桜色の恋心
家族と死別して、三蔵様の付き人まがいの仕事に就いて、…気がつけば皆さんと一緒に蘇生実験を止める為に西へ向かう旅へ。そんな生活をしていたら女らしさの欠片も、いつの間にかなくなっていました。まぁ、元々そこまで女らしさがあるとは思っていませんでしたし、環境が変われば色んなものが変わるものだというのは理解ができるので。だから、この旅とか皆さんとの関わりを理由にするつもりも、責めようという気持ちも一切ないわけです。
妖怪の襲撃を受けることがわかっている以上、服装に気を遣っている場合じゃないですから。
それもあって、装飾品も全くと言っていい程につけなくなってしまったんですよね。装飾品―――アクセサリーは嫌いじゃないんです、むしろ好きな方だと思う。キラキラしているそれらを見ているのは楽しいし、どんなのがいいかなぁと考えたり選ぶのも楽しいな、って思いますしね。
でもあまりゆっくり町を散策する時間が取れなくなってからは、そういうお店を覗くことも減っているのは確か。買い出しに出た時に見に行きたい、と言えば、きっと行かせてくれるのだろうけれど…何となく、言えないままでいる。
理由はわからないけど、…迷惑になるかもって思っちゃってるのかなぁ。それを言えばそんなことはありませんよ、って八戒くんは言うだろうし、悟浄くんや悟空もきっと気にするな、って言うでしょう(この際、三蔵様のことは考えないでおこう)。
(―――あ、…)
そんなことを考えながら買い出しの為に町を歩いていたら、綺麗なアクセサリーが並んでいるお店を見つけてしまいました。自然と足は止まり、ディスプレイに飾られている煌びやかなそれらに目を奪われる。
もっと近くで見てみたい気持ちになるけど、でも、
「香鈴?」
「あ…ごめんなさい、今行きます!」
いけない、買い出しの途中だったのを忘れそうになっちゃいました。慌てて八戒くんの隣に並んで、もう一度だけごめんなさい、と謝罪の言葉を紡げば、大丈夫ですよって笑ってくれるから。
そのことにホッとしていた私は、八戒くんがさっきまで目を奪われていたお店のディスプレイを視界に映していたことに、気がつかなかったんです。
「あ、れ?八戒くんいないんですか?」
「おかえり、香ちゃん。アイツなら夕メシ食った後に出かけてったぜ?」
「え?そうなの?」
…そういえば、夕食を食べた後から姿を見ていないような気はします。お風呂にでも行ったのかな、と思ったくらいでそこまで気にしていませんでしたけど、出かけてたんだ。あの方がこんな時間に1人で出かけるなんて珍しいこともあるものですね。買い忘れでもあったんでしょうか?
彼が何を買いに行ったのか、もしくは誰かに会いに行ったのか―――
気になり始めると、生きている者はきりがないらしいです。ずっと悶々とした何かを胸の内に抱えたまま、私は割り当てられた部屋に戻ることにしました。
悟空にカードゲームしよう、と言われたけれど、とてもそんな気分にはなれなくて…少しでも気持ちを落ち着けようと文庫本を開いてみたものの。…こんな状態で集中できるわけもなく、少し読み進めただけで本を閉じることとなりました。
本を放り投げ、そのままベッドへと倒れ込む。布団はふかふかで気持ちが良い、このまま寝転んでいたら寝てしまいそう。でも何もかけないで眠ってしまったら、きっと帰ってきた八戒くんに怒られちゃうだろうし、下手すると風邪をひいて寝込んでしまうかもしれませんよね。
そうなってしまったら三蔵様にも睨まれてしまうし、…でも重くなる瞼に逆らえることもできなくて、うつらうつらと意識が揺らぐ。
もう少しで夢の中―――と、なりかけた時。ドアがカチャリ、と開く音がして、沈みかけていた意識が少しだけ浮上。八戒くん、…帰ってきたのかな?
「香鈴、そのままじゃ風邪ひいちゃいますよ。ほら、起きて」
「ん、…おかえりなさい、八戒くん」
ゆるり、と目を開けて最初に映ったのは、困ったように笑う大好きな人。今しがた帰ってきたばかりらしく、私の肩に触れた彼の手は冷気を含んでいるのがよくわかった。冷たい、と寝言のように呟けば、すみません、と謝られて。
別に謝ってほしいわけでもなかったし、嫌だと思ったわけでもないんだけど…でも何か、半分夢の中にいたからか思考回路が鈍っているような気がします。
「ふわ…」
「良かった、髪の毛は乾かしていたんですね。眠いのならベッドの中に入ってください」
「どこ、行っていたんですか…?」
「ちょっと野暮用で―――…香鈴、まだ起きていられます?」
その言葉に頷きを返し、んーっと大きく伸びをすれば、少しだけ頭がスッキリしたような気がします。その間に八戒くんは簡易台所で何かを温めているようでした。何をしているんだろう、とひょっこり覗き込めば、小さな片手鍋で牛乳を温めていたみたい。そこに茶色のパウダーをスプーン2杯いれて、…あ、これココアですね。ふんわりと漂い始めた甘い香りにホッとして、自然と頬が綻ぶ。
たまにはいいでしょう?と渡されたマグカップには茶色の液体。八戒くんが持っているマグカップにも同じものが注がれていて、珍しいなぁと思う。
コーヒーも飲むけれど、甘いものも好きな私は時々、ココアを飲むことがある。けど、八戒くんはほとんどコーヒーで、たまーに紅茶や中国茶を飲むくらいなんです。ココアなんてほとんど飲んでいる所を見たことがなかったなぁ。
「寒くないですか?」
「大丈夫です、ココアも飲んでますし」
「それなら良かった。…あの、後ろを向いてもらってもいいですか?」
「?はい」
何だろう?と思いながらも素直に後ろを向けば、首筋に何か冷たいものが触れた。その冷たさにビクリ、と肩が震えて視線を落とすと、胸元で淡いピンク色をした何かが揺れている。
見覚えのあるそれは、昼間の買い出しで見かけたお店に飾られていた物…そう、私が一番心惹かれていたアクセサリーだったんです。桜のモチーフがついた、シンプルなネックレス。
それが今、私の胸元にあるのは―――どうして?
「八戒くん、これっ…!」
「あれ?もしかして僕、間違えました?」
「う、ううんっ!間違ってはいないんだけど、どうして…」
「買い出しの時、珍しく貴方が心奪われているなぁと思って―――贈りたく、なっちゃったんですよね」
受け取ってくれますか?と微笑まれてしまったら、断ることができないじゃないですか。
「ああ、思っていた通りだ。似合ってますよ、香鈴」
「―――…ありがとう、すごく、嬉しい」
これ以上、何もいらない。望まない。
そう何度も思うのに、八戒くんからはたくさんのものをもらって…だから尚のこと、手離せない・失いたくないって思っちゃうんです。
きっともう、入らない、いつか溢れてきてしまいますから―――私を、満たすことをしないで。