後味が悪い


捕虜にされていた女性達を町に送り届けに行くのに、八戒くん・悟空・私がヘイゼルさんに付き添うことになりました。正直、残っていたかったんですが…三蔵様の命なので仕方なく。

それで今、私達は依頼をされた町に戻ってきているわけですが―――何故か、おもてなしをされております。

こうなった原因は一目瞭然。女性達を連れ帰っただけではなく、例の力を披露しちゃったもんだからねぇ…もう町をあげてのおもてなしムードになっちゃったわけです。私達3人もヘイゼルさんのお付きの人だと勘違いされたままみたいで、是非ご一緒に!と言われちゃったんですよね。
ごちそうがたくさん並んでいるので、悟空はとても嬉しそうにしてますが。


「―――お一人で何してるんです?」
「…八戒くん」
「こういう賑やかなの、嫌いではなかったでしょう?」
「好きですけど、…そんな気分になれませんよ」


早々に抜け出していた私は屋敷の外で、煙草を吸いながらお酒を飲んでいたんです。それを窓から見つけたらしい八戒くんが声をかけてくれたみたい。さすがに1人でいるのは危ないから、って。
町の中ですし、妖怪達も倒したばかりですから危険なんてないとは思うんですけど、でもそれは口にしないでおく。だってやっぱり、彼が私を心配してきてくれたのは嬉しいから。その好意を無碍にはしたくないですし。


「解決したはずなのに、」
「ん?」
「どうしてこんなに気分が悪いんでしょうね…」
「…貴方は、やっぱりとても優しいですね」


ポツリ呟いた言葉に返ってきたのは、予想もしていない言葉でした。優しいって、…私が?


「いやにシビアで、冷徹な部分が見え隠れしてはいますけど…でも本質は、優しいと思います」
「それは八戒くんが買い被ってるだけだと思うけど」
「いいえ、そうではないですよ。…香鈴優しい人だ」


優しい言葉に、声音に、表情に、心臓がドキリと跳ねる。私は彼のこういう表情に弱いと、最近気がついたような気がします。どんな表情も素敵だと思うし、カッコイイとも思うけど…こんな風に笑われちゃうと、何も言えなくなっちゃう。徐々に顔に熱が集まってきているのがわかって、思わず下を向いてしまいました。
ああもう、八戒くんのこういう所が嫌いで、でも好き。そんな風に笑われたら、どうしたらいいんですか。そんな声音で言われてしまったら、どうすればいいんですか。…これ以上、貴方を想う気持ちが膨らんだら…いい加減に許容量をオーバーして溢れちゃうんです。
そしたら、…そしたら―――きっと想いが、隠せなくなっちゃうのに。それを隠すように、残っていた琥珀色の液体を一気に飲み干した。


「悟浄くんと三蔵様、大丈夫かなぁ」
「子供じゃないんですから大丈夫だと思いますよ。…多分」
「ふはっやだなぁ、自信ないんですか?」
「―――やっと、笑いましたね。香鈴
「え?」
「自覚ありませんでした?貴方、…今日一度も笑っていないんですよ」


そう言われて今日一日のことを思い出してみる。朝は八戒くんの背で目覚めてびっくり、お昼はヘイゼルさんにごちそうしてもらって、それから…捕まっていた女性達を助けに森の奥へ。

ああ、確かに今日はあまり笑った記憶がありませんねぇ…普段は必ずと言っていいほど、悟浄くん達と話して笑っていますから。…意識を、しているわけではないんですけど、きっと今日は笑っているような余裕がなかったんでしょう。多分。
でもそれを八戒くんが気がついているとは思わなかったですね。自分自身ですら気がついていなかったのに、他人が―――なんて。この方は周りをよく見ている、と前から感じていましたが、本当によく見ているんだなぁと再確認。
となると、悟浄くんも気がついてるのかも…ああ、だからかなぁ?代わりに行こうか、って声をかけてくれたの。


「悟浄も何気に人の感情の変化とか、そういうものに聡い人ですからね」
「ですよねぇ…心配、かけちゃったかな」
「いつも言ってるでしょう?貴方は自分の中で消化しすぎなんです、って」
「『吐き出してください』でしたよね?」


