交わらない道と思い
眠るつもりなんてなかった、と言ったら嘘になるでしょう。誰に言い訳をしているかなんてわからないけれど、そんなことを繰り返し胸の内で呟きながらも、意識は微睡んでいて。だから気がつかなかったんです、誰かが部屋に入ってきたことに。
―――スパーンッ!
強烈な痛みが頭に走り、一気に意識は覚醒しました。だけど、自分の身に起きたことがイマイチ理解出来なくて、勢い良く起き上がったものの、頭の上にはたくさんのクエスチョンマークが浮かんでいるような気がしますね。
え、本当に今の衝撃は何事…?!
「……へ?」
「さっさと目を覚ませ。…行くぞ、香鈴」
「え?あの行く、って出発ってことですか?」
「―――ついてくりゃあ、わかる」
チラリ、と向けられた紫暗の瞳からは、何も読み取ることができない。彼の気持ちとか、状況とか、そういうものが一切。確かに三蔵様は多くを語る御方ではありませんし、詳細をしつこく聞かない限り話してくれないことも多々ありましたけれど…今回は、一体何だろう。
無意識に溜息が1つ漏れる、でもついていかないという考えは一切なくて―――私は彼の背を追い、ヘイゼルさん達と対峙する3人の姿を目にすることになる。
ガトさんの銃が、蹴りが、悟空と悟浄くんに襲いかかり、ヘイゼルさんの蹴りが八戒くんの顎に命中して。
私はただ、その光景を呆然と眺めているだけ。何で、…急にこんなことになっているんですか?私達は彼ら…いえ、ヘイゼルさんとそりが合わないのはわかっていましたし、きっと気が合うことは一生ないだろうとも思っていました。何度もカチンとくる言動もあった、それはわかっているけれど、戦闘になるほどのことが…私がいない間にあった、ということ?
「朝、妖怪の子供が町の奴らに追いかけられていた」
「え?」
「あの男―――ヘイゼルがそいつの魂を奪おうとしてな、…その結果だ」
ヘイゼルさんは蘇生には妖怪の魂しか利用しない、と、そう決めているそうです。妖怪が世界からいなくなるまで、その日まで妖怪の魂を使って亡くなった方々を―――その言葉の裏に隠されているのは、妖怪という存在を根絶やしにするということだ。
あの人は東へ来た目的を、人間を救う為だと言ってましたが、本来の目的はそっちだということなんですね。結果的には同じ意味になるのでしょうけれど、それはずいぶんと独断的な考えではないのでしょうか。
ヘイゼルさんの言うことは尤もでしょうし、わからないわけではありません。たくさん見てきましたから、妖怪の影におびえる方達を。…それでも、それでもやっぱり妖怪とはいえ、まだ小さな子供を犠牲にすることだけは納得ができないんです。
3人はきっと、全てを納得した上でこの場に立っていて。全て理解した上であの2人と対峙しているんだと思います。私もその場にいれば同じように、3人と同じ場所に立っていたと思う…思う、けれど、…わかっていてもやっぱり嫌だ。黙って見ているだけなんて、そんなことは私にはできないんです。
グッと拳を握って駆け出そうとした刹那、ガゥンッと銃声が響き渡った。発信源は三蔵様で、彼が撃った弾はガトさんの腕に命中しているけれど…皆さんが彼の行動に驚いているように見えます。
「…誰の肩も持たん、て言わはりませんでした?」
「状況が変わったんでな。―――おいチビ、隠れてねぇで出て来い」
木の影から出てきたのは、妖怪の子供。その少年は昨夜、ジープに轢かれそうになっていた子。その子がどうして此処に、と思っていたのだけれど、八戒くん達とヘイゼルさんが対峙する原因となったのがこの妖怪の子供、らしいです。
町の方達に追いかけられていたのも、この子ということになるんですね。皆さんが固まってしまった中、三蔵様が静かな声でヘイゼルさんに説明してやれ、と言葉を投げかける。
「…お兄ちゃんなぁ、君の命が欲しいんや」
「……え…?」
「病気で死んでもうた赤ちゃんがおるんや。お母はん、えろう哀しがってはる。君の魂をうちに預けくれはったらな、代わりにその子生き返るんや。…うちの話、わかるやろ?」
「…オレが…死ねば、その子が助かるって……こと?」
「―――賢い子やわ」
ヘイゼルさんの言葉は、まるで麻薬のようだと思いました。辛いと思っていることを言い当てられて、しんどいだろうと、楽になりたいと思わないかと言われてしまったら…頷きたくなってしまうでしょう?
それにこの少年はヘイゼルさんの言いたいことを汲み取った賢い子だから、尚更―――頷いてしまうんじゃないか、って思ったの。
「父ちゃんも母ちゃんも…妖怪の仲間は皆、おかしくなっていなくなっちゃった。オレももうすぐおかしくなるんだって、町の人達が言ってるの聞いちゃったし。…だから…いいよ、オレもう、死んでもいいよ」
震える手で、ズボンの裾をギュッと握っているのを私は、見逃さなかった。
そうよ、怖くないわけがないの。死にたいわけがないの、どんなに辛くても、生きていくのがしんどくても、それでもこの子はまだ…生きたいと、死にたくないと心が訴えているんです。
銃を向けられた瞬間に見せた怯えた瞳が、何よりの証拠だわ。
「―――何故、震える」
「…っだって…」
三蔵様が怖いのか、と聞けば言葉に詰まる。それを肯定の意と捉えたのか、続けて何故恐れるのかと問いかける。ゆっくりと、小さな声で、でも少年はしっかりと言葉にした。死にたくない、と。
「もっとでけぇ声で言え!!!」
「死にたくないよおお!!!ヤダッ…やっぱり嫌だぁ!!死にたくないよ、死にたくない―――!!」
それは心からの叫び。少年の本心。まだ生きていたいんだ、と身体全体で訴えていました。…本当にこの御方はズルいなぁって思う。こんな風に言われてしまったら、本心を叫ばれてしまったら、ヘイゼルさんはもうこの少年に手を出すことができなくなってしまいますもの。
それをわかっていてこんな手段に出たんでしょうけど、…やり方が何と言いますか、三蔵様らしい―――のでしょうかね?
