西と東
「ぎゃー!!!」
「ありえねぇ!!」
「悪おますなあ〜〜したら有難くもろておきます」
…悟浄くんと悟空、全戦全敗かぁ。元々、悟空は顔に出やすい子だからこういう賭け事には向いていない子なのだけれど、悟浄くんは旅に出る前は賭博で食べていたから強いはずなんですけどね。
八戒くんに淹れてもらったコーヒーを飲みながら、3人の会話に耳を傾ける。ちなみに八戒くんと私もさっきまでは参戦していたんですよ?でもね、ヘイゼルさんと勝敗がつかないからって外れたんです。勝てる確率があるのは多分、滅法強い八戒くんだとは思うんですけど…本当に一向に勝負がつく気配がなかったんですよねぇ。
あんなカードゲームは初めて見ましたよ…私とヘイゼルさんもそんな感じだ、と悟浄くんが言ってましたけど。
「…盆?」
「おめーのことだよ」
「俺ってお盆だったのか…」
「いや悟空、そういうことではなくてね?…ダメだ、聞いてないですね…」
あまりにも悲惨な結果になっているので、三蔵様に代わって差し上げたらいかがです?と声をかけてみるものの。下らない、と一蹴されちゃいました。確かに勝って何の得があるんだ、と言われればそれまでなんですが…悟浄くんの言う通り、勝ってから言いましょうよ。そういうことは。
―――そういえば、…さっきからガトさんの姿が見えませんね。いつもヘイゼルさんのお傍を離れないでいるのに、何処に行ってしまったんでしょうか。
同じ疑問を抱いていた悟空がヘイゼルさんに聞くと、彼は今、表で水浴びをしていらっしゃるそうな。んん?でも此処、大浴場がありましたよね?わざわざ冷たい水を浴びなくても、お風呂に行かれればいいのに。それも甦った方の特徴の1つなんでしょうか?それとも昔からあの方は水浴びをする習慣がある、とかかなぁ?
でもま、そこは私の気にする所ではありませんね。カバンの中から文庫本を取り出して、コーヒー片手に読み始めた。本の世界に完全に入り込む前に、悟空の一言が私の意識を連れ戻してきちゃったんですけど。
「ご、悟空?今、何て…?」
「え?だからガトの水浴び覗いてこよ、って」
「おいおい、いつからそーゆー趣味になったのよ」
「はァ?…だってアイツの身体、何度もくっついたり離れたりしてんだぜ。どんなんなってんのか気になんねー?」
「…微塵もなんねー」
うん、でしょうね。普通はそうだと思いますよ。ある意味、悟空が特殊なんだと思います。私も全く興味がないわけではありませんけど、…水浴びを覗く趣味は一切ありませんもの。
さて、続きを―――と本に視線を戻した矢先、くいっと服を引っ張られました。何だろう?と再び視線を上げてみると、そこには輝かんばかりの瞳で私を見つめている悟空の姿。
…何だろう、この瞳や表情はとても可愛らしいと思うんですけど、嫌な予感しかしないのは。引きつった笑みを浮かべてなぁに?と問いかけてみると、予想通り、一緒に行こう!というお誘いでした。
何となくわかってはいましたけど、本当にきましたか。普段のこの子なら1人でも勝手に行っちゃいそうなのになぁ。けど、きっと断ればしょぼんとした表情を浮かべるんでしょうし、…お付き合いしましょうか。本の続きは気になって仕方ないけれど。
部屋を出て水の音がする方へ足を向けてみると、確かにヘイゼルさんの言っていた通り、水浴びをするガトさんの姿がありました。同じように彼の姿を目にした悟空は、さっきよりも輝いた瞳をしてすごい、とポツリ。
とても感激しているようでした。感激というか、感嘆?…どっちでもいいか。
「すげ―――ッすげぇカッチョイイ〜〜〜〜!!筋肉ムキムキじゃん!!うおっすげぇ、二の腕むっちゃ硬ッ!!」
―――ペタペタペタペタペタ…
ビックリした様子を見せながらも、ガトさんはされるがままでした。あの、嫌だったらやめてくれって言ってくれて構わないんですよ…?すみません、と声をかければ、少しだけ表情が緩んで大丈夫だ、と首を振った。
「でも確かにすごい筋肉ですね…けどあの銃はとても重そうでしたし、このくらい腕に筋肉ないと使えないのかしら」