ちゃんと覚えてますよ、と笑えば、それならいいです、と返ってくる
。然程、距離が開いていない私と八戒くんの間。それこそ肩が触れそうな程に近い距離で、私達はただ佇んでいるんです。ほんのり感じる彼の体温に、自然と笑みが浮かぶのが自分でもわかった。
本当にどんな時でも、この方と一緒にいると笑顔になれるんだなぁって思うんですよ。何か、思っていた以上に息を詰めていたのかもしれません。お酒を少し飲んだのもあるのでしょうけれど、肩の力が徐々に抜けていっている気がする。

少しだけ、と隣に立つ八戒くんの肩にもたれかかると、少しだけ驚いた声音で名前を呼ばれた。ああ、やっぱりびっくりしちゃいますよねぇ、とどこか他人事のように考えつつも、理由を話すつもりも離れるつもりもない私はただ一言、んー、とだけ返すことにしました。…それは意味ないだろ、というツッコミは受け付けません。


「八戒くん、…あったかいです」
「僕が温かいんじゃなくて、香鈴ですよ。どれくらいの時間、此処にいたんですか」
「そんなに長い時間じゃないですよ、…30分から1時間くらいですもの」
「…十分長いです。ほら、寒いのなら中に入りましょう」


行きますよ、と手を引かれ、私達はいまだ喧騒に包まれている屋敷の中へ。私が出て行く頃よりは落ち着きを取り戻していて、もうすぐお開きになりそうな感じになっていました。私達も待っている方々がいらっしゃいますから、ずっと此処にいるわけにもいきませんからね。
キョロキョロと悟空の姿を捜す間も何となく、繋がれた手を離せないでいた。八戒くんもさも当たり前のように繋いだまま、離す素振りを見せなくて。じわりじわりと伝わってくる温度にそっと息を吐く。前から思ってはいましたけれど、本当に私の精神安定剤になっているんですねぇ八戒くんの存在って。

宴が終わりを迎えたのは、陽も完全に落ちて辺りが闇に包まれた頃。―――三蔵様達と落ち合う町が見え始めたのは、それから1時間くらい後のことでした。
行きと同じようにヘイゼルさんが助手席に座り、悟空と私が後部座席に座っているのだけれど、…思った以上にお土産をたくさん頂いてしまってですね?後部座席の半分ほどがそのお土産で埋まってしまっていたりします。
大分遅くなってしまったけれど、このたくさんのお土産で我慢して頂くとしましょうか。もしかしたらもう夕飯を召し上がってしまっているかもしれませんが、ほら、まだ食べていない可能性もあるでしょう?
…でも三蔵様とガトさんに挟まれている悟浄くんは、すごく居心地の悪そうな顔をしていそうですねぇ。2人共、饒舌な方ではありませんから。特にガトさんはとても寡黙な方ですし。


「(三蔵様は口を開くと、悟浄くんとは喧嘩になりがちですしねぇ)」


宴が行われている間も考えていましたが、大丈夫かなぁ…あの方達。ジープの縁に頬杖をついて考え込んでいると、タイヤが嫌な音を立てて急停止したんです。突然のことで思いっきり助手席に頭から突っ込んじゃいましたよ…!
思いっきり額をぶつけちゃったんですけど、一体何が―――運転席と助手席の間から顔を覗かせて様子を見てみれば、そこには果物を抱えた子供が震えながら座り込んでいた。…成程、八戒くんはこの子を避けようとしてジープに急ブレーキをかけたんですね。

よくその子を見てみれば―――耳が尖った、妖怪の子供。

震えているのはきっと、自分が殺されるからと思っているからなんでしょうね。怪我はない?とにっこり笑みを浮かべて問いかければ、いまだ震えたままコクリと小さく頷きました。良かった、怪我がないのなら。


「夜道は危ないですから気を付けてくださいね」

―――タッ!

