように3人が言ってくれたんですね。
助かりました、このままあの3人も拾って町を出る以外に―――


―――グイッ
―――ズサァッ!

「ぅ、…!」
「香鈴!…ちょっ、離してください!!」


反撃ができないのが厄介、だけど、せめて八戒くんだけでも守らなくちゃ―――身体を抑えつけている町の人達を蹴り飛ばして身体を起こせば、八戒くんのことを拘束していた人達を悟空が豪快に投げ飛ばしていました。…あ、悟浄くんと三蔵様も一緒にいる…!
拾いに行く手間が省けましたね…絶不調な八戒くんに運転をさせるわけにいかない、彼をそのまま後部座席に座らせて、私は八戒くんの指定席である運転席へと乗り込むことにしました。
彼ほど運転が上手いわけではないですけど、非常事態ですしっ…安全運転なんて言ってる場合でもありませんからね!


「お、おいっ香ちゃんだって体調―――」
「黙っていないと舌噛みますからね!しっかり捕まって!!」


思いっきりバックして方向転換。そのまま街を抜けようと、出来る限りのスピードを出して疾走―――の予定、だったのに、進行方向に大量の空樽がガラガラと落ちてきてハンドルを切るハメに。ジープは竜の姿に、私達も放り出されてそのまま着地。…そう、どうやっても私達を見逃してくれる気はないんですね…!

仕方ない、どうにか退けるしか方法はないようです。あちらさんは武器を持って襲いかかってきますけど、私達はそれができない。
相手が人間だというのもありますけど、この人達は一度死んで、生き返らせてもらった人達だから…昨夜、大切な人達を亡くして泣いてる人達をたくさん見たから尚更、本気で倒すことができないって思っちゃうんです。


「ねぇ、お父さんどうしちゃったの?!やめてよ、お父さんってば!!」


娘さんの声も、届かない―――宿屋の御主人は、自分の娘さんを突き飛ばして悟空へと向かっていきました。

どうして、…どうしてこんなことになってしまっているんですか?家族なのに、大切な家族のはずなのに、どうして彼女に見向きもしないの?
これじゃあまるで、自我を失って暴走した妖怪と何ら変わりないじゃない、目の前にいる私達のことしか目に入っていないような…そんな現実に、胸がズキリと痛んだ。

―――倒せ。

そう叫んだ三蔵様の声が耳に入らなかったわけじゃない、現状を理解していないわけじゃない。話が通じないのもわかっているし、こうなってしまっている以上、倒す以外に術がないのも重々承知しています。わかっているのは私だけじゃない、八戒くんも、悟浄くんも、悟空だって、…ちゃんとわかってる、理解しているの。それでも、これじゃあ…何の為に生き返ったの?!
やめて、殺さないで!とあのお姉さんの叫びが聞こえるんです。きっと三蔵様にも聞こえてるんです、聞こえていないわけがないんです。…でもあの御方は昨日の昼間と同じように、躊躇いなく引き金を引いた。


「………っ」
「行くぞ、…香ちゃん」
「は、い…」


私達の存在はまるで害虫だ、疫病神だ―――わかっていたことなのに、どうして…こんなにも胸が、痛い。
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