「…アンタも筋肉はあるだろう。あの大太刀を片手で振るうくらいだ、それに銃も片手で撃っていただろう」
「あっ確かにそうだよな!香鈴も何かやってんの?」
「ううん、特別なことは何も。最初の頃はダンベル上げとかしてたけど、最近は刀を振るうだけで筋肉つくようになってきちゃったから」
女性として二の腕が太くなるのはどうなの、と思いつつ、刀が振るえなくなる方が困るなーと思い直して、今では開き直ってます。だけどやっぱり、僅かながら女心は残っているようで、あまり腕が露出する服は好まなくなってきたのだけれど。だって嫌でしょう?ムキムキな二の腕を惜しげも晒す女性の姿、なんて。
…というか、好きな方にうわって引かれたくないだけなのだけれどねー、本音としては。性別が男性だったら自然と逞しくなっていくのを、何とも思わない、もしくは嬉しく思っていたのだろうと思いますけども。
ぼんやりと考えていると、悟空の興味はガトさんに戻っていたようで自分もこんな風になりたいとか、お肉をいっぱい食べてるのかとか、質問攻め。
「あ、そうか。アンタ飯は食えねーんだっけ」
「えっそうなんですか?」
「…食えないわけではない。必要ないだけだ」
成程…元が死人ですから、ということなのでしょうか?確かに一度、ご飯を一緒に食べた時はこの方、ずっとヘイゼルさんの後ろに立っていらっしゃいましたけど。必要がないということは、お腹が空かないということ。
それを聞いて悟空は複雑そうな笑みを浮かべて、お腹が空かないのも寂しいモンだよな、と口にしていました。…そうね、お腹が空くというのは生きているという証拠だから。
ガトさんが生きていない、という風に思っているわけではないけれど、甦るということはやっぱり…何かが欠落してしまうのかもしれない。ヘイゼルさんがいる限り、その命に終わりがないこの方は―――何を思ってここに立っているのでしょう。
僅かばかりの寂しさが胸を締め付ける中、それを引き裂くかのような叫び声が宿の中から聞こえてきました。もしかして妖怪の襲撃…?!でも妖気なんてちっとも感じなかったのに。
急いで声がした場所へ駆けつけると、そこには赤ちゃんを抱えた女性が泣き叫んでいらっしゃいました。子供の容態が、意識がないんです、と。
身体中に赤い斑点が浮かび上がっている…どうやら流行病に冒されてしまったようで、先の町まで薬を取りに行く途中だったそうです。けれど、夜になったら急に意識がなくなって―――脈を確認していた八戒くんが、静かに首を振る。
それはもう亡くなってしまっている、という言葉の代わり。
悲痛な声が響き渡るけれど、もう手遅れである以上…どうにもできない。ふっとヘイゼルさんの能力のことを思い出したんです、それは悟空も同じだったみたいでそっと彼に視線を移している。
それを受け止めたヘイゼルさんは静かに、少しだけ辛そうな笑みを浮かべて魂切れだと、そう教えてくださいました。…そうか、あの町で亡くなった方々を甦らせたから全て使ってしまっていたんですね。
あの能力はそうホイホイと使っていいものではない、と感じてはいるし、その考えを変えるつもりも毛頭ありません。…でも、今、正に消えてしまった命の灯火を助けたいと思ってしまうのは、彼の能力に縋ってしまいたい、と思ってしまうのは―――ひどい矛盾だわ。
「―――だから先刻、言うたやないですか。ジープを停めろ、て」
それは暗に、あの妖怪の子供を犠牲にしていればあの赤ちゃんは助かっただろう、と言っているようなもので。確かに、…確かにそうなのかもしれないけれど!それでもどうしてだろう、ヘイゼルさんの言葉を認めてしまうのは嫌だったんです。
ふわり、と髪が風によって揺れた。窓は閉まっているはずなのに、と顔を上げれば、目の前に広がったのはヘイゼルさんの胸倉を掴み上げている八戒くんの姿で。奥歯を噛みしめるように表情を歪めた彼は、きっととても怒っているのでしょう。理由は、私と変わらないかもしれませんね。
僅かばかり、緊張感が走る室内にヘイゼルさんの残酷な言葉が木霊する。赤ちゃんの命を助ける為に誰かが身代わりになるか、と。とても重いその問いに私達は息を飲むばかりで、反論なんてできるはずもありませんでした。
