命は、
「大丈夫?悟浄くん」
「おー、何とかな」
5人でギリギリの状態のジープに7人乗るなんて、無茶もいいところだ。私と同じように縁に腰掛けていた悟浄くんは、段差で生じた揺れでまぁ物の見事にジープから落ちてしまったわけで。
アチラさんを罠にハメる為に隠れている私達は、動きがあるまで暇―――なので、この時間を彼の手当ての時間に使うことにしました。落ちたと言っても、元々運動神経が悪い方ではありませんから、上手く受け身を取ったみたいですけどね。…その瞬間は見事にマヌケな声を発していましたが。
これなら絆創膏は必要ないかな、と思っていると、お腹に響くような銃撃音が聞こえてきました。どうやら私達が考えた作戦にあっさり引っかかって下さったみたいです。こうもすんなりいくとはねぇ…バカなんだか、警戒心が薄いんだか。そのおかげで早く尻尾が掴めてこちらとしては万々歳なのだけれど、…とはいえ、これで全てが片付いたわけじゃないのは明らかですよね。
ヘイゼルさんの制止で止められた銃撃。たった1人だけ残った妖怪にアジトへの案内をお願いするみたいです。この森で攫った女性を捕虜にしているのもわかりましたしね。
さて、私達のお仕事はここで終了―――って所でしょうか?ついでに乗せていく、というお約束でしたからね、これ以上は関わる必要性がないのですが…何を考えていらっしゃるのか、三蔵様が「つき合ってやるよ」と一言仰りまして。
「……」
「嬢ちゃんは不服そうやねぇ。…ああでも、その細腕じゃあ妖怪には敵いやしまへんし、留守番してた方が良さそうや」
―――ビキッ
「…誰が行かないなんて言ったのよ。行くに決まってるでしょう?」
本当にこの人の言葉は、見事に怒りを誘ってくれますね!本心か、嫌味か、はたまた挑発か…いや、言葉の種類なんてどうでもいいですね。やっぱり私は、この人が苦手だ。
「香鈴、…貴方、完っ全にキレてません?」
「そんなことないですいつも通りですのでご心配なく」
案内されたアジトの中にはたくさんの妖怪がはびこっていた。侵入者が入ってきたことはあっという間に広がったらしく、奥から次々に出てきますねぇ。この方達に恨みなんてこれっぽっちもないし、牛魔王の刺客でもないので本来ならば放っておいてもいいんですが…ま、乗り掛かった舟ですしね。こうなったら最後までお付き合いしようじゃないですか。
八戒くんが締め上げた方から、捕虜となっている女性達の居場所を聞き出すことに成功しました。どうやら女性達は最上階にいらっしゃるみたいですね、それを聞いた悟空と私は即座に走り出したのだけれど…ヘイゼルさんが足速いのなんのって。あの悟空ですら追いつくので精一杯な程なんです。
ご本人曰く、足には自信がないそうなんですが、…コンパスの差じゃないかですって。
―――カッチーン。
…そりゃあね?背丈も違いますし、足が長いのは認めざるを得ないですけどっ…ああもう、どうしてこの人は人の神経を逆撫でにするのがお上手なんでしょうか。別に勝負をしているわけでも何でもないけれど、この人にだけは負けたくなくなってきましたよ。私。
奥からまた妖怪が出てきたので応戦しようとしたら、一瞬にして悟空とヘイゼルさんが倒しちゃいました。走りながら倒す、って…普通は出来ませんよ?曲芸師か何かですか、あの2人は。
「はっはぁ…!な、んなの、あの2人の足の速さ!」
「香ちゃんも足速い方なのにな」
悟空には負けますけどね。そんな会話をしながら先行く2人を追いかけていけば、何とか追いついた―――というか、行き止まりになっているみたいです。階段とか、何もない…あるのはドア1つだけ。
単純に考えればこのドアから入ることができるんでしょうが、こういう所って何かしら仕掛けがしてあるものだと思うんですけどね。だけど、ここ以外に突破口は見つけられないし、…どうしたものか、と思案する前に悟空がドアに体当たりをして、開けてしまいましたけど。
―――ヒュン、ヒュンッ!!