「…今の子…」
「ええ、そのようですね」


程なくして出発したジープ内に、ヘイゼルさんの声が響く。ジープを停めてくれるか、と。その言葉の意味はすぐにわかりました、さっきの子供の魂を抜き取りに行くのだ―――と。
悟空もすぐに理解できたみたいで、まだ子供じゃんか、と声を荒げているし、八戒くんも珍しく冷たい声で、冷たい瞳で、それはできません、と口にした。


「どうしても、と仰るのなら止めは致しませんが…」
「香鈴?!何言って、」
「―――その前に動けなくして差し上げますよ」
「それに僕と悟空も相手にすることになりますね」


ヘイゼルさんの瞳が後部座席に座る悟空と私を一瞥し、大げさな溜息を吐いた。


「三蔵はんがガトと引き換えに、あんさんらをうちと同行させた理由がわかりましたわ」
「わかって頂けたなら良かったです。ねぇ香鈴?悟空?」
「ええ」
「…あの子、」
「え?」
「腹空かしてたのかなぁ…」


呟かれた悟空の言葉。私は笑みを浮かべ、しょぼんとする彼の頭を撫でた。…きっと妖怪を憎んでいるであろうヘイゼルさんには理解しがたい言葉であっただろうけれど、それでも私は…悟空にはこのまま変わらないでいてもらいたいと、そう思うんですよ。

その後は一切会話がないまま走行し、この町で一番大きな宿へ赴いて彼らがいるかどうかを受付で確認しようと中に入れば、ロビーで椅子に腰掛けている3人の姿が見えました。遅くなりました、と荷物を抱えたまま声をかけると、明らかにホッとした表情を浮かべた悟浄くんが早速悟空に絡んでいらっしゃる。うん、まぁ予想通りかな。
自然な仕草で持っていた荷物が奪われて驚いていると、そこにいたのは八戒くん―――ではなく、ガトさんでした。あまり自分の意思で行動しているようには見えなかったから、こういう優しい一面があったのかと思わず目を瞠ってしまいました。


「ありがとうございます、ガトさん。…悟浄くんと三蔵様、ご迷惑おかけしませんでした?」
「いや、…」
「ふふ、そうですか」


とても寡黙な方だけれど、それは自ら言葉を紡ぐことがそう多くないだけで、話しかければちゃんと返事が返ってくるんだ。


「あ、お土産でお弁当とかたくさんもらってきたんですけど、夕飯食べちゃいましたか?」
「さっき食っちまった。他にすることもねぇからよ」
「そうなんですか、じゃあ…」
「食わねーの?じゃあ俺もーらいッ!」
「悟空…」
「さっき食べたばっかりじゃないですか…」


それもたらふくね。あちらの町で開かれた宴会で並べられていたごちそうを、全て消化する勢いで食べていたというのに…どこにそんなに入るのでしょうか。本当にこの子の胃袋はブラックホールなんじゃないか、と最近は疑い始めてきちゃいましたよ。まぁ、食べられるのなら止めはしませんけど。
そのままお弁当の包みを広げ始めた悟空に、いつも通り悟浄くんが突っ掛かり始めちゃいました。あーあ…この2人が揃っちゃうと、あっという間に賑やかになっちゃいますね。
そのローストビーフは俺が狙ってたんだ、とか、お前がもらったもんじゃねぇだろ、とか…宿中に響き渡っているんじゃないかってくらいに大きな声がロビーに響き渡っていて、苦笑が漏れる。
いい加減にしないと三蔵様のハリセンが落ちますよ、と忠告しようとした瞬間にスパーンッとイイ音が聞こえました。いつものことながら、遅かったですねぇ。でも静かになりますし、いいかな。


「―――芸術や。」


ポツリと呟かれた言葉に思わず振り向き、敬語も忘れ、素ではぁ?と零してしまったのは仕方がないと思うんです。だって急に芸術だ、とか言われてもなんのこっちゃ?って話でしょう?


「あの絶妙なタイミング、角度、そして音色…プロ顔負けのハリセンさばきや。さすがは最高僧やな、ガト」
「ああ」


よくわからない2人の会話に私達は面食らってしまう。プロ顔負けって、…ハリセン使うプロってまず何ですか、いるんですか、そんなの。
そして一番の疑問は、それ最高僧関係あるの?ってことです。西から来たって仰ってましたけど、あちらの大陸の方は皆さんこうなのでしょうか。
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