―――いつもならばもう眠っている時間なのに、どうにも眠れる気がしない。仕方ないのでお風呂に入って気分転換をしよう、と部屋を出てきたのは今から1時間くらい前のことでした。
しっかり髪まで乾かして、月の淡い光に誘われるように宿の外へ出て行くと、どこからか何か音が、聞こえたような気がしたんです。どこからだろう、と耳を澄ませてみると宿の裏、ちょうどガトさんが水浴びをしていた辺りから…そっと覗いてみれば、そこには真剣な表情で手合せをしているらしい悟空とガトさんの姿が。
こんな時間に一体何を、と思ったけれど、あの時、悟空も何かを考えているような顔をしていたからきっと、眠れなかったのかもしれません。それで身体を動かしていた所へガトさんが来たのかもしれませんね。
興味本位でそのまま、2人の手合せを眺めていれば…ふっと視線を上げた悟空とバチッと目が合いました。
「香鈴!寝てたんじゃねーの?」
「何か眠れないからお風呂に入ってたの。そしたら音が聞こえたから、何かなぁって」
「そうだったんだ。…俺もさ、何か眠れなくて」
「…ごめんね、邪魔して。でも、ここで見ていてもいい?」
「え?それは全然構わねーけど…」
「―――眠らなくて平気なのか」
私達の会話をじっと聞いていたガトさんが、不意に口を開いた。その言葉は私の身を案じているかのようで、自然と頬が綻ぶのを感じたんです。この方はきっと、とても優しい方なんだろうなぁ。
「1日くらい、問題ありません。部屋に戻っても眠れそうにないですし…」
「辛くないのなら、構わない」
「眠くなったら部屋戻れよ?」
「ええ、わかってるわ」
近くに積み上げられている箱に腰を落ち着けて、再開された2人の手合せにじっと視線を向ける。悟空はとてもすばっしっこいから、手合せをするだけでもなかなか避けたり、受け止めることで精一杯で…楽しいし、自分の為にもなるんだけどね、彼の相手をするのは大変だなぁって思うことが多いんです。
だけど、ガトさんは顔色を一切変えることも、疲れた様子を見せることもなく、ただ淡々と悟空が繰り出す攻撃を片手で受け止め続けているんですよね。この様子には素直にすごい、って思っちゃいました。
体格の差?それとも元々持っている能力値の違いってやつなのでしょうか?疲れた様子がないのは、もしかしたら甦った身体だから、というのも関係しているのかもしれませんが。まぁ何が理由であれ、ガトさんの身体能力はものすごく高いのかもしれません。
…一度くらい、ガトさんと手合せしてみたいかもなーとか、思っちゃってる私がいます。一切、敵うことはないでしょうけれど。
―――ペシッ
「いたっ…って、悟浄くん?」
「香ちゃん、お前まで何やってんの」
「んー…見学?」
眠れなかったので、と言葉を返すと、苦笑いを浮かべた八戒くんに心配したんですよ、と言われてしまいました。ああ…そうか、お風呂に行ってきますとだけ告げて部屋を出てきていたから、2人からしてみれば何処に行ったんだ、って思ってしまいますよね。
それにしてもいつの間にか朝を迎えていたんですね。悟浄くんに声をかけられるまで、全く気がついていませんでしたよ。
「悟空、そろそろ朝ご飯ですよ〜」
八戒くんの和やかな声が耳に届いたのと、同時。悟空の蹴りが初めてガトさんのバンダナを掠め、引っかかったらしいソレは地面にパサリと落ちていきました。
ふふ、ガトさんも驚いた表情をしていらっしゃいますね。
「香鈴も戻ってきなさい。朝ご飯を食べに行きましょう」
「あ、…ごめんなさい、ちょっと食欲ないんです。部屋で休んでますね」
「…わかりました。おにぎりを作ってもらっておきますから、あとで食べてくださいね?」
「はい」
きっと寝不足もあるのだろうけれど、2人の手合せを見つめながらももやもやと考え込んでしまったせいか、気分が晴れない。それに呼応するかのように食欲もなくて、用意してくれている宿屋の方々には申し訳ないな、と思いつつも私はベッドへと沈んだ。