予想通り!仕掛けあり、でしたね。無数の矢が部屋の奥から飛んでくる、当たれば最悪、死に至る―――けれど、その矢は私達には1本も当たることがありませんでした。ヘイゼルさんを庇うように立ったガトさんが真正面から全ての矢を受け止めていたから。
ガクリ、と膝をついたガトさんに近づこうとした時、ヘイゼルさんがペンダントから光る何かを引き出したように見えたんです。
「言いましたやろ?うちと一緒におる限り、ガトは死なへんのや」
その言葉で思い出した。ガトさんはもうすでに亡くなっていて、ヘイゼルさんは妖怪の魂を移し替えることができることを。だから、どれだけの怪我を負ったとしてもヘイゼルさんがいる限り、魂のストックがある限り―――ガトさんが死ぬことは有り得ないんでしたね。…わかっていてもやっぱり、あんな場面を見てしまったらびっくりしてしまいますけどね。
ホッと息を吐いている私の後ろで、三蔵様がポツリと呟いた。あの力だ、と。魂を自在に操る能力、奴がどんな聖人だか知らんが、人一人の手に手に負えるもんじゃないと。そういえば、…さっき八戒くんが三蔵様に聞いていましたね、どういう風の吹き回しなのか、って。
確実に面倒になるということはわかっていましたし、最初は三蔵様だって行く気など更々なかった。それなのに急につき合ってやる、と言い出したその理由がヘイゼルさんの能力、っていうことなんでしょうか。
「(それを見る為にわざわざ…?)」
ううん、三蔵様の考えていることは私にはわかりませんね。どれだけ考えてもわからないことは、ひとまず置いておくことにしましょう。
まずは目の前に広がる面倒事を片づけてから―――って…何でガトさん・悟浄くん・悟空はドアにみっちりハマっちゃってるんですかね?あれですか、我先に!と行こうとした結果ってやつですか?
「向いてませんね、団体行動」
「…そりゃそうでしょう。そんな性格してませんもの、私達」
だからこそ、ドアにハマる結果になってるんだと思いますよ?団体行動が向いている集まりだったら、あんな無様なことにはなりません。誰かを先に行かせるってことをするでしょうからね。後ろからグイグイ押して何とか中の様子を窺うと、そこには捕虜とされているであろう女性の姿を確認することができる…けれど、妖怪達は彼女達を盾にして逃げようとしているようですねぇ。
…何というか。本当によく見るパターンだこと。何度見たかしらね?いい加減、げんなりしちゃうわ。
「―――それがどないしはりましたん?…ガト」
―――ジャコッ
「?!まさか、」
「構へんよ。娘はんらごといっぺん死んでもらいまひょ」
正直、耳を疑った。それはつまり、彼女達にいっぺん死んでくれと言っているのと同じじゃないですか。今までに散々怖い思いして、それでようやく逃がしてあげることができるのに…それなのにまた怖い思いをさせて、あまつさえ痛い思いをしろっていうんですか?
「魂みっつ回収して3人甦らせても、プラマイ0や」
ねぇ。…貴方には聞こえていないの?
「いっ……いやァあああ!!」
彼女の悲痛な、叫び声が。
―――ぐいっ
けれど、銃声はいつまで経っても聞こえてくることはありませんでした。ガトさんが向けていた銃を、八戒くんと悟空が止めたから。珍しく、その顔に怒りを宿して。
「…邪魔しはるんはルール違反やおまへんの?」
「―――やり方は1つじゃありません」
「俺達のやり方があるんだよ」
悟浄くんの鎖ガマが、私の銃弾が、彼女達を盾にしていた妖怪達の命を奪った。目の前で首が飛んだり、脳天に風穴が開いた瞬間を見てしまった女性達は半狂乱状態になっちゃってますけどね…死ぬかもしれない恐怖を味わったのも関係しているとは思いますが。震える彼女達を大丈夫ですよ、と抱きしめる。大丈夫です、もう怖い思いをしなくてすみますから…すぐに帰して差し上げますからね。
…それにしても、ヘイゼルさんは本当に人質ごと殺すつもりだったんですね。本人はハッタリだ、と言ってらっしゃいますが、あの目は―――本気で、ガトさんに撃たせるつもりでいたんです。
確かに妖怪の魂があれば、彼女達3人を蘇らせることはできたかもしれません。それは間違いないと思います、あの能力は何度も見ていますし、本物だとも思う。そこは否定できない事実、…けど、彼女達の記憶は何ひとつ変わらないんですよ。助けに来てくれた、と思った方に殺されて、怖い思いも、痛い思いもしなきゃいけないんです。
それをずっと心に刻まれた状態で生きていかなきゃいけないってことが、ヘイゼルさんはわかっていない…!
「―――命は、物じゃない…!」
呟いた言葉は誰に届くこともなく、風に乗ってふわりと消えていく。