すっかり怯えきってしまった少年の背中を撫で、もう大丈夫だよと声をかけてあげる。涙を滲ませた瞳で見上げてきたから、にっこりと笑顔を浮かべて君を殺す人はもういないよ、大丈夫だよ、ともう一度ゆっくりと言葉にすれば…コクリ、と頷く。
そして少年はまた、森の奥へと姿を消したのです。…あの子もいつかは暴走してしまう日が来てしまうのでしょうか。でもそれでも、何の罪もない子供を殺すことはダメだって心が、訴えている。
「…全く。人が寝ている間に何をしてるんですか」
「終わったら起こしに行こうと思っていたんですけど…」
「そっちのが迷惑」
「―――嬢ちゃん達は妖怪なのに、暴走いうモンをしてへんの?」
ヘイゼルさんの言葉にドキリと心臓が跳ねた。私は、…ある意味、暴走してしまったようなものなんじゃないかって思っているから―――かしら。
気持ち悪くなるくらいに速くなった鼓動、それを誤魔化すようにぎゅうっと拳を握り込めば、その上からそっと温かな手が触れる。ハッとして視線を向ければ、八戒くんが穏やかな笑みを浮かべて口を動かしたけれど、それは音となることはなくて。でも確かに届いていたんです、私の元には…音とならない「大丈夫」という言葉が。
「そうですね、今の処は…僕ら妖怪としても半端者の集団なんです」
「なんや、ガラ悪いんは素やったんか」
「ほっとけ。」
「あはは、でも否定はできませんよねぇ?ガラ悪いの」
「!」
「…え?何ですか」
「嬢ちゃん、…あんさんが笑ったの初めて見たわ。えろう別嬪さんになりはるなぁ」
………は?
「ま、それは置いておいて―――うちは自分のしとること、間違いだとは思わへんよ。次に会うた時、あの子が暴走しとったら…遠慮せえへん。それはあんさんらでも同じことや」
「…じゃあさ、競争しよーぜ。アンタ達が妖怪を全滅させるのが先か、俺達が―――異変ってヤツを止めるのが先か」
それはとても悟空らしい言葉で。真剣な瞳を向けられたヘイゼルさんは、フッと笑みを浮かべて面白いことを言うな、と呟いた。でもすぐに言葉を訂正して、今までぼんと呼んでいたのに…彼のことを悟空はん、と呼んだ。それはもしかしたら、ヘイゼルさんの中で悟空のことを認めた証拠なのかもしれません。
そうして私達は反対の道へと進んでいく。彼らは東へ、私達は西へ―――二度と交わらないかもしれない、旅路へと。
「あー、広いひろい〜っと」
「ハンドルも軽いですよ、助かりましたねジープ。…ああ、そうだ。悟浄、あの袋を香鈴に渡してください」
「リョーカイっと。ほれ、香ちゃん」
―――ガサッ
「?なぁに、これ」
「おにぎりですよ。朝ご飯、食べていないでしょう?」
「食べてないですけど…」
「約束もしましたからね。ちゃんと食べないと怒ります」
「…はぁい」
ガサガサと袋からアルミホイルに包まれた2つのおにぎりを取り出して、早速かぶりつく。程良い塩加減と具として入っているゴマ昆布がとても美味しいです。
黙々と食べながら、さっき別れたヘイゼルさんがふっと頭を過る。別にあの人自身が気になるってわけではないですけど、ほら、牛魔王サイドがあの人の能力を見逃すかなぁって思っちゃって。…多分、三蔵様も同じことを気にしているような気がしてます。ただの勘ですけど。
だって、あの人達の存在は妖怪にまで知られていましたから。だからきっと、牛魔王サイドの耳にも当然入ってると思うんですよねぇ。蘇生術を操る男がいる、ってことを。
今まで執拗に経文を狙ってきているんですもの、狙っていたとしてもおかしくないでしょう?それを私が気にすることはないと思いますけれども。
「―――ま、アレだ。どっかの小猿が勝手に賭けちまってくれたからよ」
「ですけれど、降りる気なんて毛頭ないでしょう?」
「当たり前だ。勝負事となったら、」
「負けるわけにはいきませんよねえ」
「……うん、だけどさ」
「何だよ。言い出しっぺが弱音吐く気か?」
「俺ってやっぱお盆なのかなぁ…」
それは少し前に聞いたセリフ。悟空の真剣な声音に、八戒くんを覗く私達は唖然としてしまいました。
「安心してください、悟空。恐らく、三蔵も「坊さん」ですから」
いやいや、八戒くん。それはきっと意味合いが変わってくるんじゃないですかねぇ?苦笑を浮かべつつも、それを訂正する気にはなれなくて、2つ目のおにぎりに噛り付くことにしました。